表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3.ようこそ、LosTaleへ

ようやく世界へ飛び出した一行、これから一行を待ち受ける旅は一体どんな冒険に溢れたものになるのか・・・僕も楽しみです。

「……勝ったん、か?」


熾天使を眺めながら呟いたアカネは、安心して腰が抜けてしまったのか、その場にゆっくりと座りこんでしまった。イズミも眼前の天使から目が離せなくなっていたが、アカネの呟きでやっと我に返り、そうみたいです、と何とか言葉を紡いだ。先程までゴーレムがいたはずの空間には、もはや何一つ、塵一つさえ残されていなかった。


「よ、良かった……」


ノアは天使のすぐ近くで仁王立ちのまま立ち尽くしていたが、イズミの声を聞くと尻餅をついてしまった。彼女の鉄鎧が地面にぶつかった音が大広間に反響した。イズミはアカネを肩に抱いて助け起こし、座り込むノアと、その頭上で佇む天使の傍まで歩いていった。


「……イズミ、アイツはなんなんや?」


イズミに支えられ天使の真正面に来たアカネが、イズミと共にその姿を見上げている。天使は二人の方を向いているが、その瞳には、二人の姿など写っていないように見えた。


「彼女は、ここの棺の主ですよ。眠っていたのを起こして、助けてもらったんです」


言ってイズミは石櫃の方をちらと見た。アカネもつられてそちらを見る。


「あれ、棺やったんか…全然気づかんかった……」

「ええ、そうなんです」

「……」


「……やのーて!だからアイツはなんなんや!?」


アカネは強い語気で天使の方を指さした。


「彼女は【熾天使】。【全自動人形(オートマトン)】ですよ」

「【全自動人形(オートマトン)】!?」


あんなんみたことないぞ、と言いかけてアカネは黙った。勿論それは、今日起こったこと全てが、アカネにとって未知の出来事の連続だったからだ。もうええ、もう何がきても驚かへんぞ、とアカネは心の中で静かに誓い、イズミの支えから外れた。


