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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
27.魔を操縦する青き指輪〈ロノウェ〉

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中編

 翌日、店は臨時休業となった。

 と言っても、暇になったわけではない。ベッドの上で朝食をたっぷりととった後で私たちは閉め切られた店内へと移動した。

 用意されたのはコンパクトの〈アロケル〉だ。そして、壁際に置かれた姿見の〈バラム〉のカバーを霊は開ける。速やかに準備は整い、霊が私の隣に立った。


「さあ、開けて」


 その指示に従ってコンパクトを開けると、途端に合わせ鏡は生まれる。そして、店に置かれた時計の鐘が鳴った時、鏡と鏡の間には光り輝く道が現れた。


「行きましょう」


 そう言って、霊は手を伸ばしてきた。そっと握ると、不安が少しだけこみ上げてきた。


「大丈夫なんでしょうか」


 思わず呟いてしまった私を、霊は軽く振り返る。


「どうして?」


 問い返されて、私は俯いた。


「それは……その……」


 思い返すのは昨日の事。戦力がもっといるとして霊が告げた内容は、私にとって少し気が乗らないものだった。

 姿見の〈バラム〉とコンパクトの〈アロケル〉で訪問できる先。霊の魔力で出来た精神世界──影の世界とも呼ばれるその場所に、メタモルフォセスは匿われている。もしかしたら共に戦う事になるかもしれない彼に予めこの危機を教えておく必要があるというのは納得できたのだが、もう一つの予定の方が気がかりだった。


 ──場合によっては夜蝶の力を借りるかもしれない。その前に、彼女を支配下に置かないと。


 夜蝶が捕らえられた日の事を、私は今もしっかり覚えている。

 屍蝋と呼ばれる不老不死の吸血鬼。そんな彼女を捕らえるのは骨が折れた。それこそ、〈ロノウェ〉の指輪が霊の手元になければ、不可能だったに違いない。そうしてどうにか捕らえた彼女だが、今も虎視眈々と霊の意識を乗っ取ろうとしている。


 度々、悪い夢を見てしまう。霊がいつの間に夜蝶に乗っ取られ、彼女の精神の方があの鳥かごに閉じ込められている夢だ。助ける力が私にはなく、偽物と分かっていながら霊の体を支配した夜蝶に抱かれるという恐ろしい夢。起きた時はいつも汗まみれで、霊の寝顔をじっと見てしまう。

 大丈夫だ。そんな事にはならない。どうにかして、そう思おうとしても、もしかしたら、という気持ちは消え切らない。

 だから、普段は意識していなかったけれど、私自身、なるべく夜蝶のことは忘れていたかったのかもしれない。共に鏡の向こうの世界へ踏み出すことが怖かった。


 そんな私を見つめ、霊は言った。


「怖ければ留守番をしていてもいいのよ」


 優しさの滲んだその言葉に、私は慌てて首を振った。


「いえ、それなら一緒に行きます」


 ぎゅっと手を握り、まっすぐ霊を見つめた。

 一人で行かせるなんて、もっての外だった。二人きりにして、霊が夜蝶に何かされたらと思うと気が気でない。そんな私の瞳を覗き込み、霊は薄っすらと笑った。


「おバカさんね。あなたに守ってもらうほど、私はか弱い吸血鬼じゃないわ」


 それでも、しっかりと手を握り返してくれた。その力強さに少しだけ気持ちが落ち着き、私もまた微笑みを返してから頷いた。


「行きましょう」


 そして、共に歩みだした。


 鏡を通じて霊の精神世界へと入り込むと、すぐに全ての感覚がぐにゃぐにゃと歪みはじめた。上下左右が曖昧で、天井と床は確かにあるはずだけれど、どこがどこに繋がっているのかが全く分からない。そんな世界を、霊は迷いなく歩いていく。手を繋いでいないと取り残されるだろう。そんな恐怖と酔ったような気持ち悪さを覚えてきた頃に、何処からともなく声がした。


