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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
30.愛されし者のメダイ〈フォルネウス〉

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中編

 真が店にやってきたのは、翌々日のことだった。

 指輪印章の〈ナベリウス〉の件が起こって以来、彼はたびたび七歩蛇の情報を曼珠沙華の人々に報告しているらしい。新しい時代を生きる乙女椿人の一員として、蛇ノ目の力を古びた信仰のためではなく、人間とそして魔も血を持つ全ての者たちが平和に暮らす世界のために使いたいというのが彼の気持ちであるという。

 この店に問題なく足を踏み入れられるのも、そんな彼だからこそだ。

 蘭花のテーブルへと通されて、真は目の前に置かれた二つのメダイを見比べる。〈ピュルサン〉を作った人物が憧れたというその目は、あっという間に二つのメダイの正体を見破ってみせた。


「よく……分かりました」


 しばらくしてそう告げた彼の表情は浮かないものだった。


「同じデザインのものに思えますが、こちらの方は──」


 と言って指差したのは、朝から預かった方のメダイだった。


「確かに不思議な力を感じますが、さほど問題があるように思えません。効果の内容も持ち主にとってプラスになるものですし、その影響力も微々たるもので、せいぜいちょっとご利益のあるお守りって程度なので、このまま持っていても大丈夫なはずです」

「そうですか。それは良かった」


 霊が静かに微笑むと、真は微笑み返す。けれど、すぐに表情を戻してもう片方のメダイを指さして言った。


「そして、こちらの〈フォルネウス〉君ですが……遺品といいましたね?」

「ええ。ご存知か分かりませんが、数年前に起きた事件の被害者のものです……吸血鬼が犯人だったんです」


 霊の説明を聞き、真は納得したように目を伏せた。


「なるほど。よく分かりました。だからなんですね。全く違う二人の人物の想いが入り混じっているんです。どうやら、その二人がこれを持っていた時に抱いていた念が込められているようで」

「二人、ですか」


 霊が繰り返すと、真は再び目を開けて、しっかりと頷いた。


「ええ、はい。ここからは、たった今、僕の目で見えた限りの事を口にするので、何か間違いがあったらごめんなさい」


 そう断ってから、彼は語りだした。


 かつて、このメダイはとある少女のものだった。その少女こそが夕という名前で、後に吸血鬼と思しき何者かに命を奪われることになるのだが、その運命の日までの彼女の日常は、愛に満ち溢れていたという。

 家族、友人、教師、先輩や後輩。関わる人々との間には、常に小さな灯のような明るさと温かさが生まれ、それゆえに彼女は多くの人々から好かれる生徒でもあった。彼女はまさしく愛されし者だった。

 そんな夕の制服の胸元──母校の校章が刺繍されている真下あたりには、いつもメダイが付けられていた。メダイ用ピンバッチに取りつけられているのは、彼女の名前とは少し印象の異なる水色のもの。分け隔てなく愛を振り撒く夕の想いが滲んでいったのだろう。メダイにもまた、いつの間にか零れ落ちた愛が宿っていた。

 彼女は満ち足りた者だった。けれど、その明るい日々は、ある時突然終わりを告げた。


 持ち主と死に別れたメダイには、すぐに新しい持ち主が出来た。その持ち主は青年で、彼こそが私の異母兄、雨だった。水色のメダイの新しい住処は、彼のポケットだった。普段はその暗くて温かな場所に押し込められ、時折、外へと呼び出される。彼はじっとメダイを見つめ、何も言わずに物思いに耽っていたという。


「雨さん……その方がどんな人物だったのか分かりませんが、時折、メダイを見つめながら一人で泣いていたようですね」


 まるでその光景を実際に目にした事があるように、真はそう言った。

 私は何も言わず、ただそっと俯いた。


 やがて彼は、メダイを隠し持ったまま、ひっそりと暮らし続けていた。彼にも友人はいたし、気にかけてくれる者もいた。けれど、彼の心は空っぽだった。笑いかけられて、笑い返してはいたけれど、そこには中身がなかったのだ。少なくとも彼自身はそう思っていた。そう思っているのだと、彼はメダイにひっそりと語り掛けていたらしい。

 空っぽの心は常に喉が渇くような不快感を彼にもたらし、どうにか潤したいと彼は藻掻き続けていた。それでも、彼の心が満たされる事はなかった。

 愛されたい。それが彼の願いだった。

 そして、時は流れ、雨は命を落とす。メダイは再び持ち主を失い、血だまりの中にどっぷりと浸された。再び拾い上げられた時には、メダイはもはやただのメダイではなくなっていた。