「……やったらこの【熾天使】ちゃんは、ダンジョンのクリア報酬やったっちゅうことか?」

「さあ……それは、分かりませんね」


この遺跡の謎をゲーム時代の観点から解き明かそうとするベテラン二人。

一方、その横で【熾天使】に話かけていた初心者ノア。


「あの~、さっきは助かりました、ありがとうございます!」


ノアは天使流の感謝の表現がよく分からなかったので、取り合えず丁寧にお辞儀をした。


『いえ、お礼は(マスター)にお願いします』

「マスター?」

『はい。仮契約ですが、現在の(マスター)はイズミ様となっております』

「仮契約?」

「!!」

「人形なのに!?!?会話した!?!?!?」


横で議論に熱中していた二人が、ノアと【熾天使】の会話に急に割り込んできた。特にイズミの驚きは、ノアとアカネから見て間違いなく今日一番のものであった。


「え、普通はしないんですか?」


イズミの調子に少しだけ呆れたノアであったが、湧いた疑問をそのまま口にした。


「【人形師】の人形は武器です!AIなんて、搭載されてません!!」


召喚師(サモナー)】の精霊(スピリット)と違てな、と横から補足をするアカネ。言った後、イズミとアカネは何かを考え始めたのか、うんうんと唸り始めた。


「じゃあ、仮契約っていうのは?」


ノアは再び、腕を組むアカネと、斜め上を見上げて何かを考えている風なイズミに問うた。


「聞いたこと無いなあ、【召喚師】にもそんなシステム無いし」

「装備品は所持した人の物だし、【召喚師】の精霊はスキルを習得した時点でその精霊と契約したことになりますし……」

「へぇ~……」


目の前の天使に聞けばよいのではないか、とノアが考え始めた時、イズミは思いついたようにアイテム一覧を確認し始めた。イズミの指先が素早く虚空を走り、そして止まる。


「!?……おかしい!【熾天使】が装備してない事になってる!」

「ほんまかイズミ!?」


更なる謎によって又も白熱するベテラン二人の議論。横で燃え上がる彼らを後目に、ノアは再び天使と会話をし始めた。


「ごめんなさい、話がそれちゃいました」

「それで天使さん、仮契約ってどういうことですか?」

『はい。私との契約は、命名の儀によって行われます。儀が未完了の間は仮契約となります』

「あ、なるほど!」


天使の声を聞いたノアは、先程よりも更に盛り上がりを見せる二人に声を掛けた。


「イズミさーん、アカネさーん、名前をつけてあげると契約できるみたいですよー!」

「いや、だから【人形師】は契約なんて、え!?」

「ほんまかノアちゃん!?!?」



◆◆◆◆



アカネはしばらくの間腕を組み、座ってうんうん唸っていたが、良い案が閃いたのか、急に膝を叩いて立ち上がった。


「せや!正義の剣ソウル・オブ・ジャスティスなんてどや!?」


イズミとノアを見上げる、アカネの大きく開かれた純粋な瞳が、その自信を物語っていた。


「いや、それは……」

「可愛くないです……」


イズミとノアが口ごもりながら意見を述べると、あかんかぁ、とそのままアカネは再び地面に座り、ついには寝ころんでしまった。アカネは腕を枕にして一しきり考えた後、お、これええやん、これ以上ないわ、という風な独り言を述べた後、再び立ち上がった。


