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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
25.透明になってしまうケープ〈グラシャラボラス〉

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中編

 翌日、日が昇る少し前に目覚めた私は心の中で何度も自問自答していた。

 昨晩は結局、まともに話し合いもせずに夕食に付き合わされてしまった。感情を静かに滾らせる霊の眼差しはいつだってぞっとする。それだけに、常に従属を求める魔女の性は刺激され、痛みと苦しみ、そして精神的恐怖に晒されながら捕食されてしまえば、自我なんて保てなかった。

 けれど、食事中はそうであっても、欲が満たされてお腹いっぱいになれば、まだ人間らしさを取り戻すことは出来た。おかげで、私は霊の横にいながらも悩むことが出来たのだ。今日をどのように過ごすのかという事を。

 隣で霊はまだ眠っている。その横で、私はこれまでにないような選択をしようとしていた。それは、勝手に家を抜け出すということでもあった。


 ──〈グラシャラボラス〉を探さないと。


 それは、最初の吸血が終わった後の事だった。本格的な食事をする前に、霊は〈グラシャラボラス〉を何処かへ持っていった。恐らく倉庫だろうけれど、一応、何処に持っていったのかを訊ねてみたが、軽くはぐらかされて終わりだった。

 はぐらかされたという事は、倉庫ではないかもしれない。考えながら私はそっとベッドから下りた。霊はまだ起きていない。

 寝巻の胸元をぎゅっと掴み、床に落ちたままの下着を慎重に拾って、静かに履いて、そのまま外に出ると、音を立てないように扉を閉めて、小さく息を吐いた。


 もしも探すなら、あまり時間をかけてはいけない。何処にあるのか分からなくとも、私は魔女である。性を満たしたばかりの今なら、いつもは出来ない事が出来るはず。〈アスタロト〉はかつて教えてくれた。熟練の魔女は蛍の光の魔術〈明星〉を使って、探し物をすることが出来たらしい。

 その噂が本当ならば、私だって。


 ──蛍の光の魔術〈明星〉……。


 静かに唱えると、いつか目にした小さな光が私の指先からふわりと浮いた。意思を持つように浮かぶその光に、私は心の中で訴えた。


 ──お願いがあるの。〈グラシャラボラス〉を……透明な存在になってしまうというケープを探して。


 すると、私の呼び出した〈明星〉は、まるで蛍のようにふわふわと動き始めた。向かう先は階段。そこから下りるつもりらしい。やっぱり倉庫ではないらしい。納得して、足音を立てないように慎重についていった。

 階段を降りた後も〈明星〉は迷いなく進んでいく。そして辿り着いたのは、地下へと続く扉だった。鍵は、かかっていない。

 迷いなく中へ入り、そのまま下りていくと、その先には、何度かお世話になった事のある拷問器具がずらりとそろった地下室がある。その中央。手枷や足枷のついたベッドの上に、〈グラシャラボラス〉は置かれていた。その前まで来ると、〈明星〉は役目を終え、姿をふっと消してしまった。ひとり残された私は、呼ばれるように〈グラシャラボラス〉へと近づいていった。


 手を伸ばそうとしたその時、ベッドの向こう側に置かれたものと目が合った。アイアンメイデンだ。これまで何度か使ったことのあるそれ。無機質なその表情に、いつもにはない威圧感を覚えてしまい、戸惑ってしまった。

 ふと我に返り、耳を澄ませる。足音や気配はない。霊はまだ気づいていない。気づかれることなく、ここまでたどり着いてしまった。となると、罪悪感よりも使命感のようなものが勝り、私はとうとう〈グラシャラボラス〉を手に取った。


 広げてみながら、私はこのケープの生みの親であるボタンの言っていた内容を反芻した。頼りすぎてはいけない。その言葉を噛みしめ、抱き寄せる。

 透明な姿ではなく、透明な存在になれるというこのケープ。この力があれば、私はまた行けるのではないだろうか。無花果の屋敷に今もいるはずのあの人物のもとへ。

 それは、ここしばらく私が抱えていたもどかしさでもあった。


 あの場所に飛蝗の言っていた人らしき魔女がいる。霊もその事情は把握している。だが、知ってしまったからこそ、彼女は私がこれ以上、首を突っ込もうとすることに眉を顰めたのだ。

 彼女はあそこで守られている。百花魁が関わっているのならば、あれ以上、悪いようにはされないだろう。霊はそう言って、私に忠告したのだ。


 ──この事は、もう忘れなさい。


 でも、忘れられなかった。

 本当ならば、霊の思いを受け取って、その通りにした方がいいのかもしれない。だが、それなら、飛蝗との約束はどうなってしまうのだろうか。

 いや、きっと、それだけではない。私自身もまた納得したかったのかもしれない。あの場所にいる人物について、もっと知りたかった。同じ心臓を宿す同胞として、何故そこにいるのか。それに納得しているのか。ちゃんと聞いておきたかったのだ。

