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5.時を刻む鐘~タイムアタック~

途中かなりグダりましたが多分これが一番早いと思います再走はありません




鐘の音がする。

ノアが目を覚ますと、アカネが横にいた。彼女は片膝を上げて静かに椅子に座っていた。その横顔には朝日が差し込んでいる。

目の前のテーブルには黒いボロ切れが置かれていた。


「おはようございます、アカネさん」


遠慮がちに声を掛けると、アカネが振り返った。


「おお、ノアちゃんおはよう!」


アカネは先ほどまでの真剣さを崩し、くっきりとした笑顔を見せた。


「ノアちゃんよう寝とったな」

「そう言われると、なんか、恥ずかしいです……」

「いやめっちゃ羨ましいわ。ちゅうんも朝早うに鐘が鳴ってな」

「ウチもイズミもその音で起きてしもてん」

「あ、鐘ならさっき私も聞きましたよ。それで起きました」

「それそれ!音デカいよな」


少しの談笑の後、アカネは視線をボロ切れに戻した。テーブルいっぱいに広げられたそれは、真っ黒で、先の方にオレンジ色の欠片が付いている。ノアもその物体を眺めていたが、しばらくして、ようやくそれの正体に気が付いた。ボロ切れのように見えたそれは、イズミの人形【ジャック・O・ランタン】だったのだ。一度元の姿を認識してしまうと、その姿は正に死体と言ってよかった。


「今からコイツを治すとこやったんよ」


絶句しているノアを励ますように、アカネは軽く言った。昨日、遺跡でゴーレムの拳を受けたジャックは、遥か彼方まで吹き飛ばされた。彼はその衝撃で死んでしまったのだ。その場に座っていたノアを庇って。


「アカネさん、アカネさん私……!」

「分かるで。でもあれはノアちゃんのせいやない」

「でも……!」

「ノアちゃんあん時カッコよかったで。ウチら助けてくれたやんか」

「……」

「コイツが治ったら、お礼言うたらええねん。な?」

「……はい」

「よっしゃ!」


ノアの返事を聞くと、アカネはテーブルの下に置いてあったバックパックから宝石を一つ取り出した。雫のような形をしたその宝石は、夕焼けの空を閉じ込めたような輝きを放っていた。窓から差し込む日光を取り込んで、アカネの手のひらも夕日色に染まっている。


「アカネさん、それは?」

「これな、【トキの欠片】言うて、アイテム治す触媒なんよ」

「触媒?」

「スキル使うのに必要なアイテムのこと」

「なるほど」


ノアの瞳に宝石の輝きが映り込む。ノアは石の魔力に取り憑かれたように見入ってしまった。


「……綺麗」

「ほないくで」


アカネは椅子の上に立ち上がり、右手を前に突き出した。真下にジャックが来る位置である。


「[修繕(リペア)]!」


アカネが目を見開くと、宝石はアカネの手から空中へと浮かび、一瞬光ったかと思うとそのまま砕け散った。輝く砂が渦を巻きながら真下のジャックに降り注ぐ。ジャックの身体に無数にあった破れ目は、まるで時が巻き戻るように無くなっていった。砕け散った頭も復元され、折れていた鎌も元に戻る。蘇ったジャックはノアに笑いかけていた。


「ほい治った!どや?ノアちゃん」

「アカネさーん……わたし」

「ちょ!ノアちゃん!なんも泣かんでも!」


ノアは自分がなぜ泣いているのか分からなかった。しかし我慢しようとしても、とめどなく涙が溢れてくる。アカネはそんなノアにどう対応してよいのか分からず、狼狽えてしまった。ふいに扉が叩かれる。