剣の天使(ソード・エンジェル)!!!シンプルに!!どや!?」


アカネの瞳は、自身の創造した揺るがぬ傑作に、嘘の無い誇りを宿していた。


「それだと天使がかぶるんじゃ……」

「それMobでいますよね?」


アカネの顔が再び地面に吸い寄せられた。時が流れる。


「降りてきたで神託が!!剣の太陽(ソル・エスパーダ)!!これなら文句ないやろ!!!」

「アカネさん、ごめんなさい……」

「僕も……」

「何でや?何があかんのや!?!?めちゃめちゃかっこええやんか!?剣の太陽(ソル・エスパーダ)!!剣の太陽(ソル・エスパーダ)!!」


アカネは自分の意見が何度も否定されてぷりぷりしてきた。そして怒りの標的は全てイズミに向く。


「……せやったら、イズミの案聞かせろや、イズミの人形なんやし!?」

「えぇ……そうだな、熾天使だしシンプルにセラフィムなんてどうですかね?」

「アカン。なんの捻りもない。イズミおもんないわ」


アカネは鼻で笑った後、シッシ、と手であしらう仕草をした。


「えぇ……じゃあ、ノアさんはどんな名前が良いと思います?」

「え?私ですか?うーん、セラフィム…セラ…セーラ…」

「……セイラちゃん!って可愛くないですか?」


ノアは目の前の天使を見上げながらいった。


「僕は、それでいいかな……」


イズミは、アカネの様子を伺いながら恐る恐るノアに同調した。


「……決まりやな」


アカネの怒りは過ぎ去ったらしく、天使の名前は満場一致で『セイラ』と決まった。


「よし。【熾天使】、僕の前へ」

『はい、主』


心無しか待ちわびたと言う雰囲気を纏い、イズミの前へ歩み出る熾天使。


「【熾天使】、今日から君はセイラ、【熾天使セイラ】だ!」

『はい、御拝命承りました。』


言うと、アイテム欄の【熾天使】は、【熾天使セイラ】へと名前が変わった。


『御用の際はなんなりと御起こしください』


セイラは淡く輝きながら自身を翼で包み込むと翼の繭となり、そのまま静かに消えていった。



◆◆◆◆



「さて、契約も済んだみたいやし探索しよか。セイラちゃんの他にもなんかあるかもしれん」


アカネが小さな手をパンパンと叩いて、二人に呼び掛けた。


「え、外の様子を先に確認しないんですか?」

「アホ、こないなったからこそ、探索や!」

「??」心底不思議そうな顔をするノア。

「あのな、どこでも生きてくには、色んな事にお金いるやろ?」


アカネは親指と人差し指でエモーション『ポン』の形を作りながら、ノアに説明を続ける。


「向こうにすぐ戻れたらええけど、もし戻れんかったら?飲まず食わずっちゅう訳にもいかんし、野宿は嫌やんか?」


そこまで言ってアカネは、まぁ宿屋あるかわからんけどな、と付け加えた。


「なるほど、考えても無かった」


ノアの代わりにイズミが返事をした。ノアは横で関心したように頷いている。アカネは肩を落として、エモーション『やれやれ』を再現をした後、また手を二回叩いた。


「ほら!やからぼさっと立っとらんで、ちゃっちゃっと探索するで!!」


イズミは自分たちが潜ったであろう巨大な石扉の近くを隈なく探ってみたが、扉はやはり固く閉ざされていた。そもそも本来【LTO】は、ダンジョンボスを倒せばそのまま部屋から出されるか、脱出用のポータルが出現する仕様なのである。つまり、今の状況が何らかのバグによって引き起こされたものなのであれば、詰んでいる可能性がある。しかしイズミはその可能性は考えないことにして、もう一方の可能性を信じることにした。【LTO】の運営は、今までに一回も脱出不能の部屋や即死トラップを作らなかった。【LTO】における密室展開は、言うなれば強制イベントであり、そこには必ず何らかの解決策があるのだ。強制イベント――。イズミは壁面に描かれた【LTO】のOPと同じ図柄の壁画を指でそっと撫で、探索を続けた。


一方その頃、アカネとノアは大広間の中を歩き周り、床や瓦礫の下を無理やり剥がして回っていた。探索を始めた頃、アカネは明らかに怪しそうなセイラの石棺の近辺を重点的に探索していた。しかし、その横でノアが豪快に床に落ちた巨大な瓦礫を持ち上げたのを見て、この小さな少女は、そちらへ加わることを選んだ。その後はまるで競い合うようにして、しらみ潰しに岩を持ち上げていくアカネとノアであったが、瓦礫の下には当然何もなかった。ぐるっと遺跡内を一周した後、彼女たちが二人が再び石棺の元へたどり着く頃には、イズミが彼女らに代わって棺を調べていた。


「おーイズミ。やっぱ匂うんはここやんな」

「一応他はぜ~んぶノアちゃんとヒックリ返してみたけど、なんも無かったわ!」

「凄い力持ちになってて驚きました!」


怪力であることの快感によって、少女二人は浮かれているようだった。


「アカネさんとノアさんは、結構(※1)STRに振ってましたからね」


イズミは棺を触りながらのんびり返す。


「今さらですが、僕たちの身体はちゃんとゲーム準拠のようです」

「まあ、僕はリアルより少しだけ背が高いぐらいの差ですけど。二人は違和感無かったですか?」


棺から目を移し、すぐ傍で並んでいるアカネとノアを、座ったまま眺め始めたイズミ。


「私はリアルでも同じ位の身長でしたし、違和感は無かったです。鎧を着ている違和感が最初は凄かったですけど」


座ったイズミを見下ろすように笑いかけるノア。


「……あ、あぁ~!ウチもそう言えばあったな!あったわ違和感!うん」

「それより調べるんやろ、ソレ!!」


イズミと視線が合い、早口で喋りながら慌てて棺を指さすアカネ。


「そうですね。イズミさん、アカネさん、手伝ってもらえますか?」


三人で石棺を隈なく点検すると、棺の底辺に少しだけずれたような跡があることが分かった。


「多分、あのゴーレムが降ってきた来たときにズレたんだと思います」


ずれた棺をさらに押してみるため、三人はそれぞれの位置についた。


「そういえばあのゴーレムさんってどこから落ちてきたんでしょうね?」

「考えたこともなかったわ」


三人で棺を前へ押すと、石棺は案外あっさりと、少しずつ後方へずれていった。棺がそれ以上動かなくなった時、三人はそこにあるものを見て安堵のため息を吐いた。棺があった場所には、ちょうど人間一人が通れるほどの横幅を持つ、隠し階段があったのだ。



◆◆◆◆



「探索中にHP回復したけど、ポーション切れとるし、戦闘アカンで」


アカネは床に手をついて階段下の様子を眺めながら言った。しかし、ひたすら続いているように見える階段は完全な闇に覆われており、先に何があるのか確認することは不可能だった。ノアはアカネに言われて初めて、自分の身体から完全に痛みが消えていることを自覚した。【LTO】では、(※1)ノンアクティブ時、数秒ごとにHP、SPが少しずつ自動回復する仕様があるのだ。


「……でもまあ、降りんと進まんか」


三人の中で一番頑健なノアを先頭に、イズミ、アカネの順に階段を降りていく。壁に挟まれているので、横から何者かに襲われる心配はないが、暗闇に対する恐怖の本能が彼らを襲った。お互いの姿すら見えないので、ノアは両手を壁に着けながら一歩一歩前進し、残りの二人は前方の人間の肩を持ち、その動きに合わせた。そのままさらにしばらく下ると、ようやく長い階段が終わるらしく、下の方で薄明りが灯っていた。辿り着いた最下層は階段よりも広く造られており、三人はようやく肩を並べることができた。見るとこの空間は、部屋というよりはごく短い廊下のようなもので、目の前にはポツンと木製のドアが取り付けられていた。


