笑顔 【1500文字】
外に出た時、朝焼けが西にある雲を照らし、そのオレンジ色が空の青に映えてとても美しかった。
視界に地面が映り込むと一雨来たのか漆黒と化していた。
自分の頭の影を見つめ、大雑把に45度ぐらいの角度を探し、消えかけの虹を見つける。
雲が映えているため、あまり綺麗に見えなかったが、虹を見つけるとやはり嬉しい気持ちになる。
南側を見たため、次は北側も探す。
こちらの方が背景の雲が灰色で色彩が奇麗だった。
更には副虹も薄っすらと見れた。色が主虹とは並び順が逆の副虹。
色も薄く、あまりお目にかかれないのが残念だが、それを目にする機会が巡ってくると非常に満足した。
会社の休憩室に行くと珍しく先客が座っている。
いつも笑顔の西村さんがスマホの画面を真剣に覗いていた。
肩までの髪、凛々しい眉、今まで笑顔で気付かなかったが細い目。
失礼な感想だが、素の顔を初めて見ていつもほど可愛いとは思えなかった。
「おはよう、西村さん」
頭を勢いよく起こし細い目を見開きこちらを見つめる。
その笑顔は素晴らしかった。
口の端が上がるとわずかに遅れて目元が笑みを象った。
愛想笑いなどでは口元と目元は同時に笑顔を作るそうだ。
彼女はそういうことも研究しているのだろうか。
私に真の笑顔を示す理由がないため、すべての人に対してそうすると思われる。
その笑顔が自然なものだと心のどこかで祈っていた。
「馬場さん、おはようございます」
「今日は早いね。どうしたの?」
そう声を掛け、自販機のジュースを選びスマホをかざす。
甲高い電子音がなりジュースが出される。
「いえ、朝起きたら夕方で」
「夕方?」
「あ、朝焼けで夕方だと思って跳び起きました」
「あはは」
「でも太陽が東だったため朝だと分かったんですけど」
私はジュースをテーブルに置き、ソファーに腰を掛ける。
「時計を見たら普段より30分遅くて慌てて会社に来たんです」
「なるほど」
相槌を打ちながら、ジュースに口を付ける。
「実際は寝ぼけて1時間勘違いしていたため、30分早かったんですよ」
「そりゃ災難だったね」
彼女も置いていた飲み物を口に含み、こちらに質問する。
「馬場さんはいつもこの時間に?」
「そうだね。検査冶具が夕方だと順番待ちが酷くて無駄に残業が長引くからね」
「へぇ~」
「朝だと私ともう一人だけだからね、楽なんだ」
彼女はスマホに視線を落とし、それからこちらを向く。
「木下君ってどうしてるか知りませんか?」
ああ、それが本命の、訊きたかったことなんだろう。
木下君は彼女の恋人だったから。
「口止めされていたけどね。先週辞めたよ。皆には自分の口で伝えたいと言ってたから黙っていたけどね」
それを聞いた西村さんが目を瞑り、それからゆっくりと目を開け片方の口の端が上がった。
「あいつっ!!」
目が笑っていない。
糸目で半眼のようになっていてハイライトが映らない陰のある眼がまるでそこに木下君がいるかのように睨みつける。
あまりの迫力に思わず、腰が引けた。
ガタンッ
その拍子に腰掛けていたソファーから落ちてしまった。
「年かな、脚が絡まっちゃったよ。そろそろ仕事を始めるね」
照れ隠しの振りをして立ち上がるとテーブルのジュースを一気に喉へと流し込む。
自販機横の洗面台に氷を捨て、カップをゴミ箱のカップへ重ねる。
そして足早に逃げるように ―― いや逃げ出すんだ実際 ―― 歩を進めた。
心臓が早鐘を打ち始め、呼吸が乱れるのを止められない。
休憩室の扉から出る際、視界の端に映った西村さんはいつも通りの笑顔に戻っていた。
彼女たちの状況は分からない。知らない方がいいこともあろう。
あの笑顔を忘れるように仕事に没頭した。
今日つくづく思い知った。女性の笑顔は本当に怖いということを。