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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第三章 俺たち、テレビに出るってよ。 「グルメジャポン」撮影開始!
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番外 お勉強会② 春の味覚詰め合わせ

「えー、おれの農業講座が、最近アピヨン星人のあいだで流行っているらしいです。たった今、テレパシーで電波を受信しました。というわけで、二回目の勉強会を始めるぞ!」

「はあ……? ちょっと何言ってるのか分かんないですね……」


 赤根さんは妄言を吐きながら、作業場のホワイトボードに「山菜について」と大きく書いた。


「ムムムッ、モインもいーん! お前らアピヨン星人のこと知らないのかよ。おれはたまに大宇宙意志様のご協力を受けて、奴らに地球の情報を送ってるんだぞ。今日は奴らのためにも、日本ならではの『春の味覚』についてお話ししたいと思う!」


 ここは、変につっこみを入れたりせずに黙っているのが得策だろう。電波系の教師は、手始めに「たらのめ、ふきのとう」と板書した。


「はい、このあたりは山菜の中でもポピュラーな方ですね。東京の人でも知ってます。名前が知られているものは、売れます」


 矢印をひっぱって、「売れる!」と書き足す。

 赤根さんも趣味や道楽で農家をやっているわけではないので、どうしてもお金や売上の話が中心になってしまう。植物を売って生活しているわけだから、仕方がないよね。


「東京の人は、小さくて、味が薄くて、ちょっと苦みのある山菜を好みます。でも野生のものは大きくて味が濃い。山から採って来たものは、土や木の香りがムワッときますよね」

「僕は小さい頃からそういうものばかり食べて来たから、野生の山菜の方が好きだけどね」


 九条さんは山菜が好物なのか、今回はやや好意的に先生の話を聞いていた。

 俺も田舎育ちだから、多少泥くさくて苦み走ったものが好きだ。毎年春になると、親戚のおばさんが大量の「こごみ」や「わらび」をくれるので、念入りに洗ってから料理して食べたもんだ。ふきのとうジェラートとか大好き。あぁ、早く春にならないかなあ。


「その上、販売できるほど大量の山菜を山から採ってくるのは大変だ。そこで、ハウス栽培した山菜が重宝されるんだよ。これは流通の上でも非常に便利だし、天然ものが採れないニ、三月から出荷すれば八百屋が飛びつくんだ」

「ほおー」


 なるほど。ハウス栽培の方が味も薄めだし、都会人の味覚にあって食べやすいのか。なんでも天然ものがいいってわけじゃないんだな。


「でも、山菜は栽培が難しいんだよ~。環境の変化に敏感でデリケートだから、山から引っこ抜いてきたものを平地の畑に植えても上手く育たない」

「おまけに、野菜と違って買う人も限られてるし、痛みやすいからね。普通のスーパーじゃそれほど大々的に取り扱ってないんだ」

「アア!? なんだてめえ、おれの話をジャマすんじゃねーっ! 追い出すぞ!」


 横から話し始めた九条さんにプッツンしたのか、赤根先生は親指を下に向けて怒り狂った。どうしても「先生」の立場を奪われたくないらしい。


「僕はただ、補足情報を言っただけだろ? 助け舟を出してるのになんで怒るんだ」

「ここではおれが先生なの! いいから黙ってろ、一生口を開くなタコスケ!」


 ま、まあまあ。喧嘩しないの。結局は仲裁役の芹沢さんが「時間が惜しいからさっさと続きを話せ」と催促したおかげで、どうにか先生の興奮も収まった。


「……あれ? どこまで話したっけ? まあいいや。とにかく、都会の飲食店や八百屋はハウスものを欲しがるわけだ。一方で、『家庭で山菜を食べたい』っていう人はスーパーよりも直売所に行くってことだよ。新鮮な天然ものが手に入るからね」


 話がごちゃつきかけたが、赤根先生は無理やり軌道修正してそうまとめた。俺もイラストをまじえ、分かりやすいように山菜の需要と供給をメモした。

 真冬の山形には、「蔵王の樹氷」を見るために遠方からも多くの観光客が来ていた。春の花が咲く頃になればまた観光客がどっと直売所にやって来るだろうし、農家もかき入れ時だろうな。ここぞとばかりに山の幸を収穫して売りさばくわけだ。あぁ、タケノコご飯も食べたくなってきた……。


「赤根農園も、春になったら山菜を売るんですか?」

「おう、もちろんだとも! 逆にいえばうちの場合、春は山菜とくきたち以外に商品がないからな。種類だけは豊富に取りそろえておくようにしてるよ」


 先生はペンを掲げ、ボードにつらつらと山菜の名前を書き連ねた。


「ふきのとう、たらのめ、ぜんまい、こしあぶら、わらび、こごみ、サラダうるい、ぎんぼ、ふき、山うど、かんぞう、うばゆり、木の芽、せり、いわだら、いたどり、おかひじき、みずの実――」

