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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第一章 俺は冬でも元気です!
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7. 山形はラーメン天国だね

 俺は飽きもせずに海と空を見て楽しんでいたが、那須くんの釣り竿には一向に獲物がかからなかった。まあ、自然の生き物が相手なんだから釣れないときもあるさ。


「おはようございまーす」

「えっ、あ、おはようございます」


 軽快な足取りで岩場にやってきたベテランの釣り人が、こちらに挨拶してきた。飴色に輝く竹製の竿を持参していて、どう見ても只者ではない。俺もどぎまぎしながら頭を下げた。


「寒クロ狙いですか?」

「あ、はいっ。ぼ、僕は見てるだけですけど」

「んだかー。いいねえ、もう学校も冬休みかぁ」


 どうも学生だと思われているらしい。俺は見た目からしていかにも『世間知らず』って感じだから、子どもに見られても仕方がないか。

 釣りおじさんは満面の笑みを浮かべて、ほほえましげに俺と那須くんを見比べている。


「あれかな、君たちって兄弟?」

「へ!? ち、ちがいますっ。あの、し、仕事仲間です」


 なんで同い年の俺たちが兄弟に見えるんだ。予想していなかった一言に多大なショックを受け、大声で否定していた。友人にしてはタイプが違いすぎるから、血縁関係だと思われたのだろうか。いやいや、勘弁してくださいよ。

 俺の答えを聞いたおじさんは、意外そうに目を丸くしていた。


「はー、んだの? 君みたいな子がもう働いてるのか……うちの倅なんて高校生なのに、学校にも行かずに部屋に閉じこもってスマホのゲームばっかりやってるんだよ。せめてバイトでもしてくれたらなぁ」

「あ、はあ。そうなんですか……」


 まるで昔の俺のようではないか。そんなに学校に行きたくないのなら、赤根農園に働きに来てくれればいいのに。あの劣悪な環境で奴隷のようにこき使われたら、「こんなきつい職業に就きたくないから、今からでも受験や資格取得に向けて勉強頑張ろう!」って感じでやる気を出すかもしれない。

 俺なんて中高生の時に無駄に引きこもって寝たきり生活を送っていたから、今になってめちゃくちゃ後悔している。せめてアジアをバックパック一つで巡る旅にでも出ればよかったなあ。


「……あんまり息子さんのこと怒ったりしないで、海釣りに誘ってみたらどうですか?」

「んー、そうはいってもなあ……あいつのだらけた姿を見ると、ついカッとなっちまうんだよ」

「お、俺も昔父親に『働くか入院するか死ぬかのどれかにしろ』って言われて、すごくショックだったので。言葉選びには絶対に気を付けた方がいいです」


 悩めるおっさんから人生相談を受けている途中で、俺は過去を思い出して涙目になった。うー、とうなり声を出して目元をぬぐう。

 辛いなあ、不登校ってのは綺麗事を並べて解決できるような問題じゃないよ。とてもじゃないけど俺の手には負えないね。カウンセラーの先生にでも頼ってください。


「天見、次行くぞ」


 那須くんは釣り竿を片付け、別のポイントに向かって歩き始めていた。見切りをつけるのが早いなあ。俺は哀愁漂うおっさんに軽く会釈して、彼の後についていった。



 その後、俺たちは明け方から午前中にかけて9ヵ所ほど場所を変えて釣りに勤しんだ。しかし、クロダイはおろかカレイもハタハタも姿を現さなかった。

 もうだめだ、腹が減って仕方がない。俺は正午が近づいても釣りに固執する那須くんの周りをグルグル回ってハングリーアピールをした。魚だけじゃなくて、俺にも餌をくれよ!


「うぜーな、今メシ連れて行ってやるからじっとしてろ!」

「はい、ありがとうございます!」

「山形で一番有名なラーメン食わせてやるからな。平日の昼間でも二時間は並ぶから、覚悟しとけよ」

「え、え……!? いやいや、なら違うとこにしようよ。餓死するって」

「いいから来いバカ。文句だけは一丁前だな」


 空きっ腹を抱えたまま、俺たちは車に乗り込んで海沿いのラーメン屋に向かった。

 辿り着いたのは、風変わりな外観をした白塗りの建物だった。「山形一」の評判通り、駐車場にはお客の車がわんさか停まっている。


「ここ、昔は旅館だったんだよ。ラーメンの味がいいって有名になって、今ではラーメン一本で商売してんだ」

「へえー、そこまで言われると楽しみ……」


 店の駐車場から海が見えるのも、いいではないか。俺はラーメンの味には厳しいけど、今は腹へりMAXだからきっと何でも美味いはずだ。他のお客と共に旅館の中に入ってお行儀よく順番を待ったが、那須くんは途中で寝落ちしてしまった。

