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第1話 カンナ初デート

 一段と寒くなった。

 昼間だというのに陽射しはなく、空は灰色の雲に覆われている。

 先程からちらちらと(みぞれ)のようなものも降ってきている。そのせいか辺りは真っ白な世界のようで美しささえ感じた。

 澄川(すみかわ)カンナの吐く息ももう真っ白だった。

 大陸側へ行く為の浪臥村(ろうがそん)の商船の甲板の手すりに肘を掛け、冬の海の景色を楽しんでいた。

 浪臥村の商人達が寒空の下、船の積荷の確認や帆の向きの調整などで忙しなく動き回っていた。

 カンナはその商人達の話し声を背中で聴いていた。

 ふと、商人でない者の気配がカンナの背後で止まった。


「こんな寒いところで何やってんだよ? 澄川。中入ったらいいだろ」


「せっかくの船旅ですから景色を楽しもうと思って。前回船に乗った時はそれどころじゃなかったから」


 カンナの隣りの手すりに今回の船旅の同行者である斑鳩爽(いかるがそう)は同じく肘を置いてカンナと同じ景色を見た。


「なんだよ。何も見えないじゃないか」


「海面が見えるじゃないですか!」


「……ま、まぁ、そりゃあ船に乗ってるからな。海面見てて楽しいのか?」


「はい」


 カンナは斑鳩が何故不思議そうに言うのか分からなかった。

 カンナは酷い船酔いになりやすい。だが今回は出発前に学園医師の御影臨美(みかげのぞみ)に相談したところ、予め船酔いに効くという薬を貰い飲んできた。そのお陰でびっくりする程調子が良い。故に普段は船酔いして楽しめない船からの風景の一つ一つがカンナにとっては新鮮で楽しいのだ。


「変わってるな。海面なら島にいる時いつも見るだろ。ま、お前らしくて嫌いじゃないけどな。そういうところ」


「あ、ありがとうございます」


 斑鳩の「嫌いじゃない」という答えに、カンナは気が効いた返事も返せずただ礼を述べた。

 その反応を見て斑鳩は笑っていた。カンナも連られて笑った。

 斑鳩がカンナの顔を見た。カンナは笑ってはいたがそれに気付くと思わず目を逸らしてしまった。

 まだ学園のある島を出て1時間。大陸側へ到着するのはあと1時間は掛かる。その間、ずっとカンナの心も身体も興奮状態にし続けるこの男と一緒にいるのだ。実際学園を出た時からずっと緊張状態が続いていた。だからカンナは1人甲板に出て潮風を浴びていたのだ。しかし、この男はカンナを追ってきた。カンナの身体は火照り真冬なのに暑かった。この霙の降りしきる天候がちょうど良く感じる。


「ほら、霙も結構降ってきたし、中に戻るぞ。お前こんなクソ寒いのにそんな脚出して、風邪引くぞ」


 斑鳩はカンナのショートパンツから無防備に露出させている生脚をチラリと見て言った。

 恥ずかしい、でも嬉しい。

 カンナの心の中は様々な感情が入り乱れていた。

 駄目だ、死んでしまうかもしれない。

 カンナはニヤけそうになる顔を必死に真顔にして船内に戻る斑鳩の後に続いた。

 霙はパラパラと宙を舞い、やがて雪になった。


 カンナと斑鳩が2人きりで島を出た理由、それは学園からの任務ではない。訓練でもない。完全なプライベートなのである。

 学園での大きな抗争が集結し、宴が開かれた時、意中の人斑鳩からまさかのデートの誘いがあったのだ。実際斑鳩はデートだとは思っていないかもしれない。しかし、カンナにとっては斑鳩に誘われ、しかも2人きりで誰にも邪魔されない島外への外出。デートだと思われてなかったとしても嬉しい事だった。

