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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
33.風向きを操る扇子〈ガアプ〉

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前編

 天気雨だ。店の前の通りは明るいのに、しとしとと雨が降っている。ただの通り雨であるのかどうか、今の私にはまだ分からない。けれど、それを判断する明確な基準がある。隣で気怠そうに寛ぐ我が主人──霊の反応である。

 霊はしばらくじっと前を見つめると、大きくため息を吐いた。直後、通りを人影が横切り始めた。番傘を差した女性の姿。乙女椿らしいその出立いでたちは、シルエットだけでも誰なのかがよく分かった。カランと、音を立てて、扉が開かれる。そしてぱたりと扉が閉まると同時に、客人の背丈はかなり縮んだ。

 こちらを見つめてくるのは上品な雰囲気の狐──百花魁だ。


「ごきげんよう、お時間はあるかしら」

「ない、と言いたいところだけど、そういうわけにはいかなさそうね」


 霊が素っ気無く応対する。百花魁はくすりと笑い、とことこと店へあがってきた。


「相変わらず、つれない御方ね」

「用件をどうぞ」


 隣にいる私がぞくっとしてしまうほど鋭い眼差しを霊は百花魁へと向ける。心底羨ましいところだが、百花魁の趣味ではないだろう。彼女は静かに受け流し、懐からあるものを取り出した。いつも手にしている雅な扇子である。

 霊の眼差しが途端に和らいだ。相変わらずモノには優しいらしい。それもそうだろう。あの扇子は霊が名前を付けた古物の一つであるのだから。


「この子の事でお願いがあるの」


 百花魁の言葉を聞き、霊はようやくきちんと応対する気になったらしい。立ち上がると同時に、私にそっと声をかけてきた。


「お水をお願い」

「……はい」


 その後、水を運んできてみれば、蘭花のテーブルに二人は座っていた。間にはあの扇子。名前はたしか──。


「〈ガアプ〉の事となると顔つきが変わるのね、霊様」


 そう、〈ガアプ〉だ。百花魁に軽く揶揄われても、霊は全く動じない。ただじっとテーブルの上に置かれた〈ガアプ〉を見つめていた。

 その傍に私が水を置くと、百花魁はそっと私の手に触れてきた。


「ねえ、幽ちゃん。あなたもここへお座りなさいな」

「百花姐さん」


 と、そこでようやく霊は口を開いた。


「お暇ではないのでしょう? さっさと用件を話してくださらない?」


 冷たいその言葉がむしろ心地よかったのだろうか。百花魁は満足げに目を細めると、私の手を放した。霊の機嫌が悪くなる前に、私はそっと後退していった。なんとなく居たたまれなさを感じつつ、そのままじっと二人を見守る事にした。


「〈ガアプ〉に喝を入れて欲しいの。前みたいにね」

「前みたいに、ってことは、またこちらの胃まで痛くなるような話し合いにでも参加するの?」

「あなたには関係なくてよ、霊様。でも、興味がおありなら、教えてさしあげてもいいわ。情報料をいただけるのなら」


 そう言ってさり気なく伸ばされた百花魁の狐の手を、霊もまたさり気なくかわした。


「無駄な詮索は私の悪い癖ね。いいわ、依頼はちゃんと引き受けましょう。ただし、引き受ける上で必要な情報っていうものもあるの。具体的に〈ガアプ〉の力をどのくらい強めて欲しいのか教えて。それに、相手は誰なのかも」

「ええ、そのくらいならば語りましょう。相手は白妙のお家よ。今後の事を巡って、とても大切な話し合いをしなくてはいけないの。効果は高められるだけ高めておいて欲しいわね。どうしても譲れないお話があるのよ」


 譲れない話。端で聞いていて、私はふと気になった。

 白妙の事は、知れるだけ知りたいところではある。先日の〈アスモデウス〉のことや、雛芥子のことなど、対立している事も含めて、彼らの動向はいつだって把握しておきたい。勿論、百花魁がそこまで話してくれるはずはない。それこそ、相応の情報料がいるのだろう。

