1.シークレット・スキル
不定期更新です
気が向いた時に気ままに書かせていただきます。
下記溜めなどが無いので気長に待っていただければ・・・
終業チャイムが鳴ると、教室にたむろする友人たちをそこそこに、少年は帰路へ就いた。
鮮やかに紅葉した並木道を使い古した自転車で飛ばすと、古くからの商店が軒を連ねる大通りが見えてくる。少年は、その中でもひときわ存在感を放つ、大きな漆塗り看板の店に入った。
その名も『泉人形堂』。
年季の入った木製の棚に仲良く座っている和製人形たちや、ガラスケースに座っている操り人形たちに目配せしてから、少年は階段を昇る。そして、LANケーブルが挟まっていた襖を開けるや、即座にPCを起動させ、ゲームを起動させ、ランチャーを起動させた。
>ようこそ、LosTaleOnline へ
液晶ディスプレイから荘厳なOPが流れ始めると、少年も一緒になって口ずさむ。彼が寝食を忘れて熱中しているゲーム、LosTaleOnlineは、今年で十五周年の老舗MMORPGである。剣と魔法の日本製ファンタジーで、ビルドの自由度や季節ごとの大規模イベントが特徴的だ。プレイヤー達はこのゲームのことを短縮して【LTO】、もしくは【くじ】と呼んでいる。
短いローディングの後、少年は待ち合わせ場所である『王都ブライド』の噴水広場へとログインした。夕闇を跳ね返すように光る『プランタン』が、プレイヤー達によって町中そこかしこに植えられている。イベント案内のモンスター型NPCがハロウィンコスプレをしたプレイヤーたちの間を行き交う。大広場から十字に伸びる街道には、どこも隙間なく露店が賑わっていた。
「さすがイズミ!今日も早いな」
広場中央にある天使像の噴水の前で町を眺めていると、バックパックを背負った少女が声を掛けてきた。
「あ、ルビーアイさん。今日も【商人】でインしてるんですね」
「【ガンナー】はいろいろ入り用やからなぁ」
少女はエモーション『微妙な顔』を出しつつそう答えた。
「あー納得」
イズミがエモーション『相槌』で返していると、路地の向こうから鉄鎧が走り寄ってきた。
「イズミさーん!、アカネさーん!」
「お、来たか!ノアちゃん」
ノアと呼ばれたこの少女は、買ったばかりの【大盾騎士】の鉄鎧に身を包んでいた。彼女は【LTO】歴数日の初心者である。他のゲームをプレイしたことは全くないらしく、城門で談笑していた彼らに間違えて話しかけた。そしてそのまま友達になり今に至る。ちなみに【大盾騎士】には昨日なったばかりである。
「三人揃ったね。今日はどこ行く?」
「(※1)リンクがそこそこおる場所がええんちゃうかな?」
「あー、集団戦の練習にもなるしね。『(※2)鎌畑』とか?」
「鎌畑ええな!それでええか?ノアちゃん?」
「は、はい!」
聞き覚えのない名前に困惑しながらも、肯定する初心者ノア。そんな彼女が微笑ましく、イズミとアカネはエモーション『ニッコリ』でエールを送った。
「そいやイズミ、これやるわ。まッッッたく売れへんしな!」
配色のきついハロウィン装飾が付けられた城門の手前で、アカネが思い出したように言った。
「え!?いいんですか、ルビーアイさん!これレア人形ですよ!?」
「誰がこんなもん使うんや!!」
アカネは悪態を吐きながらイズミにアイテムを譲渡した。
「ありがとうございます!!」
エモーション『潤んだ瞳』を出しながらアカネの周りを走り回り、喜びを表現するイズミ。
「それじゃあ行きましょうか!ノアさん!」
張り切り声になったイズミがノアを急かす。
「おー?」
ノアはそんなイズミに戸惑いつつも立ち上がった。
◆◆◆◆
「ノアさん、ナイスタンク」
イズミは先程貰った人形、【ジャック・O・ランタン】のスキル[ナイトメアフレア]を発動させた。カボチャ頭のジャックの口から、燃え盛る火球が発射される。着弾した炎が一帯の敵Mobを覆い尽くし、瞬時に全滅させた。
「ありがとうございます!……それにしてもやっぱり凄いですね」
「イズミは【人形師】の変態やからなぁ」
「変態は失礼でしょ」
「いい変態やから」
「アハハ」
談笑しながらも敵Mobを人形の鎌で切り裂き炎で焼き払うイズミの操作は、ノアの素人目に見ても驚嘆に値するものであった。アカネ曰く、本来【人形師】はかなり弱い職業であるらしい。なぜなら、誰も人形を操り切れないからである。操作性も悪ければ、スキルも人形に完全依存。全職の人口比でもサービス開始から常に最下位を記録している不遇職――。