「……遺跡の中に普通のドアって、なんだかすごく違和感ありますね」


そう呟くノアの横で、イズミは記憶を探っていた。彼はこれまでに【LTO】に存在するほぼ全ての遺跡ダンジョンを巡ってきている。その彼ですら、普通の木扉を用いた遺跡ダンジョンなど見たことがなかった。アカネも同じことを考えているのか、イズミの横で顎に指を当てている。


「入ったらまたボスとか、ないよな」

「充分ありえますよね……」


アカネのポーションが尽きた今、彼らの希望は【熾天使セイラ】のみ。彼女は先程のゴーレム戦で絶対的な強さを見せたが、もしその彼女すらも敗れたら。そしてまた部屋から脱出できなくなったら――。考えれば考えるほど、二人の疑念は深まっていき、目の前の何の変哲もないドアが、何やら恐ろしいものに見えてくるのだった。


「で、でもあのドアで現実に帰れるかもしれませんし!」


場違いなほどに現実感のある木製ドアを見て、ノアはこれまで三人が無意識に避けていた『現実』というワードを口にした。アカネは、そんなノアを見て強く頷いた。彼女は思い出したのだ。退路などないということを。


「……せやな。今度はセイラちゃんもおるし!」


アカネは自身を奮い立たせるように、語気を強めた。そんなアカネを見てイズミも覚悟を決めた。


ドアノブに慎重に手を掛けると、真鍮製のノブはスムーズに回りだす。鍵は掛かっていないようだった。ノブを回しきると、今度は少しずつ扉を開ける。内開きの扉の向こうから、明るい光が漏れ出す。かくして、扉は開かれた。



◆◆◆◆



「帰ってきたんですかね……?私たち」


ノアがそう呟くのも、無理もない話だった。木製のデスクに置かれた白いマグカップ、最近めっきり見なくなったブラウン管PC。乱雑に床を這う青と灰色のケーブル類に、両壁を覆う巨大な本棚。

そこはどこからどう見ても、現実の世界の、誰かの書斎のようだった。天井を見ると、蛍光灯が取り付けられている。


「少なくとも、蛍光灯とかパソコンとか、【LTO(ロト)】にそんなもん無いわな」


【LTO】の世界は剣と魔法のファンタジーである。スチームパンク味を帯びた遺跡からの発掘品のみが唯一の科学的アイテムであって、パソコンなどあるはずがない。


「ノアさん、まだ僕たちはゲームの中みたいだ。残念だけど」


ノアの前に立ったイズミの服装は、【LTO】の【人形使い】の装備のままだった。


「ですよね……」


部屋が現実でないことは、彼女には最初から分かっていた。ただそう思いたかっただけだった。


「とりあえず、また探索、ですかね」


言いながらイズミが部屋に入っていくと、まちーや、とアカネも足を踏み入れた。二人を追って最後に入ったノアは、おじゃまします、と言いながら扉を締めてしまった。


「あ!ノアちゃん!!あー!!」

「え?…あっ!!」


アカネの意図を察したノアが再びドアを開けようとするも、扉は全く開かなかった。泣きそうな声で二人に謝るノア。


「え、えぇて!ウチも言うとったら良かったし!なぁイズミ?」


アカネはノアを慰めようと明るい声を出し、イズミにフォローを求めた。


「うん。それに、何かあるとしたらあとはココだけだと思いますよ」

「な?イズミもあぁ言っとるし、部屋調べよ、な?ノアちゃん」

「で、でも、すいません~!!!」


イズミとアカネはノアをあやしつつ、書斎を調べ始めた。



◆◆◆◆



アカネに言われて、本棚を覗くイズミ。ガラスケースに自分たちの顔がぼんやりと反射している。

壁面を覆う本たちは区画ごとにジャンル分けされているが、本棚全体に特に決まったテーマがあるわけではなさそうだった。背伸びをして何かの本を取ろうとしているアカネを通り抜け、イズミは神話の区画で立ち止まった。本の中に、【熾天使セイラ】の謎に関する手がかりがあるかもしれないと考えたのだ。しかし、彼の期待とは裏腹に書かれているものはごく一般的な神話への知識のみであり、ヒントらしいものは何もなかった。