「アカネさん、終わった?」

「あかんイズミ、入るな!」

「え!?ジャック治らなかった!?」

「ちゃう!着替え中や下行っとけ!」


扉越しの問答の後、イズミの足音が再び遠ざかっていく。アカネは安堵の溜息を付いた。二人の会話を聞いていたノアは、つい笑い出してしまった。気づけば涙は止まっていた。


「ノアちゃん、大丈夫か?」

「はい!もう大丈夫です」

「よっしゃ!着替えて下いくで。イズミが待っとる」

「はい!」


ノアとアカネが下の酒場に降りていくと、イズミは席に着いていた。テーブルには朝食が並べられていたが、一切手は付けられていなかった。


「すまんイズミ!待たせた!」

「いや全然いいよ」

「おはようございます、イズミさん」

「おはようノアさん。よく眠れた?」


朝の挨拶を交わしながらも、イズミはどこか落ち着かない様子でアカネを見る。当のアカネは横でもじもじしているノアの方を見て微笑んだ。


「ほら、ノアちゃん」

「は、はい!あ、あの……イズミさん」

「ジャックさん、無事治りました!」


言ってノアはジャックをイズミに受け渡す。ジャックは陽気な笑顔である。


「良かったー!」

「アホ。トキカケは成功率ほぼ100パーやないか」

「いやそれでも心配でさ」


イズミは緊張の糸が切れたかのように饒舌になっている。


「……それと」


和やかになった場を切るように、ノアが頭を下げた。


「遅くなりましたが、本当にありがとうございました!」

「……え、僕なんかした!?」


突然のことに、イズミはおろおろと狼狽する。


「とにかく、顔上げてよ?ね?ノアさん」


ノアはイズミの声で恐る恐る顔を上げる。張り詰めていた表情をしていた。そんなノアの心をほぐすように、アカネが笑いかける。


「な?気にしてへんやろ?そういうやつやねんコイツは」

「なにがなんだかわからない……」


その後一行はノアの話を聞きながら、厳つい顔のご主人の料理をぺろりと平らげた。朝食を終えるころには、曇っていたノアの顔は完全に笑顔を取り戻していた。最後にアカネがご主人に声を掛けると、ご主人は力強く指を立てて返事をした。アカネが負けじと指を立てて返すと、後ろの二人も恥ずかしそうにそれに倣った。


「これからどうします?」

「とにもかくにもPon補充!やろ?」


こうして一行は立ち上がり、中央広場へ向かった。



◆◆◆◆



照りつける太陽の元、大通りは露店や行き交う人々によって大変賑わっていた。しかし売られているものはゲーム時代と違い、野菜や陶器など、生活必需品のみである。商品を見ている客も町人然とした服装の者ばかりであり、とてもこの中にプレイヤーがいるとは思えなかった。


「やっぱりブライドにプレイヤーはいないのかな……」


そう一人呟くイズミの背をアカネがバシっと叩く。活を入れられた気分だった。一行は行き交う人々から距離を開けられていた。しかし少女二人はそれを気にする様子もなく、露天を眺めて楽しんでいた。


町人たちの流れに逆らって、露店によって狭くなった一本道をひたすら歩く一行。少し疲れてきたところでようやく、大きな円形の中央広場に到着した。中心にある天使像の周りを人々が行き交っている。この場所こそ、ゲーム時代によく三人が待ち合わせた場所だった。


そしてこの中央広場をぐるりと見渡すと必ず目に入るのが、【探索者広間(ハイランダーホール)】である。なぜならこの建物は他よりも明らかに巨大で、人だかりがあり、そして湾曲した赤い屋根が景観を壊しているからである。


「大きいですね」

「ホンマにデカいな」


広間の入口には、様々な武具を装備した者たちが溢れていた。ここならあるいは、とイズミの期待が上がる。


「そう言えばなんで【探索者広間】なんですか?」

「ん?ソレはやな、イズミ説明」

「えぇ……えーっと、【探索者(ハイランダー)】っていうのは――」


イズミはアカネに代わり説明を始めた。

【探索者】とはこの世界におけるプレイヤーの総称である。彼らはどこからともなく現れ、その才能と不死性を持って、世界中を又にかける冒険者となる。彼らの冒険は様々あれど、最終的には本能であるかのように世界に散らばる遺跡の謎に挑む――。つまり【探索者】とは、LTOの世界で暮らすNPC達とプレイヤーとの違いを表現した名称なのである。そして【探索者広間】とは【探索者】に必要な施設を寄せ集めて一つにした極めてシステム的な建物のことである。


