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異形の巫女  作者: ぺんぎん
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 階段も二階も、例外なく、病的で、執拗に、寸分の狂いもなく、完璧に、全面が黄色く塗りたくられている。二階には三枚のドアがあり、中央のドアは閉じられているが、わずかな隙間から光が漏れている。

「どうする?」

「あそこに人がいるのは確実ですね……あそこから攻めますか?」

 浅野は半分以上冗談で言ったつもりだった。

「そうだね、それが良い。不安の目をあらかじめ摘んでおくのは悪くない。僕らは彼らと同じ格好をしている。すぐにはバレないだろうし、うまくいけば情報を聞き出せるはずだよ」

 そう言って、彼はフードを深くかぶる。浅野もそれにならった。彼女も八坂の突飛とも取れるような行動に対して、一定の信頼を置くようになっていた。

 八坂は深呼吸をして、そのドアをノックした。

「おう、入っていいぞ」

 中からやけに気さくな男の声が帰ってきた。ふたりは一度顔を見合わせ、意を決してドアを開く。

 部屋の中心で、黄色いローブを着た男が何か書物をしている。この部屋は宿直室のような内装で、今もそうであるように、頻繁に使用されているらしく生活感がある。男は顔を挙げないまま何かを書いている。

「もうメシは食ったのか? 俺の分も持ってきてくれよ」

「後でな――」

 そう言いながら、八坂は男の後方に回る。そこには本棚があり、そこに並べられた本を眺める。

「――それより出入り口のパスワードって何番だっけ?」

 あまりに直球の質問である。当然、書物をしていた男の手が止まる。

「あん? なんで知らないんだ?」

「あ、あのっ、私たち新入りで!」

 怪訝そうな男の声を受け、慌てて浅野が弁明する。弁明とは言っても、それはあまりに苦しい嘘である。

「新入り、ねえ」

「だからその……外に出られなくてこんな時間に……」

「はあ……新入りなんだから勉強くらいしろ。そんなことでは主を迎えることはできんぞ。資料室に手引があるからそれを見て考えるんだな――ぐあっ」

 後頭部を八坂に殴られた男は、さらに机で頭を打って意識を失った。

「これは没収だな」

 八坂は男を拘束し、腰に持っていた拳銃を回収した。そして彼がさっきまで書いていたノートを見る。


「△月□日 巫女の寝顔は今日も愛おしい。朝食を取られる巫女は今日も物憂げである。気にかかることがあるのだろうか。しかしそんなお姿さえも美しい。巫女が「お花を摘みたい」とおっしゃるので同行した。巫女がどうしてもご入浴をされたいということで、大きな桶とお湯を調達した」


