★第一話 ねえねえ今どんな気持ち?
大規模発電所が人類の文明を支えていた時代から、環境汚染や大規模な事故が起きた時の危険性が問題視され、より安全でクリーンなエネルギー技術の研究が進められていたが、従来の大規模発電所の廃絶を急ぐあまり『電力供給が上手くいかないなら電力需要を減らせばいいじゃない』と、革命を起こされた王妃様みたいなノリで社会全体が凄まじい節電を行った結果、努力や我慢も限界に達した企業達が製造拠点を海外移転させると表明するようになる。
それまでの過酷な節電は消費の冷え込みや商品の減産、つまり不景気をもたらしたが、その上日本国内の製造拠点が国外に逃げてしまったら、国内の工場で働いていた人達が失業してお金を稼げなくなる。そのうち、食料や様々な物資を買うお金もなければ、売るための品物もなくなっていく事が予想された。
それでも現実の電力供給能力不足はどうにもならず、発電所の増設が進むまで当面は更に節電するしか解決策はなく、まず真っ先に出版、マスコミ、ゲーム、アニメといった娯楽産業への電力供給を大幅にカットする事が決定された。
こうした状況で。
マンガやアニメ、ゲーム、通信業界やその他業界が長年研究してきた発電技術が実用化され、電力供給が劇的に改善された。
一見エネルギー業界とは何の関係も見出だせないエンタメ業界が、この発電技術に関わったのには2つの理由がある。
1つは、エンタメ業界は節電努力が足りないから、もっと節電しろという世論に対抗するため。
そしてもう1つは……この発電方法は、人間なら誰しも持っているであろう、何かへの熱意をエネルギーに変える技術だった事にある。
すなわち、萌えの力で発電してしまうという、前代未聞の発電技術「想力技術」が完成したのだ。
想力発電のおかげで電力供給不安は解決されたが、この技術の実用化で夢みたいな未来が! なんて話には決してならないのが現実の厳しいところ。
例えば、火力発電には化石燃料を枯渇させたり大気汚染を招くといったデメリットがあるが、それは想力発電でも変わらない。
人々の悪意がモンスターを生み出したり、匿名掲示板に悪口ばかり書き込んでいた人が謎の死を遂げるといった怪異が発生したり、想力発電所がある地域は性犯罪が増えるとか、近隣住民が幻を見るなどの健康被害が多発すると囁かれている。
と、このような話を聞かされたところで、普通の人はまず返事に苦しむだろう。
思念の力が現代社会を支えるエネルギーの柱だと言われても、理解できる人が限られた非現実的な話に変わりはない。そんな事が可能ならば、天空の城を崩壊させる呪文を唱えられた祭り状態で膨大な燃料が産み出せる事になる。ネットで炎上騒ぎを起こせば電力会社やエネルギー業界から表彰されるのか。ネットで悪を糾弾するのと同じくらい生産的だ。
ゲームやネット、マンガやアニメに熱中しすぎた人のたわ言としか思われていなかった。
例え、マンガやアニメやゲームに熱中する人達の熱意をエネルギーに変える技術が実用化されていたとしても。
大掛かりなプラントでエネルギーを精製処理して発電する、大規模な想力発電所が全国に存在していたとしても。
ゲームで遊ぶ人達から回収された思念のエネルギーを、発電や大工場の動力源に活用する機能が、ケータイ電話や端末に標準搭載されていたとしても……
■ その1
これはゲームのやりすぎでゲーム脳になってしまい、現実と妄想の区別がつかなくなった有東木千影が見た一炊の夢である。あくまでも夢なのだ。夢にしておいた方がみんな幸せでいられるというものだ。
「ところがどっこい、夢じゃありません……! 現実です……! これが現実!」
千影が横たわるベッドのすぐ傍で変なおっさんが何かほざいてる。夢なんだから空気読め。夢でなければありえないのだ。病院か学校の保健室のようなところで、とても変なおじさんにお医者さんごっこをされる夢なんて、自分の頭が健康なのか疑うけど。
その人は本当に変わったおじさんだった。髪型はパンチパーマで、千影に投げつける視線は鋭く、顔には大きな切り傷の痕がある。右手の小指が不自然に短く、本来なら清潔なはずの白衣は返り血を連想させる生々しい赤に染まっている。どこからどう見てもヤの字がつく反社会的な組織の構成員です。本当にありがとうございました。
だがしかし、ベッドで横たわる千影の身体は何故か動かない。このヤクザから顔を背ける事もできない。金縛りか?
「ワレ、病院の前で倒れてたんだぞ。ワシが名医でよかったな、このままじゃ流れ弾にあたって……いや、出血多量で死ぬとこだったぞ」
「はぁ、助けていただいてありがとうございます」
助けてもらったら素直にお礼を言うくらいの礼儀を千影はわきまえているが、内心では何故言い直したのか気になって仕方がなかった。もしかして流れ弾どころか全身蜂の巣にされていたのか? それとも全身の血液を何か怪しい液体と交換されてしまったのか?
とにかく、こんな変な夢からは早く覚めようと思った。布団被れないのがもどかしい。本当に嫌な意味でリアルだ。
「倒れていたのは徹夜でもしたんか? カラダに疲れでも溜まってたのかもしれないな。疲れに効く良いクスリを処方してやろう」
「さようなら」
本来睡眠バッチリな千影は麻痺状態のバッドステータスを解消する事風の如し! 一瞬のスキを突いて病室の入り口へ。
だがしかし、医者に肩を掴まれてしまった!