「なるほど!」

「流石イズミセンセやな!」


素直に関心した様子のノアとは対象的にアカネは少しからかう様に答える。


「気になってたんだけど、そのセンセっていうのやめない?」

「いやなんでも教えてくれるし、その糸目とモノクルはセンセやろ」

「ぷふ!わかります」

「‥‥‥糸目は気にしてるんだからやめてくれないかな」


現実世界で糸目だったイズミはこの世界に来ても糸目だった。表情筋などは現実準拠なのだろうか、と考えノアの顔を見ると、たしかに現実の彼女の面影を感じることが出来た。しかしその表情は、学校ですれ違っていた時よりも遥かに豊かなものに見えた。それが彼女の本来の性格なのか。そう考えると茜は現実の世界でも人一倍表情豊かな少女なのだろう。


「ま、センセの下りは置いといて」


箱を横に置くジェスチャーをし、アカネは話題を変えた。


「いざ!【探索者広間】!」

「おー!」


元気一杯なアカネとノアに押されて、イズミもおー、と返事をした。




◆◆◆◆



派手な装飾の両開き扉を開けると、気持ちの良いベルの音が一行を迎え入れた。見渡すと、テーブルを囲み何やら打ち合わせをしている者や、朝だと言うのに酒を嗜むものまで様々である。入口に立つ二人をよそに、アカネはサッサと銀行の受付へと向かう。二人は慌てて後を追った。


「いらっしゃいませ、こちらはLTO銀行の受付となっております」

「本日はどういったご用件でしょうか?」


受付の女性は見事な業務スマイルでアカネに要件を尋ねた。


「Pon下ろしたいんやけどできるかな?」

「銀行のご利用ですね、お名前と何か自身を証明できる物はお持ちでしょうか?」

「……あー、ちょっと失礼」


一行は受付に背を向け相談をする。


「まぁ、そりゃそうだよね」

「なんかあるか?」

「アイテム欄見てみます?」

「小切手出せばいいんじゃないかな?」

「ソレや!さすイズ!」


アカネは受付の方に向きを直すと、書類に『A-kanE』とサインして小切手の束を渡した。受付は小切手を確認するとそこに書き込まれた金額に驚愕の表情を見せ、少々お待ちくださいと言い残し奥の階段に駆け登っていってしまった。


「アカネさん、何pon持ってたんですか?」

「ん?これくらい」


言ってアカネが提示した金額はノアから見ればかなりの大金であったが、イズミから見れば普通の金額だった。その額面を見て慌てるということは、つまり何を意味するのだろうか。イズミが考えていると、先程の受付が壮年の男性を連れ戻ってきた。


「こちらのお客様ですか?」

「間違いありません」


壮年の男性は落ち着いた口調で受付の女性に確認を取った。


「わたくし、当銀行の責任者を務める、ウィンストンと申します」


責任者ウィンストンは、神経質そうなちょび髭と七三頭を下げて、折り目正しく一礼した。


「お客様は、かの『ルビーアイ』様と御口座を共にしていた『A-kanE』様の御令嬢ということでお間違いないでしょうか?」

「は!?ウチが――」

「そうなります」


イズミは会話から感じる違和感に気が付き、咄嗟にアカネの口を抑えた。そして代わりに答える。


「そうでしたか。しかし申し訳ございません」

「この口座は名義主様が変更されておりまして……」

「誠に残念なのですが、現在引き出す事ができません」


ウィンストンは髭を撫でながら、ゆっくりと返した。


「でしたら、アイテムの引き出しも」

「そちらも同様でございます」

「そうですか‥‥‥」

「じゃあアイテム!アイテム買い取ってや!」

「かしこまりました。ではアイテムをお出しください」


ウィンストンはそう言うと、受付の女性を他の客の対応に回した。それきた、と鎌畑で狩ったモンスターの素材アイテムをカウンターに置き始めるアカネ。


【チョウの薄羽】【テントウの甲殻】


出てきた素材に少し驚きはしたものの、ウィンストンは努めて平静さを保っていた。しかし、次々出てくる素材アイテムのあまりの多さに、支配人の顔は驚愕の色に歪んでいく。蝶の羽や虫の殻でカウンターが見えなくなった頃、アカネはようやく全て出し終えた。


