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19歳、元ニート。冬の山形で農業やってます!  作者: 羽火
第三章 俺たち、テレビに出るってよ。 「グルメジャポン」撮影開始!
19/25

18 冬のごっつぉを召し上がれ

「新しい絨毯買って来たから、台所に敷こうぜ!」

「スポンサーの心証が悪くなるから、台所にある競合会社の商品は隠しておいてね。グルメジャポンは『味の王』の一社提供だから」


 声のデカい赤根さんと九条さんの指示の元、徹底的に掃いて拭いて、隠して磨いて……。も、もうすでに疲れた。いっそのこと、お客さんなんて来ないでほしい。

 掃除の後は野菜の下ごしらえに移る。おもてなし料理の献立は九条さんが考えてくれたので、俺たちはレシピ通りに調理するだけだ。

 とはいっても、九条さんは食に対するこだわりが強いので色々と面倒くさい。


「すいません。このコールスローに使う野菜は、スライサーを使って切ってもいいですか?」

「駄目だよ。包丁を使わないと美味しくできないから。できるだけ細く千切りにしてね」


 なんで、なんでスライサー使っちゃだめなんだよ! スーパーめんどくせえ!

 九条さんいわく、『機械で切ると太さが均一になって、味に奥行きが出ない』のだそうだ。便利なスライサーを没収された俺は、心の中で血の涙を流しながら包丁で大根を千切りにしていた。


「天見、切るのおっせえな。もっとやる気だせよ」

「そう言う那須くんは超速いね……俺の分も切って……」


 俺が食材を切るスピードは「タン、タン、タン」という感じなのだが、那須くんは「タンタンタン」と大変小気味よい音を立てて人参を切っている。ちなみに九条さんのレベルになると「タタタタン」だ。

 一体どうやったらそんなに手際良くなれるんだ。どっかで改造手術でも受けたのかよ。


 苦労して千切りにした大根、赤人参、黄人参、キャベツをボウルに入れ、塩を振ってもみもみ。重しをして三十分ほど寝かせておく。お前はちょっとここで待ってろ、俺は白菜の蒸し鍋を作らないといけないから……。

 慌ただしくまな板を洗って、白菜とベーコンをほどよい大きさに切っていった。しかし、大きな土鍋に具材に詰め込んでみると……いまいち見た目がよろしくない。花が咲いたような見た目になるのが理想、なんだけどなあ。


「ちょっと野菜の大きさがちぐはぐで、見栄えが悪いね」

「す、すみません」


 案の定、チェックに引っかかってしまった。九条さんは鬼教官と呼びたくなるような厳しい目つきで、不器用な俺に低い声で注意してきた。


「明日の撮影でも、同じ料理を作ってもらうから。そのときは定規で白菜の長さを測りながら、ちゃんと均一になるように切ってね」

「ひ、ひい」


 定規まで使わないといかんのか。どうも納得いかない。料理ってのはハートで作るもんでしょうが。……いや、しかしテレビに映る以上『見た目なんてどうでもいい』なんて言っていられないか。俺はちまちまと指を動かし、少しでも料理の見栄えが良くなるよう微調節を加えた。

 試行錯誤している内に、時間が経って行く。しかし十九時に来る予定のロケ隊は一向に姿を現さない。そうこうしている内に時計の針は進み、二十時十五分になってしまった。


「おっせーなあ……もう準備万端なのに」


 赤根さんは指先で台所のテーブルをトントンと叩き、時計と料理を見比べていた。「調理風景を撮りたい」という番組側の要望を尊重して、一応料理は出来上がる一歩手前くらいの状態で鍋やボウルに入っている。

 四種の雪下野菜を使ったコールスローに、ふろふき大根、生姜がきいた具沢山の豚汁。そしてメインである白菜とベーコンの蒸し鍋。品種の違う二つの白菜を使っているため、半分が薄緑色、もう半分がオレンジ色をしている色彩鮮やかな鍋だ。以上が俺たちの用意した「おもてなし料理」である。


 和牛のステーキや海鮮丼のような、贅沢なご馳走と比べたら地味に感じられるかもしれない。しかし俺たちなりに心を込めた、「農家のごっつぉ」でございますよ。冬の寒い日に食べたいあったか料理の数々を、一刻も早くカメラに収めてほしいものだ。


