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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第三章 俺たち、テレビに出るってよ。 「グルメジャポン」撮影開始!
20/25

番外 お勉強会 「苗作りについて」

「さあ、勉強会だ! 皆ノートの準備はいいな? 質問があったらバンバン挙手してくれよ!」


 ホワイトボードの前に立った赤根さんは、熱血教師のようにマーカーペンを強く握りしめ『苗作りについて』と大きく板書した。


「なんで突然勉強会なんかするんですか?」

「そりゃあ、おれたちは三月下旬から苗を作らないといけないからだよ! いいかー、今の内に気合いれとけよー。昔は『農業なんて馬鹿のやる仕事』って言われてたけど、今は基礎知識をしっかり頭に入れないとやっていけないからな!」


 受験生を相手にするように、激しくホワイトボードを叩いて喝を入れてくる赤根さん。どうやら人に何かを教えるのが好きなようだ。事務員の九条さんも、作業台の上にノートパソコンを広げて入力態勢を整えている。


「僕が紙面に要点をまとめて、後で君たちに資料として渡すからね。こいつの話が退屈になったら昼寝してもいいよ」

「コラ、寝ちゃ駄目だぞー。今から先生は君たちに、教科書にのってないような経験則も含めて色々お話しするんだからな」


 すっかり教師気取りだ。パイプ椅子に座っている俺も手帳とボールペンを持って、お勉強する姿勢を見せた。


「まず、『そもそもなぜ野菜の苗を作るのか?』という点から話しますよー。『農業は土づくり』なんて言う連中がいますが、赤根農園は『農業は根作り』こそが肝心と考えています!」


 ボードに作物の絵を雑に描き殴り、太い主根、そこから伸びた側根も描き足す。


「はい、側根からさらに伸びている毛細根! これは別名「うま根」とも呼びます、これがないと作物が養分を吸えなくなって、美味しい野菜に育ちませんからね。うちはこの「うま根」を多くするために、一部の根菜類と葉菜類以外は全部セルトレイに種まきして、丁寧に苗作りをしておりますよ」


 はい、はい、つまり「根が大事」なんだな。俺は長い話を四文字に要約して、メモしておいた。


 あらかじめ言っておくが、赤根農園は農薬をなるべく使わずに有機農法で野菜を育てている特殊な部類の農家だ。独自の栽培技術や、東北地方に古くから残っている言い伝えまで駆使している。だから一般的な農家とは「まるきり違う」ということを知っておいてほしい。


「誰か質問は? おれと魂のぶつかり合いをしたい生徒はいるか!?」

「あ、じゃあ……はい!」

「おっ、元気があっていいね天見くん! 十ポインツ!」


 なぜか謎のポイントを加算されてしまった。恥ずかしさに顔を熱くしながら、疑問を口にする。


「えっと、野菜の種まきをしてから畑に植えるまで、どのくらいの期間がかかるんですか?」


 俺も小学生のときはアサガオを種から育てたりしたが、記憶が薄れかけているのでまた一から作物の成長について学び直したい。赤根先生は「いい質問ですね!」とベタな台詞を吐いて話し始めた。


「野菜によって差はあるけど、早いのはトウモロコシや枝豆かな。これらは二十日くらいで苗ができます。逆に作るのに長い期間がかかるのは、ナスやトマト。九十日以上かかります」

「へえー」

「究極に早いのは大根葉で、これは畑に直まきしておけば二十五日で収穫できるんだよ。卸売市場では一束五十円くらいの値段しかつかないから、なるべくやりたくないんだけどね」

「わお……」


 そんなことまでぶっちゃけなくてもいいよ。一束五十円って、百束納品しても五千円……ううっ、手間に対して利益が少なくないか? 葉物を洗って綺麗に束ねるのって大変なんだぞ(涙)! 百円でお客さんに直接売った方がマシってもんだな(激怒)!


「ちなみに植えつけ数は、お客さんの反応を見て毎年ちょっとずつ変えてるからね。うちは産直主体だから、飲食店からのリクエストなんかがあればすぐに新品種のレタスとか育てちゃうんだ」

「無駄が多くなるから、そのやり方は止めた方がいいと思うぞ。来年からはもっとキャベツとブロッコリーの作付けを増やして、市場への出荷を頻繁に行うべきだ」

「やだあ、おれ市場行きたくないぃ。あそこのおじさんと相性悪いんだもん」


 芹沢さんからの突っ込みに、先生は身体を揺らして駄々をこねた。なんだかんだ言って、この農園も赤字続きだからなあ。種だってタダじゃないんだから、もっとシビアに野菜の数を管理して無駄をなくしていかないと。


 気を取り直した先生は咳をして、さらに苗についての指南を続けた。


「――で、畑に植えると三日くらいで苗が活着するわけだけど。この植える時期っていうのも大事でね。山形は四月でもまだまだ地温が低いから、五、六月まで待ってから植えないと失敗しやすいんだ。んで、お盆までに秋野菜の苗も全部定植しないといけない」

