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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第三章 俺たち、テレビに出るってよ。 「グルメジャポン」撮影開始!
22/25

20 食レポ革命じゃー!

 鍋を全員分の器に取り分けたところで、いよいよ実食タイムがやってきた。


「では、いただきます」


 綾見ユリwith赤根農園の四人が手を合わせ、めいめいに箸をとってみぞれ鍋を食する。


 黄金色のだしの中にたゆたう、綿雪のような大根おろし。粗めのおろし金を使っているので、「ふわふわ」と「シャキシャキ」、二つの食感が楽しめる。時間が経つと火が通って、「とろり」とした舌ざわりに変化するという、計算しつくされたお見事な一品だ。


 さらに白菜、ねぎ、人参の冬野菜オールスターが大根おろしの下に隠されていた。出汁を吸ったとろとろのお麩まで出てくる。どれも絶妙な火加減で調理されており、歯応えや見た目も完璧だった。


「他にも、庄内の漁港で水揚げされた新鮮なタラが手に入りましたので、炙ったものと揚げたものを鍋に入れてあります」

「ほおお……」

「ありがとう、ございます……」


 庄内出身の那須くんが、頬を紅潮させて感動している! 故郷のタラだもんな、味わって食べなきゃ。身のしまったタラからもほのかな魚介の香りが出て、全体の旨味を底上げしていた。

 こんなに美味しい鍋は生まれて初めて食べた。うそじゃない。生涯最高だよ。味付けも濃すぎず、かといって物足りなさも感じさせない。食材のもつ本来の輝きが極限まで引き出されているようだった。


「赤根さん。北方先生が作られたお鍋の味はいかがですか?」

「えっ……ああ、お、おいしいです」


 ……え、それだけ? どうやら食べたことのない一流の味に仰天し、語彙が貧困になっているようだ。赤根さんは完全に食レポを放棄して、食べることに夢中だった。


「では、芹沢さんはいかがですか? お鍋の感想は」

「……あ。はい」


 熊さんみたいな巨体の無口な男は、はにかんで会釈するだけだった。

 なっ、なんだ、その反応は―ッ! もっとコメントをひねり出せ、俺たちはこの番組で爪痕を残さないといけないんだぞ! もういい俺にふってこい、とびきり素敵な食レポをして、グルメ界の超新星として伝説になってやるから!


 先輩二人の不甲斐なさに腹が立ったので、綾見ユリに無言でアイコンタクトをして「俺にも聞いて下さい!」と猛アピールした。

 俺だって、仙台や朝市でお客さん相手に対面販売をして「言葉の力」を磨いてきたんだぞ。視聴者の皆さんに、どうにかしてうちの野菜の美味さを伝えなくては。


「あ、ああ……それでは、天見さんにも感想を聞いてみましょうか」


 きたーっ、こっから先は俺の独壇場だああっ! 

 全国各地のお茶の間にいる視聴者、実家の母さん、昔俺をバカにしてきた同級生ども、見さらせええっ。雪深い山形で百姓をやっているこの天見とうま様が、今からずば抜けたコメント力で日本列島を湧かせてやるからな!


「お鍋の味はどうでしたか?」

「はい……大変美味しいです。どの食材もお互いの良さを引き出し合って、高め合っている感じがして」

「あ、それはおれも思った。家で作る鍋なんて、ぐつぐつ煮込みすぎて全部同じ味になったりするもんね」

 

 赤根さんも同調して、箸を止めて頷いていた。あんたはがっつきすぎだよ、カメラの前で本気の食事するのはやめてくれませんかね。


「とくにこの鬼おろしは、ちょっと冷たさも残っていて。熱い具材と一緒に食べると、口の中で徐々に味や温度が交ざり合って、新鮮な味わいが感じられました」

「おお、そこに気付いていただけるとは……ありがとうございます。色々な具材が入っておりますので、味の組み合わせを楽しんでいただけたら幸いです」


 俺がリスペクトしている北方先生も、好々爺の笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。よし、良い感じだ。そろそろシメの一言でビシッと決めるぞ。


「甘みのある雪下野菜と、弾力のあるタラを味わったあとで、旨味の溶け出たお出汁を飲むと……こう、とっても幸せな気持ちになります。本当に、素敵なお料理を作って下さってありがとうございました」


 「美味いものを食べた後は、ちゃんと作ってくれた人にお礼を言う」――それが俺のモットー。満ち足りた気分で、微笑みながら北方先生に頭を下げた。俺の幸福オーラが伝染したのか、カメラマンを始め、スタッフの皆さんまでにこにこしていた。


「そろそろ、お鍋のシメを召し上がっていただきましょうか。こちらは、私が打った十割そばです。道の駅で購入した『でわかおり』のそば粉を使っています」

「うわあ、そばまで! さすが北方先生……っ!」


 最後まで我々の舌を楽しませるとは。そのおもてなしの心に感服いたしました。

 俺は幸せいっぱいで、旨味たっぷりの出汁とそばを心ゆくまで味わった。うんまい、最高! 風味豊かなそばをすすり、ますます先生の虜になってしまった。


「最後に、北方先生にとって『いい野菜』とはなんでしょうか?」


 ご馳走を堪能した後で、綾見ユリが質問を投げかけた。北方先生は照れたように頬をかき、すらすらと持論を語った。


「私にとっては、『見た目通りの味』がする野菜が『いい野菜』ですね。真っ赤に熟したトマトや、柔らかそうな白菜――美味しそうな見た目の野菜には、期待通りの味であってほしいです。変な硬さや雑味があるようでは、『いい野菜』とは呼べません」