 ここで二人とも寝てしまったら大変だ。一時間半ほど睡魔と闘った末に席へと案内された俺は、熟睡する那須くんを支えながら座布団に腰かけた。


「那須くん、ほら、起きて! ラーメン二つ注文したからね。ちょ、ちょっとお冷や持ってくるからちゃんと座ってて」

「ねみぃ……」

「食べてから寝ようね。だからちょっと、俺を枕にするのはやめて……」


 早起きをした上に海辺を歩き回っていたため、疲労と眠気で視界がぼやけてきた。もうだめだ、カオス。とてもご飯を味わえる状態ではない。

 しかし、出来上がったラーメンをカウンターから席まで運び、一口食べたとたん……俺の心身は覚醒した。


「……っ!」


 な、なんだこの、麺は! 食べたことがない! カラカラに干上がった胃袋に、一筋のちぢれ麺とトビウオだしのスープが降り注ぐ。これは神からの思し召しか。

 一心不乱に箸とれんげを動かし、麺と具材を口に運ぶ。気が付けば俺はどんぶりを持ち上げ、喉を鳴らして一滴残らずスープを飲み干していた。こしょうの一粒も残さず完食、である。


 たぷたぷに膨らんだ水っ腹を撫で、俺は食後の余韻に浸っていた。やっぱり、本当に美味い物ってあっという間に食べちゃうね。「これを他人に奪われるわけにはいかない!」みたいな、生物としての本能が働くのだろうか。

 俺と那須くんは無言で頷きあい、代金を払ってラーメン屋を後にした。「美味い物」に余計な言葉は必要ない。お互いの目を見ればおのずと言いたいことは分かるのだ。



「こんなに遊んじゃっていいのかな、俺たち……」

「いいだろ別に。お前も休みの日くらい、部屋から出て歩き回れよ」


 昼食を堪能した俺たちは、白山島(はくさんじま)という自然豊かな景勝地を歩き回っていた。

 由良海岸の砂浜から赤い橋を渡った先に、小高い山を有した島がある。別名「東北の江の島」とも呼ばれていて、那須くん一押しの観光スポットらしい。


 俺はいつも、休日になると部屋でパソコンゲームばかりやっている。車の運転が怖いので、冬場は外に出ることが出来ないのだ。それにひきかえ那須くんは雪道運転もそつなくこなせるし、いつでも好きな場所に行けて羨ましいかぎりだね。


「山形にだって、いい場所いっぱいあるんだからな。仕事辞めたいとか、地元帰りたいとか、そういうこと言う前に全部の名所回っとけよ」


 山寺行ったか、蔵王行ったか、米沢だってまだ行ったことねーだろ。月山と鳥海山の場所もろくに知らねーくせに出て行くんじゃねーよ、と那須くんはそっぽを向いたまま刺々しい口調で畳み掛けてきた。

 そうか、俺が後ろ向きなことばかり言っていたから気遣ってくれたのか。

 たしかに俺も、県外から来た人が「もう帰る。新潟なんてろくな所じゃない。二度と来ない」なんて言って泣いていたら新潟県民として焦るかもしれない。


「ま、待った待った。とりあえず寿司とへぎそばを食べに行こう。村上の鮭や下田ポークも美味いんだよ。寺泊のアメ横とか、シーサイドラインとか、佐渡の尖閣湾もすごくいい所なんだよ。頼むから嫌いにならないでくれよお」


 とかなんとか並べ立てて、しつこく地元の魅力を伝えようとするだろう。少しでも自分の育った土地を好きになってほしいから。

 那須くんの声、態度の端々に現れる深い地元愛に感動し、俺は胸を打たれた。


「その……ごめん。俺も別に、今すぐ帰りたいわけじゃないから。だんだん山形のこと好きになってきたし」

「そうかよ」

「やっぱり、一年くらい住んでみた方が良いよね」


 『人生勉強』。母親からの手紙に書いてあった四文字を思い出しながら、俺は島の外周をぶらぶらと歩いていた。今日もなんだかんだで、新鮮な経験ができて良かった。

 本当に人生いろいろ、だなあ。学生時代は死ぬことばかり考えていた俺も、田舎で雪や泥にまみれて生活している内にだいぶ前向きになってきた。

 もう少し、赤根農園の皆さんと一緒に働きたい。ほんのちょっとでもいいから、世の中に貢献したい。美味しいものもいっぱい食べて、綺麗な景色を見て。色々と世知辛い世の中だけど、楽しいことを見つけて少しでも愉快に生きたい。