「どやろか?」

「しょ、少々お待ちください」


ウィンストンは取り乱しながらも、すぐに資料を調べ、買い取り査定に取り掛かった。さすが銀行責任者を務めるだけはあり、その査定は素早かった。


「い、18000Ponになります」


査定を終え、金額を伝えるウィンストンの声はか細く震えていた。


「まぁまぁやな」


アカネもウィンストンが査定をしている間、売却合計額を計算していた。先程査定に出した【チョウの薄羽】はゲーム時代には一個あたり80Ponであり、【テントウの甲殻】は一個100Ponだった。今回は素材をそれぞれ100個ずつ売却したので、合計18000ponとなる。彼の査定は間違っていない。


「ただなんか、足りひんのちゃうか……?」


アカネはじとっとした目で静かに言った。なぜならアカネは、アイテム売買の際に10%の補正が入る商人スキル[価格変動]を持っているのだ。アカネの冷たい関西弁を聞いたウィンストンは、金額を急いで訂正をした。


「……19800Ponで買い取りいたします。」

「ありがとう」


アカネはウィンストンにゆっくりと感謝の言葉を伝えた。


「アカネさん、新しい口座を作ろう」


そのとき、イズミが小声で耳打ちした。しかしアカネにはイズミの言葉の意味が分からなかった。アイテム欄にはPonの項目がある。そこに入れてしまった方が便利なのではないか。そう考えていたアカネはイズミに理由を尋ねた。


「Ponの設定覚えてる?」

「ん?サカポン伝説のか?」

「そっちじゃなくて、ほら100Pon金貨=大体0.1ポンドってヤツ」

「そうなんか?」

「そうなんだよ。で、これ全部持つと、重くならないかな?」

「えーっと、19800ponはだいたい9kgぐらいだと思いますよ」

「ノアちゃん、詳しいな!」

「父からよく聞かされてましたので……」

「9kgは重いな!」

「でしょ?だから普段使い以外は預けるといいんじゃないかな?」

「せやな!そうするか」


話が纏まった一行は、ウィンストンに再び向き直った。


「5000Pon以外は新しい口座に入れといてもらってええか?」

「かしこまりました」


ウィンストンは奥に引っ込むと、小さな鍵とPonが入った袋を持って戻ってきた。


「こちらの鍵が身分の証明となりますので、なくさないようお気お付けください」

「ありがとう」


渡された袋の中を確認してみると、大きさの違う数種類の金貨が入っていた。


「うおー!!かっけー!!」


アカネはノアとイズミにも金貨を手渡すと、目を輝かせながら手のひらの中で弄び始めた。三人の持っている金貨の中で、アカネが持っている金貨が一番大きかった。アカネの金貨には100、ノアは10、イズミは1と刻印されていた。袋を見ると、どうやらそれ以外にも5pon金貨があり、100から順に小さくなっている。裏返すと、どの金貨にもLTOのマスコットmob『ポコペン』の刻印が刻まれていた。


「これは!サカポンの血がたぎるで!」

「なんだかウィーン金貨見たいですね!」


金貨の魔力に少女たちがはしゃいでいると、入口からベルの音が聞こえた。見ると【探索者広間】の扉が開いている。入口近くにいた男たちが一斉に立ち上がり、道を作るのが見えた。そして、その中を威風堂々と進んでいく者。それはブライドの南門で出会ったあの老兵だった。


