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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第一章 俺は冬でも元気です!
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4. ねずみチュウチュウ、かじってチュウ

 今宵の晩餐は、スーパーで買ってきたと思われるピザとフライドチキン、そして中華オードブル。

 特別な日にふさわしい油っこさだ。いつも食している、有機野菜をふんだんに使った胃に優しい健康食とはわけが違う。肉・塩・油! 最高最高、フウーッ!


「やだあ、いいじゃなーい! あたしシャンパン開けちゃうわよーッ!」


 会場に入るなり、赤根さんはテンションが上がりすぎてオネエになっている。食卓上のシャンパンを持ち上げ、手に力を込めてフタを開けようと苦心していた。


「……だめだ、手が痙攣して開かない。芹沢やって」

「ああ」


 結局力自慢の芹沢さんが、腕力に物を言わせて楽々とシャンパンを開けた。

 それがパーティ開始の引き金となり、俺たちは手を合わせてめいめい食べ物を皿に取った。どれもこれもしょっぱくて唇が油でテカテカになる。いいですなあ、スーパーのお惣菜万歳。


 ご馳走をバクバクと食い尽くした後は、九条さんが先日仙台で買って来たというクグロフを切り分けてデザートタイムに突入した。生地に洋酒がたっぷり染み込んだ大人の味だ。

 パリパリとした糖衣とドライフルーツが口の中で渾然一体となり、絶品かな、絶品かな。


「天見くん、今日は売れ行きどうだった? 結局ページェントは見て来なかったんだね」

「え、何ですか?」


 九条さんから質問を受けた俺は、よく聞こえなかったのでまぬけな声を出して首をかしげた。エージェント? タンジェント? 


「青葉通のイルミネーションだよ。毎年十二月にやるんだ。明日も行くんだったらちゃんと見ておくことをお勧めするよ」

「へえ、仙台のはスケールでかそうですよね」

「へーん、山形市だってイルミネーションやってるし! 今時どこの県でもやってるだろ」


 興味津々の俺に、赤根さんが対抗するように口を挟んできた。挑発された九条さんは


「ページェントの来場者数は二百万人以上だぞ? 山形県の人口より多いんだから、間違っても張り合おうなんて思うなよ」


 と勝ち誇った笑みを浮かべ、威圧的に目を見開く。まあまあ、そんなに喧嘩しないでくださいよ。ここはひとつ皆で仲良く、季節ごとに移り変わる夜の風物詩を楽しもうじゃないか。