 先程まで男がこの文章を書いていたのかと思うと、八坂は少しめまいがした。他のページを見てみても、その内容に大きな違いはない。

「なんだこのノートは……」

 ノートの表紙には『巫女日誌』とある。

「なんですかそれ。巫女日誌?」

「ゴミだよ」

 八坂はそれを放り投げ、本棚に目を移す。先程は特に何も見つけられなかったが、何らかの手がかりになるものはあるように思えた。

「これなんてどうですか?」

 浅野が本棚から抜き出したのは、一冊の大学ノートだった。ぺらぺらとめくってみると、それは備忘録的に書かれた日記のようなものであるとわかった。

「私、本を読むの実はすごく早いんですよ」

 そう言いながら、彼女は尋常ではない速さでページをめくっていく。八坂は驚きのまま彼女の目の動きを見ていると、彼女の目は上下の移動ではなくほぼ斜めの移動であった。

「行じゃなくて面で読んでるんです……んん? ちょっとこれ見てもらえますか?」

 浅野が開いたページには「表記が異なるとはいえ、毎日彼の地の名を刻むというのは、やはり身が引き締まるような思いだ」とだけ書かれている。

「何のことかはわからないけれど、覚えておくか」

「そうですね」

「さて、資料室で勉強しろ、だったかな? 先輩の助言に従うとしようか」

  問題はその「資料室」がどこなのかわからない、ということである。

 廊下に出れば、そこにはあとふたつのドアがある。

「とりあえずこっちの部屋に行きませんか?」

 浅野が提案したのは、廊下のさらに奥の部屋である。そこに根拠などないだろうが、判断材料の全くない現状において、八坂にもそれを却下する理由はなかった。

 浅野の提案で開いたそのドアの先は、物置であった。

 部屋いっぱいに棚が並べられており、そこには大量のビンが並べられている。そこに入っているのは液体であったり、よくわからない物体であったりと様々だ。

「研究材料か?」

「全部割ってやりたいですね」

「やってしまうか?」

「危ない薬とかあったら嫌ですし、やめておきましょ?」

「それもそうだね」

 少し笑い、さっと棚を見て、この部屋がただの押し入れだということを確認して部屋を出た。

 残された部屋はひとつだ。その部屋が資料室であるのは確実である。

「少なくともここで得られる情報で、外に出られるってわけですよね?」

「そう信じたいね」

 その部屋も、やはり全体が黄色い。この部屋には棚と本棚があり、部屋の中央に閲覧用の机が準備されている。全体的に整頓が行き届いた部屋である。

「狂ったように黄色く塗っているのに、整頓はちゃんとできるんですよね」

「綺麗好きがいるんだろうね」

 八坂はすぐに本棚に並ぶ本に手を伸ばした。そこに並ぶ本は日本語で書かれているようだが、わけのわからないタイトルの本が並んでいる。その横で浅野は棚に並んでいる小物をあさっている。

「何か見つかったかい?」

「えっと、ビデオカメラがありました」

「こっちにはあからさまに怪しい本があったよ。妙に大切そうに保管してるんだ」

 お互いの手には、それぞれの収穫がある。

「どちらからいく?」

「そちらの本を読みましょう。映像はちょっと怖いので後回しです」

 うなずき、八坂は『我らが主』というタイトルの本を開く。その本にはいくつかのページに付箋が貼られていた。


「主に認められし者には主の面影が宿る」

「皮膚には鱗のようなものが浮かび上がり、四肢は人ならざるものへ変質する」 「主は彼の地、カルコサより来る」


 それぞれの付箋は、これらの文言を示している。

「これは……」

「映像を、見ましょう」

 浅野には確信めいた不安、このビデオは見ないほうが良いという予感が湧いてきていた。それでも見なければならないと、なぜかそう感じていた。

「待ってくれ、その前に、だ。浅野さん、一応聞いておくけれど、カルコサっていう言葉に聞き覚えは?」

「聞いたことないですね。外国の地名でしょうか?」

「うぅん……まあ、それも考えつつそれを見ようか」

 浅野の手にはハンディカメラがある。年代物だが、正常に動くようだ。ふたりはカメラの小さなモニターをのぞき込む。

 映像に映し出されたのは、薄暗い部屋だ。映像の中心で、ひとりの女性がローブを着た男たちに押さえつけられている。男たちの怒号と女性の悲鳴が響いている。その中で、ひとりの男が注射器のようなものを取り出した。暴れる女性の腕を押さえつけ、男はその細い腕に注射する。その瞬間、女性は獣のような悲鳴をあげ、体は大きくのけぞり、エビ反りになり、のたうち、さらにあばれ、そしてぴくりとも動かなくなった。

「またか……」

 おそらく撮影している人物であろう者の声が静かに聞こえてきた。

 一瞬映像が途切れ、新たな映像が流れ始めた。先程と同じような状況ではあるが、取り押さえられている女性にはどこか見覚えがあった。映像に釘付けになっているふたりは、それが誰なのかすぐには思い至らない。