老兵の後ろには鉄の鎧に身を包んだ兵士たちが続く。先頭を征く老兵はやがて広間の中央に陣取ると、取り巻きの兵士たちが彼の前に並び始めた。最後の兵士が並び終えると、号令を出すかの如く老兵が口を開けた。


「勇者たちよ!今年もついに【ハロウィン(さい)】だ!」

「「「「おぉおぉぉ!!!」」」」


【探索者広間】の男たちは、老兵の号令に熱狂を持って返した。


「我らは義勇兵を欲す!毎年のことだ!説明は無用だろう!」

「「「「おぉぉおぉ!!!」」」」

「見事戦い生き残った者には、我らが王より300Ponの褒賞!」

「大将の首を討ち取った者には更に300Ponの褒賞が与えられる!」

「「「「おぉぉぉおお!!!!」」」」

「五つ目の鐘の頃、南門に集まるように!以上だ!!!」


老兵は、熱に沸く男たちを背に【探索者広間】から出ていこうとした。しかし群衆の向こうに一行の姿を見つけると、兵に耳打ちしてから歩みの向きを変えた。耳打ちされた兵士を先頭にそのまま【探索者広間】から出ていく兵士たち。老兵はその鋭い眼光の元、ノアの前に立った。


「王の盾よ、何卒お願いが御座います」


老兵はノアの元に(ひざまづ)くと、皺がれた低い声で言った。


「な、なんでしょう?」

「はい。今日のハロウィン災、何卒御出陣いただけないでしょうか?」

「……え?」

「今年の大将は【スケアクロウ】です。やつは強い」

「このままでは、今年もブライドの民に多くの犠牲が出る。無礼は承知の上で御座います」

「……」


会話を横で聞いていたイズミは今日が現実世界の10月31日、つまりハロウィンの日であることを思い出していた。LTOにおいてハロウィンといえば、ブライドで行われる大ハロウィン祭と、もう一つのハロウィンイベント――。そこまで思い出したところで、イズミはノアの会話に割って入ろうとした。


「ノアさ「判りました」


イズミの忠告はすでに遅く、ノアは老兵の申し出を了承した。その口調は強く、有無を言わせぬ調子だった。


「私はどうすればいいですか?ええと……」

「私はシェパードです、王の盾。」

「五つ目の鐘が鳴る頃、南門へお越しください」


「すいませんでした、私勝手に」


老兵が去ると、開口一番にノアは二人に頭を下げた。二人の意見を全く聞かなかったことを思い出したのだ。


「多くの人が死ぬかもしれないって考えると……」

「ええよわかっとるから。それにもう決まった事やし!な、イズミ?」


アカネはイズミに同意を求めた。


「ノアさん、【盾騎士(シールドナイト)】は一人じゃ何も出来ないのは知ってるよね?」


しかしイズミの返事は少し厳しいものだった。


「はい」

「それに、僕たちにも命の危険はある。タンクのノアさんだってたくさん痛い思いをすることになるのも分かるよね?」

「‥‥‥はい」

「……それが解った上での事なら良いよ。でも今度からは皆で相談しようね?」

「はい!」

「よっしゃ!アイテムの補充に店回ろか。時間も限られとるしな」


アカネはノアとイズミの背を叩いた。



◆◆◆◆



一行はブライドにあるアイテム屋を手あたり次第に巡った。しかし、全ての店舗で兵士たちが買い占めを行っており、ポーションは全て売り切れていた。結局手に入ったのはポーションの調合に使う100本の【調合瓶】のみ。計600ponの出費であった。


