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2.熾天使の遺跡

少し長すぎる気がしたので二分割にしました。

ここがスタート地点です


「凄い……まだ知らないダンジョンがあったなんて」

「ウチもや。いわゆる『い~すた~えっぐ』ちゅうやつかな?」


ノアに招集されたイズミとアカネがマップ名を確認したが、そこにはやはり何も書かれていなかった。


「すごいレアアイテム、あったりしてな!もしくは隠しメッセージとか!」

「開発中のダンジョンなのかもしれないよ?」


ベテランプレイヤーの二人は、辺りを二三歩歩いては、空想を巡らせたお喋りをしている。


「こういうところって他にもあるんですか?」


二人の浮かれ具合に、ノアは疑問を口にした。


「あるあるめっちゃある!遺跡ダンジョンっちゅうやつ。それが【LTO】の醍醐味やし」

「遺跡ダンジョンは、ドロップアイテムや報酬の装備が強いんだ。その代わり難しいけど」

「え!?、難しいんですか?ここ」

「せやな。でも今は最悪攻略できんでもええ。情報が出回れば、発掘品は露店でも買えるからな」

「そうそう、どうせ人形は安くなるし……」


アカネはイズミの呟きにひとしきり笑った後、せやから、緊張せんでええよ、とノアに優しく声を掛けた。


「……なんもないなぁ」

「だねぇ」


アカネはエモーション『ショック』を使って打ちひしがれている。最初はお宝の予感にときめいていたが、今ではただ沈黙を作らないために言葉を発しているように聞こえる。謎の壁画が描かれた黄土色の巨大な壁が、ひたすら薄暗い一本道を形成している。何のアイテムもギミックもなく、敵Mobも出なければ分かれ道も扉もない。それどころかBGMも歩行のSEも何もない。まるでデータ上に放置され、忘れられた場所を歩いているようで気味が悪かった。


「まさかここまで一本道が続くなんて……」


味気なさと気味悪さが相まって、三人のテンションはかなり低下していた。


「……戻ります?」


アカネを見て居たたまれなくなったノアが提案する。


「いや!もうちょい、もうちょい!」


エモーション『執念』を駆使して懇願してくるアカネ。


「それ、さっきも聞きましたよ。ルビーアイさん」


何もない廃墟を歩き始めて十分。イズミも流石にうんざりした口調だった。


「いや、諦めつかんやろこんなん。なぁ?ノアちゃん」

「私も、もう少し探索したいです」


ノアはアカネの熱意に押され探索を続けているようだ。


さて、どれほどの時間がたっただろうか。未知のお宝への執念で歩を進めた一行は、ついに突き当りに差し掛かった。目の前にそびえるのは、二本の石柱に支えられた大きな扉。アカネ曰く、遺跡マップで使われる汎用扉で、その先にはよくボスが配置されているらしい。


「ほらあった!帰らんで良かったやろ?イズミ」

「そうですね」


マップの異様さに緊張していたイズミは、その疲れからか、アカネの言葉に空返事で返した。アカネは元気を取り戻し、扉前で意気揚々と作戦を立てる。ノアは度々初心者にありがちな質問をして場を和ませた。イズミの緊張がようやく解けていく。


「ウチとイズミでできる限りフォローするから、ノアちゃん、肩の力抜いてな!」

「頑張ります!」


ノアは扉を開けた。



◆◆◆◆



最初に目覚めたのはノアだった。

彼女は床にうつ伏せた状態で目を覚ました。顔を持ち上げ辺りを見回すと、周囲は薄暗かった。しかし、かなり遠くの方まで空間が続いていることが直観的に分かった。ふと、自分の腕のところに摩耗した金属の鎧が見えた。彼女は自分の腕の感触を確かめるように、拳を握ったり開いたりした。自分の感覚と連動して動く、重々しい鉄の腕、鉄の指――。黄土色の大理石のような材質の床に両手をつき、彼女は起き上がった。


ノアは状況を理解し始めていた。後ろを振り返ると、壁を覆いつくすほどの巨大な石門が、堅牢な石柱に支えられぴったりと閉じている。これらは全て古びた壁画が彫刻されていた。それがどこまで続くのか確かめようと視線を上げていくが、ある高さから闇に覆われて何も見えなくなっていた。あり得ない話だが、ここは、先程まで遊んでいた『LTO』の世界に違いない。