 春は夜桜、夏は蛍に花火、秋は名月と夜紅葉。そして冬は雪灯籠とイルミネーション……カタカナが加わると、一気に現代的になるなあ。


「光のページェントは、僕が生まれる前からずっと続いてるからね。あの通りに金色の光が灯ると『今年も冬が来たなあ』って気分になるよ」

「いいですねえ、俺もイルミネーション好きです」


 つい社交辞令的に九条さんに同意してしまったが、本音を言えば俺はイルミネーションを見ると色々と考えこんで心を病んでしまうタイプなのだ。

 気軽にほいほいと見に行ったら、周囲のおしゃれな恋人たちや幸せファミリーまで眼中に入ってショック死するおそれがある。

 俺のような日陰者は、暗い押入れに一人でこもって懐中電灯の光でも見て楽しみますよ。


「おいおい天見くん、おれたちは泣く子も黙る田舎のお百姓だろ? 誘惑に負けてチャラチャラしちゃ駄目だぞ。はい、これプレゼント」


 赤根さんは突然立ち上がって、従業員四人にそれぞれクリスマスプレゼントを渡し始めた。

 何の飾り気も無い茶色の紙袋を開くと、中には厚手の衣類が入っている。取り出して広げてみると、ベージュのももひきと小豆色の肌着だった。

 し、信じられないくらいスーパーダサい。この配色は八十歳のおじいちゃんが着るやつじゃんか。


 他の人の反応を伺ってみると、那須くんは鼻の頭にしわを寄せて静かにキレていた。


「赤根さん……これ去年のプレゼントと同じじゃないですか。っていうか、毎年同じですよね」

「いや、去年のやつは肌着がえんじ色だったろ? こういうのって何枚もらっても嬉しいじゃんか。『これを着て冬の農作業がんばろうね!』っていうおれからのエールだよ」

「オレは着ないぞ。そもそもサイズが合っていない」


 芹沢さんは何の感情も表に出さず、流れるようにプレゼントを返品した。

 俺は別にいやがらせみたいな色の服でも気にしないで着るので、地味にありがたかった。冷え症だから防寒具は多い方が過ごしやすいし。


「赤根さん、これ俺からのお返しです。どうぞ」


 仙台から持ち帰ってきたお土産をうやうやしく贈呈すると、赤根さんは「ひゃーっ」と奇声を上げて目をつぶった。どうやら何を買って来たのかあてたいらしい。


「そんなに気ぃつかわなくてもいいのに! なに買って来たの、革靴? 腕時計?」

「いや、そんな高級な物じゃないですけど……」


 赤根さんは小さな瓶を手で触り、弾んだ声で


「なんだろうなあ、ジャム? はちみつ?」


 などと予想している。しまった、甘党なのか。イカの塩辛は好みじゃないのかもしれない。

 やがて赤根さんはぱっと目を見開き、塩辛のラベルを見て引っくり返った。


「いやったあああ、塩辛だああ! サンタさんありがとおおお!」


 絶叫して茶の間を転げまわっている。なんだこのテンション。なんでも嬉しいのか。結局イカの塩辛は、その晩赤根さんが一人で全部食べた。塩分の摂り過ぎが心配である。



 クリスマス寒波を皮切りに、山形では連日降雪が続いた。

 積雪十センチが三十センチに、五十センチが一メートルに……俺はもう、新潟に帰るのを諦めていた。氷雪に閉ざされた山形から脱出するのは不可能だ。駅まで行くのも面倒くさい。


「お前、正月に実家帰らなくていいのかよ」

「え? ああ……いいよ別に。雪が溶けてから帰る」


 さらさらと絹糸のように柔らかな雨が降る朝。

 角スコップでざくざくと純白の雪原に切れ込みを入れつつ、紺色の雨合羽を着た俺は那須くんとくっちゃべっていた。

 本日のお仕事はとにかく収穫だ。地層のごとくぶ厚く積もった雪を掘りまくって、奥底に眠る野菜を発掘する。雨の日の畑仕事って一番嫌なんだよなあ、濡れるし寒いし。本降りになる前に終わらせたいもんだ。

 まだ作業を開始して一時間しか経っていないのに、全身がきしむように痛い。明日の朝は筋肉痛と疲労で布団から起き上がれないだろう。


「親が悲しむぞ」

「いやー、俺みたいな不出来な息子は帰ったってどうしようもないよ。交通費だって往復で八千円はかかるだろうし。結構痛い出費だって」

「この守銭奴が……」


 節約家と呼んでくれたまえよ。そもそも俺が山形で働き始めたのは十一月の終わりからなので、まだ実家に帰るには早いような気がする。

 実家の母親から「帰ってこいね、迎えに行こうかね?」という電話やメールを何度ももらったが、俺はなんとなく会わせる顔がなくて断っていた。今新潟に帰れば、引きこもりニートに逆戻りしそうな予感がして非常に危険なのだ。


「えんやこーら、どっこいしょっと。お、出てきた出てきた」


 延々とスコップを動かしていると、ようやく雪の下から薄緑色のキャベツが三個ほど顔を出した。

 すでにコンテナ十個分――およそ六十個のキャベツを掘り出したが、まだまだ明日の出荷分には足りない。スーパーの他に、「全国有機野菜友の会」という通販団体からも大口の注文が入っているのだ。

