九話
「えっとつまり、僕と一緒にいたいから、ヒモにならないかってこと?」
「端的に言えば」
「でも……なんだかなあ」
人によっては、養われると言うのは楽でいいのだろう。
だが僕としては、今後も働き口を探すつもりだ。
村に戻ったらまた色々と言われるだろう。だが、骨を埋める覚悟で戻ったのも事実。それに父さん母さんにも心配をかけたままでいる。
「ねえ、ねえ、それじゃあ、お試しってどう?」
「お試し?」
僕がウンウンと悩んでいると、そんな提案をしてきた。
「取り敢えず、一ヶ月! 私と一緒に暮らしてみない?」
「一ヶ月……」
「せ、せっかく、ほら……恋人? になったんだし?」
「そこは悩まずにはっきり言えよ、好きだよ、ミオン」
「レレレレッジ、あんたよくそんなサラッと言えるわね。こ、これはもう縛って拉致するしか……」
「いやいやいや、何いきなり物騒な発想してんだよ! らあ、わかった。一ヶ月だけな? それと、父さん母さんにもきちんと知らせないと。僕たちが付き合うってことも含めてな」
「それは大丈夫」
「ん?」
「まあ、王都に行ったらわかるわ。今は、二人きりの時間を楽しみましょう」
「あ、うん。そうだね」
お供の人もいっぱいいるんだけど……まあいっか!
★
1週間後、僕たち一行は王都へついた。
ええ、イチャラブしましたとも。それはもう存分に、大人の付き合いをね。
「ついたわよ」
「ここが王都か……」
街道からも見えていたけど、やはり目の前に来ると凄い規模の街だとわかる。
「ミオンのうちはどこら辺にあるんだ?」
「貴族街って区画があるのよ。私の家はそこの中の更に分けられている伯爵エリアにあるの」
「へえ」
「ちなみに、門から普通に歩いたら1時間は歩くわよ」
「えっ、そんなに広いの?」
王都、凄えなあ。
「端から端まで歩いたら、3時間はかかるわ」
「3時間も?」
さすが100万人都市と呼ばれるだけはある。
馬車は正門から顔パスではいる。門番の数も10人ほどいて、かなり厳重だ。
「凄い人だかりだ……」
テロトルテの街とは正に比べ物にならない。見渡す限りの人、人、人。馬車の通る道は若干低くなっており、歩道と区切るようになっている。
道には等間隔に灯りを灯す棒が建てられている。石畳も真っ平らで、まさに国の中心たる都市に相応しい整備がなされていた。
「あの奥に見えるのが、王城か」
「そうよ。まあ、見た目と違って内部はドロドロに汚いけどね」
「えっ?」
「なんでもないわ、忘れて」
「あ、ああ」
ミオンはとても怖い表情をしていた。貴族の世界にもままならないことがあるのだろう。
「すれ違う人達みんな、良い顔をしているな。なんと言うか、人生を謳歌しているって感じだ」
「まあ、ここは中央道って言って、王城まで続く4本の道の一つだから。王都でもひときわ賑わっているのよ。ここに来る人達はその通り、人生を楽しんでいる人達」
「ふうん」
じゃあ、そうじゃない人達もいるってことか……ミオン、本当に大変だったろうな。
30分ほど経つと、ミオンの言う通り建物の外観が変わってきた。
人混みもなく、静かな空間だ。
「ここが貴族街か」
「そう、この国でも上位に位置する人たちが住まうところよ。ま、地方の領地持ちの貴族の別荘もあるけどね。法衣貴族は専らこの区画に住んでいるわ」
馬車の進む音が響く。そして、一つの屋敷の前で停車した。
「ここが私の家よ」
「ここが、ミオンの」
馬車の窓から覗くと、3階建てだろう大きな建物が目に入った。庭だけで僕の家が20軒は立ちそうだ。
「しばらくお待ちください」
今まで無言だった御者の男性が、声をかけてきた。
そうして、大きな両開きの鉄門が開かれる。
と同時に、屋敷からぞろぞろと人が現れた。
「あの人達は?」
「使用人よ」
この整列している人が全部、ミオンの使用人なのか……40人ほどはいるぞ。
馬車は庭を進み、噴水と噴水に挟まれた位置で停止した。
「降りて」
「う、うん」
どうしよう、緊張してきた……領主様に会う時よりもガチガチになってしまっている。これがこの家の人たちとの初対面なんだ、好印象を残さないと……
「ふふっ、レッジ。大丈夫よ、あなたのことは言い伝えてあるから。いつも通りにしててね」
ミオンはそう言って、僕の頬に軽くキスをした。
「お、おう」
少し気が軽くなった。彼女はなんで僕の状態がわかるのだろう、不思議だ。
ミオンは僕の腕に自分の腕を絡める。まるで舞踏会でエスコートするかのように。
そして道を歩き、使用人達のそばまでくると、皆が一斉に頭を下げた。
『おかえりなさいませ、ご主人様!!』
「ただいま戻りました。出迎えご苦労様」
彼女の顔つきは一気に凛々しくなる。大規模商会を取り仕切っているだけあって、人の扱いに慣れている様子だ。
「こちら、私のこの世で一番大切な方。話していたレッジよ。くれぐれも、丁重にもてなすように」
『畏まりました!!』
「よ、よろしくお願いします……」
なんかめっちゃ威圧されてる気がするんですけど……ほら、あの男性なんて今にも目が飛び出しそうなほど僕のこと睨んでるじゃん!
「じゃあ、まずはレッジの部屋に案内するわね。皆、仕事に戻りなさい」
『はっ!!』
使用人達は一段頭を下げ、屋敷の中へ戻っていった。
「レッジ様、お初にお目にかかります」
と、その中で一人の男性だけ、こちらに向かってき、そういった。
「あ、どうも……あれ? セバンスさん?」
テロトルテの街まで案内してくれたあの人にとても似ている。
「いいえ、セバンスは私の兄でございます。ステイヤンと申します、伯爵家の執事頭でございます。以後、よろしくお願いいたします」
「そうなんですね、こちらこそ」
ステイヤンさんに連れられ、俺たちも屋敷の中へ入った。