七話
「ヒモ……?」
「そうよ」
「……それ本気で言ってるのか?」
「当たり前じゃない」
いきなりなんだ?
ヒモって、あの女の人に生活を依存する男のことだろ?
「嫌、僕は村に帰ってきこりの仕事が……」
「今更戻れるの?」
「えっ?」
ミオンは、僕の身体から離れ、反対側の椅子に座り直した。
「私、知ってるのよ」
「な、何をだよ?」
「レッジが、どこで何をして、なぜ村に戻ったのか。そして村でどのような扱いを受けていたのか」
「なんだって……」
どうやって知ったんだ。
僕が村に戻った理由は、村長と両親しか知らないはず。
いや、でも、村のみんなは私が知っている様子だったな。僕に強く当たるのも、落ちこぼれだとわかったせいなのか?
「どうやってそんなことを?」
「神能よ」
「神能で? でも、ミオンはそんな神能は授かっていないはず」
「私のじゃないわ、遠視の神能を持った人を雇っていたのよ。ずっと使えるわけじゃないから、定期的に観察していたんだけどね」
つまりミオンは、神能持ちを拘束できるくらい財産があるってことか……確かに、ヒモになれって言われても納得できるところはある。
神能とは、神様からの啓示により、なんらかの才能が芽生え、その個人の特定の技能が大幅に上昇することだ。
小さなものから大きなものまで、その能は様々ではあるが、有益なものであると貴族や金持ちが金を払って雇うこともある。まあ、そのレベルまでとなると、そんなに滅多にはいないのだが。
5歳になると、教会に行って啓示を受けることができる。この世に住まう人は皆、何かしらの神能を持ち合わせている。
だが、殆どの人は指から小さな火を出せる、息をいっぱい吸える、など使いどころが限定される能力に留まる。
神能を使って生計を立てられるほどの人物は、まさに神に選ばれし人物なのだ。
しかし、遠視の神能は明らかに有能だ。僕も冒険者時代に出会ったことがあるが、小さな洞窟程度であれば、奥に何があるか地上の離れた場所からでも見ることができるのだ。
ミオンは王都にいたらしいから、そこから僕たちの村まで遠視出来るほどとなると、相当な神能の持ち主ということになるが……まあ、近くの街まで出向いて使用するという手もあるから、一概にそうだとは言えないが。
僕の場合は、"投石"の神能。手に握れる大きさまでの石を、高速で投げられるという神能だ。
様々な練習をした結果、使いようによってはそこそこ使える能であることがわかった。だが、村での評判はあまり良くなかったことは、子供心ながらにもわかっていた。
だから、村を飛び出したんだ。神能だけが、人の全てじゃない。どんな人にも、可能性があるんだと証明したくて。
まあ結果は御察しの通りだが……
今となっては、なんて青いんだと思う。
「じゃあ、僕が冒険者時代にどのような扱いを受けていたか、全部知っているんだね」
「大体はね。正直、見ていて辛かったわ……と言っても、一番辛いのはレッジだわよね」
「嫌、もういいんだ。そうか、なんだか恥ずかしいな。幻滅しただろう?」
「ううん、そんなことはない。レッジの能力を活かしきれなかったあいつらが悪いのよ。神能はその大小はあれど、使える場面で使えば大きな効能を発揮する。ただ、周りの人間がそれに気づいてあげることが必要なの。だかは、レッジは悪くないわ」
「そうか……そう言ってもらえると、嬉しいかな」
慰めかもしれない。しかし、ミオンが、僕の好きな女性が、僕のことを気にかけていてくれた事実はとても嬉しかった。
だがそれとヒモ云々は別だ。いまだに納得できない。
「でもだからって、なんで僕のことをヒモにしたいなんて言い出したんだ? 僕が仕事選びに失敗したこととなんの関係が?」
「実は……」
「うん?」
ミオンは俯き、膝の上で両手をグッと握る。
「……わ、私……」
「お、おう」
そして顔を上げ、僕をキッと睨む。
「レッジのことが好きなの」
「えっ……?」
今、なんて言った?
「だ、だからっ……レッジ、あなたのことが好き。ううん、大好きなの」
「お、おう?」
「付き合ってください」
「えっと」
「だ、ダメかな?」
目の前の幼馴染は、ウルウルと瞳を潤わせ、上目遣いになる。
その表情は反則だろ……
「いや、その、話が見えてこないっていうか……」
「そ、そうだよね。説明不足だったわね」
ミオンは、そういうと立ち上がり、ぎこちない足取りで再び僕の隣にぴったりとくっつき座る。
「私、昔から。そう、あの村にいたときから、レッジのことが好きだったの」
「子供の時からってこと?」
「うん。レッジは私と会うとき、いつもニコニコした顔で、私も一緒にいて楽しかった。いろんな場所に連れて行ってくれたし、たまには喧嘩もしたけど、必ず仲直りをしてくれた」
そりゃあ、好きな女の子と一緒にいられて嬉しくない男はいないと思う。
「そんなレッジと一緒にいるうちに、いつしか好きになっていた。でも、いきなり村を出て行くって言われた時、とても悲しかったわ。私は置いていかれるのかって」
「それは……ごめん」
実際、あのときは反対された。親だけでなく、ミオンも必死になって引き止めた。
だが僕は、それを無視して村を出た。一輪の花を残して。
「ねえレッジ、憶えてる?」
「何を?」
「これを渡してくれた時の言葉」
ミオンは先ほど見せてくれた押し花を、懐から取り出す。そして愛おしそうに見つめた。
「『きっと迎えに行くから、それまで待っててくれ』って。まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいだったわよね」
「や、やめてくれ、恥ずかしい……もちろん、憶えている」
二人だけの秘密なと釘を刺しておいた。
「私、12年も待ったんだよ? 覗き見するようで悪かったけど、でも、レッジの頑張ってる姿を見て、何度も励まされた。レッジの存在が、私の心の拠り所だったの」
「僕と同じだ……」
「えっ?」
「僕も、辛いときはいつもミオンのことを思い出していた。彼女のためにも頑張らないとって」
「レッジ……嬉しいわ」
僕はミオンの手を取り、自分の思いを伝えることにした。今、このタイミングしかない!
「ミオン……僕も、ミオンのことが好きだ。いや、大好きだ!」