死神さんと僕
死神さんの正体が分かったところで、僕の運命は変わらない。
僕の果たした使命が分かったところで、僕の運命は変わらない。
運命を受け入れてなお、僕は残り短い時間で何を知ろうというのだろう。
死神と話がしたいと願った瞬間、死神は目の前にいた。僕にはそれがわかっていたような気がする。願えば死神は現れる。これはとても不思議な感覚なのだけれど、僕にとって死神は他人のようでいて、他人ではなかった。死神は僕を死後の世界へと導く案内人なのだろうけど、死神と話している時、僕はあの場所で、焚き火の炎を見つめながら自分と向き合っている時と同じような精神状態になっていた。それが何を意味しているのか。自分の中でほぼ答えは出ているのだけど、それを確かめずにはいられなかった。
「こんにちわ、死神さん。身辺整理も済ませたので、僕は今、いつお迎えが来てもいい状態にいます。ただ、僕はあなたへの興味が尽きないのですよ。時間がくるまで僕の話相手になっていただけませんか?」
「・・・・・」
「死神さん、あなたは死神になる前は何だったのですか?」
「私はお前の世界で言う死神で間違いはない。それ以上でもそれ以下でもなく、そして、過去も未来もない。」
「まるでつい最近生まれたかのように聞こえますね。過去も未来もないということは、あなたの世界では時間という概念がないということでしょうか?」
「厳密には違うが、そう考えて差支えはない。」
「なぜあなたは僕と同じ姿をしているのですか?」
「人の数と同じだけ死神は存在する。」
「なるほど、あなたは僕であり、僕はあなたである。そう考えていいんでしょうか?」
「そう考えて差支えはない。」
「僕は生き急ぎすぎたと言いましたよね、使命を果たしてしまったと。それは僕にとってよかったことなんでしょうか?」
「お前がどう考えるか。それだけのことだ。」」
「正直、やっぱり僕が使命を果たしたというのが、どうにもピンとこないんです。死神さんは生き急いだと言いました。つまりそれは、僕が思いのほか早く使命を果たしてしまったということでしょう。本来ならもっと時間がかかっていたところを。それを僕自身が自覚できていないというところが、どうにも納得いかないんですよねぇ。」
「自覚できないのは当然だろう。お前はそれを当たり前だと思っているのだからな。だからこそ到達出来たとも言える。」
「僕は何を評価され、到達できたんでしょうか?」
「ひとつの事象をもって到達したということはありえないのだ。だからその質問に答えはない。」
死神の正体については、うまく言葉にはできないけど、なんとなく見当がついた。でもやっぱり僕がどのような使命を果たしたのか。そこが全くわからない。死神が言うには、僕はある領域に到達しているようなのだけど、僕はそれを当たり前だと思っているようだ。当たり前に思えているからこそ到達出来たとも言っていた。ということは、これは僕がどれだけ考えても答えには辿りつかないんじゃないのだろうか。それを知るには僕以外の、つまり客観的な意見を聞く必要があると思った。
「なるほど、僕がどれほど自分と向き合い考えたところで、その答えにたどり着くことはないようですね。」
「一つ言っておくが、それがわかったところで結果は変わらない。お前が死ぬことはもう決まっている。」
「その覚悟はもう出来ていますよ。死神さんが言ったように僕は死を克服したとまで言えるかはわかりませんが、死ぬことはそれほど怖くありません。そこにヒントがあるような気もするんですが、それはおいといて、ちょっと死神さん以外に話がしたい人がいます。」
僕はどんな人間だったのか、それを聞いてみたいと思ったときまっ先に浮かんだのは、僕に美味しいコーヒーの淹れ方から店の経営、そして人としてどう生きるかまでを教えてくれた、5年間お世話になった喫茶店のマスターだった。店をオープンした当初はことあるごとに相談にのってもらっていたのだけど、ある程度軌道にのってからはすっかりご無沙汰してしまっていた。そうだった、マスターにお別れを言いにいかないといけなかった。
その日の内に僕はマスターの店を訪れた。すっかり日は暮れて、郊外の住宅街の街頭の灯りにまぎれて、お店の看板がぼんやりと、その存在を主張するでもなくただ、そこに在る。僕はちょっと離れた場所から見るそのお店の控えめな佇まいが好きだった。窓から中の様子を伺うと、ちょうどマスターが看板をしまいに来る途中だったのか、窓越しに目があった。僕はちょっと照れくさくて、ちょこんと会釈すると、マスターははにかんだように笑って、親指でカウンター席の方を指した。
店内に入り、カウンター席の真ん中に座る。マスターはコーヒーを淹れ始めていた。
「ご無沙汰です、マスター。」
「おう」
マスターと話すのは久しぶりだ。
マスターはいつも僕を答えに導いてくれた。
だから、怖さ半分、楽しみ半分。