状況の不可解さにしばらく絶句していたノアだったが、ふと、思考が一緒に遊んでいた二人の友人のことに切り替わった。急いで辺りを見回すと、目が馴れたのか、暗闇の中に倒れている人影に気づいた。彼女は慌てて駆け寄ると、人影を抱き起した。


「起きてください、イズミさん!……イズミさん、ですよね?」


抱かれた彼は先程まで一緒に遊んでいたゲームキャラ『イズミ』によく似た青年だった。彼は本物のイズミなのだろうか、と不安が胸をよぎった。しかし彼の身体から感じる鼓動や体温は、確かに生きている人間のものだった。


「……うん?……え!?ウソ!ウチ寝落ちしとった!?」


イズミを揺り起こそうとするノアの荒い息遣いによってか、イズミのすぐ隣に倒れていた小さな少女が飛び起きた。その声を聞いたノアは我に返り、少女に話しかける。


「……アカネさん、ですか?」


ノアは泣きそうになりながら弱弱しく尋ねた。


「え?、ノアちゃん?……え!?なんやここぉ!?」


アカネはノアに気が付き慌てて辺りを見渡す。


「どこや、ここぉ」


ノアには少女が絞り出す声が痛々しいものに聞こえたが、その声は音声チャットで聞いた通りの甲高いアカネの声だった。


「アカネさん、ですよね?」

「ノアちゃん、やんな?」


ノアとアカネが互いを指差し確認している時、ノアの腕の中でイズミが目を覚ました。


「……なんで、寝落ち……おわ!」


驚きの余りノアの腕から転がりおちるイズミ。


「いてっ!!」


イズミは頭を地面に思い切りぶつけてしまった。それを見てノアとアカネはくすくす笑い、少しずつ冷静さを取り戻していった。


「ノアさんに……ルビー、いや、アカネさん?」

「アカネでええわ!おはようイズミ。何なんやろな、この状況」


アカネは警戒するように辺りを見回しながら、イズミに手を差し伸べた。


「……良かった。皆さん!ちゃんとアカネさんとイズミさんなんですね」


そういったノアは微笑んでいたが、声は泣きそうに震えていた。


「まずは持ち物を確認しよう」


イズミも自分の置かれた状況が整理できたのか、冷静に言った。


「お、おう」

「はい」


そうは言ったが、アカネ以外の二人は荷物らしい荷物を持っていなかった。

ノアは自分の鎧を熱心に眺めている。


「イズミさん、なんか見れます!」


イズミとアカネがノアの鎧に注目すると、ノアの鎧の真上にアイテムウインドウが出現した。


>ブライドの鎧

 >カテゴリ:身体 / 無属性 / DEF40

 >王都ブライドの装飾が刻まれた鉄製の鎧。大盾騎士用に設えた重厚な品。


「えー!!どうやってやったんやそれ!」


アカネが子供のように走り寄って、空中に浮かんだ画面を眺める。


「鎧を見てたんです。そしたら、なんか出てきました」

「ウチもやりたい!」


ノアを見習い、イズミとアカネが集中し始めた。すると、まずイズミの眼前に画面が浮かんだ。


>アイテム


「出た!」

「やりましたね!イズミさん!」


ノアが声を掛けると、後ろからアカネの叫び声が聞こえた。


「なんやねんこれーー!!!もー!!!!」


振り返ったノアは絶句し、イズミは苦笑いを浮かべた。座り込んだアカネの頭上から、真直ぐ天井に向かって画面が伸びている。


「アカネさん今商人だもんね。ソート式をイメージしてみたら?」


イズミが微笑みかけながらアカネにアドバイスする。


「うわ!イズミの笑顔ってリアルで見たらめちゃ腹立つ!!」

「ひどいな」



◆◆◆◆



三人の装備やアイテムは王都ブライドを出発したときのものだった。


「……この状況だけど」


イズミがなにか言おうとした時、耳の奥をつんざくような轟音が辺りを支配した。地響きのような音、もしくはビルから鉄骨を落下させ、それが幾重にも反響したような音。どちらも実際には聞いたことのない音だったが、この時の爆音は三人に近いイメージを呼び起こさせた。反射的に固まった三人の耳奥には、まだ耳鳴りが残っている。しかしそれ以上に、眼前の状況は切迫していた。