 従業員一同が無言で時計を見つめていると、家の前で車のエンジン音がした。ようやく東京からのロケ隊が到着したようだ。


「大変申し訳ありませんでした! 新幹線が遅延してしまいまして……」

「いえいえ、大丈夫ですよ。わざわざこんな雪深い所まで来てくださって、ありがとうございます。どうぞお入りください」


 慌てた様子で赤根家に入ってくるスタッフさんに、九条さんがお客様向けの明るいトーンで対応した。

 本日やって来たのは、小柄な女性ディレクターと、もじゃもじゃした髪型のカメラマン、太った照明係の三人だけだった。残りの撮影隊と出演タレントは、明日の朝新幹線に乗って山形へやって来るらしい。


「とりあえず、先にカメラの準備をして台所の方を撮らせていただきますね」


 時間も遅いので、カメラマンたちは挨拶もそこそこにバッグの中からカメラや機材を取り出して調節を始めた。ああ、いつも生活している空間に見慣れぬ機械がいっぱい。台所で待っている間、徐々に緊張が高まってきた。

 九条さんはこちらの方をじろじろ見て、おもむろに俺の前髪を指先でつまみ出した。


「天見くん、前髪もう少し切った方がいいんじゃないかな? そのカーディガンも毛玉だらけだから、脱いだ方が良いよ」

「え、今さらそんなこと言わないでくださいよ! もう撮影始まっちゃいますよ!?」

「まだ間に合うから切るよ」

「ぎゃーっ!」


 逃げようとしたら肩をがっしりとつかまれ、突然ハサミで前髪を切られた。さらにお気に入りのカーディガンまで剥ぎ取られた。こわいこわい! なんでこの大事な局面で、人の心を揺さぶるような凶行に走るんだ!

 俺がおでこのあたりを押さえて涙目になっている間にも、照明や画角のチェックが終わり、とうとう撮影開始の合図が出た。


「音は録りませんので、研修生の方たちは料理をしている感じで動いて下さい。それでは撮りまーす、三、二、一……」


 台所に、ぎちぎちに人が詰まった状態で撮影が始まった。料理自体はもう出来ているので、俺たち料理班三人はコールスローを大皿に盛りつけたり、ふろふき大根に柚子味噌をかけたりして動き回った。

 しかし、照明が強すぎて目がチカチカする。テレビ番組で薄暗いシーンってあんまりないもんな。芸能人はこんなに眩しい光の中でトークしたり、熱湯風呂に落ちたりしているのか。

 カメラに背を向けてボウルを洗っていると、カメラマンがこちらに寄ってきた。


「それでは、土鍋を火にかけるところを撮らせてもらってもいいですか」

「は、はいぃ」


 慌てた俺は、コンロの火をつけてから重たい土鍋を運んで五徳の上に「よっこらせ」と乗せた。


「……すみません。土鍋をのせてから、火をつけてもらっていいですか」

「あーっ、そ、そうですよね! 普通そうやってやりますよね、すみません!」


 もう大パニック状態の俺は、行動の順序もめちゃくちゃになっていた。カメラを向けられているせいで頭が真っ白になり、この場から衝動的に逃げ出したくなる。

 しかしどうにか指示通り土鍋を火にかけ、「はい、OKです。ありがとうございます」と言ってもらえた。ほー、大きな失敗をしなくて良かった。


 台所の撮影が終わると、次は完成した料理を別の部屋に運び「物撮り」が始まった。

 人間の食欲は普遍的なものだから、テレビ業界にとっても食べ物のピンショットは欠かせない存在だろう。高視聴率を狙ってラーメンの麺を箸で持ち上げたり、溢れる肉汁、とろけるチーズを扇情的に映したり……これがフードポルノってやつだな、けしからん! 想像しただけでお腹が空いて仕方がないじゃないか!


「わー、美味しそう! あ、もうちょっと汁足して」

「シズル感あるねぇ」


 三人のスタッフは真剣な面持ちで相談しながら、料理の物撮りを進めていく。俺たちは部屋の外から興味深く撮影現場を見物していた。


「ああ、鍋がアップで撮られてる……恥ずかしいぃ」


 あれ、俺が作ったんですよ。白菜とベーコン切って、鍋に詰めたんですよ。ちょっと野菜の切り方が歪だったかもなあ。でも、仕上げにみじん切りの人参をパラパラと振りかけたので少しは綺麗に見えるかな。

 自分の手料理が地上波にのって、全国各地で視聴されると思うと……恥ずかしい、けどちょっと誇らしい気もする。あとで実家の母さんに「俺の作った鍋がテレビに出るよ!」とメールしておこう。