「こうなったら自分で調合するしかないなぁ」

「え?できるんですか?」

「アカネさんの本来のスキル構成はアイテムを直したり作ったり買ったりだからね」

「なるほど!」

「確か材料は【聖水】【調合瓶】あと【グリンハーブ】」

「ここらで手に入るのは【グリンハーブ】だったよね」

「せやな、【グリンハーブ】はええとして【聖水】手に入るんかな?」

「え?教会に無いんですか?」

「…‥その発想は無かった」

「ナイスやでノアちゃん!」


一行は中央広場まで戻り、教会を仰ぎ見た。青空色の尖塔には巨大な鐘が取り付けられている。扉の前まで来ると、子供たちの綺麗な合唱が漏れ聞こえてきた。


 ひとつのかねで めをさまし

 ふたつのかねで おしごとへ

 みっつのかねで おひるをたべて

 よっつのかねで おやつをかじる

 いつつのかねで しごとがおわり

 むっつのかねで みんなねる


かなり短い歌だったが、何度も練習しているのか声が途切れない。子供たちが歌っているところに乱入するのは気が引けたが、いつ終わるのか分からない歌を待ってはいられなかった。ノアが思い切って扉を開けると、見たことのない来客に、子供たちはピタッと歌うのを止めてしまった。


「すいません」

「「わ~騎士様だー!」」


入口でまごまごするノアに子供たちが走り寄ってきた。あっという間に子供達に囲まれ、もみくちゃにされるノア。


「すいません、子供達が」


先程までピアノを引いていた妙齢のシスターが笑顔のまま子供達を戒め、ノアから引っぺがしていく。


「いえ、大丈夫ですよ」

「そう言っていただけると助かりますわ」

「子供は元気が一番やからな」

「それはツッコミ待ちですか?」

「なんか言ったかイズミ?」


シスターに引き連れられて、子供達は再び元の位置に戻っていった。シスターがその中の何人かに短く指示をする。指示を受けた子供たちは頷くと、そのまま駆け足で奥の方へ引っ込んでしまった。


「それで、どのようなご用件でしょうか?」

「あ、はい!あの……【聖水】はここにありますか?」

「【聖水】ですか?ありましたけど、全部兵隊さんが持っていかれましたよ」

「【聖水】が作れるんですか?」


イズミが驚くと、シスターは言葉を続けた。


「えぇ、私も【神官(クレリック)】の【Job(ジョブ)】を収める者の端くれです」

「[聖水生成]の奇跡は使えます」


妙齢のシスターの言葉を聞いたイズミは、顎に手を当てた。

というのも、イズミはゲーム時代、【job】という言葉を聞いたことがなかった。LTOでは、探索者が就く職のことを【職業】と呼んでいた。この場合の職業とは、スキルを使える者のことである。しかしゲームの世界が現実になったことで、NPCたちの中にスキルを扱える職業の者と、扱えない職業の者が生まれたのか――。とすると、【職業】は本来の言葉の意味を取り戻し、スキルが使える者の【Job】と分かれたのかもしれない。イズミがそんなことを考えている間に、話は進んでいた。


「聖水を作っていただけないでしょうか?」

「構いませんが、代わりに教会にご寄付をいただいてもよろしいかしら?」

「売ってくれるっちゅうわけやな?」

「いいえ。あなた方のご寄付の感謝の印に【聖水】をお渡しするのです」

「一本辺りなんPonやろか」

「おまかせいたします」

「やったら一本あたり100Pon、【空き瓶】はこっちで用意するわ。この条件で100本を、えーと……時間がわからんな」


そのとき、教会の真上から重々しい鐘の音が響いてきた。それは一行がそれぞれ目を覚ました時に聞いた鐘の音だった。


「良い音でしょう?この鐘はあの子たちが鳴らしているんですよ」

「あの音、ここから鳴ってたんですね……」

「あら?あなた方はブライドの人ではないのね?」

「ええ、そうです」

「ふふふ……じゃあ鐘の説明をしませんとね」


シスター曰く、ブライドの民は皆、鐘の音で時間を計っているらしい。教会は、広場中央にある天使像を日時計にして、3時間ごとに、一日6回鐘を鳴らす。ブライドの民は朝6時に鳴る一つ目の鐘で目を覚まし、夜9時に鳴る六つ目の鐘で眠るらしい。