 除雪機の雪子ちゃんがいれば収穫もあっというまに終わるのになあ。いつになったら直るんだ、早くこの無駄な重労働から解放されたい。


 俺は何気なしに寒冷紗をひっぺがし、ずしりと重みのある雪下スイートキャベツを手に取ってみた。

 天然の水分で濡れそぼり、心なしか葉が柔らかそうに見える。ところが美味そうなキャベツを引っくり返してみると、不自然にえぐれた箇所があった。


「……う! な、那須くん。このキャベツかじられてるよ!」

「うっわ。ねずみだな」

「そんなあ、この状況でどうやって食ったんだよ!」


 まさか、雪の中をモグラのようにすいすいと移動してキャベツのところまでやって来たのか? この極寒の地で餌を見つけ出す根性はたいしたものだが、できればうちの畑には来てほしくなかった。

 俺はねずみに対して複雑な感情を抱きつつ、雪かきを続行した。

 すると、出るわ出るわ。ねずみのかじり跡のあるキャベツが続出した。


「なんで一口ずつ食べてくんだよ、腹立つなあ……」


 どうせならお残しするな、完食しろ! そんなに口に合わなかったのか? ならはじめから食うなバーカ! 

 俺はわなわなと全身を震わせ、胸の中で不満をぶちまけた。

 せっかく大きく立派に育った野菜が動物に食い荒らされたとなると、怒り、悲しみ、脱力、そして動物のたくましさへある種の敬意を感じる。……いや、やっぱりムカつくぞ。


 俺たちは掘り出したキャベツを車に積んで、赤根さんたちが収穫作業をしている白菜畑へ向かった。ところがそこも、ねずみの餌場と化していたのだ。


「ぎゃーっ、なんですかこの白菜!」


 雪下白菜の芯がくり抜かれるように食いつくされている。そのせいで、白菜を手で持ち上げようとすると本のページが抜けるように葉っぱがバラバラとはがれ落ちて行くのだ。

 もちろん無事なものもあったが、かじり跡のある白菜だけ別の場所にまとめてみると滑り台にできそうなくらいの小山ができた。こいつぁ困ったもんだ。


「これって、もう売り物にならないですよね」

「いや、下半分を切り落としてテープで止めれば売れるよ。ワケあり白菜」

「そんなことするんですか……?」


 たしかに赤根農園は、「ワケあり」のシールを張った野菜をスーパーに置いてくることが非常に多い。

 値段を下げれば、変な形の野菜でも買ってくれる大らかな人たちがいるのだ。白菜の上半分とか、半端な長さにカットしてある大根とか。


 赤根さんはねずみの被害を深刻に受け止めることなく、「こういうこともあるさ」という感じで受け流しているようだ。それでいいのか、もう対策を講じるには手遅れなのか。

 他にも別の畑の大根やカブがやられていたが、幸いにも人参は無事だった。可食部が土中に埋まったままだったため、ねずみ先輩も諦めてくれたらしい。



 作業場に戻った俺は、採ってきた大根の洗浄を任された。しかし、十一月の大根は真っ白で綺麗だったのに、雪下大根は肌がものすごく汚かった。


「うわうわわ、なんか、洗っても洗っても黒い筋が取れない……」


 水桶の中でこれ以上ないほどよく洗っても、表面に大量についた黒いひっかき傷が消えない。試しに包丁で皮を剥いてみたが、中身は驚くほど美しい白さだったので病気ではないようだ。


「赤根さーん、大根が異常に汚いんですけど!」

「ああ、そうだねえ。これはもうポップの力に頼るしかないな。『見た目は悪いが味は天下一品!』って、誇大広告気味に書いておかないと」


 赤根さんいわく、見た目からしてセンチュウやカビの影響ではなく傷がついただけらしい。

 俺だって、赤根農園の大根が最高に美味しいことくらい知っている。どんなに誇大広告しても足りないくらいだ。しかしこの見た目では、よっぽど力を入れて前のめりに売り込んでいかないと……。


 これから大晦日、正月と年に一度の商機が訪れる。

 特に大根と人参は、雑煮や紅白なますに欠かせない食材だから需要が高まるだろう。今が旬の雪下野菜をお客様に買っていただくためには、やはりあのお方の力を借りなくては。


 俺は赤根家の茶の間まで行って、書類に埋もれて事務処理をしていた九条さんに声をかけた。

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