にも関わらず、アカネがイズミに投げ捨てたハロウィン・ハズレア人形【ジャック・O・ランタン】は、今やノアの眼前で、待ちわびた真の主に操られることを喜ぶかの如く、戦場を自由に踊り狂っている。綺麗な薄紅の花畑は、今や蝶やテントウ虫たちの死骸が積み重なり、死の舞踏台の様相を呈していた。
その流れるような戦いぶりにノアが思わず見とれていたその時、今までの敵Mobとは明らかに異質な風体の巨大な影が忍び寄ってきた。太い触覚を動かしながら、彼らを見下ろす巨大な頭部。虫たちの死骸を刺し潰す針のような足。輝く四本の爪を構えた異形の蟷螂が、薄紅色の羽を広げて彼らに迫ってきたのだ――。
「お出でなすったわ」
アカネは呑気な調子でイズミの後ろに下がる。
「なんでこっちに!?攻撃してないのに……」
迫る蟷螂に恐怖を感じ、ノアの動きが遅れた。
無防備となったノアに蟷螂が巨大な爪を振り下ろす。何も反応できず後方へ吹き飛ぶノア。
「【フラワーマンティス】はボスモンスター。つまり『アクティブMob』なんだ」
攻撃を受けたショックでまごまごするノアにイズミは淡々とした口調で説明する。
「アクティブモブ?」
イズミの落ち着きぶりを見て、ノアも思い出したようにスキル[鉄壁]を使う。
「『アクティブMob』はプレイヤーを積極的に攻撃してくるんだよね」
「うーん、さすがイズミやで。解りやすいわぁ」
ノアに【ポーション】を使いながら、アカネはイズミを茶化した。
「あ、ルビーアイさん馬鹿にしましたね!」
「してませ~ん」
「……とにかく、私はあのカマキリを足止めすればいいんですね!?」
イズミとアカネの落ち着きを見て平静を取り戻したノアは、盾を構えながら蟷螂目掛けて走った。
「[ステップ]、[鉄壁]……![ステップ]、[鉄壁]……!!」
二人から教えてもらった基本戦術を口ずさみながら、敵の攻撃を左手の大盾で必死に受ける。そのとき、ふと蟷螂の姿が消えた。何が起こったのか理解できず、慌てて索敵するノア。乱れる陣形。その瞬間、イズミの真横に伸びていた薄紅色の花びらから蟷螂の爪が飛び出し、彼の身体を切り裂いた。
「ルビーアイさん、回復お願いします」
突然の出来事に再び固まるノアを励ますかのように、イズミの口調はのんびりとしていた。
「やっぱアイツ痛いなー!ヤラシイやつやで。隠れるし」
三分の一になったイズミのHPバーを見ながら、アカネが【ポーション】を放る。
「仕方ないですよ。低レベルですし」
「ま、こうせんとおもんないしな」
「ほんま、『PTレベ平均化』様様やで」
現在、イズミとアカネのレベルは『PTレベル平均化システム』によって、最低レベルのノアに合わせられている。初心者とベテランが肩を並べて遊べる素晴らしいシステムであるとアカネは言うが、これによって本来ならば掠り傷で済むはずの『鎌畑』の爪ですら、今や彼らをも切り裂く致命の一撃となるのだ。
◆◆◆◆
「ノアさん、前線を上げて」「ノアちゃん、スキル切れるで!」
威嚇する蟷螂の正面に立つノアに向かって、二人が別々の指示を出す。
「わ、わ、待ってください!」
二人の声が入り混じり混乱したノアの動きが鈍る。
「あー、あかん![鉄壁]切れるで!」「ノアさん[ステップ]。[ステップ]使って」
彼女の混乱が解けぬうちに、またも別の指示を捲し立てる二人。その間も何度も襲い掛かる蟷螂の爪。慌てた彼女は、二人の意見を『同時』に採用した。
>[ステップ][鉄壁]
そのとき、彼女は二つのスキルを『同時』に発動させていた。その瞬間である。彼女の身体は地面から蟷螂目掛けて、まるで大砲のように発射された。盾を構えた銀色の弾丸。大盾が蟷螂の胴体を抉った瞬間、衝撃のあまり、凄まじい速度で両者の身体が前方に弾け飛んだ。【大盾騎士】ノアの攻撃が蟷螂に命中したのだ。
しかしそれがあり得ないことだということは、初心者の彼女にも十分理解できた。なぜなら、【大盾騎士】には本来、攻撃スキルが一つとして存在しないのだから。
「なんやそれ!?なんやそれ!?」
指示をしていたアカネが、興奮のあまり同じ文句を早口で二回口走った。【フラワーマンティス】は先程のノアの攻撃がよほど堪えたのか、動けなくなっている。
「見たことない!見たことないで!!」
「イズミ、あの技なんや!?見たことあるか!?」
「いや、見たことない……」
