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死神さんとの対話  作者: コムギ
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こんにちは死神さん

一生懸命に生きてきた。

いつまで頑張ればいいんだろう。

そんなことを思ったとき、

僕の前にもう一人の僕が現れた。

でも、なんとなくね、

そうなることはわかっていたんだ。

「生き急ぎすぎたな。残念ながら、まもなく終了。Life is over ってやつだ。」


 突然そんなことを言われたら、普通の人はどんな反応をするのだろうか。

「ちょっと待ってもらうわけにはいきませんか?」

「そうですか、なんかほっとしました。」

「ふざけんな!勝手に俺の寿命を決めんじゃねぇ!」

「ところで、あんた誰?」


 きっとそれぞれにいろんな反応をするんだろう。大半の人は突然の死の宣告にみっともないくらいに取り乱すんだろうな。人にとって死とはこれ以上にないほどの絶望だ。でもなかにはあっさりと受け入れる人もいる。その差ってなんなんだろう・・・。ちなみに僕の反応はこうだった。


「まあ、せっかくなんで、時間がくるまで話をしませんか?あなた、死神ってやつですよね。」


 僕と死神との対話はそんな風に唐突に、でもあらかじめ決められていた事のように自然に、始まった。




 目の前に死神がいる。なぜかその事実を、僕はすんなりと受け入れた。いきなり自分の死を告げられた。というのに加え、骸骨の顔、真っ黒なローブ、干からびた手には大きな鎌が・・・なんてわかりやすいものはなく、その姿が僕そのものだった。それが何か抗いがたい説得力をもって、僕にこの非現実的な事実を信じさせたのだ。

 もうすぐ僕は死ぬ。分かった。それは受け入れよう。でも一つ気になるのは、死神の「生き急ぎすぎたな」という言葉だった。生き急ぎすぎた?僕の人生をもって生き急ぎすぎだなんて、あまりに不自然じゃないか。自慢じゃないが、僕がこの人生でそれほどに大きな事をなしたとは到底思えない。


「あの~死神さん、でよろしいでしょうか、いっぱい疑問はあるんですが、まず僕が生き急ぎすぎたというのは何をもってそうおっしゃるんですかねぇ」


「お前は今世の使命を果たしてしまった」


「人違いってことは、まあ、ないんでしょうね。でも僕はこう言っちゃなんですが、ただのしがない喫茶店のマスターです。大きく社会に貢献しているわけでもなく、正直税金も大して払ってません。僕なんかより成功をおさめ、社会に貢献している人はそれこそ星の数ほどいます。僕の使命ってそんなに小さな事だったんでしょうか。だったら、生き急ぎすぎたってのはちょっと違うような・・」


「社会における成功そのものには大して意味はない。」


「僕の使命ってなんだったんですか?僕はいったい何を成したんでしょうか。」


「何を成したかはお前が勝手に決めればいいことだ。お前の使命は到達することだった。」


「僕はどこに到達したんですか?」


「お前が今、いるところだ。」



 サービス精神は持ち合わせてはいないようだ。死神は最小限の言葉で僕の質問に答えている。なんなんだ、到達って。僕はずっとこの街に住んでいるし、旅行にもほとんどいかない。この街で生まれ、育ち、今もこの街に根を張って生きている。まあ、もうすぐ死ぬらしいけど。

 到達するもなにも、僕はどこにも行ってないじゃないか。僕が今いるところ?でも僕はこの街から動いていない。ってことは、場所ではないということか・・・?



「ところで死神さん、今世の使命を果たしたってことは、僕には来世があるということなりますよね?」


「そういうことになる。」


「じゃあ僕の来世はいつから・・いや、その前に僕はあとどれくらい生きるんですか?」


「正確な時間は言えないが、それほど長くはない。その時が来たら、自分で気づくだろう。」


「身辺整理する時間位はありますか?」


「それはお前次第だろう。」


「なるほど、ある程度の時間はあると思ってよさそうですね。ところで使命ってやつはみんなもってるものなんですか?」


「誰もが使命をもってこの世界に産まれてくる。」


「じゃあ、産まれてすぐに死んじゃう赤ちゃんとかいるじゃないですか、その赤ちゃんも使命を果たしたということですか?


「人は皆、使命をもって生まれ、使命を果たして死ぬ。」


「僕には、自分が使命を果たしたとはどうしても思えないんです。」


「お前は使命を果たした。」


「到達したと言いましたが、誰もがどこかに到達することが使命と考えていいのですか。」


「そうとは限らない。さっきお前が言ったように、産まれてすぐ死ぬ人もいる。産まれることが使命ということもあるということだ。」


「結構残酷なんですね。」


「それはお前の価値観だろう。私はそうは思わない。お前たちは永遠に人生を繰り返していくのだから。」


「なるほど、僕はもうすぐ死ぬので、きっとこのことは忘れてしまうんでしょうけど、そう言われると少し死ぬのが怖くなくなりますね。」


「お前はもうずいぶん前から死を克服していたはずだ。」


「・・・買いかぶりでしょう。やっぱり死ぬのは怖いですよ。今日はこのくらいにしておきます。また話せますよね?」


「お前が望めば、私はいつでもお前の目の前にいる。」



 死神と話をしたのはほんの数十分だったのに、ひどく疲れた。聞きたいことはまだまだあるのだけど、話しているうちにどんどん死に引き込まれるような気になる。正直、死神が言ったように死ぬことに対する恐怖心はあまりない。でも、死神と話すのがおもしろくて時間が惜しくなる。なんとなくだけど、死神と話せる時間も決まっているんじゃないかという気がした。

 

 最後にもう一度自分と向き合ってみようと思った。過去の自分を振り返り、現在の自分を見直し、未来の自分を想像する。いや、未来はないのだから現在までか。とにかく、自分と向き合うことで僕が果たした使命が見えてくるかもしれない。そんなことに意味があるのかわからないけれど、残り少ない人生でやりたいことはそれしかなかった。


 店の片付けをし、入口に閉店のお知らせを貼った。いつものキャンプ道具を車に積み、いつもの場所へ向かう。僕はことあるごとにこの場所に来て、焚き火の炎を見ながらひたすら自分と向き合ってきた。炎は一瞬として同じ形を保つことなく、見飽きることがない。

 過去を振り返る。幼い頃の僕。貧しい生活。両親の失踪。施設暮らし。悪さもいっぱいした。早く大人になりたかった。高校を中退して喫茶店で働き始めた。一生懸命に働いた。マスターはとてもいい人だった。優しくて、厳しい。5年働いた後、思い切って独立した。店は徐々にお客さんが増えていき、地域ではそこそこの繁盛店になった。常連さんの顔をひとりひとり思い浮かべる。みんないい人達だ。感謝の気持ちが止まらなくなる。焚き火の炎が頬を流れる涙を乾かし、そのあとをくっきりと残した。

 

 翌朝、従業員のA君に閉店することを知らせて、給料と退職金の入った封筒を渡した。それは僕の貯金の全てと言っていい金額だったので、A君は受け取ろうとはしなかったが、できれば店を引き継いで欲しい事を伝え、その運転資金にと押し付けるように渡したら、最後は何かを決意したような顔で受け取ってくれた。お店を始めて以来ずっと続けていた、近所の児童養護施設への援助も快く引き受けてくれた。


 ほぼ身辺整理が終わり、また死神と話がしたいという欲求が湧いてきた。と、同時に死神は目の前に現れた。


「こんにちわ。死神さん」



 








願った瞬間に現れた死神さん。

あなたはひょっとして・・・

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