「あれですよね、定植が一日遅れると収穫が一週間遅れるってやつ」

「その通り、よく憶えてたね那須くん。十ポインツ!」


 勤務歴の長い那須くんは、赤根先生との知識の共有ができているようだ。始めからメモ一つ取らず、悠々と椅子の背もたれに寄り掛かっている。


 しかし、一日でも植えつけが遅れると成長に影響が出るとは……お盆付近になると、夏野菜の収穫まで加わって地獄のような忙しさになるのではないか。夏の農作業について想像しただけでも、ペンを握る手が震えてきた。


「そろそろ次の質問を受け付けるぞー、誰かいないかー」

「うぇ……じゃ、じゃあ、はい」

「お、天見くん、誰も手を上げないから気を使ってくれたんだな! なんて良い子なんだ!」


「い、いやあ……その、質問してもいいですか? 苗を畑に植えるときに気を付けた方がいいことって、何かありますか?」

「あるある~。まず、定植前の苗には水をやらないこと。その代わり畑に水をやっておくと、根が水分を求めて伸びやすくなるんだ。あと、畑の最低地温が二十度以上であること。植える三日前に苗をハウスの外に出しておくこと」


 先生は注意点を指折り数えていたが、少し間を置いて無念そうに首を振った。


「けど、そもそも植えたものが全部大きく育つとは限らないからね。うちの場合は野菜を『五千』売ろうと思ったら、『一万粒』の種をまいておかないといけないんだ」

「えっ、半分しか売り物にならないんですか……?」


 たしかに、種の発芽率だって百%じゃないもんな。畑に植えた苗も、高温や虫の被害に耐えられずに駄目になったりするんだろう。

 『農薬を使わない』という制約の中で育てるのが、ここまで難しいとは。薬を使って苗をムキムキにすれば、過保護に世話しなくても立派な野菜がどっさり採れるはずなのに。

 「なぜ赤根農園は、ここまで面倒で無駄なことばかりしているのか?」 野菜作りの苦労を知る内に、そんな疑問が脳裏をよぎった。


「なんで……なんで、農薬を使わないんですか? 病気も防げるし、収量も増えるのに。除草剤とか、ホルモン剤とか、じゃんじゃん使えばいいじゃないですか」


 思わず、心の声に口に出していた。熱血教師は目を細め、


「いいかい、なぜ赤根農園が農薬を使わないのかというとね……」


 と、重々しい声で前置きをした。これはきっと、信念のこもった素敵なお言葉をくださるに違いない。「お客様に美味しい野菜を届けたい」とか、「昔ながらの農民の生活と、豊かな自然を守りたい」とか、なんかそれっぽいことを言ってくれるはずだ!


「なぜかというとね――」

「はい……!」

「お金が、ないからだよ」

「おお……っ!? お、お金?」


 まさかの、まさかの回答。そもそも農薬を買えるレベルに達していなかったとは! 赤根先生は両手で顔を覆って、泣き真似を始めた。


「うええん、ぐすっ、だって薬って高いんだよ? 隣町の斉藤さんは、トウモロコシの売り上げだけで家が建つレベルの農家だけどさ、やっぱり上手くやってる人たちは高級な農薬使ってるんだよ。うちなんて、親父が年金で借金返すって言ってるレベルのクソ貧乏なのに。買えるわけないじゃん!」

「ええ、でも……」

「天見くん、もう二度と農薬の話は出さないでくれるかな。この農園は数十年にわたる試行錯誤の結果、今の栽培法に落ち着いたんだから」


 自然派の九条さんが、鋭い目つきで牽制してきた。

 さすがに俺も、『借金してでも農薬を使ってください』とまでは言えない。ここで採れた野菜の味は気に入っているし、お客様からも大人気だしな。やはり、これからも俺たち人間が手間暇かけて野菜の世話をしていくしかないのか。


「がんばるぞ、俺……がんばってがんばるぞ……」

「うんうん、やる気があって結構なことだね。次は苗の手入れについて教えるよ。苗っていうのはいわば『赤ちゃん』だから、急激な刺激やストレスを与えたらダメなんだ。強めの水圧で水やりをしたり、苗箱の向きを変えるのもNGだね」

「う~ん、う~ん……」


「あと、大事なのは観察することだよ。植物の状態を知るには、成長点の色、葉のサイズ、形、色、角度、あとは茎の長さ、太さなんかを毎朝チェックして、異常がないか確かめる必要があるね」

「う~ぬ、う~ぬ……」

「詳しく見れば、植物の声が聞こえてくるから。肥料不足、低温、高温、水切れ、光合成不足――」

 

 いきなり大量の情報を投入されて、脳みそがオーバーヒート。頭に回っている血液が沸騰しそうだ。よく一つのトピックでこれだけペラペラ話せるな。


 しまいにはマンツーマンで苗作りのなんたるかについて徹底的に叩き込まれ、意識を失いそうになった。生き生きと楽しげに語る赤根先生を見上げながら、虚ろな目で相槌を打ち続ける。

 お、俺、こんな感じで本当に農家としてやっていけるのか……? 


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