二人の苦悩
「あと二十日か······」
俺は次元の狭間が開くまでの時間を確認し、玉座にもたれ掛かり溜息を吐いた。
あと二十日。
それが俺に······いや俺達に残された時間だ。この機会を逃がせばもう俺達魔族に未来はない。
《闇の大地》には人界にある太陽というものが存在しない。故に常に薄暗く、暗黒霧が漂っている。そのせいか作物は十分に育たないし、腹の飢えを満たすのがやっとである。
しかし幸運にも、魔族には暗黒霧を取り込み体の養分に変換できるという機能を持ってはいる。持ってはいるが、気休め程度にしかならない。そのせいでもちろん人口は増えず、ここ数十年で魔族は絶滅の危機に瀕している。
そもそも暗黒霧の濃度も薄くなってきている。当然だ。俺達の先祖が数千年に渡って吸収してきたのだ。今後数十年後には、完全に暗黒霧が無くなるという調査も出ている。
だからこそ、今回の作戦を成功させ、同胞が苦しまずに過ごせるような世界を掴み取らなければいけない。もう大切な人を失う悲しみを味わいたくないから。
「もう······誰も失いたくない······」
気がつくと俺は泣いていた。それに気づいて必死に涙を拭うが、止まることなく溢れ出してくる。そんな俺に、優しく声をかけてくれる人物がいた。
「陛下······泣いておられるのですか?」
「······フィル」
そう、フィルだ。俺に残った最後の希望。元幼馴染。
「······悪いな。こんなところを見せてしまって」
「······そんなことはございません。私はあなたのその他人を思いやる優しい心に惹かれたのです。だからこそ、今だけは好きなだけ泣いてもいいんですよ?······ガル君」
「······フィルっ······」
俺は彼女にもたれかかるように抱きついた。一瞬驚いたフィルだったが、すぐに優しく抱き締め返してくれる。微笑みを浮かべて、彼女はこう言った。
「あなたは昔から泣き虫でしたものね。でも、そこも含めて今のガル君があるんですよ?」
「フィル······姉ちゃんっ······!」
俺は自分の立場も忘れて彼女の胸で泣きじゃくっていた。小さい頃によくしていたように。そして彼女も、昔と変わらない温もりで俺を包んでくれた。
俺達は、そのまま暫くの間抱き合っていた───。
魔獣の洞窟を無事三十層まで攻略し、俺達はキャメルナ王国に帰還した。洞窟で入手した魔石を王様達に渡した後、城の個室で俺はベッドにうつ伏せで伏していた。
「············」
すると、部屋の扉が突然開き、誰かが入ってきた。
「アルマ様······大丈夫······か?」
ソフィーナだった。俺は不安そうな彼女に返事を返す。
「······ああ。ちょっとな」
「何か悩み事があるのか?私でよければ話してくれないか?」
そう言って彼女が俺のベッドに腰掛けてくる。ふと見たソフィーナの顔は、優しげで、どこか悲しさを纏っていた。
「······俺達さ。魔王討伐を目標にしてるだろ?」
「······ああ」
「それを終えたら······俺はどうすればいいんだろうって······」
「······っ」
「時々思うんだよ。俺はこの世界で······何のために生きれば良いのかなって」
「······」
そう。俺は時々、いやずっとその事を考えていた。この世界で生まれたみんなとは違う。俺は異世界人だ。仕事の為に生きることもなければ、もう友達と遊ぶこともない。
転生してその感覚が麻痺していたこともあって、段々と落ち着いてきた最近、そんなことをよく考えるようになった。
すると───。
「なら······私の、私達のために生きるのは······ダメか?」
「······え?」
「私達はもう立派な家族だ。奴隷なんて関係ない。王族なんて関係ない。身分なんて······異世界人かなんて関係ないんじゃない?」
「······ソフィーナ······」
「そうなのです。ご主人様」
「······ラミア······?」
「ご主人様は私のご主人様。それで十分ではないですか?」
「······そうかな」
「そうです。ええ、絶対そうです!」
「そうだぜ!アルマ様!俺はアルマ様に感謝してるんだ!」
「······レオ······」
「まだまだ色々と教えて貰うこともあるんだ!それなのに······酷いぜ?」
「······ははっ······そうだな······」
「私からも言わせてください。お兄様」
「ルゥ······」
「確かに私達は違う世界の人間かもしれない。けど、今こうしてここで生きている。そしてこれからも、一緒に生きていける。そうじゃないですか?」
「······」
「生きる理由がないというのなら、これから見つけませんか?もちろん、私達もお手伝いしますから」
「······ルゥ」
「全く、ルゥに全部言いたいこと言われちゃったね」
「ほんと。いいとこ取りだよね〜」
「姉ちゃんずるいぞ!」
「なっ······!私はただ······お兄様の力になればと······」
「みんな······」
ああ。俺はこんなにも皆に愛されていたんだな。······そうだ。ルゥの言う通りだ。生きる意味なんてこれから見つけていけばいい。たとえ見つからなくても、その時間は決して無駄じゃない。無駄にはならない。
俺はひとりでに流れていた涙を拭い、皆に向き直る。
「ソフィーナ。ラミア。レオ。ルゥ。これからも······俺についてきてくれるか?」
「はい。もちろんです」
「ご主人様について行きますよ」
「あったりまえだろー!」
「喜んでお供させていただきます」
皆がそう返してくれる。つい涙が溢れ、堪えきれなくなる。そうして泣きじゃくる俺を、皆が寄り添って慰めてくれた。
俺はこの世界に来て初めて、心から泣いた。泣くことが出来た。皆の温もりに包まれながら、俺はいつまでも泣いていた───。
一日投稿が遅れてしまって申し訳ありません...!
期待してくださっていた方にはここで謝っておきます。