「うぎゃ! こ、こんなに売るんですか!?」

「うん。青果店から仕入れたり、山から採ってきたりしてパックに詰めるんだよ」


 話によると、近所に山を持っている人がいるらしく、売り上げの何割かを納めることを条件に入山を許可してもらっているらしい。雪が解けたら、俺も山に連れて行かれるのかなあ……はあ。


「こいつに山菜採りなんてムリですよね? とろくせーし、足すべらせて怪我するのがオチですよ」


 いつもみたく、那須くんが俺を指さしてディスってきた。まあ、反論は出来ないな。できれば行きたくないです。ずっと作業場で留守番してますよ。


「そうだね、天見くんにはハウスで種まきをしてもらおうかな」

「ほっ……」

「テメー、死んでもしくじるなよ。もし雑な仕事して種が発芽しないようなことがあれば、今度こそ畑に埋めるかんな!」


 怖いぃっ、そんなふうに脅さないでくれよ! サボらずにちゃんとやりますから! 話を変えるために、気になっていたことをたずねてみた。


「あの、赤根さん。さっき言ってた『くきたち』……って、なんですか?」

「あれ、聞いたことない? 全国で食べられてるんだけどなあ。春一番に食べる菜っぱだよ。キャベツとか、白菜とかのアブラナ科の野菜を収穫すると、畑に茎の部分が残るだろ? 雪が解けて気温が上がると、そこから『茎立ち菜』が伸びてくるんだ」


 冬を越して成長するので、甘みがあって柔らかいのだそうだ。冬野菜に飽きてきた頃に、緑の濃い春の菜っぱを食べると格別だろうなあ。


「あんまりスーパーには売っていないけど、直売所に行くと色んな種類があるんだよ。うちではキャベツ菜花、白菜菜花、かぶ菜花、ちんげん菜花、あとは五月菜も収穫して売ってるんだ」


 うーん、食べたい。畑から採ってきたばかりの菜花を茹でて、新鮮なうちに味わってみたいもんだ。

 冬は寒いし暗いしで鬱々とした気持ちを溜めこんできたので、新しい季節の到来が待ち遠しくて仕方がなかった。春になったら、自転車を思いっきり漕いで桜を見に行くぞ。ぽかぽかした日差しと春風の香りを感じながら、芝生で昼寝するぞ。

 春野菜の話を聞いている内に、俺の頭の中までぽわわ~んと暖色に染まって行った。


「早く暖かくなってほしいですね……」

「うん。山形は三月中旬までがっつり雪が残ってるからね……。春なんて一瞬で過ぎ去って、あっという間に猛暑の夏がやってくるよ」


 もうさあ、日本の四季は「春秋春秋」でいいんじゃないの? 冬と夏は厄介すぎるよ、外仕事をしている人間の天敵だよ。灼熱の夏を乗り切るためにも、東北の短い春をめいっぱい謳歌するしかないか。


「よし、今の内にお花見の日取りを決めよう!」


 赤根さんも同じことを考えていたらしく、宴会の幹事に早変わりした。すかさず芹沢さんがストッパーとなり、立ち上がって雪かきショベルを手に取った。


「バカなことを言うな、今はまだ二月だ。仕事に戻るぞ」

「やだーっ、働きたくない! 雪なんてもう見たくない! お前らさっさとデータを集めて、桜の開花予想を立てろよ。早くお花見したいい、酒飲みたいい」


「お花見なら、仙台西公園にきまりだね。あそこは食べ物屋台も豪華でおすすめだよ」

「いやあ、西公園はえげつない混み方するじゃないですか……ここは鶴岡公園しかないっすよ。お堀に桜が映って、二倍に増えた感じがしてお得ですし」


 九条さんと那須くんまで加わって、わいわいとお花見談義をしながら赤根農園の面々はパイプ椅子を片付けて仕事に戻る準備を始めた。

 東北にある桜の名所には詳しくないが、俺だけ蚊帳の外というのもつまらない。新潟県民として話に交じりたくて、懸命に声を上げた。


「ここはみんなで、高田観桜会に行きましょう。ソメイヨシノが四千本ですよ、日本三大夜桜ですよ! 高田公園行きましょうよー!」


 あそこで桜をを見上げながらケバブとトルコアイスを食べるのが、至福のひと時なんだよなあ。花が散るまでは毎日お花見したいね。

 これから訪れる華やかな季節に期待を膨らませつつ、今日も俺たちは除雪道具を携え、雪に覆われた畑へと足を運ぶのだった――。

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