 これにて本日の撮影は終了し、スタッフたちは「明日の午前九時にまた打ち合わせに参りますので」と説明し、赤根家を後にした。今夜は駅前のビジネスホテルに泊まるそうだ。



「はー、どきどきしたね。やっぱテレビの取材って慣れねぇわ」


 俺たちは茶の間に集まって先ほどの料理を夕食として食べつつ、撮影の感想を話し合った。赤根さんはしんなりと蒸し上がった白菜を山のように皿に取り分け、疲れた様子で首を回している。


「去年の冬にも、東京から雪下野菜の取材が来ましたよね。なんだかんだでお蔵入りになりましたけど」

「えっ、お蔵入りって……そんなことあるの?」


 那須くんの発言に驚く。つまり、せっかく撮ったテープが放送されないままテレビ局のどこかに眠っているということか。勿体ない、何でそんなことになっちまったんだ。


「赤根農園はテレビ運がないんだよ~。いろんなオトナの事情があってお蔵入りとか、放送延期とか、そんなんばっか。取材の謝礼だってもらったことないし……まあ、今回こそオンエアしてほしいね」


 赤根さんは切なげに呟き、口いっぱいに白菜を頬張った。たしかに、撮った以上は絶対に放送してほしい。あわよくば飲食業界からうちの野菜が大注目されて、高額の注文がたくさん来てくれたら嬉しい。

 俺も鍋の白菜をわっさりと箸で取り、皿のポン酢につけた。


 冬になると、鍋のCMが増えるよなあ。土鍋のふたパカッ、湯気ふわっ、みたいな感じで。

 今回作った蒸し鍋の味付けは、ベーコンとポン酢のみ。雪下野菜の味を最大限に引き出すために、水や出汁も一切入れていない。果たして、どんな具合に仕上がっているのだろう。ほふほふと息を吹きかけて、火の通った白菜を口にした。


「ふ、ふは」


 「冬のご馳走」とはこのことだ。とろけるような食感が優しい。たっぷりとポン酢を含んだ葉が、俺の心を柔らかく包みこんでくれる。

 シンプルな味付けのおかげで白菜の甘みやコクが際立ち、飽きが来ない。こんなに美味い野菜を毎日好きなだけ頬張れるんだから、俺って幸せ者だよなあ。もぐもぐ、とひたすら口を動かして野菜の摂取に勤しんだ。


 全ての料理を欠片一つ残さず完食し、しばし茶の間で食休み。普段から食欲旺盛な芹沢さんと赤根さんも、腹が満たされたのかだいぶ大人しくなっている。


「いい味だったな」

「ああ……でも明日って、東京からプロの料理人が来てもう一品作るんだろ? どんな物食わせてくれるのかなあ」


 も、もう次の食べ物のことを考えている……さすがは肉体労働者、常に腹を空かせているのか。俺も昔は「食べ物なんてどうでもいい。そんなに腹空いてないし」という感じだったのだが、農家で働き始めた今は「食わないと死ぬ! がんがん食ってカロリーと栄養を補わなければ!」と目を血走らせるハングリーモンスターに変貌してしまった。


「天見、みかん食うか?」

「干し柿と羊羹もあるよ、おいでー」


 大食漢二人が、食後のデザートを餌にして俺を呼んでいる。ついつい

「あ、いただきます。ありがとうございます」

 と返事して受け取ってしまった。だ、大丈夫、毎日動いてるから。これも脂肪じゃなくて筋肉になる予定だから。言い訳をしつつ、ぱくぱくと渋いチョイスの甘味を貪った。


「天見くんはもう少し食べて大きくなりなさい。最近どうなの、体重増えた?」

「あ、山形に来てから3キロ痩せました」

「なんでだよ、まるで俺たちが食事も与えずにいじめてるみたいじゃんか!」


 赤根さんは大いに怒り、俺の口に次々にお菓子を投入した。も、もがふごご……実際いじめてるじゃないか、ろくに休日も賃金も与えずに働かせて! 

 

 赤根さんは俺が歯を磨いたり、風呂に入ったりしている間にも「ちゃんと食べて太らなきゃ駄目だよ、マヨネーズとマーガリンを舐めながら寝なさい!」と繰り返し言い聞かせてきた。

 しまいには俺が寝ている枕元で「デブになあれ、デブになあれ……」と囁きながらサラダ油やスティックシュガーを貢ぎ物のように置いて行った。

 行動の全てが謎だ。俺は脂汗を流し、「うーん、うーん、カロリー過多……」とうなされながら就寝した。

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