十四話
2階の家具屋は、ここ一つでどの専門店よりも品揃えがいいのではと思えるほどに細かく品ぞろえがなされていた。
材質、見た目、大きさ。様々な部屋のスタイルに合わせられるよう、気配りがなされていることがわかる。
「事前に人払いをさせておいたわ。オーナー権限でね。それくらい、してもいいでしょ?」
「いやまあ、商売のことはわからないけど、その間売れるはずの商品が売れないことになるんじゃ?」
「それは機会損失っていうのよ。大丈夫、数時間分くらいちゃちょっと頑張ればすぐに取り戻せるから」
「ミオンがそういうなら……」
僕は、家具を見て回り、時折触って確かめる。
「この椅子一つ取っても、とても触り心地がいいな」
「腕利きの職人に作ってもらっているからね。ここにあるのは基本全てが展示品で、改めて一から作ってもらうのよ。だから、サイズや材質なんかも関係なく全く新しく家具を作ることもできるわ。服の型紙みたいなものね。勿論、ここにあるものをそのまま買うこともできるわ、ある程度在庫も用意してあるから」
「へえ、高級武具みたいだな」
「レッジにはそう言った方がわかりやすいかしら?」
「オーダーメイドの武具を作ってもらうのは、冒険者の目標の一つだからな。それだけ稼ぎがあるってことだし、難敵に挑む難しいクエストに挑戦できるという証でもあるんだ」
まあ、僕にはそんなもの手にする機会は一度もなかったわけだが。
身近なところでは、パーティのリーダーが鎧を作ってもらっていたくらいか。
「さ、見て回るわよ」
「おう」
欲しい家具か……そう言えば、本を欲しいと思っていたんだったな。
「本棚はあるのか?」
「あるわよ? 本を読みたいの?」
「まあ、しばらくは自分の部屋でゆったり過ごすのもいいかな、なんて思っただけだけどな。いいかな?」
「当たり前よ、ようやくヒモらしくなって来たわね!」
ミオンは僕の背中をバンバンと叩く。
「いや、そこ喜ぶとこなのか……?」
「他には? ねえ、他には?」
「うーん、そうだなあ……でも机と、椅子、クローゼット、ベッドは既にあった。そこに本棚も買ってもらうし……」
「じゃあ、テラスに置く椅子とかはどう?」
「テラスに?」
僕のプライベートルームからせり出しているテラスのことか。因みに隣にあるミオンのプライベートルームとも繋がっている。
「二人で外の景色を眺めながら、お話をしたり、イチャイチャしたり、したくない?」
「したいです」
「じゃあ、リラックスチェアね。確かあっちだわ」
と、角を曲がったところで。
--ドンッ
「あ、すみません」
他のお客さんとぶつかってしまった。
「いえ、こちらこそ……って、レッジ? レッジじゃないか!」
「えっ……」
「レッジ、この人って……」
そう、謝ったその相手は。
「……リーダー」
僕が冒険者をやっていた頃のパーティのリーダー、ロイムだった。
「・・・レッジ?・・・」
「サシャまで」
小柄な攻撃魔法系神能使いのサシャ。
「レッジさんっ!」
ポヨヨンな上下の部位の持ち主、回復魔法系神能使いのアナステ。
「お前!」
近接格闘が得意な短髪の男、クジュス。
テロトルテの街にいたパーティ四人、勢揃いだ。いや、一応僕を入れて五人ともか。
「こんなところで出会うとは……てっきり実家に帰ったのだと思っていたぞ?」
ロイムが話しかけてくる。
「いや……色々あって、今はこの王都にいるんだ」
「出来損ないのお前がか? はンッ、どうせスラム街で乞食でもしてるんだろう。それよりそっちの姉ちゃんは? 可愛いじゃねえか」
クジュスがミオンの顔をジロジロと品定めするように観察する。
「ちょ、ちょっと、やめてください」
「・・・下品・・・」
女子二人は僕のことをチラチラと見ながらも、後ろで控えめにしている。
「私のこと知らないの、あなたたち?」
「あン? 知らねーよ。まあ、目の前にいい肉壺が突っ立ってることは知ってるけどなあ、ギャハハ!!」
こいつ、なんてことを!
「おい、クジュス、やめろ」
僕はすぐさま奴の前に立ちはだかる。
「なんだ、出来損ない。俺様に触るんじゃねえよ」
「ぐはっ!」
が、腹を思いっきり殴られ、膝を地につけてしまう。
流石は格闘家だ、相変わらずの拳をしている。
「レッジ! あ、あんたたち、ふざけんのも大概にしなさいよ。私はねえ--」
「いいんだ、ミオン」
「レッジ、大丈夫なの? 無理しないでよね?」
「心配しないでくれ、僕がなんとかする」
ミオンが抱き起こそうとしてくれる。が、僕はその手を優しく振り払い、再びクジュスの前で直立する。
「ミオン……まさか、あのトラペレッタ伯爵か?」
と、ロイムが呟いた。
「その通りよ、ようやく理解したようね、誰に喧嘩を売ったのかを」
「えっ!? じゃあ、このお店のオーナーの?」
「・・・サイン欲しい・・・」
「うゲッ、まじかよ」
流石に皆その名前は知っていたようで、一様に驚いている。
「その通り、この女性は伯爵さまだ。僕の幼馴染でもある」
「レッジの?」
ロイムはクジュスを下がらせ、リーダーとして話を聞くつもりのようだ。
「同じ村で育ったんだ。15の時に僕が街に出たから、それ以来12年ぶりに再会した。僕も驚いたよ、まさか貴族さまになっているだなんて思わなかったからね」
そう、人としての身分で言うならば、彼女は僕の遥か高みの存在なのだ。
「僕は一度村に帰った。けど、少ししてすぐに、ミオンと一緒に生活することになったんだ」
「ふうん、君が伯爵様とねえ。なんの仕事をしているんだい? まさか、未だに毎日石を投げ続けてるわけじゃあるまいね?」
ロイムの嫌味を無視して、続けて堂々と宣言した。
「ははっ、まさか。僕は今、ヒモなんだ」
「は?」
「ひ?」
「ふ?」
「・・・へ・・・」
その場の空気が凍りついた。