頭上の暗闇から三人を見下ろす無機質な一つ目。二階建ての建物より大きな身体を持つ白色の巨人。神殿の石柱を思わせる太さの手足。頭はなく、一つ目の壁画が胸に描かれている。目の前に現れたそれは、正しく死の象徴。怪物だった。


「そりゃ出るよね……ボス部屋だし」


なんとか声を振り絞って言葉を紡いだイズミだったが、その声はか細く震えていた。


「ウソやろ!?」

「イズミさん、どうするんですか?」


アカネとノアは自らの恐怖を隠すことなく語気に出している。

イズミは自分を奮い立たせるために、何とか言葉を紡いだ。


「……ボス部屋は、ボスを倒すか全滅するまで、出られない」


巨人はゆっくりとした足取りでこちらへ一歩一歩近づいてくる。まるで、お前たちなどいつでも殺せる、恐怖を味わえ、と言わんばかりに。


「……そんな」


ノアは腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。彼女は生まれて初めて死の予感を感じ、恐怖していた。


「……立ってノアさん!アカネさんはアイテムの準備!!早く!!!」


イズミは自らの出した声量に驚いた。彼は今までの人生で、ここまで大声を出したことなどなかったからだ。このとき彼の心拍数はかなり上がっていたが、それでも頭は冷静だった。彼は反射的に状況を分析する。まず前提として、もしここで死ねば復活できるか分からない。そして、この闘いからは逃げられない。ゴーレムは地属性なので火に弱い。ジャックには火属性の攻撃がある――。


そして最終的に、彼の思考はこう纏まった。

僕は、自分にできることをする。


ゴーレムがあと一歩でイズミたちを叩き潰せる位置に入った。その太い足元から砂塵が舞い上がる。イズミは覚悟を決めて叫んだ。


「ジャーーーーーック!!」

「ホーホーホー!!」


イズミの叫びに呼応するように、それは闇の中から現れた。漆黒のマントに、三日月型にくり貫かれたカボチャ頭。頭の炎は周囲を照らし、手元の鎌が鈍く煌めいた。イズミ手元には、いつのまにか操作器(コントローラ)が握られている。


「[スローイングアイテム]!」


片足を上げたゴーレムの背中に、アカネの投げた瓶が直撃する。瓶が割れて中身の液体がゴーレムに掛かると、途端にゴーレムの動きが鈍った。ゴーレムから垂れた粘液が強力な粘性で糸を引き、ゴーレムの足や関節の可動の邪魔をし始めたのだ。


「どや![トリモチポーション]の威力は!!」


アカネはいつの間にか大広間の反対側に陣取っていた。


「アカネさん、ナイス!」

「イズミ、行くで!」

「やってみる!」


イズミの操作器(コントローラ)に反応し、生き生きと踊る【ジャック・O・ランタン】。状況は切迫していたが、その姿はイズミにとって画面ごしに見るよりも何倍も美しかった。


「よし!これなら!」

「ジャック、[なぎ払い]だ!」


【ジャック・O・ランタン】はがら空きのゴーレムの腹目掛けて急降下し、一閃を浴びせた。鋭い太刀筋をうけたゴーレムの胴体に、大きな亀裂が入る。しかしゴーレムはその傷を意に介さず、ジャック目掛けて拳を振り回した。


「クソ!、そりゃボスはノックバックしないよな!」


腕を引くイズミ。鋭いゴーレムの拳を寸でのところで避けるジャック。


「イズミ!どうするんや!?、ゴーレムはスタントラップ効かへんし!」


切羽詰まったアカネの声がイズミに問う。


「[トリモチポーション]なげ続けて!このまま引き撃ちする!」


イズミはゴーレムから距離を取り、周りを大きく旋回し始めた。イズミの前方に揺れ動きながら追走するジャック。


「じゃんじゃん行くでー!!」


その間もトリモチポーションを投げまくるアカネによって、ゴーレムの動きはかなり抑制されている。ジャックは振り向きざまの隙を狙って、ゴーレムの脇腹に鋭い一太刀を浴びせ続けた。


「ダメ押し!」

「【ジャック・O・ランタン】、[ナイトメアフレア]!!」


ジャックの頭が震えながらのけ反る。次の瞬間、ジャックは大きく口を開け、自身の大きさほどもある巨大な火球を発射した。体勢を変える間もないまま火球に直撃するゴーレム。着弾と同時に足元に火柱が立ったが、次第に黒煙へと変わり、怪物周辺の様子が何も見えなくなった。石が焼ける音以外、何も聞こえない。