「あれえ、霊様」


 ふわふわと上空から下りてきたのは、少年の姿をしたメタモルフォセスだった。目の前に降りる彼を見つめ、霊はいつもの表情のまま答えた。


「お迎えありがとう、太郎」


 メタモルフォセスが目の前に着地した瞬間、周囲の景色はがらりと変わった。ちなみに、太郎というのは霊が今勝手に決めた呼び名だ。メタ君でいいじゃん、と、かつては思っていたのだが、それも本名に近いからアウトらしい。

 ならばせめて、もっと可愛い、もしくはカッコいい名前を考えてあげようと提案するつもりだったのだけれど、今の今まですっかり忘れていた。ごめんね、メタ君。太郎で我慢しておくれ。

 しかし、当のメタモルフォセスは全然気にしていないようだ。自分が太郎であろうと、何であろうと、特に何の反応も示さず、ただ会話だけを続けるのだった。


「えへへ、元気です。それよりも、何か御用ですか? ウァサゴちゃんの居場所なら、すぐに分かりますよ。それとも、夜蝶様でしょうか」

「あなたに用があったのよ、金時」


 太郎も微妙だったか。私も真面目に考えてみよう。メタ君に相応しい、メタモルフォセスと被らないあだ名。金髪でウサ耳帽子が似合う可愛い少年によく似合うあだ名。ルイス、ラビィ、ピーター、ボニー。どれがいいかな。なんて思考が逸れ始める私の横で、メタモルフォセスはきょとんとした表情で霊を見つめた。


「僕に?」


 そんな彼に対し、霊は少しだけ表情を曇らせながら告げた。


「猟犬が再び、この町に現れたそうよ」


 その途端、メタモルフォセスの顔が青ざめた。よほど怖いのだろうとすぐに伝わった。無理もない。あの経緯を聞けば、納得も行く。そんな彼に視線を合わせ、霊は続けた。


「よくお聞きなさい。あなたを渡したりはしないわ。ただ、戦わなければならないかもしれない。だから、あなたにも覚悟しておいてほしいの。夜蝶の鳥かごまで案内して。彼女にも話をしておかないと」

「霊様……僕……」


 震えながらメタモルフォセスはどうにか声をひねり出し、そしてうんと首を振ってから今一度しっかりと霊を見つめた。


「分かりました。夜蝶様の場所まで案内します」


 直後、メタモルフォセスはすぐに姿を変えてしまった。ウサギの姿でぴょんぴょんと跳ねて、私たちを案内する。霊に手を繋がれて追いかける事しばし、見覚えのある鳥かごは急に現れたかのように突然見えてきた。

 間近まで来ると、メタモルフォセスはウサギの姿のまま鳥かごの前まで近づき、その場で跳ね始めた。その物音に、鳥かごの中にいた夜蝶が振り返る。そして、私たちの姿を確認すると、気怠そうにそのまま背中を向けてしまった。


「夜蝶」


 やや力強く、霊はその名を呼んだ。


「話がある。あなたに外の空気を吸わせてあげたいの」

「回りくどいな。私の力を搾取したいのだろう」

「人聞きが悪いわね。でも、その通りよ」


 霊が素直に認めたことが意外だったのだろう。夜蝶は少し振り返ると、しばらく黙ってから問いかけてきた。


「自信がないのか」


 煽るような問いかけだった。

 どうやらここから外での話を聞いていたらしい。


「相手はただの人狼なのだろう。マテリアルとの力は互角。我ら屍蝋ほどの存在でないお前たちであろうと倒せぬ相手ではない」

「あなたなら分かっているでしょう、夜蝶。私は強いわけじゃない。生き延びる手段を磨いて、強いふりをして生き延びているだけ。あなたを捕らえて手に入れたことだって大きな成果であるくらいなの。必ず勝てるとは限らない」

「それで私の力が欲しいのか。わざわざこうして足を運び、締め付けに来てまで。言っておくが、ただの脅しで私を好きには出来ない。ただまあ、それ相応の褒美があるというのなら、考えてやらないこともないがね」