 カンナは恋愛経験は皆無である。学園に来てからは男子生徒にも声を掛けられるようになり、蔦浜祥悟(つたはましょうご)という男からは愛の告白もされた。しかし、その告白は斑鳩への気持ちがあるからという理由で断ったのだった。本当は、心のどこかで男性との交際が怖いのではないかとも思っていた。正直斑鳩とこうして2人きりで出掛けるだけでも常に緊張してしまい心休まる時がない。やはり、学園で斉宮(いつき)つかさや後醍院茉里(ごだいいんまつり)達といた方が自分には合ってるのではないだろうか。つかさや茉里から感じるカンナへの愛情の方がまだ受け入れやすいとさえ思う。


 カンナは船内のロビーで斑鳩と肩を並べて椅子に座った。商船なので狭い広間のほかには乗組員の部屋が数部屋と船底に倉庫があるだけだ。このロビーにも3人の乗組員が窓から外の様子を見ながら仕事の話をしていた。


「飲むか? 温まるぞ」


 ふいに斑鳩がカンナへ缶の飲み物を手渡した。カンナは緊張でそれどころではなかったが、船内に戻る時に自販機で買っていたようだ。この船には電気が通っている。自販機は電気のない島にはないのであまり目にする機会はないものだ。


「ありがとうございます」


 カンナは斑鳩から缶を受け取った。冷え切ったカンナの手にはむしろ熱いくらいに感じた。

 ”あったかいカフェオレ”と書いてあった。

 カンナの大好物の飲み物である。

 カンナは斑鳩の顔を見た。


「どうした?」


 斑鳩は自分の分のブラックコーヒーを飲みながら言った。


「あ、いえ、別に……」


 偶然か。それともカンナの好きな物をリサーチしてくれていたのか。紳士だと学園内で評判の斑鳩なら有り得る。しかし、自分の為にわざわざそんな事してくれるだろうか。カンナはそんな事を考えながら貰った缶を開け口に運んだ。


祇堂(ぎどう)って街に有名なステーキの専門店があってな、今日はそこに行こうと思うんだ。旨すぎてほっぺたが落ちるかもしれないぞ」


 斑鳩は白い歯を見せながら言った。


「祇堂……って、宝生(ほうしょう)将軍のお屋敷がある街ですよね?」


「ああ、そうか、澄川は一度行ってるんだよな」


 カンナは学園の解寧(かいねい)討伐任務で一度だけ島外に出て祇堂に立ち寄った。その時に帝都軍総司令官の宝生に会ったのだ。


「でも、祇堂自体はあまり見て回ってません。隣町の南燈徳(なんとうとく)は少しだけ見ましたけど」


「祇堂は宝生将軍が屋敷を構えるだけあって青幻(せいげん)対策の要衝なんだ。あまり楽しい雰囲気じゃないだろうから南燈徳の方がまだ雰囲気はいい。ま、そんな祁堂にも隠れた名店があるんだよ。今日は任務とか関係ないから楽しんでくれよ」


 斑鳩は大陸側の都市に詳しいのか得意げに教えてくれた。


「酒も美味いぞ」


「え? お酒? 私は……ノンアルコールで……えへへ」


 酒という言葉にカンナは学園を出る時に寮の同室の篁光希(たかむらみつき)に言われた事を思い出していた。光希の話によると、カンナは酒を飲むとすぐに服を脱いでしまうらしい。記憶はないが、いわゆる露出癖があるようだ。と言っても、もちろん普段そんな気持ちは微塵もないのだが……酒の力は恐ろしい。ましてや意中の人の前でいきなり服を脱いでしまったらとんだ失態である。


「なんだよ、この前は呑んでたじゃないか? まあ、大した量じゃなかったけど。禁酒始めたのか?」


 斑鳩は解せないと言った感じでカンナを見て言った。


「私悪酔いしちゃうみたいで……」


 カンナはなんとか誤魔化そうとしたが斑鳩は軽く頷きまたコーヒーを飲んだ。


「そうか、残念だ。俺はお前が悪酔いしても構わないんだがな。どうせ今日は祁堂に泊まるんだし。それに、こんな羽目を外せる機会めったにないんだからな。とは言っても、無理に呑む必要は無い。その分、肉を楽しむといい」