「…アカン!イズミ、そいつ回復しとる!」

「そんな……攻撃手段はジャックしかないのに・・・」


イズミは黒煙の中に潜むゴーレムに目線を集中させた。するとたしかに、ゴーレムのHPバーは回復していた。途方に暮れてゴーレムから視線を逸らしたイズミは、黒煙のすぐ近くにノアがいることに気が付いた。彼女は放心したように、今までの闘いをただ眺めていたようだった。


「ノアさん!離れて!早く!!」


イズミは呼びかけるのと同時に走り出した。


「イズミ、さん」


ノアはイズミの呼びかけに応じ、呆けた顔でイズミを見返した。ノアの左で煙が動くのが見えた。ゴーレムが再び動き出したのだ。黒煙を切り裂くゴーレムの拳。その目の前に座っているノア。


「ジャーーーック!!!!」


飛び出したジャックに、ゴーレムの拳が直撃する。自身よりも巨大な石柱に殴られたジャックは、その衝撃で遥か彼方に吹き飛ばされ、全く見えなくなってしまった。


「すまん、ジャック……!!」


イズミはようやく、ノアの下へたどり着いた。


「ノアさん立って動くんだ!」


イズミはノアの肩を揺さぶり、無理やり彼女を立たせようと試みる。しかしその瞬間、再び背後にいたゴーレムの影が伸びた。咄嗟に彼は、彼女を突き飛ばした。


「ッぶ!!!」


ノアを庇って拳に直撃したイズミは、凄まじい速度で宙を舞い、壁面に打ち付けられた。


「イズミさん!!」


その光景を見たノアは正気に戻り、すぐにイズミに駆け寄った。苦しそうに呻くイズミ。HPは残り一割を切っていた。


「イズミ!死ぬなぁ!今回復したるから!!」


アカネが泣きそうになりながらイズミに走り寄る。


「それ…より、ノア、さん……を」


掠れるような声でノアを見つめるイズミ。


「アホ!!!死ぬな!!」


アカネはポーションを取り出しイズミに振りかけ続ける。


「イズミさん、私……」

「ノア…さん、基本…を大事、作戦会議思い出して…」


イズミは瀕死の重傷に苦しみながらも、ノアに優しく語り掛けた。彼らの背後で(うごめ)くゴーレムを包み込む黒煙は、今や完全に消え去っていた。いつの間にか、イズミの付けた傷も無くなっている。真後ろからゴーレムの振動が響いた。


「うわぁああああぁ!!!」


ノアはゴーレムへ突進した。いつの間にか、彼女の右手には剣、左手には巨大な盾が握られている。


「[ステップ][鉄壁]同時押し!!!」


ノアは左手に持った大盾を力強く正面に構え、全力で大地を蹴った。その瞬間の自分の身体が地面に沿って吹き飛ぶ感覚に、彼女は心地よさすら覚えた。イズミの行動によって、彼女は理解したのだ。自らの役目を。


それはまさに、鉄の砲弾といってよかった。ゴーレムの腹部にノアの盾が押し当てられた瞬間、ゴーレムは地面に跡を残しながら後方へと吹き飛んだ。ノアもゴーレムの腹部に引っ付くように吹き飛ぶ。ゴーレムの腹に盾型の窪みが刻み込まれた。しかしゴーレムは態勢を崩さず、そのままノアに右肩に向かって拳を振り下ろす。


彼女は衝撃と共に強い痛みを感じた。それは感じたことのない痛みだった。しかし彼女は、その痛みを受け入れた。なぜなら彼女は、その苦痛が霞むほどに自分が許せなくなっていたからだ。突撃の際、彼女は心に誓っていた。私は役目を果たす。これからは絶対に、仲間を傷つけさせない、と。自分の鎧に敵の拳を食い込ませながら、彼女は叫んだ。


