第十九話 ゲーム評論家K・S・ゲーバンザイかく語りき
■その19
『ぷー、ぷー、ぷー』
着ぐるみ電話とは違う呼び出し音。これは会議室備付の内線電話だ。
「ひぃぃぃ! 悪いけどちょっと電話に出て! ここに木南はいないって言って! マチルダが音もなく走り寄ってくるぅぅぅ!」
会議室を着ぐるみ電話の残骸だらけにした木南が机の下に隠れてガタガタ震えているが……マチルダって誰だ。
「はい、もしもし会議室です★」
『もしもし……今、玲南ちゃんはどんなぱんつを履いてるの?』
玲南の瞳から光が失せて無表情になった。受話器を顔から離し、空いている右手を受話器に突っ込む。目を疑う千影の目前で、玲南の右手が受話器から変質者を引きずり出して床に投げ捨てた。
『な、何でオレがここに隠れている事に気づ、アウチッ!!!!』
引きずり出されたのは着ぐるみ電話の本体らしい。大股開き状態で床に転がっている本体の股間を、玲南が思いっきり蹴り上げる。痛みのあまり蹲る本体の後頭部を、今度は木南が思いっきり踏んづけ、無表情状態の玲南が脇腹を蹴りつける。
『とぅるるるるるん、とぅるるる……た、たすけ……だずげ乙』
2人が執拗に本体を蹴り続ける様子を引きつった顔で見ている千影の傍に新手の着ぐるみ電話が現れたが既にボロボロ状態だった。救いを求めるように手を伸ばしてきたが、千影がじっと見ているうちに黒い煙を上げ、やがて力尽きて床に沈んだ。
その後も電話は鳴り続ける。
『とぅゑぶるぅぷるるソ、た、助け……お願いだがらゆるじ、ゆゑレ乙……』
『とぅるるるん、どうが御慈悲を、どラ加ごレ非ををーっ! あぼあああー!』
『お前には、お前には人ゐ痛みを理解する心がないのかーッ!』
いや、お前ら人間じゃないだろ。着ぐるみ電話の本体が破壊される打撃音を背中越しに聞いているうちに、会議室に転がっていた無数の残骸が消滅し、無慈悲に蹴られ続けていた本体もいつの間にか跡形もなく完全に消え失せ、会議室は変質者が襲撃する以前の落ち着いた雰囲気を取り戻した。
「あ、あの……」
「ん、どうしたね有東木くん?」
「……昔の電話機って、中から人が出てきたりするんですね」
「あのだね有東木くん、物事は常識で考えような……締切に追われてテンパった漫画家じゃあるまいし」
まさか現状を説明する上で一番不適切な言葉を使われるとは思わなかった!
「それはマチルダさんに追いかけられていた木南さんでしょ!」
「ひぃぃぃぃ!」
条件反射的に机の下に潜り込む木南。マチルダってマジで何者だ。
「というか、亀が巨大化したり、想力発電所がドット絵の世界になったり、グレイを摂取してレベルアップっていくらなんでもおかしいでしょ! どうしてこうなったんですか」
「それだがね……昨夜の話だが、想力技術を採用した全ての異世界でとんでもない騒ぎが起きた」
「……何があったんです?」
木南が本当に疲れ切ったような顔で話しはじめた。よっぽどな事があったようだ。
「長年異世界同士で連携を取り合って抹殺が呼びかけられていた、神話で語られる天災そのものと言われていた超弩級パラノーマルが、昨夜19時30分頃に何の前触れもなく滅び去った」
「19時30分?」
それは千影がパラノーマルに襲われていた時間だった。ただ、彼はその時刻に何があったのか、具体的に知る由もない。玲南が補足する。
「……千影くんも覚えてるでしょ。千影くんを異空間に引きずり込んでもぐもぐしようとした、巨大なウマシカもどきが結界をすり抜けた、あの時がちょうど19時30分」
つまり、玲南が「顔を出さないで!」と叫んだあの時が19時30分だったようだ。意味を理解した千影の顔からみるみる血の気が引いていく。
「おかげで昨日も仕事終わった後に緊急呼び出しがあって帰れなくなっちゃってさぁ……やっとここの(富嶽第一想発の)不具合が終わったと思ったら、神話級のパラノーマルが突然消滅したって言われて、その調査で天国から一転して地獄だよ……」
木南のテンションがみるみる低下していく。
「それで調べてみたら、どうも有東木くんが神話級パラノーマルと何らかの因縁を持ってしまってるみたいだし、消滅イコールうちゅうのほうそくがみだれる、みたいな異世界史上最狂最悪レベルのパラノーマルに、どうして有東木くん達が呪われてしまったのかって……」
「おいちょっと待て」
亡者めいた嘆きの中で言われた、とんでもない事実を聞き逃す千影ではなかった。
「んー? どうしたね……?」
「神話級パラノーマルに呪われたって、どういう事ですか!」
「……そのまんまの意味だよ」
と、木南は意味不明な供述を繰り返しており……この問いに答えたのは玲南だ。
「玲南さんが説明してあげよう★ 例えば、千影くんの周りをパラノーマル達がうようよしていたりしない? それ以外でもパラノーマル以外でも、例えば唐突に巨大な亀が襲ってきたり」
ギクリとする千影。もしかして、さっきの巨大亀もそうなのか?