 その眼差しが私へと向く。直後、ぞわぞわした感覚が首元にまとわりついてきた。気味が悪い。まるで自分が彼女に血を吸われたいと思っているかのようで、怖かった。


「夜蝶」


 と、この空気を斬るように霊がその名を唱えた。


「あなたの主人は私なの。私が来いと命じれば、あなたは来ることになる。戦えと言えば、戦う事になる。そして、影に戻るように命じれば、戻るようになる。その関係を思い出させてあげるために私はここに来た。いいわね、夜蝶。あなたは私の隷属。その事を忘れることは許さないわ」


 けれど、その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。

 それから程なくして、外の世界へと戻って来てみれば、時刻はすでに夕方だった。影の世界を行き来するのはそれだけ体力を使うのだろう。それに、夜蝶とのやり取りは、精神的な負担も大きかったらしい。霊は殆ど会話もないまま私の血を求めてきた。

 店を去り、畳間へと移動した後も、霊の様子は殆ど変わらなかった。私の血は彼女の癒しになっているだろうか。痛みと疲労と快楽で、意識が遠ざかりつつある中で、私はただただそう思っていた。


 やがて、霊の方が先に疲れて眠ってしまうと、その寝顔を見つめながら、私は物思いに耽っていた。

 メタモルフォセスはあれから一切喋らなかった。ウサギの姿のまま見せた表情は、今思い返してみても怯えているように思えた。そんな彼を守りたい気持ちはあっても、霊は〈猟犬〉を警戒している。夜蝶の力は、やはり必要なのだろう。


 ──褒美があるというのなら。


 その顔を思い出した時、私の脳裏に〈アスタロト〉の頁が蘇ってきた。魔女の修行の一環で調べたあらゆる魔術の応用。その一つにあったのが、蝶の魔術の応用だった。幻覚を生み出し、主に目晦ましをするための魔術だが、その仕組みは相手の精神への干渉となっている。そう、精神干渉できるのが蝶の魔術なのだ。これを改造した魔女がいた。彼女は人の夢に着目し、夢を見ている人の心に自分の意識を移した蝶を忍び込ませるという術を生み出した。その手法が、〈アスタロト〉に載っていたのだ。

 プシケという名前がつけられた透明な蝶。本の挿絵にあったその姿を思い出しながら、私はすっかり眠っている霊の頬に口づけをした。彼女の手を握って自らの胸に重ねさせ、踊り続けている〈赤い花〉に命じる。もしも夢を見ているのならば、プシケを送り込んで忍び込みたいと。

 すると、すぐさま瞼が重たくなり、私は夢の世界へと引きずり込まれていった。


 夢の世界で最初に目にしたのは、光り輝く蝶の姿だった。それが、プシケだと分かるより前から、追いかけなくてはという思いがこみ上げ、暗闇の世界の中でその蝶を追った。蝶は七色に光り輝きながら飛び続け、やがて、見覚えのある景色へと誘ってくれた。間違いなく、霊の影の世界だった。本にあった通りならば、ここを好きに移動できる。そう言われていた通り、蝶はひらひらと飛び続けた。迷いなく向かったその先にあったのが、鳥かご。こちらから声をかけるより前から、中にいる彼女──夜蝶は私を見つめていた。


「相応しい褒美ねぇ」


 その言葉に、私は俯いてしまった。本当にこれで良かったのだろうか。一瞬だけ後悔しかけたが、もう遅い。蛇に睨まれた蛙のように体が動かなかった。それならもう腹を括るしかないだろう。私はまっすぐ顔を上げ、夜蝶に言った。


「お願いです。霊さんに力を貸してください」


 答える代わりに夜蝶は片手をあげる。静かに手招きされると、引きずられるように体が前へと向かった。無駄な抵抗はせず、力に身を任せていると、いつの間にか私の体は鳥かごの中に入っていた。夢だからだろうか。どうやって入ったのかは分からない。ただ逃げ場のない狭い場所で夜蝶と密着することになり、身が竦んでしまった。

 そんな私の肩を掴むと、夜蝶は静かに言った。


「対価次第だよ」


 直後、強い力に体を抑え込まれた。

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