「ちょっと待て! せっかくこの病院に来たんだから、疲れに効く良いクスリを処方してやろうっていうのに!」
「いや、実は今お金あまり持ってないですし」
やんわり断ろうとする千影。お金がないのは事実である。そうでなければ夏休みを利用して高給取りのアルバイトをしようなんて考えない。
強面の医者がなおも食い下がる。
「そんなの気にすんな! お金のない患者向けのサービスも充実しとるからな!」
「いえ、要りません」
「まあ聞け。この世の中には、恵まれない人が沢山いるんじゃ。難病とかで臓器移植が必要な人に、ボンみたいな健康な人が臓器を提供すれば、その御礼で診療代をチャラに」
千影は一瞬のスキを突いて逃げ出す。しかし回り込まれてしまった!
「お前みたいな若いもんの臓器は高く売れるぞ。それでどんな診療でも思いのままじゃ。何が望みじゃ、言うてみい」
「臓器と引き換えとかふざけるな!」
つい大きな声で怒鳴り返した。
「何故嫌だと言うんじゃキサマ! ここは政府指定の無許可医療機関じゃ! 医者にも社会にも見捨てられた患者が辿り着く、最後の場所なんじゃ! そんな病院が行う診療のどこが嫌なのか、言うてみい!」
「政府指定なのか無許可なのかどっちだよ!」
「細かい事気にすんなワレェ! そんじゃ、お前の身体にお気に入りなアニメキャラクターを描いてやろうか?」
「もっといらないわ!」
「お前が待ち受け画面にしてる、関之沢玲南の入れ墨も彫れるぞ?」
「やっぱり入れ墨じゃないか! そもそも待ち受けにしてないし!」
関之沢玲南。それは千影がよく遊んでいるケータイゲーム『想伝蜃奇録』に登場する女の子キャラクターだ。確かに彼女の外見や性格もお気に入りでゲームでも良く使っているが、別に待受の壁紙にしているわけではない。
「ほら、こんなんでどや?」
「むしろアンタが待ち受けにしてんじゃないかよ!」
医療用タブレットに映る玲南の壁紙がやたらキレイなのが腹立たしい!
「それともボンはこっちの方がいいか?」
医者は更に恐ろしいシロモノを見せてきた。やたらと熱気を放つ箱の中で真っ赤に加熱された棒だ。先端の断面に『我玲南命』と彫られている。
「焼き印じゃないか!」
「おおボン、よく知ってるな」
「よく知ってるな、じゃねえよ! それをどうするっていうんだよ!」
「ん? もしかして字が気に入らないのか? ならば文字を変える事もできるぞ?」
「そうじゃなくって、ここの病院の医療受ける必要ないって言ってるんだよ!」
なりふり構っていられない。アウトローな香りがどんどん強くなる。一刻も早くこの病院から脱出しないと、本当に命の危険がありそうだ。
「キサマ、そこに座れ!」
しかしヤクザな医者から逃げられず、腕を掴まれベッドの上に乱暴に放り投げられた。痛い。あと少しで怪我するところだった。
「何すんだよ! 怪我したらどうするんだ!」
「おお、そうか。それならワシが診てやろう」
何という外道! 医者が怪我人を産み出して良いのか! しかも自らの行いを恥じる様子が皆無だ!
「あいにく、どこも痛くありませんから必要ない!」
「ワシの病院に患者としてやって来ておいて、自分は健常者です? そんな言い分社会が認めると思っとるのか!」
「非常識なやつほど常識を語りたがるって、アンタの事だろ!」
「学生の分際で常識を語るな!」
ああ言えばこう言う。ヤクザな医者は飢えに苦しむ獰猛な肉食動物みたいな目をする。
「って、その手錠は一体何なんだよ!」
「ちょいと警察にはコネがあるのでな!」
この男の場合コネとは言わない! 容赦なく手錠をはめようとする医者に千影は激しく抵抗する。
「そもそも、オレの臓器や筋肉を摘出して金儲けする事のどこが医療行為だ!」
「おう、それのどこが悪いんじゃワレ! ワレはワシのシノギになるんじゃ!」
ついに開き直りやがった、このヤクザ医師! 千影も手錠を持った手を蹴ったりねじ上げたりして激しく抵抗するが中々その手を振り払えない。このまま手かせ足かせをはめられて、臓器を取り出されてしまうのも時間の問題だと思われた。
『うんうん、困るんだよねー。この玲南さんをそういうアコギな商売に利用しようとか。マジで勘弁★』
「「……え?」」
すぐ近くで、女の声がした。
声の主に心当たりはない。医者も千影と一緒になって周囲をキョロキョロしている辺り、千影の空耳ではないようだ。聞き覚えのある声だが、どこで聞いたか思い出せない。
「……ボン、お前何か言ったか?」
『ちょっと、玲南さん無視するんですか? あなたの目は節穴かな?』
女の子が怒っている声がはっきりと聞こえた。医者と千影がその方向を見る。
玲南の壁紙を表示したタブレット端末が置かれた机の横で、やっとこっちに気づいたと言わんばかりな女の子。
どこかの学校制服と思われるクリーム色の半袖のセーターと黒いスカート。天然茶髪っぽいセミロングの髪型に、パッチリした大きな二重の瞳で、綺麗というよりも可愛らしい顔立ち。
一度見たら絶対忘れられないような、ものすごい美少女がいた。
不思議なのは、何故か彼女に見覚えがある事だ。 一体どこで? 心当たりを考える千影の傍で、ヤクザな医者が彼女に怒鳴る。
「なんじゃ、おんどれはぁっ!」
「え? 私がウワサの、関之沢玲南さんですよ?」
その言葉で、ようやく千影は心当たりに気づく。
先程ヤクザな医者から壁紙で見せられた関之沢玲南。
その彼女とまるで瓜二つの美貌がそこにいた。
To Be Continued>