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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第一章 俺は冬でも元気です!
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1. 雪で野菜は美味くなる!

 農家たるもの、キャベツを片手で投げられるくらいの腕力が必要である。


 俺はそんな考えを抱きつつ、十二月の畑で那須くんとキャベツキャッチボールをしていた。

 もちろん遊びでやっているわけではない。「明日は県内各地で大雪警報が発令されるだろう」という予報が入ったので、雪下野菜を作る準備をしているのだ。


 『雪下野菜』とは文字通り、降り積もった雪の中で寝かせた野菜のことである。

 冬野菜は厳しい寒さにさらされると、凍結を防ぐため内部に蓄えていた養分を糖に変えていく。それにより、より一層甘みとみずみずしさを増すのだ。


 俺の故郷である新潟でも、雪の恩恵を利用した『雪室珈琲』や『雪室米』、『雪中貯蔵酒』なんていうブランド品がある。赤根農園にとっても、冬の間の主力商品なのだそうだ。

 

 まず赤根さんが目にも止まらぬ速さで畑のキャベツを収穫し、それを那須くんが拾って投げ、俺がキャッチして積む。三位一体の連係プレーで、広大な畑にぽこぽこ生えているキャベツがコンパクトにまとめられていく。

 それにしても飛んでくる緑の玉はソフトボールがかわいく思えるほどでかくて重い。そして怖い。たまに手が滑って落としてしまうと、那須くんがわざとらしく舌打ちした。


「しっかり取れや。ちんたらしてっと今日中に終わんねーだろ」

「だ、だって、怖い……手首折れそうになるし。せめて二個同時に投げるのは勘弁してもらっていい?」


 俺は涙目で手加減を要求した。何度もフライング・キャベツのダメージを食らったせいで、両手首の関節が不自然に痛む。

 なんで元帰宅部の俺が、こんな個性派野球チームの珍奇なトレーニングみたいなことをしなければならんのだ。

 弱音を吐いても仕事は終わらないので、やけくそになった俺は、那須くんが放つ剛速球キャベツをキャッチしては積み、キャッチしては積みを機械のように繰り返した。


 気が遠くなるほど大量のキャベツを畑の一角にまとめると、今度はその上に寒冷紗をかける。端っこに土をかけて風で飛ばないようにすれば、雪下野菜の準備は完了だ。

 ちなみに俺的には『寒冷紗』『マルチ』『ポリポット』程度の用語は一般常識の範疇だと思っているので、わざわざ解説したりしない。農業の盛んな県で育った人なら大体分かんだろ。


「やー、つかれたねえ」


 仕事を終えた赤根さんが、ストレッチしながらこちらにやって来た。長時間腰をかがめていたので、骨がどうにかならないか心配だ。


「赤根さん、白菜も同じように収穫して寒冷紗かけるんですか?」

「え? いいよもう。天気悪くなってきたから帰ろう」


 うんざり顔の赤根さんは俺の背中をぐいぐい押して、車の元に向かわせた。

 朝からずっと外で作業しているため、俺の体内に住んでいる小人たちも「もう限界だーっ、休め休め!」と騒ぎ立てている。耳の奥がキンキンするし手が痺れるし、体の芯まで冷え切っていた。


「もうやだめんどーい、来年からは雪下野菜やめる!」

「だめですよ、毎年スーパーが特設コーナー作ってくれるんすから」


 那須くんは冷静に赤根さんをいなし、車の運転席に座った。

 雪下野菜は作るのに中々手間がかかるが、手間のかかる食べ物というのはえてして美味いのだ。熟成肉、燻製、漬け物に酒。人間が美味い物を作るためにそそぐ情熱はハンパない。食文化って奥が深いなあ、などと俺はアカデミックな思考に耽っていた。


 仕事を終えて農園の作業場に戻った俺たちは、熱い昆布茶を飲んで一息ついた。

 やはり冬は中途半端なぬるま湯ではなく、カンカンに沸かしたあっつい飲み物が嬉しい。失われた体温が復活して眠たくなってきた。


「お、ちょっと雪降って来たんじゃない?」


 赤根さんは作業場の窓を開け、湯呑み片手に外の景色を眺めていた。確かに、大ぶりな白い欠片がちらほらと天から舞い降りている。いよいよ本格的な冬、到来だ。


「うわー、寒いのはいやですねえ」

「天見くん、風邪とか気を付けてね。前インフルエンザが流行ったときなんて、赤根農園で集団感染したんだから」

「えっ」


 それは大変だ。予防接種なんて小学生以降打った憶えがない。周りをインフル患者に囲まれたら俺みたいな貧弱者は一発でお陀仏だろう。

 しかし病院どころか商店すら近くにないようなこのド田舎で、どうやって治せというのか。

 赤根さんは二杯目の白湯をしみじみと味わい、遠い目をして語った。


「あのときは大変だったよ。唯一無事だった那須くんがおかゆ作って、健気におれたちの看病してくれたんだから……」

「へー、那須くんすごい!」


 まさに死屍累々の家庭に現れた輝ける救世主である。食事の面倒まで見てくれる優しさ、そして見返りを求めない献身の心。かっくいー、さすが俺が見込んだだけのことはあるぜ。