「ケータイから触手が伸びてきて、持ち主を土下座させようとしてきたり★」
「そんなバカな……ってアレ、何だ。このザラザラしてるのにぬめぬめした、変な感触は……」
「有東木くん、それはソシャゲに出てくるモンスターの触手だよ!」
何を言っているかわからないかもしれないが、また巨大亀が襲ってくるのかと周囲を警戒していた千影のケータイ画面から触手が飛び出してきた。粘液がまとわりついた、表面のあちこちに吸盤を思わせる突起がある、とにかくおぞましい感触をした触手が千影の頭を床に押し付けようとする!
「そして画面から出てきたモンスター本体に食べられそうになったり★」
ケータイ画面から身を乗り出すようにして現れた触手の主が、千影を触手で絡め取って持ち上げる。木南が千影を取り返そうと頑張っているが、このままでは千影は下半身タコで上半身を鱗に覆われた醜い老婆の夕飯にされてしまう。
「アバーッ!? これはどんなクソゲーだよ!」
■
「この世にクソゲーなど存在しない。ただし人生というクソゲーを除く」
硬派なゲーム評論・社会評論で知られたが、クソゲー炎上祭りで自宅が炎上し最期を遂げた
ゲーム評論家K・S・ゲーバンザイ(1990-2033)の遺言(未冥偉人伝(未冥書房刊)より)
■
「偉人の言葉を引用したって、こんな触手だらけの現実は信じねーわ!」
触手にもみくちゃにされながら千影は絶叫する。
「K・S・ゲーバンザイの名言を知ってるなんて千影くんも物知りだね★ ちなみに食べられるって、性的な意味でだよ★」
「ちょ、何を付け加えて……」
それまで千影をつぶらな瞳で見つめていた老婆が、玲南の説明通りにたくましい腕で彼を抱きしめぎゅーすりすりをし始めた! つぶらな瞳にハートマークが見えるのは多分気のせいです!
「ゴメンナサイ! 種族の違いは大きいので許して下さい!」
「ちょっと玲南ちゃん? そのモンスター娘の話は神話級パラノーマルとは別件じゃなかったかい?」
「え? あ、そうだったっけ★ 正しくは、鉄アレイとちくわを投げつけてくる、変な忍者に遭遇する、だっけ」
「おーい! あのモンスター娘さん、『人違いでした。失礼しました』って頭下げてケータイの中に帰っていったけd……ちょ、鉄アレイとちくわは投げるものじゃ……な……」
鱗に覆われたモンスター娘に抱擁されたおかげで既に全身ボロボロ状態だった千影が、今度は必死に忍者から逃げ回る。鉄アレイをぶつけられたら最悪死ぬからだ。
木南に助けられ、ようやく忍者を振り切り戻ってきた千影に、さらなる悪夢の宣告が襲いかかる。
「あと、唐突に草食動物の気分を味わいたくなって、そこら中の雑草をお腹いっぱい食べたくなったり★」
To Be Continued>




