希望と絶望
「······ここは?」
気がつくと俺はそこにいた。自分以外何も存在していない、真っ白な空間。地平線が見え、どこまでも続いているように見える白い世界。あまりにも非現実的な光景だが、俺には見覚えのある世界だった。
「ああ······俺はまた死んだのか」
『その通りです』
突然脳内にそんな声が聞こえてくる。その現象に既視感を覚えながら、俺は「彼女」に向かって語りかける。
「久しぶりだな······イリス様」
そう、かつて俺をあの世界に送ってくれた女神様だった。純白の髪と法衣を身に纏い、神々しい雰囲気を醸し出している。その全く変わっていない姿に、俺は小さく微笑む。
『あなたがここに来るのは······転生した時以来ですね』
「そうだな······どうやら、また死んじゃったらしい」
俺がそう言って苦笑いをする。イリス様はふよふよと宙に浮きながら、その真っ白な髪を撫でた。
『あの世界で命を落とした······つまり、もう一度転生するか、今度こそ冥界へと送られるかです』
「······その事なんだけどさ」
『どうしました?』
先を促してくるイリス様の顔をしっかりと見つめながら、俺は自分の願いを······希望を伝える。
「ほんの少しだけでいい。もう一度、ガルシャと戦わせてくれ」
「アルマ様ぁ······そんなっ······」
私は、倒れて事切れているアルマ様に必死に声を投げかける。しかし、返事は返ってこない。その事が私の体を更に重くする。
ラミアやレオ、ルゥやロダンさん達も、悲嘆の表情で歯を食いしばり、涙が流れるのを拒絶している。
しかし、我慢した側から雫が頬を伝い、地面に跳ねる。もはや涙を拭う事も忘れ、滲む視界で半身を失ってしまい息途絶えているアルマ様を捉える。
『所詮はこの程度 神の力を得た我の前には無力』
アルマ様の死体から少し離れたところで、宙に浮いているガルシャがそう告げる。いや······「ガルシャだったモノ」と言った方が正しいのかもしれない。それ程に、その存在に恐怖を覚える。
私がそうして打ち震えていると、何とか立ち上がったロダンさんが怒りを滲ませた顔で「それ」めがけて叫ぶ。
「お前は······お前は一体なんなんだ!」
声に反応して、「それ」がすぅっ。とこちらの方を向いた。その無機質な瞳と目が合い、私達は言葉を失う。
「堕天使。それが私という存在だ」
そう名乗った奴の言葉を脳内で反芻する。
堕天使······
そして私はとんでもないことに気が付き、顔が青ざめる。隣にいたラミアが心配顔で尋ねてきた。
「大丈夫······?ソフィーナさん」
「ラミア······大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけ」
そう言いながらも、私は半ば停止している思考を回転させ、堕天使に関する書物の記憶を思い出す。
堕天使。破壊と殺戮を司る魔神。数千年に一度、世界に降り立ち暴虐の限りを尽くす。魔族も人間も関係なく、全てから全てを奪う事を目的としている。
その力は圧倒的で、一度敵意を向けられれば、二度と陽の光を浴びることは出来ないと言われている。また、己に刃向かうものには容赦せず、躊躇いもなく殺すという。
しかしそんな魔神を、人為的に呼び出すことが出来るらしい。それが先程魔王が見せた「堕天」という禁忌の魔術だ。
膨大な魔力と、贄となる生物を糧としてその思念体と一体化する。依り代となった存在の意識は消え、無関心に殺戮を繰り返す死の機械人形が完成する。
なぜ魔族がそんな方法を知っていたのかは疑問が残るが、今それを考えている場合ではない。アルマ様は殺され、恐らく私達も······この世界の人々も殺されてしまう。
かと言ってどうすることも出来ない。立ち向かっても歯が立たないし、死ぬのが少し早まるだけだ。
そこまで考え、私は全身から力を抜く。周りのみんなも諦めた表情で、もうすぐ訪れるであろう死を待った。
「アルマ様······最後にもう一度、あなたと語らいたかった······」
そう呟いた私へ、堕天使が死の一撃を放った───
今日は2話投稿です。
23時過ぎにもう1話投稿します。