「愛に満ち足りて、愛を振り撒いてきた人物と、愛に枯渇し、ただひたすら愛を求め続けてきた人物。相反するこの二人の想いがメダイには今も残されているようです」


 真はそう言うと、少し考え込んでから続けた。


「ここからは僕の想像なんですが、たぶん〈フォルネウス〉君は寂しいんじゃないでしょうか。愛を分け与える力をアピールするために、自分と同じデザインのメダイに不思議な力を与えてしまったのではないかって。とはいえ、ただ構って欲しいだけなので、悪質性がないのだと思うんですよね」


 そう語る彼を、霊も私も惚けながら見つめていた。その沈黙が怖かったのだろう。真は慌てたように言った。


「ご、ごめんなさい。余計な解釈を入れてしまって。今の部分は、忘れてください」

「いえ。いいんですよ」


 霊は落ち着き払ってそう言った。


「とても参考になりました。ありがとう、真さん」


 にこりと微笑みかける霊に、真は少々照れた様子で頷いた。

 真が帰っていくと、霊は呟くように言った。


「全く羨ましい力ね。〈ピュルサン〉を作った人の気持ちが分かってしまうわ」


 そして、それぞれのメダイを片付けながら、さらに続けた。


「〈フォルネウス〉の意外な本心を知ってしまったわけだけれど、どうしようかしらね。毎日、おはようとおやすみの挨拶でもかけてあげようかしら」


 冗談めかして語るその様子を端から見つめつつも、私は何も言えないまま口を噤んでしまっていた。

 真の語った話が頭から離れなかった。


 雨。彼の事を思い出そうとすると、今も心が震えてしまう。何も分からないうちから明確な悪意を向けられ、命まで狙われた恐怖。そして、その恐怖から助かるためにこの手を血で染めた、生まれて初めての経験。あのことで私が罪に問われる事はないらしい。だが、だからと言って、罪悪感を一切覚えずに済むなんてことはない。やらなければ、霊ともども此方がやられていた。仕方のない事だった。そう思おうとしても、やはり、どうしても、私は割り切れない思いを抱えて苦しんでしまう。

 雨が、私の異母兄が、狂気に駆られてしまったのは嫉妬だった。そして、その嫉妬が何処から来たのかを思えば、私はやっぱり天を──父を許すことが出来なかった。


「まだ思い悩んでいるのね」


 黙り続けていると、霊がふとそう言った。沈んでいた心を浮かせようと顔を上げ、私の視線はそのまま霊の眼差しに縛られてしまった。彼女の目は真っ赤だった。その強い眼光に〈赤い花〉が早くも震えだす。霊はそんな私の内心を見透かしたかのように目を細めると、あっさり顔を背けてしまった。そのまま静かに歩みだし、店のカーテンを閉めていく。まだ閉店には早い。そう突っ込むことも出来ないまま固唾を飲んで見守るうちに、とうとう店の鍵まで閉められてしまった。

 くるりと振り返ると、霊は言った。


「思考が凝り固まってしまった時は、何も考えないのが一番よ」


 優しい声掛けに、私は震えながら答えた。


「ごめんなさい……でも……やめられなくて」


 すると、霊は音もなく近づいてきた。そして私の背後に回り込むと、耳元でそっと囁きかけてきた。


「そう。それじゃあ、何も考えられなくしてあげましょうか」


 その後の記憶は実に曖昧だ。早めの夕食をとったことだけは確かだが、どのようにして店を去ったのか、どうしても思い出せない。ただ、ふと気づくと私たちは地下にいた。地下の拘束椅子に座らされていて、身動きが取れない状態で目を見開きながら、この地下における絶対的存在である主人の顔をただただ見つめていた。

 怖い。痛い。次の瞬間には命まで刈り取られてしまうかもしれない恐怖に心がどっぷりと浸されていく。だが、そのピリッとした感覚こそが、私の心臓の糧となる。

 自分の血肉と共に、命も、尊厳も、全てを愛する霊に託しながら、私はただただ自分の身に起こる事だけに集中していた。

 やがて、蕾が花開くように、心も体も悦楽に対して素直に、開放的に、なってしまうと、私はもう何も考えられなくなってしまった。

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