「[フォートレス]!」

「これであなたは、私の後ろに行くことはできない!」



◆◆◆◆



同時刻、アカネの治療を受けるイズミは、自分の持たれかかっている石の台座のようなものが、ただのオブジェクトではないのではないかと考え始めていた。


「アカネさん……これ」

「イズミ、今は喋らん方がええ。まだ痛むやろ?」


イズミはアカネの制止を振り切り立ち上がると、目の前の台座を眺めた。眼前の台座には精巧な彫刻が刻まれており、質感も遺跡の床や壁とは明らかに異なっていた。左右対称の長方形型の形状をしている。彼はその台座をしばらく観察し、そして気づいた。これはあのゴーレムが守護する宝、石棺であると。イズミは藁にもすがる思いで石棺の蓋を開けた。すると、棺の中から眩い閃光が放たれた。


そこにあったのは奇妙な物体だった。純白の羽が楕円形に何かを包み込み、繭のような形をしている。


「なんだこれ……羽の、繭……?」


その時、光の中にアイテムウインドウが表示された。


>【熾天使(してんし)】:【全自動機械人形】

 >スキル:[カドシュ]ーーーーーーー


その繭は、【人形師】を極めたイズミでさえも見たことがないものだった。しかし彼に考えている時間は残されていない。イズミはその繭に触れ、強く願った。あの子を、ノアを救ってくれ。


『……マスター、ご命令を』


イズミの脳内に澄んだ女性の声が響いた。彼はその声に呼応するように彼女を呼んだ。


「目覚めろ熾天使![カドシュ]!!」



◆◆◆◆



「スマン、ほんまスマン……ノアちゃん、ポーションが、切れた!!」


イズミの治療後、ゴーレムと対峙するノアに【ポーション】を使っていたアカネだったが、ついに最後の一本が切れてしまった。ノアの命が少しずつ削られていく。


「[完全防御]!!」

「あかん!それ一回きりしか使えんのやで!!」


ノアはゴーレムの拳を受け止めながらも、すでに死を覚悟していた。イズミとアカネを守って死ねるのならば、本望であると。アカネもノアの心を感じ取り、必死で無駄な応援を続けていた。しかし彼女たちの奮闘は空しく、ゴーレムがノアから受けた傷は既に消え去っていた。


『聖なる(かな)、聖なる哉、聖なる哉……』


突如、彼女たちの脳内に、光の賛美歌が響いた。


「なんやこの唄!?イズミか!?」


思わず後ろを振り向いたアカネは閃光に包まれた。


『主たる神、全能者。昔いまし今いまし、そして来たるべき御方(おかた)……』


「[完全防御]、解けます!!」


『……今こそ我らに、力を(あた)(たま)え!!』


澄んだ唄声がそう響いた瞬間、完全な光がノアを背後から包み込んだ。しかしその瞬間にもゴーレムはとどめとばかりに彼女の頭に拳を振り下ろす。咄嗟に防御するも、自身の身体に体重の何倍もの衝撃が加わったことが分かった。ノアは自身の死を受け入れ、目を閉じた。しかし、それから数瞬経って、ノアは自分が生きていることに気が付いた。自分の両腕が、なぜかゴーレムの拳を受け止めていたのだ。本来ならば受けられないはずの拳を。


 

◆◆◆◆



「……え?なんで??」


呆気にとられたノアが後光に振り返った。するとそこには、(まばゆ)いベールに身を包んだ美しい天使がいた。


「【熾天使】、[炎の剣]だ」

『はい、(マスター)


【熾天使】は純白の羽根を舞い散らしながら、ゴーレムにゆっくりと近づいていく。そして彼女が右手の剣を胸元に構えると、剣の刀身は炎に包まれた。その間もゴーレムの攻撃を受け止めたままのノアであるが、背後に舞う天使の姿があまりにも美しかったため、彼女から一瞬でも目を離すことは出来なかった。


刹那、ゴーレムは思い出したかのように天使目掛けて拳を振るおうとした。しかし彼女は慌てる様子もなく、炎纏う剣で優雅にその腕を両断した。轟音とともに地に落ちる両腕。肩から切断されたゴーレムのそのバターのような断面を見て、ノアは恐怖を覚えた。ゴーレムが怯えたように立ち尽くす。


「[ジャッジメント]」

『はい、(マスター)


宙に浮かぶ【熾天使】は、(ゆる)しを請うように彼女を見上げるゴーレムの目を、優しく撫でた。するとその瞬間、再び光が全てを包みこんだ。それからしばらくして三人の視力がようやく戻ると、そこにはもうゴーレムの姿はどこにもなかった。


誤字脱字および不自然な点があったので修正しました。

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