四話
「レッジ様は、冒険者でいらっしゃったとか?」
「え? ええ。よくご存知で」
「最低限の情報は知らされていますゆえ」
「そうなんですか」
村を出て1週間半、あと少しで街につく。
こんなに早くつくなんて、さすがは高級馬車だ。馬も見ただけでいい馬だとわかるし。
「でも、引退して村に戻られたんですね」
「ええ……色々とありまして」
「人生誰しも挫折はつきもの……私だって、初めから旦那様の執事をしていたわけではございません。幾度もの経験を経て、今の私があるのです」
「はあ……お言葉、胸に沁みます」
「いえいえそんな。ところで、村では何を?」
「えっと、村長からきこりを任されたんです。と言っても、3週間程度しかやってなかったんですけどね」
「そうでしたか、それは申し訳ありませんでしたね、これからという時だったでしょうに」
「いえ、父さんや母さんには心配させたくなかったので言わなかったんですけど、実は……」
★
「あら〜〜レッジくん、こんにちわ〜」
「こ、こんにちわ」
「あらあら、これから森に行くの? 大変ねえ」
「いえ、仕事ですから……」
「またあ、木を切りに行くだけでしょう?」
「そ、そんなことないですよ?」
「あっ、じゃあついでに木の実でも取って来てもらえるかしら? 最近甘いものが欲しくてたまらないのよなあ」
「じゃあ私も〜〜!」
「えと、そういうのは、きちんと決まった配分がありますので」
「またまたあ、それくらいいいじゃない。お堅いわねえ。そんなんだから」
「こらっ」
「あっ、ごめんなさいねえ、つい口が滑って」
「い、いえ、それでは……」
僕は逃げるように山小屋へと足を運んだ。
「はあ……なんでこんな言われなきゃならないんだ?」
村人の、特にあのおばさん三人の目がとても気になる。見下されているのは間違いない。それに、便利屋扱いも。
きこりって、こんな蔑まれるような職業だったか?
「いや、違うな。僕が馬鹿にされているんだ」
僕ば冒険者をやめて村へノコノコ逃げ帰って来ていることは、周知の事実となっていた。みんな、表立っては言わないし、普通に付き合ってくれている。でも、裏ではあのおばさんたちにみたいに思っているのかもしれない。
「この先、やっていけるのかな……いや、骨を埋める覚悟でやってやるって決めたんだ! ちゃんと貫き通さないと!」
だが、その後も妙ないじりが止まることもなく……
「レッジくん、ちょっと手伝ってくれないか?」
近所のおじさんだ。どうやら薪を運ぶのを手伝って欲しいという。
「あ、はい。いいですよ」
「ちょっとアンタ……」
とそこに、奥さんがやって来て、僕の方を見て嫌そうな顔をした。
「あっ。ごめんごめん、やっぱりいいよ」
「はあ……?」
という具合に、ついには露骨に避けられるようになってしまった。
「一体どうして……」
僕の居場所は、この村にはもうないのだろうか。
★
「こうして、馬車に乗っているってわけです」
「成る程、村から出て残念な気持ち半分、安心半分といったところですな」
「ええまあ、正直に言ってしまうと……勿論、両親には申し訳なく思っていますよ? でも、あの状態でいつまで続けられたものか……きっと、そのうちきこりの仕事自体嫌になっていたでしょうね」
「人の考えることなんて、本当のところは他人にはわからない。時には自分さえも。そういうものです」
「はあ」
「レッジ様は、故郷で骨を埋める覚悟だった。でもその覚悟は、結局人の気持ちに左右されてしまった。今は帰っても仕事を続けるか迷ってしまっている。自分では出来ると思っていたはずのものが、実は全然できていない。私も痛いほど経験しましたからね。この歳になっても、未だに自らを省みる機会が多くて困ったものです、ハハハ」
俺よりもはるかに人生経験豊富なセバンスさんのいうことだ。
きちんと受け止めておこう。僕も、20年後30年後、このように自分の人生を振り返ることができるだろうか?
「なるほど、そういうものなのですね」
「ええ。ところで」
「なんでしょうか?」
セバンスさんは僕の方をニコリとしながら見た。
「レッジ様には、幼馴染の方がいらしたとか?」
「えっ? そんなことまでご存知なんですか?」
「ええ、まあ。仕事に関わることですので」
「セバンスさんの仕事に?」
領主様の執事の仕事と、僕に幼馴染がいたことにどんな関係があるのやら。
「まあそれは置いといて。どのような方だったのですかな?」
「ええと……名前はミオンと言うんですけれど。とにかく活発で、いつも一緒に遊んでいました。顔も綺麗で、幼いながらも美人になるなっていうのがわかるくらいで。それに賢くて、村の子供たちの中でも特に物覚えが良かったですね」
「なるほど……良き思い出のようで」
「ええ、勿論。お恥ずかしながら、あれは初恋だったのだなと今となっては思えるくらいには、意識していましたね」
「ほっほっほ、やはりレッジ様も男なのですな」
「でしょうかね、はははっ」
互いに笑い合い、その後も互いの思い出を語りながら、しばらくして宿屋町へ馬車を寄せた。