彼らが驚くのも無理はない。イズミとアカネは、かなり長い期間【LTO】をプレイしてきたベテランプレイヤーである。ノアの職業【大盾騎士】はつい最近実装されたばかりの新職であったが、だからと言って、取得できるスキルの内容を二人揃って見逃すはずがなかった。運営が隠した裏技なのか、それとも、誰にも見つけられなかったバグ技なのか。どんな情報でもすぐに噂が流れるこの世界で、自分たちの知らない技が在るとは――。
イズミは薄ら寒い何かを感じながらも、静かに興奮していた。
「うわ!威力もえげつないし!」
【フラワーマンティス】のHPバーを確認しながら、アカネは声をあげた。
「これはホンマに大発見かもしれへん!!!」
どうやらアカネもイズミと同じことを考えていたらしく、かなり興奮している。
「ノアちゃん、ウチがバンバンサポートしたるから、ガンガンその技撃ってみて!!」
「僕も興味ある」
「……やってみます!」
一気に加熱した二人のエモーション『好奇の目』に押されて、ノアは再び動き出した。硬直していた【フラワーマンティス】に対峙しながら、先程行ったコマンドを思い出す。
「[ステップ][鉄壁]同時押し…」
呟きながら何度も試すが、発動するのは通常の防御スキルばかりである。アカネは、ノアのHPとSP《スキルポイント》が切れないように惜しみなくアイテムを使っていく。硬直の解けた蟷螂の爪が、足掻くようにノアの身体目掛けて振りかぶる。
「ノアちゃん、くるで!」
「[ステップ][鉄壁]同時押し…!!」
>[ステップ][鉄壁]
アカネの掛け声を合図にして、ノアの身体が再び弾丸へと変わった。又も蟷螂が吹き飛ぶ。その後も何度も試行回数を重ねるうちに、少しずつだが謎の攻撃の成功頻度は高まっていった。
「ノアちゃん!そこや!ラスト一発ぶちかましたれ!!」
怒涛の新技練習の末、ついに【フラワーマンティス】は『鎌畑』のマップ端に追い込まれていた。あと一撃。アカネの元気一杯な声援を背に受けて、ノアは最後の攻撃を行った。
◆◆◆◆
「……ウチの画面バグった?」
「いえ、バグってませんよ。僕にも見えません。処理落ちですかね?」
「さあ……しっかし、今日は変なこと祭りやな……」
二人の視線は、つい先程までノアが蟷螂を追い詰めていたはずのマップ端に釘付けになっていた。そこにはもうノアも蟷螂もいない。最後の攻撃の瞬間、彼女は蟷螂と共に消えてしまったのだ。
「ノアちゃーん、そっちどうなっとる?」
「えーと」
ノアは自分の置かれた状況が把握できなくなっていた。なぜならこの時、彼女は既に『鎌畑』にいなかったからだ。彼女の眼前には、見たこともない遺跡の通路が広がっていた。それは、真直ぐ伸びた薄暗い一本道がただひたすら続くという、なんとも薄気味悪いマップだった。
「暗い遺跡?みたいなマップにいます!」
「はぁ~!?遺跡やて!?」「……ミニマップには、なんて書いてる?」
言われてノアは何度もミニマップを開き直したが、何回確認しても、本来地名が書かれているはずの欄は空白になっていた。
「表示は……えーと、無い、です」
「そんな遺跡ダンジョンありましたっけ?」
「いや、ウチは知らん」
【LTO】のマップやダンジョンは全て、特定の名前と数字が割り当てられるシステムになっている。そのため空白のダンジョンマップ、というのは普通あり得ないことであった。また、このようなバグ、もしくはそれに類似する噂すら二人は全く聞いたことがなかった。
【大盾騎士】の謎の技、ノアの消失、名前の無いマップ――。
あまりにも不可解なことが重なり過ぎて、二人は不気味さを感じ始めていた。しかし、その感情を自覚させないほど、二人の好奇心もまた膨れ上がっていたのである。
「……ノアさん、スキル[パーティ招集]です。それで僕たちをその遺跡の中へ」
「……変なこと祭りやで、ホンマ」
※1
リンクMobを指す、リンクを持つMobに攻撃されていると他のリンクを持つMobはアクティブの性質を持ったMobのように襲ってくる
※2
ゲームプレイヤー間での造語、マップに正式名がなく味気なかったまたは目的のMobの特徴やマップ本来の特徴から撮って命名される、変な名前が定着する傾向にある
この場合蟷螂の鎌と花畑の花からとって命名されている
一章を上げるのにここまで時間がかかるなんて・・・・
サンキュー友人編集者
誤字脱字などを修正しました。
前回この位置にあった職業の案などは後日上げ直します。