 先程の女性と同様に、必死の抵抗も虚しく、男に注射される。獣のような悲鳴が響く。それは絶えることなく、延々と響いている。突如――女性の腕が膨らむように肥大化し、裂け、無数の触手のようなものへ変貌を遂げる。無数の触手は彼女を押さえつける男たちへと襲いかかり、ある者は叩き潰し、ある者は締め上げる。カメラの映像が突然大きくぶれ、そこで途切れた。

 映像は終わったが、ふたりは言葉も出せず、その場を動けないままでいた。あまりの映像に、思考が現実に追いつかずにいた。

「ここの連中は――」

 八坂は声を絞り出す。

「――ここの連中は何をしようとしているんだ」

 異常な映像であった。人体実験をしているということは、多々良のことを思えば明らかであったし、それ自体に驚きはなかった。しかしその内容が、その結果が、彼の想像を遥かに超えていたのだった。半信半疑であった浅野の言葉も、全面的に信じるほかなかった。

 それでも――それでもである。

「早くここを出よう。浅野さん、さっきの部屋で見たノートの内容を覚えているかい?」

「えっと……」

 八坂に呼ばれて、ようやく意識が現実に戻ってくる。こみ上げる吐き気を抑え絵、浅野は頭を回転させる。

「表記が異なるとはいえ……毎日、彼の地の名前を刻むのは……彼の地?」

「どう考えても、これだろう」

 彼が指すのは、先程見つけたどこの地名なのか定かではない、「カルコサ」という謎の地名である。

「じゃあ表記が異なるっていうのは、パスワード? だから数字に変換するってことですか?」

「そうだね。だからあの表でなんとかなるんじゃないかな?」

 彼が指差す先、そこには五十音表に数字が割り振られた紙が壁にはりつけられており、紙の下部には「入信者の手引」と書かれている。数字は各行と段にそれぞれ振られており、対応する数字ふたつで一文字を表すことができるようになっているのがわかる。

「やってることのわりに杜撰っていうか、なんていうか、アンバランスな組織ですね」

「こうやって捕まえていた人間が逃げるなんて想定してなかったんだろうね」

 そもそも牢屋からして杜撰である。

「で、とりあえずこのカルコサってのを数字に変換するとどうなる?」

「えっと……2、1、9、3、2、5、3、1、ですね」

「よしそれでいこう」

 もしこれで開かなかったら――夜が明け、新たにここにやってきた人物がドアを開いたときに出るしかない、八坂はそう腹をくくった。

 階下に降り、鉄のドアの前に立つ。そのドアの横にはパスワードを入力するためのデバイスがある。

「先に多々良さんを連れてくるか?」

「いえ、開かなかった時にぬか喜びになってしまいます。開くことを確認してからでいいと思います」

 映像を見ても、彼らの中において、彼女を助けるという意思は変わらなかった。

「じゃあ浅野さん、入力してくれるかな」

「はい」

 緊張した面持ちで、浅野がひとつずつキーを入力していく。最後の「1」を入力したところで、高い電子音と共に鉄のドアが開いた。外の新鮮な空気が流れ込んでくる。少し冷たい空気が肌をなで、生き返った心地になる。

「よし。じゃああの子を連れてこよう」

「そうですね」

 八坂にはにわかに不安があった。

 先程見た映像――そこに写っていたのは確かに多々良であった。八坂もそれに気づいている様子ではあったが、果たしてこのまま解放して良い人物であるかは不透明だと思われた。

 そんな浅野の不安を感じ取ったのか、八坂が口を開く。

「僕はあの子を助けて大丈夫だと思うよ」

 内心を見透かされたように思え、浅野の胸がはねた。

「どうしてそう思いますか?」

「うん。もし多々良さんがあの映像にあったようなことを自発的にやっているなら、今頃ここにはいないと思うんだよね」

 言いながらも歩みはあの部屋へ向かっている。八坂にとって彼女が「ふつう」の少女である、という認識は変わらないようだ。

「何にせよ、もう一度会って話すくらいは良いだろう。話した時間も短いし、話してわかることもあるかもしれない」

「まあ、それもそうですね」

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