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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第三章 俺たち、テレビに出るってよ。 「グルメジャポン」撮影開始!
23/25

21 絶対に許さねえからな……

 思えば、二日間で様々なシーンを撮影したものだ。台所での調理風景、農家のおもてなし料理と、プロの和食料理人が作った一品。さらには雪下野菜の収穫風景。

 これにオープニング映像まで加われば、三十分番組としては十分な撮れ高だと思うのだが。ディレクターから「もう少し取材させてほしい」と依頼され、俺たちへの密着取材は三日目に突入した。


 まずは、家の前を雪かきする姿を撮られ。朝食を食べているところを撮られ。スーパーへの出荷準備をしている間も、カメラを回された。

 すでにカメラの存在に慣れつつある俺たちは、気にせずにいつも通り仕事をこなしていた。


「インタビューはこのくらいでいい?」

「うん。もう赤根さんの板付きインタビューはいいかな。あんまり同じ映像が続くと視聴者が飽きるからね」


 三人のスタッフは、業界用語を交えて相談しつつ番組構成を考えているようだった。何よりも、テレビを見ている人の気持ちを第一に考えているらしい。

 真面目に仕事に取り組む、いい人たちじゃないか……。昨日いたADさんも、若いのに嫌な顔一つせずに雑用をこなしていたしな。東京の有名大学を卒業しているエリートだろうに、偉いもんだなあ。


 ひねくれ者ゆえにマスコミ界隈にいい印象を持っていなかった俺だが、「まともに頑張ってる人たちもいるんだな」と認識を改めつつあった。


「天見さんにも、少しインタビューさせていただいてもよろしいですか?」

「うぇ! あ、はい。お、お願いします」


 スタッフに声をかけられた俺は、カメラを意識して前髪を直した。少しでもイケメンに映ってほしい。なんならCGで加工しちゃってもいいですよ。小柄な女性ディレクターが、カメラの横から質問を投げかけてくる。


「天見さんのご実家は農家ではないとお聞きしたのですが、なぜ一から農業を学ぼうと思ったんですか?」

「あ、俺、僕はですね、昔から自然と触れ合うのが好きだったんです。小学生のときに校庭の隅でピーマンや大豆を育てたりしていたので、その頃からすでに食べ物を自分の手で育てるということに興味を持っていました」


「なるほど……では、赤根さんは貴方にとって、どのような存在ですか?」

「はあっ? そ、それは、えー?」


 なんだその質問は。本人がすぐそばにいるのに、どうやって答えろというんだ。戸惑って頭の中がぐちゃぐちゃになったが、どうにか考えていることを言語化して発音した。


「えーと、赤根さんは、仕事のことだけではなく、僕の生活面のことも気遣って下さって。分からないことはすぐに教えてくれて、本当に、心から尊敬できる人だと思っています」

「ぐふっ」


 照れた赤根さんが吹き出して、両手で顔を覆い隠した。勘弁してくれよお、なんで本人の前でこんなこと言わなきゃならないんだよ。こっちまで恥ずかしくなってきた。


「では、芹沢さんは?」

「え、まだ続くんですか!? んーと、赤根農園の屋台骨という感じで、体力もあって常に全力で働いて下さるので、とても頼りになります」


「九条さんは?」

「えっと、冷静に見えてとても気さくな方なので、いるだけでその場が華やかになる感じがします。数字やネット関係に強いので、やっぱり農園にはなくてはならない存在です」


「那須さんは?」

「那須くんは……言葉づかいが乱暴ですけど、仕事の流れが全部頭に入っているので頼もしいです。僕が困っているときは絶対に助けてくれるので、けっこう優しいです」


「そうですか……長々と質問してすみません。どうもありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございました」


 まさか職場の人たちについて逐一コメントを求められるとは。頭を働かせて的確な表現をしぼり出したので、熱が出そうになった。ふうーっ、やりとげたぜ俺。



 こうして全ての撮影が終わり、山形に残っていたスタッフ三名も東京に帰って行った。

 「ロケ弁とお茶が余ったので、よろしければ召し上がってください」と嬉しい置き土産をしていってくれたので、その日の夕食は仕出し屋さんの高級弁当を食することになった。


「ぶりの照り焼きとエビチリが入ってる……めっちゃ豪華じゃん」

「この弁当は中々いけるな」

「芹沢、足りなかったらもう一つ食べていいよ」


 すでに芹沢さんと那須くんは、一つ目を完食して二つ目のお弁当を開いている。巨大な段ボールいっぱいに美味しい弁当が詰まっているので、俺たちは腹がはちきれるまで食べた。いやあ、満足満足。たまにはテレビ取材もいいもんだね。


「――いやいや、良くないですよ! あの食レポはひどすぎませんか?」

「まあ、そんなに怒るなよ天見くん。済んだことを蒸し返すのはよくないぞ」

「いやあ、あれはさすがに怒りますよ。料理の感想が『お、おいしいです』と『ああ。はい』って、なんなんですか!」


 そういえば、綾見ユリも俺の作った鍋を食べて「おいしい」と一回も言ってくれなかった。ギャラもらってる芸能人なら、もっとやる気だせよ!

