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三話

 

 今、僕は、馬車に揺られている。

 振動の少ない高級馬車だ。

 小窓を覆うカーテンを指で退け、外を覗く。

 街道には暑い陽射しに照らされた旅人や冒険者らが汗を拭う姿がちらほらと見受けられた。


「まさか、また街に戻ることになるとは……」


 話は1週間前、村に帰ってきて三ヶ月ほど経った、夏の直前へと遡る----






 ★






「召喚状?」


「そうです、我が主人、この地域の領主であらせられるアウルレルハルト様からです」


「りょ、領主様!?」


 ある日、森から戻ると、村が騒ついていた。

 皆、村長の館の前に集まっている。

 その半円の中心には、身なりのいい白髪の初老あたりに見える男性がピシリといい姿勢で立っていた。


 村人の話を聞くと、どうやら僕に用事があるらしい。というわけで、男性の許へ向かってみると、突然これまた高級そうな封筒に入った手紙を手渡されたのだ。


「れ、レッジ、冒険者の時、一体なにをやらかしたの? 母さん怒らないから、正直に言いなさい」


「いや、なにもやってないよ!」


 母さんが僕の肩を掴んで揺らす。


 全く心当たりはない。

 確かに荒くれ者の冒険者は存在するが、僕たちのパーティはそのような行為とは無縁だった。受けたクエストも(僕が貢献できていたかどうかは別として)きちんとこなしていたし、勿論領主様に喧嘩を売るなんてとんでもない。


 本当になんで召喚状が出されたのか不明だ。全く身に覚えのない。


「本当なんだな!」


 父さんは僕が村に帰ってきた日以上の眼力で僕のことを睨みつける。

 さしずめ真・魔王だ。


「本当だってば!」


「だったらなんで……レッジは本当にいい子なのに。ねえ、あなた?」


「むう……少なくとも、呼ばれた以上は向かわなければならない。また街に戻らなければな」


「そ、そうだね……」


 召喚状の期限は1ヶ月後。領主様の住まう街--僕が冒険者をやっていた街--テロトルテはこの村から3週間かかる。

 早く出ないと間に合わない。


「移動手段は心配ありません、あちらの馬車にお乗りください。いい馬を用意しておきました、2週間で戻ってみせますゆえ」


 男性が五本の指を揃え、村の入り口の方を指す。

 そこには、明らかに高級な馬車が佇んでいた。


「あ、あれに? 僕が?」


「ええ、そうですとも。御者は私が勤めさせていただきますゆえ、そちらもご心配なく。また、道中宿屋街にてご休息もしていただきます」


「は、はあ」


「ささ、どうぞこちらへ」


「え?」


 男性は僕の背中を優しく押す。


「ちょっと待ってください! 今からですか? まだなんの準備もしていないんですけど!」


 幾ら何でもいきなりすぎる。せめてもう少し時間を欲しい。


「しかし、ご主人様からは、大至急と仰せつかっておりますので……」


「いや、でも……」


 僕は父さん、母さんのことを見る。


「ま、またどこかへ行ってしまうの、レッジ?」


「…………」


 母さんは涙目でそう訴えかけてくる。

 父さんはなにを考えているのか、腕を組んで無言だ。


「えと、うーん、その」


 僕だって村を離れたくない。久し振りに両親と暮らせて嬉しいし、それにきこりの仕事もだんだんと慣れてきたのに。


「お母様、でいらっしゃいますね?」


「は、はい」


 男性は、母さんの方を向く。そして話し始めた。


「大事なご子息の御身、どうか預からせていただけませんでしょうか?」


「しかし」


「ええ、心中お察しします。ですが、これは領主様の命令なのです。背けば、きっとただでは済まされません。ここはひとつ、どうか……」


「…………」


 母さんは俯き、迷っている。


「ちょっといいか?」


 と、そこで父さんが口を挟んだ。


「はい、お父様でいらっしゃいますね? なにか?」


「ああ、ひとつ約束してくれ」


「なんでしょうか?」


 父さんは、腕を組むのをやめ、男性のすぐ目の前まで歩み立ち止まる。


「俺の……大切な息子なんだ。決して、決して粗暴な振る舞いをしないと約束してくれ。今、この場でだ。勿論、道中だけじゃない、街に行っても、だ」


「父さん……」


「それは……」


「どうなんだ、ハッキリしろ!」


「……畏まりました。お約束いたしましょう。ご子息の身柄の安全は、保証いたします」


「そうか、ならいい。レッジ、さっさと行くんだ。悩んだって断ることはできない。ならば、ウジウジせずに出て行ったほうがよほどいい」


「わかったよ、父さん。ありがとう」


 本当に、ありがとう。そんなに思ってくれていたなんて。

 やっぱり、僕の父さんなんだね。


「何がだ?」


「ふふっ。いいや」


「ふん、さっさといけ」


「うん。あの、お願いできますか? えーと……」


 僕は男性に向き直る。


「セバンスでございます」


「セバンスさん。今から馬車に乗ります。そして街に行きます……よろしくお願いします!」


「畏まりました。こちらこそ」


 セバンスさんは胸に手を当て綺麗なお辞儀をする。


「では、あちらへ」


「はい」



「--待って!」



「母さん?」


 馬車へ向かおうとすると、母さんが後ろから抱きついてきた。


「約束して、何があっても、絶対にこの村に……ううん、私のところへ戻ってくるって」


「わかった、約束だ」


 僕は母さんの腕を取り、抱きつき返す。


「ううっ、ふうっ」


「やめてよ母さん」


「だっで〜〜」


「絶対に、帰ってくるから----」






 ★






「はあ、母さんには悪いことしたな……」


「仕方ありませぬ、領主様からのお呼び出し、断ることはできますまい」


「ええ、わかっています」


 御者席から、セバンスさんが話しかけてくる。


「あと1週間か、果たして、どうなることやら」




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