熾天使
「もう一度、ガルシャと戦わせてくれ」
俺がそう言ってイリス様を見つめる。彼女は少し思案顔になった後、少し微笑んで質問を投げかける。
『······なんの為にですか?』
「世界を······人々を······そして、大切な仲間を守るために」
『それが······あなたの答えなのですね?』
「······ああ」
そうして小さくため息を付き、イリス様が言った。
『本来なら許されないのですが······特別に今回だけはそのままあなたをあの場所へ送り戻します』
「······ありがとう」
『しかし今の状態では勝てない。そうですね?』
「不本意だけどな」
『一度だけ、あの存在を打ち倒す為に、私が力を与えます。その力で敵を打ち倒し、世界に平和を齎すのです』
「······分かった。ありがとうな」
そこまで言って俺達は小さく微笑む。そして暫くして、だんだんと俺の体が光に包まれる。俺が初めて転生した時と同じ現象だ。不思議と暖かく、優しい気持ちになる。
『もう一度死ねば、今度こそ冥界送りになります。最後のチャンスだと思ってくださいね』
「わかった。本当にありがとうな······イリス様」
そうして薄れゆく意識の中、俺が最後に見たものは、優しそうに、そして寂しそうに女神が微笑んでいる姿だった───。
私は目を閉じ、迫り来る致死の脅威に身を委ねた。ああ······これで私も······アルマ様の元に······
そう思ったが、いつまで経ってもそれは私に襲いかかることは無かった。直撃の寸前で、見えない力に遮られているかのように攻撃が止まっていた。
何故、と思った瞬間、その声は聞こえてきた。
「困るぜソフィーナ。勝手に死んだりされたらさ」
「あ······ああ······」
その方に目を向けると、神々しい輝きを放ち、元に戻った体とともに微笑んでいるアルマ様の姿が目に入った。
感動のあまり声が出ず、最愛の人の名前を呼ぶことすら出来ないが、心では再会に打ち震えていた。
よく見るとその光っている右手がこちらへ向けられている。恐らく堕天使の攻撃が止められているのは、あれのおかげだろう。それを見て、また私の胸が熱くなる。
そしてアルマ様がその右手を薙ぐと、不可視の力が堕天使に強襲し、初めて奴に傷を与えた。
少しの驚愕を表した堕天使が距離を取ったのと同時に、アルマ様が私の元に駆け寄ってきてくれる。そして気が抜けて脱力した私を抱き抱えてくれた。
「よく頑張ってくれた······後は任せろ」
「はい······アルマ様······」
そうして彼の暖かい温もりに包まれながら、私は微睡みに身を落とした───。
「ありがとうな······ソフィーナ」
俺はすやすやと寝息を立てているソフィーナをその場に横たわらせ、宙に浮いてこちらを見ていた「それ」と相対した。すると、堕天使が俺を見据えて言う。
『貴様に問う 何故戻ってきたのだ?』
「決まってる。お前を倒すためだ」
胸に手を当て俺はそう宣言する。奴の暗黒の瘴気が闇を深め、俺に纏わりつこうとしてくる。しかし俺はそれを光を含んだ右手で払う。
『何故戦う? 何故抗う? 何がお前をそこまでさせる?』
「皆を守るため······そして、お前を倒すためだ」
俺が奴にそう告げると、不意に頭の中でイリスの声が響いた。
(今こそ、あなたに授けた力を使うのです······勇者アルマよ)
それだけ告げて俺の意識から消えたイリスに心の中で感謝して、俺はほぼ無意識にそれを叫んだ。
「聖天!」
その瞬間、俺の体が眩く光った。それはまるで太陽のように、戦場を、大地を、世界を照らした。
そしてその光の消えた後には、堕天使に変身したガルシャと同じように、変身した俺の姿があった。俺は脳裏に浮かんだその言葉を呟いた。
「熾天使」
堕天使が破壊と殺戮を司る魔神であるのなら、熾天使は安寧と調和を司る聖神である。その容貌や内に秘めた魔力は全く同じ。唯一違うところは、肌の色と纏うオーラの質だけだろう。
そして魔神と聖神が空を飛翔し、雷鳴轟く上空で対峙する。
黒き翼が舞い上がり、漆黒を宿した羽根が舞う。
白き翼が舞い広がり、純白の羽根が空に溶ける。
意志を失ったガルシャが世界に吠える。イリスのおかげで自分の意志を保っている俺はそれを悲痛の表情で見つめる。
視界の先で咆哮を轟かす魔神は、どこか悲しげに見えた。
破壊と殺戮、安寧と調和を宿して、神々は激突した───。
今日二話目です。
明日も恐らく二話投稿か、時間があれば
それ以上できるかもしれません。




