十七話
数日後の夜、自室で寝っ転がっていると。
--コンコン
「ん? こんな時間に誰だ?」
どっこいしょ。
リビングの方から音がしたので、ドアを開けに行く。
「はい」
立っていたのは、執事頭のステイヤンさんだった。
「レッジ様、夜遅くに申し訳ありません、少しよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「なにやら、レッジ様にお会いしたかという女性の方がいらっしゃっていまして……アポ無しなので、お通しするかどうかお伺いしたく」
まさか、サシャか?
「えっと、これくらいの女の子ですか?」
と、胸元あたりで手を横に振る。
「ええ、その通りでございます。あと、もうお一方女性の方もご一緒です。もしや、お知り合いの方で?」
「多分ね。わかった、通してください」
もう一人……もしかすると。
「かしこまりました。では、第五応接室に案内しておきますので」
「はい、お願いします」
第五応接室は中央棟一階左側の奥の方にある小さい部屋だ。
一度自室に戻り、買ってもらった全身が写る姿見で身だしなみを整える。
「よし、行きますか」
★
「やはり、お前らだったか」
部屋に入ると、思った通りの二人が扉側のソファに座っていた。
「レッジさんっ!」
「・・・にゃー・・・」
なんで猫の真似?
「・・・反応薄い・・・」
「やあ、思ったより早く会えたな。てか、サシャ、なにをしてるんだ」
「・・・誘惑? ・・・男の人はこうすると交渉に甘くなるって聞いた・・・」
「お前、たまに訳のわからない知識をどこからか仕入れてくるよな」
あいにくそういう趣味はない。
「今日は、例の話?」
二人に対面するようにソファに腰掛け、そう切り出す。
今更話を引き延ばすような世間話は不要だろう。
「そうです。夜更けにすみません、あの、トラペレッタ伯爵様は?」
「ミオンはちょっと所用で今はこの屋敷にいないんだ。僕が代わりに話を聞いても構わないよね?」
二人は互いに顔を見合わせ、頷く。
「はい、構いません。後から気が変わるということもないので、いまこの場で話すことは決定事項です」
「・・・二人でよく話し合って決めた・・・」
「そうか。で、結論は?」
「私達は……伯爵様の提案を受け入れます。ただし条件付きで」
アナステは僕の目をしっかり見つめ、淀みなく答えた。
「けど、この前の百貨店ではいまいち反応は良くなかったけど? なぜ心変わりを。それに、条件も気になるな」
「実は……リーダーに言い寄られたんです。しかも、レッジさんがいなくなったその日にです。以前から、私のことを狙っていたみたいで。その、こんな身体つきですから、男の人からの視線も感じますし」
確かに、そのポヨヨンはある意味凶器だ。
「レッジさんがいるときは、その存在が牽制になっていたんです。それでも時たまそれとなく誘われることはありましたが、当然お断りしました。でも、いなくなってからは露骨に誘うようになってきて……それに、クジュスさんもどうやらサシャのことを狙っていたみたいで」
「・・・気持ち悪い・・・」
サシャが自分の身体を抱きしめる。
アナステは、そこで一度話をやめ、数度深呼吸した。
「二人で結託して、つ、つい先ほど、襲われたんです! サシャと二人で寝ていると、ベッドのそばでゴソゴソと音がして。目を開けてみると、リーダーとクジュスさんがズボンを下ろしてたんですっ」
「なんだって!?」
あの二人、そんなことを!
クジュスはともかく、ロイムがまさかそんな蛮行に及ぶなんて。
「慌ててサシャを起こして、そしたら2人が襲いかかってきて。サシャの咄嗟の攻撃で一時的に怯ませた後、急いでこの屋敷へ向かったんです。当たり前ですが、入り口で門番の方に問い詰められましたが、初老の男性に門を開けてもらって、そしてこの部屋へ……」
「・・・炎であそこを燃やしてやった・・・」
おお、それはちょっと聞きたくなかったかも……
「なるほど……それは、なんというか……同じ男として謝る、すまない」
なんと卑怯な奴らだ。寝込みを襲うだなんて。しかも何年も一緒にやってきた仲間なんだぞ?
「いえ、レッジさんが謝る必要は全くありません。私達のことをそのような目で見ていないことはわかっていましたから。あと……パーティを追い出してごめんなさい。取り分が増えるからいいか、とか考えてました。最低ですよね、私」
アナステは恐怖で震えながらも、頭を下げる。
「やめてくれ、いいんだ。もう終わった話なんだ。僕にはもともと冒険者としてやっていく才能がなかった、けど自らに思い込ませて、無理やり引き伸ばしていただけなんだ。信念は変わらずとも、その表現方法はたくさんある。何も一つの仕事にこだわる必要はないと思ったんだ」
アナステの気持ちもわかる。それだけ、彼女の孤児に対する想いは強いってことなんだし。
「そう言ってもらえると、少し心が軽くなります。自分勝手かもしれませんけど」
「・・・レッジ、わたしも怖かった・・・なぐさめて・・・」
アナステが俯き涙を拭いている間に、サシャがスススと擦り寄って来、僕の隣に腰掛ける。
「えっ?」
「・・・ぴと・・・」
そして肩に頭をのせるようにしなだれかかって来た。
「ちょ、サシャ? 怖かったのはわかるけど、僕も男なんだよ?」
「・・・レッジは、違うから・・・」
違うって何が?
僕、男として見られてないってこと?
「・・・こうしてると、安心する・・・」
「はあ……わかったよ。アナステ、少しは落ち着いたか?」
「はい、すみません、お見苦しいところをお見せ致しました。その、話を続けます。それで、条件のことなんですが--」
--ガチャ
と、そこで、扉が開き、ミオンが入って来た。