 手始めに、俺に優しくしてくれた人たちに恩返しをしよう。グレーのマフラーを首に巻き直して、ふーっと白い息を吐いた。


「赤根さんたちにも、お土産買って行かないと……」

「だな。お前が景気悪いツラしてるせいで一匹も釣れなかったし」

「なっ、お、俺なにもしてないし!」


 むきになって声を荒げる俺をせせら笑い、那須くんは足を速めた。まだまだ案内したい場所がたくさんあるのだろう。

 島を一周して車のところまで戻った俺たちは、その後も鶴岡の物産館や水沢温泉に寄って休日を目いっぱい満喫した。


「年寄りが好きそうな場所ばっかりだな」

 とディスってくる人間がいたら、俺はこう反論してやろう。


「いいかメーン、田舎に若者向けの場所なんてねーぞ。温泉も直売所もジジババだらけだ。バット俺はウェイウェイ騒ぐ若い人が苦手だから、ちょうどいいんだよ!」

 そしてマイクを床に叩きつけるMC田舎者。ラップが上手くなりてえな、韻の踏み方とか分かんねえよ。



 すっかり日も落ちた頃合いに、俺たちはようやく赤根農園に帰って来た。まだ作業場の明かりがついていたので、車から降りて那須くんと2人で様子を見に行った。


「あ、ただいま帰りましたー……お仕事手伝いましょうか?」

「そんなのいいから、早く刺身つくってくれよ! お魚いっぱい釣れたんだろ?」


 赤根さんが待ちかねた様子で舌なめずりしている。残念ながら、クーラーボックスの中身は空っぽなんですよ……。がっかりさせないように、慌ててフォローした。


「魚は釣れませんでした! けど、直売所で『ぜんご漬け』っていうナイスな漬け物を買いましたよ。あとはしなべきゅうりのピリ辛漬けとか」

「あのさああ、君はおれを高血圧にしたいのかなああ? なんで魚の一匹もゲットできないんだよ、嘆かわしい! 魚が高くて買えないから、おれはここ半年くらいツナとちくわしか食ってねーんだぞ!」


 風船のように頬をパンパンにふくらませ、赤根さんは子どもっぽく怒った。

 赤根家の近所にあるスーパーは鮮魚コーナーが異様に狭く、値段が高いのだ。赤根さんが「山形県民が食う魚といえばアユかコイ。それか棒ダラ」と断言するほど、海の幸には恵まれない食生活を送っているようだった。


「もうとにかくさあ、その漬け物ちょうだいよ。ゼリーみたいにちゅるんと飲み干してやるから」

「優作、お前はクリスマスに塩辛を一気飲みしただろう。もう塩分の摂り過ぎは控えるべきだぞ」


 冷静な芹沢さんが掃き掃除をしながら忠告したが、赤根さんは「塩辛と漬け物は飲み物だろ!」などと意味不明の持論を展開して聞く耳をもたない。

 さすがは食塩・醤油の消費量日本一の山形県だ。このままでは買ってきた品々も一晩でなくなってしまう。俺はさすがに焦って、やけっぱちになった赤根さんからお土産の袋を遠ざけた。


「ああっ、だめです。漬け物っていうのは、箸で大事に一つまみずつ味わうものであってですね……口いっぱいに頬張るような食べ物じゃないんですよ!」

「知ったような口をきくなよ小僧! は、はやくそのブツを渡すんだ。お、おれぁもう、そいつがないと手の震えが止まんねえんだよ……へへ、へへへへ!」


 中毒者じみた危ない目つきで、赤根さんは狂ったように笑い出した。こ、こいつはいよいよやばい、漬け物のせいで殺人事件が起きかねんぞ!

 漬け物ジャンキーの赤根さんから逃げ回りながら、俺はどうにかブツを見つからない場所に隠しておいた。


 しかし、翌日の朝……おはようございます。漬け物さんたちは何者かに喰い殺されていました。

 台所の流しに空っぽになったパックが二つ、捨ててありました。守れなかった、守れなかったよ……。


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