「イズミ、人形の本あるで!」


アカネがイズミに一冊の本を差し出す。江戸時代の著名なからくり技師に纏わる伝記本で、後半には彼の作品が写真付きで掲載されている。しかしイズミの実家《泉人形堂》の本棚には、これと全く同じものがあった。イズミは子供のころ、この本を祖父と一緒に読んだことを思い出した。


「それ、読んだことありますよ」

「おまえマジか!さすがイズミやな!」


この本、それにこの現実感。自分たちの今いる世界に一体どれほどの情報量があるのか。イズミの思考はそういった方向へ逸れていく。本棚を一通り探索し、デスクの引き出しに何も入っていないことを確認すると、三人はデスク上のパソコンに注意を移した。アカネが空のマグカップを底の匂いを嗅いでからキーボードの横に置いた。


「やっぱ本命はこれよな。めっさ怪しいもんなコイツ」


目の前の四角い箱は、液晶ディスプレイが主流になった現代にとって、化石のような分厚さのブラウン管PCだった。


「ていうか、これなんなん?めっちゃ昔のテレビこんなんやったよな?昔のパソコンか?」

「私も、よく分からないです」


世代によるものなのか、性別によるものなのか。

母親のようなことを言う少女たちを後目に、イズミはデスク下の起動ボタンを押した。


「パソコンですよ。少し型が古いけど」


イズミが木製デスクの下部分をスライドさせると、格納されていたキーボードが姿を現した。


「あー!こういうキーボードは売っとるな!」


アカネがキーボードを人差し指でカチャカチャ押しながら言った。


「私、PCのことあまり詳しくないので、イズミさん任せていいですか?」

「ウチも!任せるわ」

「僕も別に得意ってわけじゃないんですけど……」


文句を言いつつイズミが席に付くと、デスク下のファンが勢いよく回りだし、画面が映し出された。それは解像度の荒い2000年代初期のOS画面だった。


「どうやらこれも、現実のPCと一緒みたいですよ」


見守る女性陣に、イズミがそう言った時だった。


>入力してください[|       ]


突然画面が真っ黒になり、白文字のタイプログが表示された。


「なにをやねん!」


ブラウンをビシッと叩いてツッコミを入れるアカネ。


「……どうします?」

「言葉足らずすぎる!」


突如出現したこの意味の分からぬ問に、頭を抱える一行。


「何かこの場所に縁ある物なんでしょうけど……」

「名前入れてみるか?」


次があるかさえ解らない状況のため、三人は考え込み動けなくなっていた。暫くの間沈黙が続いたが、アカネはついにシビレをきらし、イズミの横から乱雑にキーボードを打ち始めた。


「だー!何もせんかったら何も起きんやろ!適当に入力してみたらええねん!!」


>入力してください[LosTale|]


「エンターー!!」

「ちょ、ちょっと!アカネさん!」


アカネがリターンと書かれたキーを力強く押すと同時に、部屋全体が大きく揺れ始め、部屋は暗闇に包まれた。その闇は、まるで先程のタイプログ画面のような、塗り潰されたような黒さだった。

振動はうずくまるほどに強かったが、必死で頭を庇っていると、揺れが少しずつ収まっていった。

不思議なことに、部屋の景色は何も見えないのに、お互いの身体だけははっきりと見ることができた。


「無茶しないでくださいよ、アカネさん」


言いながら、足元に転がっていたアカネが立ち上がるのをイズミが手を貸す。その時、三人の眼の前の闇が四角い光に切り取られた。あのPCの画面である。


>ようこそ、LosTaleへ


画面に文字が表示された瞬間、耳に馴染んだ【LTO】のOPメロディーが耳の奥に流れ始めた。すると、目の前の闇に浮かぶ画面が消え去り、前方に扉が出現した。固まる一行をよそに勝手に開いていく木製のドア。ドアの隙間から目が眩むばかりの光が差し込んでいる。扉は、再び開れた。



