八話
「レッジ……はい、勿論。よろしくお願いします」
僕たちは両想いだったのだ。こんなに嬉しいことがあろうか?
27にもなって、初恋かつずっと続いていた恋が、ついに実ったのだ。
「ミオン……」
「レッジ……」
僕たちは見つめ合い、だんだんと互いの顔を近づけ……
ちゅっ。
「……や、やっぱり恥ずかしいわ!」
「お、おう、そうだな、うん」
一瞬唇が触れただけで、お互いにババっと離れてしまった。
初心にも程があると言われそうだが、仕方ないだろう!
「……」
「……」
沈黙が、しかし心地の良い空気が、馬車の中を支配する。
「--って、そうじゃない」
「えっ?」
いや、待つんだ。確かに告白され、告白できたことはとても嬉しい。
しかし話の発端は、もっととんでもないところから始まったのではなかったか?
「ミオン、大事なことだから、きちんと聞かせてくれ」
「えっ、うん。なに?」
「ヒモって、一体どういうことなんだ?」
「……そうだわよね、わかっているわ。きちんと説明する」
ミオンは、胸元の押し花をしまう。そして服を二度三度払い、姿勢を正した。
「レッジのことが好きだった私は、追いかけるように村を出たの。でも、あなたの頑張る姿を見て、決心した。私も、彼に釣り合うくらいの女にならなきゃって」
「いやいや、ミオンは僕たちの中でも飛び抜けて優秀な子供だったよ?」
「ううん、そんなことはないわ。少し頭がいいだけの子供だったのよ」
「そうかなあ?」
村人たちは、ミオンのことを相当褒め称えていたが。
「私の神能、憶えてる?」
「ああ、勿論。一緒に町の教会で啓示を授かったからね」
なお、領主様の住まう"街"ではなく、本当に一番近くにある教会が建てられている町だ。
「確か、"カリスマ"、だったよね」
「そう。人を惹きつける能力、人を統率する能力。そういった指揮官に必要な能力が込められた神能だわ」
「僕の石ころ投げよりよっぽど使えそうだ」
「レッジ、自分の神能を、自分の可能性を否定するのはやめて。あなたのことを信じている私のことまで否定するの?」
「あっ、いや、ごめん。続けて」
「私は、簡単に言えば、成り上がりなの」
「成り上がり?」
「この神能を使って、貴族になったのよ」
「え……ええええええ!?」
ミオンが、貴族に!?
「驚くわよね」
「あ、当たり前だろう……今さっき、告白したばかりなのに……えっと、この場合はどういう態度を取れば」
「いいのよ、レッジは特別。昔みたいに接してくれた方がむしろ嬉しいわ」
「そ、そうか……わかったよ」
でも信じられないなあ、ミオンもまだ27歳、それも女性だ。
例え本当だとしても、男ばかりの貴族社会でやっていけてるのだろうか?
「私は初めは商売を始めたの。行商人見習いになって、あちこち回ったわ。それこそ他国にまでね」
「そうなのか……そりゃ、会うことは出来ないよな」
僕はもっぱらテロトルテ周辺でクエストを受けていたからな。
「いつしか一端の行商人になれて、店舗を持って、ついには王都にも店を構えたわ」
「王都に! 凄いじゃないか!」
王都に店を構えられるのは、たとえ小さな店舗だとしても、相当腕のいい商人だけだ。人々の目は肥えており、少しでも失敗をすると、途端に潰れると聞く。
ミオンも大変な努力を積み重ねてきたことがわかる。
「ありがとう。そして、自分の神能を最大限活かして商売を頑張った。いつしか店も大きくなり、王城での覚えもめでたくなるほどに成長したの」
「王城……つまりは、国の中央に商品を売りつけられるほどにまで?」
「そういうことね」
まるで、辺境の村人であった少年が、ドラゴンを倒す勇者になったみたいだ。
「そして私は、ついに貴族へ陞爵されたの。といっても、法衣貴族って奴だけどね。ついでに、今の位は伯爵よ」
「は、伯……爵……」
「戦争があったのは、知ってるわよね?」
「あ、うん。勿論。テロトルテの街でも、戦時体制がとられたことがあった」
ちょうど三年前のこの時期、春の中頃。隣国が攻めてきたことがあった。
僕はもう寂れた冒険者として暮らすことに決めてきたから、出征には参加しなかったけど、結構な犠牲者が出たはずだ。
結果として、隣国を討ち返し、和平交渉で領土までもらえたと聞く。
「ミオン、まさかその戦争に?」
「少しだけね。勿論、戦闘には参加してないわよ? 成り上がりの商人なりに、全国にある物流網を駆使して兵站に協力したの。戦争が終わった後、随分感謝されたわ。おかげで、最初に授かった準男爵から一気に伯爵になれたわけ」
「成る程……つまりは戦争で手柄を上げたわけだ」
「まあ、そうなるわね」
凄いなあ、自分の神能を最大限活かして、出来ることを出来るだけやり尽くしてきたんだ。
本当に、尊敬するよ。
「法衣貴族は自らの治る土地を持たない。国から賃金を貰って自分のできることで国に貢献するの。だから私は商人の顔を持つ伯爵ってわけ」
「なるほど」
「で、こうしていまレッジに会っているってわけ。ここまではわかった?」
「うん、わかったよ。その話、信じる」
「ありがとう」
ミオンはうふふ、と無邪気な笑顔を見せた。
「というわけで、お金が沢山あります」
「はい」
「好きな人に出会えました」
「はい」
「恋人になりました」
「はい」
「恋人は落ち込んでいます」
「……はい」
バレていたか。幼馴染と自分とのギャップや、村に戻った後のことを考えた憂鬱……正直、村を出て、馬車の中で自分の人生を振り返っていると、だんだんと帰りたくなくなってきていた。
「じゃあ、ヒモになってもらおう!」
「なんで!?」
その結論はおかしい!
「お、お願い! まだ言ってなかった、本当のことを言うわね」
「お、おう」
「レッジのことが好き。大大だーいすき! 24時間一緒にいたいし、毎日チュッチュイチャラブしたいし、子供も百人欲しいし、全身舐め回したいし、お金を好きなだけ使わせてあげたいし、私の身体はいつでも好きに使っていいし、とにかく私の一生を捧げたいっ!」
「…………お、おうっ?」
「はあ、はあ……わ、わかったかしら?」
彼女は今度は挑戦的な笑みを浮かべた。