 斑鳩は残念そうに言ったが強要はしてこなかった。そこも、この男のいい所であるとカンナは思っている。

 一泊か……カンナは色々な妄想を今はかき消した。もしかしたら、もしかするかもしれない……

 そんな話をしているうちに船は大陸側の港町である鄭程港(ていていこう)に到着した。



 商人達の荷物の搬出と共にカンナと斑鳩は船から降りた。

 一度来たことがあるが相変わらず島の雰囲気と変わらない風景だ。

 これから行く祇堂も同じような感じだ。

 カンナと斑鳩は船の乗組員に礼を言うと明日の朝の帰りの乗船の約束をして徒歩で祇堂に向かい歩き始めた。今回は馬は連れてこなかった。鄭程港から祇堂まではさほど遠くはないのだ。

 相変わらず雪は降っている。しかし、先程よりかなり弱まっていた。傘も必要ないくらいだ。


「天気が良ければな」


 カンナの隣りを歩いている斑鳩が言った。


「でも、雪もまたいいですよ。冬って感じで……なんかロマンチックです」


「ロマンチックね。なるほどな。澄川もロマンチックとか思うんだな。俺はてっきり体術にしか興味無いのかと思った」


「そんな事は……ないと思います……」


 カンナは自信なさそうに人差し指で唇に触れた。正直自分が体術以外何に興味があるのか分からない。親友のつかさはプラモデル作成が趣味だと言っていたし、茉里はピアノが趣味だ。カンナには何もない。自分を鍛えている時が1番楽しい。篝気功掌(かがりきこうしょう)という武術を磨く時が1番楽しい、闘っている時が1番楽しい。これを趣味とは言えないだろう。女の子なのに闘う事が趣味というのはおかしいだろうか。


「斑鳩さんは何か趣味ってあるんですか?」


 カンナは斑鳩に話を振った。そういえばこの人の趣味も知らなかった。斑鳩の学園での体術や座学をする姿以外見た事がない。

 斑鳩は少し考えてからカンナの方を見た。


「俺も、体術だな」


「同じじゃないですか!」


 カンナは笑った。

 駄目だ、この人の事が益々好きになってしまった。趣味が同じだなんてこれはもしかすると、もしかするのかもしれない。

 カンナの頭の中は斑鳩で一杯になっていた。

 しかし────斑鳩は今、好きな人はいるのだろうか?

 学園を出る前、御影が言っていた。『女の子と2人きりで遠出するなんてその気がなければ絶対にしないわ。あの紳士の斑鳩君が女たらしだとは思えないから可能性は大いにあるわ。カンナちゃん! 女の武器を存分に使って誘惑しなさい! そうだわ、その脚よ! 生脚は隠しちゃ駄目よ! 斑鳩君が男の子である以上カンナちゃんの美脚は絶対に気になるはず! 寒いだろうけど、頑張って!』


 御影の言葉を思い出したら急に恥ずかしくなり、カンナは雪の降りしきる中場違いな生脚を指先で少し触れてみた。そうか、男の人ってこういうのが好きなんだ……。カンナは学園で唯一恋愛経験の豊富そうな御影の言う事を信じる事にした。


「なんだよ、澄川。やっぱりお前、脚寒いんじゃないか」


 カンナが脚を気にしているのに気付き、斑鳩が声を掛けてきた。


「ち、違います!! これは! その……!! ていうか、あんまり脚見ないでくださいよ!!」


「はいはい、悪かったな」


「ま、まぁ、私の脚になんか、興味ないでしょうけど……」


 カンナは少し斑鳩の反応を見てみたくなり意地悪な事を言ってみた。

 カンナは斑鳩の横顔をチラチラ横目で見ていると斑鳩は突然立ち止まった。


「おい、何か言い争ってる声が聴こえないか?」


 カンナが耳に意識を向けると確かに言い争いの声が聴こえる。言い争いと言うより、一方的に怒鳴っている感じだ。その声は、いつの間にか目の前まで来ていた祁堂の街の中から聴こえた。

 斑鳩は何の躊躇いもなく祇堂の街に入って行き、怒鳴り声のする方を探し歩いて行ってしまった。

 カンナは真っ白な溜息を付き、カンナをほっぽり出して行ってしまった斑鳩の後を追った。


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