◆◆◆◆



イズミは頬に風を感じ、我に返った。不安になり横を見ると、ノアとアカネも後ろで放心したように立っていた。気が付くと、イズミたちは大草原にいた。


「出れた……んですかね」


ノアはそう誰ともなく呟くと、自分の腕がまだ鎧であることを確認した。


「でも、帰れた訳じゃ無い見たいですね」


彼女は少しだけがっかりしたが、その言葉に悲しみの色はなかった。


久しぶりに見た気がする空は、太陽が落ちかけ、草原を(だいだい)色に染め上げている。遥か向こうまで続く背の低い草たちが、吹き抜ける風によって一斉にたなびくのが見えた。彼女たちの立つ高丘の草原からは、森の切れ間から湖川や王城、遥か彼方にそびえる山脈まで見渡すことができた。ノアが背筋を伸ばして思い切り深呼吸すると、肺の中に新鮮な風が入り込むのが分かった。白い息が夕焼けに消えていく。


「イズミさん、ここどこなんですかね?」


今にも踊りだしたくなるような素晴らしい眺めに、ノアはいつの間にか先頭に立っていた。振り返ると、イズミが目線を下げて難しい顔をしているのに気づく。


「小マップが、無い……」

「アカン、うちもや」


その段になって、ノアはイズミとアカネが何をしようとしているかようやく理解できた。ノアも小マップ表示を心に念じてみるが、彼らと同じようにやはり何も出てこない。それはつまり、ここがどこなのか全く分からない、ということを意味していた。


「ゲームの時と同じ特徴を見つけられれば良いんだけど……」

「草原ったって、数え切れんほどあるからな」


苦々しげに呟くイズミとアカネ。この草原に何か特徴はないか、とノアは周囲を見渡した。すると、自分たちの真後ろ、丘の一番高まった場所に、見慣れた標識が立っていることに気が付いた。


「イズミさん、アカネさん、あれ!!」


ノアは見つけた標識を指さし、項垂れているアカネとイズミの注意を引いた。


「道路標識やんけ!」


三人は丘の上、青色に塗られた三角形の標識を取り囲んでいた。


「うーん、これはどう見ても国道の標識やわ」


アカネは標識の根本をげしげし蹴っている。標識は長い間手入れをされていないらしく根本から傾いており、塗装がかなり剥がれていた。かなり薄くなった白文字で『ブライドフィールド003』と表記されている。


「ブライドフィールド3?」

「え、ここが!?全然ちゃうやん!?」


アカネとイズミが興奮して辺りを見回す。


「知ってるマップですか?」

「あんなぁノアちゃん、ここはなぁ」

「今日遊んどった、『鎌畑』なんや!!」



◆◆◆◆



ノアの先導によって、夕日に染まる草原の遥か遠くを見渡すアカネとイズミ。二人は見慣れているはずの王城の尖塔に酷く興奮していた。


「王都ブライドって生で見るとあんなかっけー城やったんやな!!」

「城へ向かいましょう。僕たちの仲間がいるかもしれません」


進むべき方角が分かり、意気揚々と草原を歩き始めた一行。元『鎌畑』の草原を抜け、鬱蒼と茂る森を抜けると、遥か遠くに王都ブライドが見えてきた。道中、時たまMobに出会ったが、襲ってくる気配は一切なく、スムーズに通り抜けることが出来た。夕日がさらに沈み、足元が見えづらくなってくると、アカネが自分の足元を見ながら呟いた。


「夜、あるんやな……」

「ゲームの時は常に朝でしたもんね、このマップ」


ノアにはアカネが何を言っているのか分からなかったが、イズミの一言でようやく理解することができた。この世界には、夜がある。アカネは自分が今いる世界が現実のものなのか、ゲームのものなのか、良く分からなくなっていた。アカネが一人そんなことを考えているうちに、一行はついに王都ブライドの大きな城門に到着した。イズミが驚きの声を上げる。


「ブライドに、明かりがない!」


※1 STRストレングス大体のゲームで存在するステータスの一つで以下に力強いかを表す。

LTOでは攻撃力の増加アイテムの所持限界数の増加などに恩恵がある、また、装備品の装備にSTR下限値が設定されているため攻撃スキルのないノアもそこそこに降っていた。


※2ノンアクティブ この場合戦闘をしていない状態を示す。武器を構えたり、魔法の行使でもアクティブ状態になることができる。

ちなみにアクティブは戦闘状態であることを示す。


三章読んでいただきありがとうございます。

イズミ達の旅はここから始まります。

・・・頭の中の設定や世界、話を文章にする大変さを噛み締めつつ次回に続く!続くったら続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