 なるほど、料理人の目は厳しいなあ。俺たちもプロのお眼鏡にかなうような、いい野菜を作っていきたいものだ。先生の言葉を聞いて、自然とこちらの背筋まで伸びていた。



 屋内での撮影を終えた俺たちは、収穫シーンを撮るために人参の畑へ移動した。残念ながら、東京へ帰る出演者たちとはここでお別れだ。

 実家の母は綾見ユリのサインを欲しがっていたが、俺は北方先生のサインが欲しくてうずうずした。ここで別れるなんて、惜しいなあ。またどこかで会えますように……。


「いやあ、これはいい画だなあ……番組の視聴者も、きっと喜びますよ」


 ご機嫌なカメラマンは、辺り一面に広がる雪景色を褒め称えていた。仕事柄、映像映えしそうな絶景が好きなようだ。指でフレームを作って、眩しい雪原を切り取っていた。


「このへんは、熊とか出るんですか?」

「出ますよ、普通に。イノシシも狸もテンも出ます」


 私服から作業着に着替えた赤根さんは、機材の組み立てを待つ間スタッフたちと雑談していた。山の名前や、さくらんぼの樹の手入れについて教えたりしている。


「実は、『グルメジャポン』のお正月スペシャルで『丹波の黒豆』を特集したんですけどね。農家さんの畑に行ってみたら、熊に荒らされて全部駄目になってたんですよ」

「ひえ~っ、丹波! 京都まで行って来たんですか?」


 赤根さんは有名な産地に反応し、驚愕したようだった。そりゃあ、「丹波の黒豆」といえば泣く子も黙る超一級品だもんな。そんなブランド食材を取材した後に、うちみたいな弱小農家のところまで来てくれるなんて。まったく、ありがたいことだねえ。


「赤根さん。カメラの用意ができましたので、収穫作業の様子を撮らせていただいてもよろしいですか?」

「あー、はい。雪の中から人参を掘り出せばいいんですよね? みんなー、いつもみたいに行くぞー」


 気の抜けた声を合図にして、従業員総出で雪掘りを始めた。

 ショベルを雪原に突き立て、ひたすら雪をすくっては投げ。すくっては投げ。スキーのゲレンデのような虚無空間で、絶望的な白色に埋もれて動き続けた。


「ん、ん、ふい」


 つ、疲れた。腰をかがめながら重い物を動かしているので、とにかく全身が辛い。積雪量一メートル超となると、「落とし穴を掘る」感覚で雪をどかしていく必要がある。たぶん地面なんて永遠に見えないんじゃないかな?

 ロボットじみた動きで連続的に雪をすくい、へとへとに疲れ果てた頃にようやく土の色が見えてきた。もういい加減休みたいが、作業的にはここでようやく折り返し地点なのだ。


「よーし、ここから先は競争だぞ。一番早く人参を見つけた人は、カメラの前でパレードしてもいいってことにしよう」

「ぱ、パレード?」

「ハイ、ツッタカター、ツッタカター、お茶の間の皆さんこんにちはー、赤根優作でございますー♪」

 

 まーたとち狂ったことを言い出したぞ、赤根さんとこのバカ息子が。俺と那須くんは、行進を始めた陽気な赤根さんを雪原に向かって突き飛ばした。スタッフ陣が困ってるから、おふざけ厳禁だぞ! さっさと働くんだ!

 数十分にわたって雪をかき分けて懸命に捜索を続けた俺は、とうとう地表に広がっている人参の葉を見つけた。


「あっ、ありました! こっちにありましたよ!」


 近くにいた芹沢さんに報告すると、カメラマンも一緒にやって来た。ふふふ、どうやらファーストキャロットを発見したのは俺のようだな。今日は大活躍じゃないか、困っちゃうねー。


「ここに葉っぱが……って、あれ」


 指先を使って丁寧に掘り出してみたが、どうも形がおかしい。根が二股に分かれ、くるくると絡み合っているのだ。


「変な形……これはさすがに、映せないですよね」

「ああ。夕食のおかず用だな」


 くう、不発に終わったか! その後も俺たちは頑張って働いたが、理想的な形の人参が出てくることはなかった。ネズミのかじり跡があったり、収穫の途中で真っ二つに折れたりした。

 この畑はいわゆる普通の「五寸人参」ではなく、ペンみたいに細長い「八寸人参」を栽培しているので、結構収穫が難しいのだ。


「仕方ない……かくなる上は、作業場から形のいい人参を持って来て、土に埋めよう。で、それを掘り出して『採ったどー!』。これしかないね」

「ええっ、それってアリなんですか!?」

「しょーがないじゃん、まともなやつが畑にないんだから! もう疲れたからお開きにしよ!」


 結局、赤根さんの言う通りに「仕込み」を行うことになってしまった。テレビ用のやらせに加担するようで納得いかないが、もう俺の力ではどうしようもない。

 俺たちはカメラの前で「あらかじめ土に埋めておいたものを素知らぬ顔で収穫する」という茶番を演じ、死んだ目で一日の撮影を終えた。


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