「先程子供たちが歌っていたは、鐘の覚え歌ですのよ」


そう言ってシスターは綺麗な高音で歌い始めた。


 かねのうた


 ひとつのかねで めをさまし

 ふたつのかねで おしごとへ

 みっつのかねで おひるをたべて

 よっつのかねで おやつをかじる

 いつつのかねで しごとがおわり

 むっつのかねで みんなねる


「なるほどな!じゃあさっきのは……」

「ええ、先程鳴らしましたのは三つ目の鐘ですわ」

「6時スタートだから、今12時ってことか」

「ええ、そうなります」

「シスターさん、ウチら今日のハロウィン災に出るんよ」

「そうでしたか。でしたら五つ目の鐘が鳴る前に聖水が必要なのですね」

「せや!できるか?」

「分かりました。神に誓い用意いたしましょう。」

「頼むでシスターさん」

「どうかウェンディとお呼びください、お嬢さん」

「ウチはアカネや!ほなよろしくなウェンディさん!」


言ってアカネは銀行に走ると10000Ponを引き、そのままその10000ponを支払った。そしてウェンディに【空き瓶】を渡すと、彼女に別れを告げた。しかし扉を開ける寸前で、ウェンディに呼び止められた。


「アカネさん、もしよろしければこれを」

「なんやこれ?」


アカネがウェンディから手渡されたのは、教会の鐘の形にそっくりなベルだった。


「これがあると、ブライドの外にいても鐘の音が聞こえますのよ」

「おー!それは便利やな!タダでくれるんか?」

「いえ、ご寄付をお願いします」

「ハハハアンタらしいわ」


言ってアカネはさらに2000ponを支払い、ベルを受け取った。これにて合計12600ponの支出。残り7200ponである。


教会を出ると、足早に南門へ向かう一行。【ポーション】調合に必要なもう一つのアイテム、【グリンハーブ】はブライトフィールド002『森』にて採取することができる。五つ目の鐘が鳴るまで残り6時間。悠長にしている時間はない。一行は『森』を目指して、一目散に走った。


全てを走り抜けなんとか『森』に辿り着いた一行は、肩で息をしながらも、すぐに茂みを探して【グリンハーブ】を取りまくった。その際に、【グリンハーブ】に擬態して茂みに潜むmob【ハーブモドキ】や、Bossmob【エプレウッズ】などが一行の邪魔をしたが、全てなぎ倒した。


一行が目標であった100束を集めきったのは、ウェンディから貰った【時知らせの鐘】が一度鳴った、そのかなり後だった。3時間ごとに鐘が鳴ることを考えると、現在時刻はおそらく16:30前後だろうと思われた。残り時間1時間30分。今から急いでブライドへ帰り、すぐに【ポーション】を調合しなければならない。


一行は再び草原を走り抜け、南門を抜け、街道を抜け、広場を抜け、再び教会へと辿り着いた。そのころには三人ともかなりくたびれており、太ももに手を付けて息をしていた。ウェンディは約束通り、100本の【聖水】を仕上げて待っていた。【聖水】を受け取り、ウェンディに時間を聞く一行。ウェンディは広場の日時計を見て、現在時刻が17:00頃であることをイズミたちに教えた。五つ目の鐘まで残り1時間を切っている。一行は全速力で【笛吹く羊亭】に走った。


自室に帰ったアカネは、急いでテーブルに【ポーション】一本分の素材を並べた。


「ほな行くで![生成(ドロー)]!」


早口なアカネの言葉によって、素材たちが輝きだす。気が付くとテーブルには透明の瓶に入った【ポーション】が置かれていた。


「この速さなら、ぎりぎり間に合いますね!」

「よっしゃ![生成]!」


こうしてアカネは【ポーション】を休みなく作り続けた。そしてついに100本目が完成したとき、アカネは疲れ果て、ベッドに倒れこんだ。一行はアカネのSP(スキルポイント)の回復を待って、時間ギリギリで【笛吹く羊亭】を後にした。



えー、5章を完走した感想ですが(激ウマギャグ)

途中技術不足で描写が詳しくなっていない所があると思いますがそれもご愛嬌とと言うことで

流していただけると幸いです、次回はやっとバトル展開になりますので頑張ります。

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