二話
「今日からお前はきこりだ。それくらい出来るだろう」
村長の家に呼び出された僕は、早速仕事を与えられた。
そんなに大きな村ではないため、人出はいくらあっても困らない。
特に最近は僕のように街に出てしまう若者も多いと聞く……ごめんなさい。
「はい」
「わかっているな? きこりといっても、木を切るだけじゃない。その仕事は自然環境を維持することが目的なんだ。切って良い木と駄目な木を覚えるのはもちろん、低木や高木のバランス、木の実やキノコなどの植生の分布の把握。その他にもやることはいっぱいあるんだぞ?」
「は、はい、わかってます」
そんなに色々なことをやらないといけないのか……昔あのおじさんがやっていたことはそんなに大変なことだったんだなあ。
ちなみにその村人のおじさんは腰をやられたそうで、今は隠居している。
僕も気をつけないと。
「また、きこりは森に詳しくないといけない。その点、昔はあそこでよく遊んでいたことは利点になるだろう。植生なども特に昔と変わってはいないしな」
「はい、そうですね」
村のすぐ近くにある森は、僕とあの娘--ミオン--の思い出の場所でもある。
その場所を守る仕事であるというならば、一層力を入れなければというものだ。
「じゃあ、早速頼む。今は春だから。動植物が目を覚ます季節。色々と仕事はあるぞ? 気を抜くんじゃないぞ」
「わかっています、ありがとうございます。それでは」
「ああ、頼んだぞ、レッジ」
「失礼します」
僕は村長の家で、森へと向かう。
「あら! 久しぶり、帰ってきてたのね〜」
「レッジちゃんじゃない!」
「ほんとだわ〜」
「あ、おばさん達、こんにちわ」
井戸端会議をしていた村のおばさんたち三人が声をかけてきた。
この人達の顔を見るのも久しぶりだな。
「うふふ、レッジちゃん、こんなに大きくなって〜」
「そうよそうよ〜」
「何か用事でもあって? 確か、冒険者になるって村を出て行ったんじゃなかったかしら?」
「あ、はい。そうなんですが……」
「うん?」
「えと、その……」
「どうしたのかしら〜?」
「なにか言いづらいことでも?」
「そんなことないわよ! あんなに張り切って出て行ったのに〜」
おばさん三人とも、やたらとニヤニヤした顔つきで聞いてくる。一体何なんだ? ちょっと気持ち悪いなあ……
僕が返答に窮していると。
「あらあら、こんにちわ〜!」
と、そこに母さんが現れた。
「あ、あらあら」
「どうも〜」
「いい天気ですわね!」
「おほほ、ほんとほんと!」
か、母さん……!
僕が棒立ちで推移を見守っていると。
(早く行きなさい!)
目線でそう訴えかけてきた。
(ありがとう)
頷きで返事をし、その場を離れる。
そうしてしばらく歩き、森にやってきた。
「はあ〜〜……一体どうしたんだあの人達は?」
嫌な空気を感じた。まるで俺が逃げ帰ってきたことがわかっているかのような……
「そんなわけないか」
知っているのは父さんと母さん、それと村長だけだ。
「ふう。相変わらずいい空気だ」
森に足を踏み込み、大きく息を吸う。
木々の匂い、土の匂い、生き物の匂い。さまざまな匂いが僕を包み込む。
「懐かしい……」
そうして思い出される、子供の頃の日々。
やはり、一番記憶に残っているのは、ミオンとの日々だった。
今思えば、あれが初恋というやつだったのだろう。
いつも一緒にいた僕たち。いわゆる幼馴染というやつだ。
冒険者になった後も、辛いことがあれば、いつもあの頃の思い出を想いだして奮起していた。
これじゃあ、初恋じゃなくて、まだ続いている"恋"……か。
「ふう。よしっ」
僕は森を進み、村長から教えてもらった小屋へと向かう。
「あっ、あれか」
5分ほど歩くと、丸太で作られた小屋が現れた。
「……懐かしいなあ」
ここも思い出の場所の一つだ。いつも村のおじさんがいて、たまに森を訪れると色々なものをくれた。勿論、ミオンも一緒にいた。
子供の足でも村から来られるくらいの距離にあるのは、なにも森全体を管理しているわけじゃないからだ。うちの村が管理している範囲だけをすればいいと聞いている。
「ふふっ」
残念なことに隠居してしまったらしいが、また今度会いに行こう。きっと歓迎してくれるはずだ。先輩として聞いておきたいこともたくさんあるしな。
「思い出にふけっている場合じゃなかった。仕事をしないと……えーと、鍵、鍵」
小屋には刃物も置いてあるため、鍵がかけられている。なんか秘密の隠れ家みたいでワクワクするなっ!
「よし」
ギギギと軋むドアを押し、中に入る。
「こほっ」
ちょっと埃臭いな。あとで掃除しよう。
「おおっ」
小屋の中には机や椅子、ベッドまであった。斧や鉈、鋸などの刃物。竃、なんと暖炉まである。
「ここだけで暮らしていけそうだな。まあ、数日泊まり込むようなこともあるだろうから、そのためか」
食料の備蓄はないため、あとで用意しておかないと。幸い近くに川が流れていることはわかっているので、水はどうにでもなる。
「今日からの僕の仕事……今度こそ、失敗しないように!」
この村に戻って来た以上、骨を埋める覚悟で挑まなければ。
どんな仕事であっても、気を抜いてはいけない。冒険者生活を送る中で嫌と染み付いた。それが"仕事"というものなのだから。
一通り小屋の中を確認したあと、森に出る。
動物達の鳴き声が聞こえる。
春、新しい生活が始まる季節----
……だが、新生活は、そう上手くはいかなかった。