燻る闘志
「なるほど······そんなことがあったのか······」
「まあ、痛み分けってとこですね」
そう笑いながらも、ロダンの顔は痛々しく苦痛に歪んでいる。今も左腕から滴り落ちている血が、その痛みを如実に表していた。
四肢を切断される経験などない俺は、彼が今感じている苦しみを想像することすら出来ない。そして、俺達が気まずい雰囲気の中黙りこくっていると······。
不意に視線を感じ、そちらに顔をむける。すると俺達を射殺さんとばかりに睨んでくるノアと目が合う。とりあえずとどめを刺しておこう、と思いながら俺は左手を彼らに向けた。
「煉獄······」
そこまで唱えた瞬間、俺達と奴等の間に漆黒の大鎌が突き刺さった。詠唱をやめ、何事かと鎌の飛んできた方を見る。他の三人もつられてそちらの方へ目を向けると、そこには浮遊魔法で宙に浮いている人物がいた。
そのままゆっくりと降下してきて、地面に着くと傍に刺さっていた大鎌を抜き、そのままお辞儀をして自己紹介をしてくる。
「魔眷属最後の一人······冥王ギルヴァン」
そう言った瞬間、彼の纏う雰囲気が一変する。ごく普通の戦士のそれから、歴戦の猛者のそれへと。ぞくりという悪寒が俺の背中を走り、冷や汗が流れる。そして少し言葉に詰まりながらも、ロダンが聞いた。
「で······その冥王さんが······なんの用だよ」
「馬鹿二人を連れ戻しに来た」
「おいギルヴァン······誰が馬鹿だって?」
「今のは心外ですね。ノアはともかくとして」
「おい」
「相手の実力も、引き際も見極められない者を他にどう言えばいいと?」
「んだとてめぇ!」
そうして彼等は俺達がいることも忘れ、何故か戦場のど真ん中で口論を始める。その様子を見ながら、横にいたロダンが俺に耳打ちしてくる。
「アルマさん······今攻撃すれば倒せるのでは······?」
「······俺もそう思うよ」
そう言いながら、俺は彼等に気づかれないように静かに、絶命斬の体勢に入る。そして、無防備なその背中目がけて漆黒の斬撃を放った。
「セッ!」
斬撃はそのまま飛来し、隙だらけなギルヴァンに直撃すると思った瞬間、突然見えない壁にでも阻まれたように斬撃が失速し、やがて霧散した。
「なっ······」
「何が······」
その光景に俺達が絶句していると、こちらを振り向いたギルヴァンがぽつりと呟いた。
「残念だが、私には物理攻撃の一切が効かない。闘気や斬撃の類もな。無駄な努力というわけだな」
「······とんでもない規格外だな」
「流石に俺にはお手上げですね······」
ロダンの言う通り、彼ではギルヴァンには太刀打ちできないだろう。魔法もそれなりに使える俺ならともかく、剣技一辺倒のロダンには無理な注文だ。
俺がそこまで考えていると、ギルヴァンは他の二人に目を向け、退散する旨を伝えた。
いささか不本意そうな二人だったが、渋々と右手人差し指にはめられた赤い指輪を掲げると、目にも止まらぬ速さで自陣へと戻って行った。
彼等から追撃が来ないことを確認し、俺達も王様達と仲間の元へと走って戻った。
兵士達の横を通り抜けた時にちらっと様子を見ると、先の戦いでの傷は完全に癒え、再出撃の時を今か今かと待ちわびているようだった。熱気が高まっていく。
そうして王様に労いの言葉をかけられ、治療を受けながら王様に今後どうするのかという旨を聞いた。
王様曰く───。
「戦力を分散させて戦っても意味が無い。よって、残っている七千数百人の兵士、冒険者全員で総攻撃を仕掛ける」
との事だった。俺と同じパーティーのソフィーナ達は参加しないようだが、他のメンバーはほとんどがその攻撃に参加するようだった。
そして魔族達の方を見ると、向こうの魔王らしき人物も、兵士達に命令を下していく。その異様な盛り上がりを見るに、こちらと同じような命令なのだろう。
それを視界に収めながら、俺はソフィーナ達と一応認識の共有をしておいた。
「すぐに来るとは思わないが、次は恐らく魔眷属全員で攻めてくるだろう。その時は、皆も一緒に戦ってほしい」
「当たり前ですよ。パーティーなんですから」
「私の弓にどーんとおまかせください!」
「俺が敵大将の首を取るんだ!」
「けれど、油断は禁物ですね。お兄さま」
「もちろんだ。必ず······勝つぞ!」
「「「「おおー!」」」」
戦場に、朗らかな四人のかけ声が響いた。そして数分後······。
この人魔大戦において、最後の乱戦が始まった───。
今回少し短めで申し訳ありません...!