 カメラの前でペラペラと口達者に喋りまくった俺は、その名残でいまだに舌の回りがよくなっていた。先輩相手に珍しくぶーぶーと文句をつけていると、九条さんが宥めすかしてきた。


「よしよし、君はよく頑張っていたね。冴えたコメントで、先輩の醜態を見事に拭い去ってくれた。間違いなく今回のMVPだよ」

「……え、えへへ。そんなことないですよお」

「褒められたらすぐに大人しくなった……」

「怒りの持続力がねえな……」


 周りから呆れた目で見られながら、照れ隠しにペットボトルの緑茶をぐびぐび飲む。だって俺、褒められるのに弱いから。MVPの称号をもらえただけで最高にハッピーな気分だ。



 こうして駆け足で一月が終わり、二月に入った。赤根農園の従業員は、テレビ放映の日を楽しみにしながら日々の仕事に励んでいた。

 九条さんの話では、県内各地のスーパーと手を組んで「テレビで紹介された雪下野菜」として大々的な販促活動を行うつもりらしい。店頭のディスプレイで「グルメジャポン」の映像を流す予定だという。とうとう俺も局地的な有名人になるのか。

「あら、あなたテレビに出てたわね!」

 なんて、街を歩くだけで主婦から声をかけられたりして。何にせよ、俺たちの働きぶりが全国放送される日が待ち遠しい。すこしでも格好よく映っててほしいな。


 ――ところが、放送日を目前にしてとんでもない事態が起きてしまった。

 俺がその「情報」を得たのは、母からのメールがきっかけだった。


「……うぇ!?」


 仕事の休憩時間中、スマホに届いた母からのメールを二度見、三度見する。思いがけない知らせに全身から血の気が引くような心地がした。寝耳に水、という表現がしっくりくる。


「あ、あああ。赤根さん。こ、これ」

「うん。知ってる」

「し、知ってる!? もうニュースになってるんですか!」

「なってるよ。ネットは情報が速いからね」


 いつも陽気に跳ねまわっている赤根さんが、石像のように固まって作業場のパソコンを注視している。ヤホーニュースの主要記事欄に、問題になっている事件のことが大きく取り上げられていた。



「 綾見ユリ、線路への侵入で書類送検


 タレントの綾見ユリ(50)が、JR山陰線の立ち入り禁止区域に侵入したとして、鉄道営業法違反に問われ、書類送検された。

 綾見は十日に更新した自身のブログに、線路内を歩いている写真を掲載し「撮影の合間に、こっそり京都の線路でお散歩してきました~! スタンドバイ・ミーみたい(笑)」と書き込んでいた。 」



「ばっ」


 ばっかじゃねーの、いい年した大人がなにやってんだよ! 思わずそう言いかけて、言葉を飲みこんだ。こんな警察沙汰の事件が起こるなんて夢にも思っていなかったので、失望、怒り、悲しみ――数々の感情が同時に湧きあがって来て処理に困った。


「書類、送検って……これ、テレビ出演は当分自粛ってことになりますよね。『グルメジャポン』はどうなるんですか!?」

「ディレクターに電話したら、『放送は延期』だってさ。はあ……」


 そんな、こんな放送日時ギリギリのタイミングでタレントが不祥事を起こすなんて。暗に番組の「お蔵入り」が確定したようなもんじゃないか。

 母から送られてきた「綾見ユリが書類送検されたみたい」というメールに「今ニュース見た」と返信している間、全身から力が抜けて行くのを感じていた。


 俺の頑張りは、無駄だったのか? あんなに一生懸命料理して、カメラに向かって真剣に自分の想いを話したのに。赤根農園の雪下野菜を全国に知ってもらうチャンスは失われてしまった。もうだめだ、泣きそう。なんでこんなことになったんだよ。


 この爆発しそうな気持ちを、哀しみを、無念を、どこかにぶつけないとやっていけない。苛立ちを隠せない俺の前で、赤根さんが弾かれたように立ち上がった。


「……あーッ、もう飲むしかねえな! みんな集合―っ!」

 自分以外の従業員四人を招集して、酔っ払いのように大声でがなりたてる。


「これは開くしかないな、新年会! 今しかない!」

「もう二月ですけど……」

「バッキャロー、新年会ってのは二月十九日の旧正月までならやってもいいんだよ! 全員、食べたい物を順番に言っていきなさい。おれが奢ってやるから!」

「それなら、みんなで『そば打ち道場』に行こうよ。僕、一度でいいから手打ちそばを作ってみたかったんだ」

 

 料理好きな九条さんが、場の空気を変えるように明るい声で提案した。赤根家の近所には、観光客向けのそば打ち体験施設があるのだ。

 でも、手打ちそばは定年後の楽しみにとっといてくださいよ……二十代の男には物足りないですって。案の定、他の人たちは乗り気じゃない様子で「んー」と首をひねっていた。


「じゃあ、仙台にあるおすすめのステーキブッフェに案内してあげようか? 一人五千円ずつかかるけど」

「一食に五千円もかけられるかよ! 飯代は千円以内な、百歩譲って二千円」

「それなら、チェッポのランチバイキングがいいんじゃないか? あそこは千四百円だっただろう」


 リーズナブルな食べ放題、いいじゃないか! 芹沢さんの一言に全員が「いいねえ」と同意し、せっかくなので山吹くんも誘って六人で行くことになった。

 早速予約の電話をかけ、「若い男が六人もそろってるので、相当食べます。店の食糧が尽きるかもしれませんが、よろしくお願いします」と前もって警告しておく。

 「やけ食い」はストレス解消の手段として相応しくないと聞いたことがあるが、もう他に選択肢などない。嫌なことは全部忘れて、食うぞ、食うぞ、店が傾くまで腹いっぱい食うぞ!


 ひどいニュースを食らって虚しさに支配されかけた俺たちは、新年会だけを心の支えにして、予約した日時になるまで身を粉にして働き続けた。


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