 と、霊が〈ガアプ〉を手に取った。軽く扇いでから、彼女はそっと百花魁に訊ねた。


「いつもと変わらないように思えるわね。それでも強化して欲しいとなると、それなりに難しい話であるようね」

「内容も話さなくては駄目?」


 百花魁が静かに問うと、霊はじっとその目を見つめた。


「そこも話して貰えたら、より効果的に〈ガアプ〉を強化できるでしょうね。あなた次第よ、百花姐さん。言っておくけれど、情報料なんて一銭も払わないわ」

「お金なんて私はいらないのだけれどね」

「勿論、あなたが欲しがるものが何であれ、こちらが払う義理なんてない。さあ、どうするの、百花姐さん?」


 愛らしく問いかけながら、霊は〈ガアプ〉を扇いだ。その動きを百花魁は見つめると、何かに気づいて小さくため息を吐いた。


「やられた。私としたことが。あなたに〈ガアプ〉を使われてしまうなんて」


 ぽつりと呟く百花魁に、霊は愛らしく笑った。


「油断したわね、百花姐さん。でも、あなたらしくないわ。それだけ悩んでいるって事なのかしら」

「そうね、今の私は〈ガアプ〉にすら逆らえないみたい。白状いたしましょう」


 百花魁は狐耳を倒しながら頷いた。


「話というのは、雛芥子の事よ」


 途端に関心がそちらに向く。口を挟まぬよう自分の心を必死に抑えながら、私は静かに耳を傾けた。


「彼女はどうしているの?」


 霊が問うと、百花魁は静かに答えた。


「まだ生きているわ。座敷牢の中で弱々しく咲いている」

「弱々しく、ってことは、魔女の性は満たせていないのね」

「ええ、その代わりに人間らしい食事を与えているの。それで、体の健康は維持できるはずだから。でも、そうすれば心が駄目になっていく。特に、自分が何者であり、何が自分の性なのかを自覚してしまった魔女は、もう人間には戻れないのね。雛芥子は今も自由を求め続けている。二度とそれが叶わないのなら、生きていても仕方ないと食事を拒むようになってしまった。それでも、どうにか生かし続けてはいるけれど、心が完全に壊れてしまったら、難しくなってくるわね」

「それで、白妙のオキツネ様方はなんて?」

「どんな状態であれ、とにかくその血肉を七歩蛇に渡さないよう管理せよ、と」


 そこまで語り、百花魁は顔をしかめた。


「霊様、そろそろ〈ガアプ〉を使うのをお止しなさい」


 キッと睨まれて、霊は静かに従った。ぱたりと〈ガアプ〉を閉じると、ケースにしまってから、百花魁に言った。


「〈ガアプ〉の力は十分だと思うけれど」

「甘いわね、霊様。相手は白妙のお偉いさん方よ。神の一族を自称する妖を舐めない事ね。この私だっていつもならばこんなに影響を受けたりはしないもの。だから、もっと強い力が必要なの」

「……そう。では、お望みどおりにいたしましょうか」


 何か、寒気がする。そう思ったのも束の間、霊の眼差しがこちらに向いた。


「幽。おいで」


 やっぱり。そう思ったのだが、その手招きに逆らえない。おずおずと向かってみれば、ぎゅっと手を掴まれた。


「以前、引き受けた時は、お時間いただいたけれど」


 と、霊が百花魁に向かって言った。


「今回は幸い、いい素材があるからすぐに終わるわ。その代わり、〈ガアプ〉に少しだけ染みが出来てしまうかもしれないのだけど」

「ええ、構わないわ」


 平然とした様子で百花魁は頷いた。


銅色あかがねの梅の花とでも思っておきましょう」


 話が進んでいく。私の同意なく。


「ちょ、ちょっと、霊さん? 素材ってなんですか?」

「分かっているくせに。さあ、幽。少し早い晩御飯よ」


 そう言って、霊はポケットから何かを取り出した。ナイフだ。そんなものを隠し持っていたのかと驚く間もなく、霊はそのナイフで私の手を──。


「あっ──」


 激しい痛みと引き換えに、途轍もない快楽が広がっていく。お客さんの前──それも、百花魁の前で、とんでもない辱めを受けた気がする。だが、そんな屈辱など、今の私は感じることすら出来なかった。

 かくして私の血は採られ、〈ガアプ〉にぽとりと落とされた。これで本当に効果があるのだろうか。痛みと快楽の果てに放心状態となりながら、私はじっと様子を見守っていた。霊は〈ガアプ〉を再び広げてみせた。事前に断っていた通り、僅かな血痕がその絵柄をけがしてしまっていた。そして、霊が扇ごうとした時、百花魁がその手を止めた。


「二度は通用しないわよ」


 霊は大人しく〈ガアプ〉を渡した。


「言っておくけれど、百花姐さん。私には使えないからね。幽にも通用しないわ。この子は私の家来だから」

「ええ、分かっているわ。それに、試す必要はなさそうね。触れただけで分かる。〈ガアプ〉の力が高まっている。これなら、頭の固い実家の人たちとも対等に渡り合えそう」

「あ、あの、百さん」


 と、ここで、私はとうとう耐え切れずに問いかけた。


「百さんは雛芥子さんをどうしたいんですか?」


 そこにはある種の期待もあった。飛蝗の願いを受け止めた私の希望と彼女の選択が一致する事もあるのではないかと。だが、百花魁もそんな私の心を見透かしていたのだろう。彼女は私を遠ざけるように目を細め、やや冷たい声で答えた。


「私はただ死なせたくないだけよ。その理由は、彼女のためじゃない。せっかく手に入れた、美味しい蜜の採れる花を枯らしたくないだけ」


 突き放すようなその口調に、私は気圧されてしまった。

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