 那須くんはひどい悪夢を思い出すような顔で天井を見上げていた。


「赤根さんがダウンしたとこなんて初めて見ましたよ。珍しいですよね、いつもなんだかんだ言いつつバリバリ働いてるのに」

「まあ、悔しさはあるな。おれともあろうものがインフルちゃんに負けたっていうのが。でも今年は倒れるわけにはいかねーよ」


 そう、今年の赤根農園はとにかく人手が足りないのである。

 赤根さんのご両親が南国に農業研修という名のバカンスに行ってしまったので、従業員がこれ以上減るとまずいことになる。

 アルバイトを募集したところで、わざわざこの寒い時期に外仕事をしたがる物好きなどいない。赤根さんも駄目元で知人に電話して、働きに来てもらえないかやんわりと聞いて回っているらしい。


 疲労を癒していると、作業場の扉がガラリと開いて事務員の九条さんが顔を出した。


「あれ、帰って来てたんだ。もう昼ご飯のパスタ茹でてもいい?」

「おう、さっさと作れーい」

「はいはい、八分くらいかかるから茶の間で待ってて」


 腹を空かせた俺たち三人は、餌をもらいにいくペットのごとく速やかに茶の間に向かった。もう一人の従業員である芹沢さんは、現在スーパーへ配達に行っているため午後から合流できるだろう。

 我々がちゃぶ台に箸を並べたりしていると、台所から「運んでー」という声がしたので、そそくさと昼食のパスタを取りに行った。


 本日のランチは、九条さんお手製のカルボナーラと野菜スープ、そして冬野菜のコールスロー。なんだか健康志向の女性が好む「カフェご飯」的な献立だ。

 しかし九条さんは料理が趣味でかなりこだわりが強いので、そんじょそこらの手料理とは一線を画する出来映えなのである。

 「いただきます」をしたあと、俺は興奮気味に食欲をそそる香りのパスタを箸でたぐって食べた。


「ん、んー!」


 う、うまひ。ニンニクの刺激が卵とチーズによってまろやかになり、茹でたてのもっちりパスタに絡んで絡んで実にクリーミー。

 時々パンチをくれるベーコンと粗びき黒コショウのおかげで、飽きることなくずっと食べていられる。丁寧に作られた上質な一皿だ。


 俺のモットーの一つに『美味いものを食べたら、ちゃんと作ってくれた人に感想を言う』というものがある。若干の気恥ずかしさを押し殺し、勢いに乗って九条さんに話しかけた。


「九条さん、料理上手ですね。店で食べるのと同じくらい美味しいです」

「ふふ、上手だろ? カルボナーラって、素人が作ると卵が固まってスクランブルエッグみたいになりがちなんだよ。僕は作り慣れてるからなめらかにできるけどね」


 おっと、まさかの自慢が始まった。九条さんは俺の褒め言葉がよっぽど嬉しかったのか、増長して調子に乗り出した。めんどくせーなこの人。

 俺と那須くんがぺろりとカルボナーラを平らげると、九条さんが席を立って台所からフライパンを持ってきた。


「おかわりいる? まだ食べられるよね」


 どうやら九条さんは、「人に物を食べさせる」という行為が好きらしい。大食漢の学生をかわいがる食堂のおばちゃんよろしく、嬉々として追加のパスタを皿に盛っていく。


「赤根も食べるだろ?」

「んん……」


 赤根さんは不愉快そうな面構えで、空になった皿をフライパンから遠ざけたり、近づけたりとよく分からない動作を繰り返していた。


「おかわりいるのか、いらないのか。どっちだ」

「いる」

「美味かったか?」

「そういうことは言いたくない。お前が調子乗るから」

「なんだと……言え! 美味いって言え!」


 九条さんは一瞬で菩薩から修羅に豹変し、赤根さんの背中をげしげしと蹴り出した。


「いってーな、だからいやなんだよ! 味の感想を人に強要すんな!」

「お前の方こそ、わけの分からない意地張らずに『美味い』って言えばいいんだよ!」


 ちょっとしたことでいざこざを起こすのが、この二人の悪いところだ。どつき合いの喧嘩を繰り広げた後、二人は憎々しげな表情を浮かべて自分の席に戻った。


 二人のせいで安らかな気持ちで食事を楽しめなかったが、スープは具材から栄養が溶け出てほっとする味だし、コールスローも野菜のフルーティな甘みとシャッキリとした歯応えが口の中で花開き、気分まで明るくなった。

 そりゃたまには肉丼やチャーシューメンが食べたくなるときもあるが、俺としては野菜中心の食生活も案外悪くないと感じている。


「天見くん、どうよ。この野菜だらけの食卓は」

「いやあ、なんだか山奥の修行僧になった気分ですね。心が清らかになります」

「修行僧はカルボナーラ食べないだろ!」


 赤根さんは愉快そうな声音で、やや的外れな突っ込みを入れてきた。シラフのはずなのに常時酔っ払って見えるのが赤根さんという人物である。


「そりゃそうですけど、それにしたってお坊さんってすごいですよね。精進料理とかもどき料理とか、動物性のたんぱく源を使わずにレパートリーを広げようとする探究心といったら……」


 豆腐でウナギの蒲焼き風の料理を作ったり、コンニャクや湯葉を刺身感覚で食したり。

 日本の伝統的な食の成り立ちについて思いを馳せていると、昔の人々の発想や開発努力に頭が下がる。俺も農民の端くれとして日々大地や作物と親しみ、食文化の発展に尽力せねば……ううむ。


 皿を洗って片付けている間、俺は壮大すぎる決意を胸に独りよがりな情熱に燃えていた。


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