一話
「も、もう沢山だ! お前はクビだ!」
「そうだそうだ! 石ころしか投げられない癖にっ!」
「・・・穀潰し・・・」
「もう顔も見たくないわっ!?」
「…………わかりました」
そうして僕は冒険者をやめた。
★
久しぶりだなあ、この村に帰ってくるのは。
15の時にここを飛び出し、一山当てようと冒険者を始めた。
そして12年が経ち、現在27歳。得られるものは殆どなく、こうしてノコノコと舞い戻ってきた。
親や幼馴染にも反対されたが、僕は神能だけが人の全てではないと証明したかったのだ。
だが現実は……甘くはなかった。
「はあ……」
実家の玄関の前で立ち止まる。
何を言われるだろうか?
冒険者をしている間、一つも連絡を寄越さなかったのだ、出て行けと言われても仕方ないが。
「……よし!」
ウジウジ悩んでいても仕方がない。僕の帰る場所はもうここしかないのだ。
----コンコン
意を決して、扉を叩く。
「は〜い! どちらさ…ま……?」
出てきたのは母さんだった。
僕の顔を見た瞬間、笑顔が固まる。
「そ、その……えと」
どどどどうしよう!?
言葉が出てこないっ。
久し振りに親の顔を見たら、緊張してしまった。
「あ、あの」
「おかえりなさいっ!」
「えっ?」
母さんは僕をぎゅっと抱きしめる。僕の方が身長が高いので、胸のあたりに顔が来る感じだ。
「そ、その……」
何か声をかけようと思いつつ、背中を抱きしめようか迷う。
手が宙を行ったり来たりする。が、ここは母の出迎えを素直に受け入れるべきだろう。
そう判断した僕は、そして数秒の後、震える手でゆっくりと背中を抱きしめてあげた。
「ううっ、ううううう〜〜!」
「えっ? あの、えっ?」
途端、母さんが大声で泣き始めた。僕は咄嗟に背中に回していた腕を離す。
が、母さんはさらに僕をぎゅっと抱きしめる。
----ああ、心配してくれていたんだな。
そう確信し、もう一度抱きしめた。
「ごめんなさい。ただいま、母さん」
「おがえりなざい〜〜!」
母の身体は、小さかった。
★
「…………」
「…………」
「あ、あらあら……」
今、目の前に魔王がいる。
間違えた、父さんがいる。
いやだって、めっちゃ威圧してくるし!!
眼光で人を射抜けそうだもん!!
「…………」
「…………」
ど、どうしよう。何を話したらいいのやら?
というか、声をかけた瞬間爆発しそうなんだけど。
「あ、あなた、何か言ってあげたら?」
痺れを切らしたのか、母さんが父さんにそう声をかけた。
「……今更ノコノコと帰ってきて、一体どうしたんだ?」
まるで罪人を咎めるかのような口ぶりだ。
「え、えと、その……」
「なんだ、はっきり言え!」
バンッ!
父さんは机を両手で叩く。
「ぱ、パーティを追い出されました!」
「えっ?」
「なんだと?」
僕は、村を飛び出してからの日々を簡潔に語る。
「----そしたら、リーダーがもう付き合いきれないと激怒して……その後しばらくは一人でやろうとしたけど、やっぱりこの神能では厳しくて。やむなく舞い戻ってきたんだ」
「……つまりは使えなくて捨てられたわけだな」
「あなたっ!」
今度は母さんが父さんに怒る。だが。
「母さん、いいよ」
事実なのだから。
「父さん、ごめんなさい。その通り、僕は使えないからパーティを追い出された。一人になって、逆に12年間、よく冒険者を続けられたものだと今となっては僕の方が驚くよ。それだけ、仲間に迷惑をかけていたことがわかったんだ」
「ふん、ようやく身の程を知れたわけか」
「そうだね、僕が馬鹿でした。本当にごめんなさいっ」
そう言って頭を机につくほど下げる。
「…………」
「レッジ……」
一気に静寂が訪れる。
僕は本当に馬鹿だった。自分の実力を過信し、出来ないことを出来るからと子供のように駄々をこねていただけなのだ。
一歩間違えればすぐさま死に繋がる世界、冒険者というものを甘く見ていた結果、仲間に迷惑をかけ続け、人一人分以上の負担をかけ続けた。
父さんが怒るのも当たり前だ。27年経って、ようやく世の中というものが分かったと息子が無職になってノコノコと帰ってきたのだから。
反発して半ば家出のように飛び出したのもいけなかったかもしれない。きっと両親とも心配だったろう。
まるで自分が物語の主人公であるかのような過剰な自信を抱いていた。今は違う。僕は所詮、使えない神能しか持たないただの村人以下の存在なのだ……
「顔を上げろ」
「はい」
机から頭を話し、もう一度父さんと目を合わせる。
「…………」
「…………」
「……………………おかえり」
「……はい。ただいま、父さん。母さん」
そうして僕は泣き続けた。
----朝、目を覚めると、懐かしい天井が見えた。
そうだ、僕は村に戻ってきたのだ。
あの後、食事をしながら12年間何があったのか一部始終を話し、その後父さんと酒を飲んで、僕がいない間の村のことを聞きつつ、気づいたらベッドに横たわっていた。
恐らくは父さんが運んでくれたのだろう、あとでお礼を言っておかないと。
「むう」
少し頭がいたい。あんなに酒を飲んだのは、久しぶりだったな。
パーティに貢献できていないという意識があったせいか、余り口にしていなかったし。
「ふんっ!」
背伸びをする。窓からは、朝の日差しが差し込んでいた。
パーティをクビになったのは冬の終わり頃、それから3週間ほどかけてこの村に戻ってきたら、今は春の始まりに当たる。
季節が変わったことが感じられる当たる暖かい空気と、鳥の鳴き声。風に草木が揺らされる音。
「春か……」
この季節になると、いつも思い出す。草原を駆け回り、森を探索し、共に動物と触れ合った、あの娘と遊んだ日々を。
「今は何をしているんだろうな、ミオン」