 この気持ちはどうしても解消出来なかった。忘れなさいと言う、愛する人の言葉すら、無力だった。


 ──ごめんなさい、霊さん。


 これは酷い裏切りなのかもしれない。それでも私は、自分を止められなかった。


 ──〈グラシャラボラス〉……力を貸して。


 袖を通してみると、不思議なほどにピッタリだった。フードを被ってみても、大きすぎず、小さすぎずといったところだ。ボタンの話と〈ピュルサン〉の査定が確かならば、今の私は透明になってしまっているはず。だが、それを自分で確かめることは出来なかった。鏡にはケープを着た私の姿が映っていたからだ。それでも、私は信用した。なんたって、霊が名前をつけたような代物なのだから。


「行かなきゃ」


 酷く緊張をしながら、私は階段を上っていった。時刻はまだ早朝。霊はやはり起きていない。その事に安堵しながら、私はそのまま店の方へと向かった。この辺りで既にじわじわと心細さが顔を覗かせてきたが、足取りはしっかりしていた。場所はちゃんと覚えている。一人でも大丈夫。問題があるとすれば、ちゃんと帰れるかどうか。


 ──大丈夫。私は魔女だから。


 自分に言い聞かせながら、長い廊下を抜けて、店に入ってすぐに探したのは何処にでも繋がる鍵〈マルティム〉だった。いつもと同じ場所に〈マルティム〉は保管されている。それをぎゅっと握りしめ、私は店の玄関へと近づいていった。

 思い浮かべるのは、あの人物がいた場所だ。無花果と思しき彼女が閉じ込められていた場所。その場所を何度も思い浮かべながら、私は〈マルティム〉を店の玄関扉の鍵穴へと差し込んだ。鍵は開き、扉は開く。その先に広がるのは、店の前の通りなどではない。


 向こう側の景色が違う事を確認してから、私はその先へと進んだ。〈マルティム〉を抜いて扉を閉めると、急に辺りが暗くなった。目が慣れるまでじっとしてから、改めて辿り着いた部屋を見渡した。間違いない。そこは、無花果の屋敷の中で見た座敷牢の中だった。奥では寄りかかりながら小窓の外を見る女性がいる。彼女だ。

 すぐに声をかけようとしたが、緊張と恐怖でうまく声が出なかった。この際だから、恐れをなくす煙管〈イポス〉にも頼るべきだっただろうか。そんな後悔をしていると、女性の方が口を開いた。


「ああ、今、香りがした」


 そう言って、彼女はこちらを見つめてきた。


「逆に言うと、香りがしなければ気づかなかった。どんな不思議な術を使ったのか知らないけれど、あんた、随分と危なっかしい真似をするんだね」


 前に見た時よりもやつれているような気がした。

 私は〈グラシャラボラス〉と〈マルティム〉を握りしめたまま、今度は勇気を出して近づいていった。格子扉の鍵は、幸いなことに私の知る解錠の術で開ける事が出来た。すぐに中へと入り込み、私は彼女に訊ねた。


「雛芥子さんですよね?」

「前も言っただろう。忘れちまったよ」

「ご自分の名前を忘れていたとしても、飛蝗さんの事は覚えていらっしゃるんですよね?」


 問いかけると彼女は眉を顰めた。


「あんた、飛蝗の坊やのなんだって?」

「知合いです。そして……遺言を託されて」

「遺言」


 彼女は呟くように繰り返すと、しばらく黙って空を見つめた。


「そうか。あいつ死んだのか」


 淡々と言うと、彼女は私から視線を逸らし、再び外を眺め始めた。

 小さな、本当に小さな窓だ。顔を出すことすら出来ないほどに小さい。外からは彼女がそこにいる事なんて分からないだろう。それでも、光は見える。何かが通れば見ることが出来る。そういう窓だった。


「あなたが雛芥子さんであることを前提に申し出ます。あなたを助けに来ました。私と一緒にここを出ましょう」

「出て……どうするんだい?」

「前の生活に戻るんです。何なら、曼殊沙華のお家が味方してくれるかもしれない」

「ふうん。曼殊沙華ね。なるほど、あんたはそこの派閥の者か」

「派閥?」


 問い返すと、彼女は再びこちらに視線を向けた。

 見つめる先にあるのは、私が身に着けている〈グラシャラボラス〉と、手に持っている〈マルティム〉だった。


「なるほど、少し分かった。あんた、あの吸血鬼女の使いか。胡散臭い古物を管理させられているマテリアル。名前は何だったかな……哀……だったっけ。違った気もするな」


 哀。その名を知っている。そういえば、かなり長く生きていると言っていただろうか。息を飲みながら、私は話を変えようと問いかけた。


「ここから出たくはないんですか? 見たところ、外を恋しがっているように見えますが」

「恋しいさ」


 彼女は言った。


「アタシはね、常に自由に飢えているんだ。だから、何処の派閥にも入らずに過ごしていた。曼殊沙華と言ったね。そこの鬼たちとはうまくやっていたよ。他の吸血鬼の名家ともね。だが、白妙。あのキツネ共とはうまく行かなかった。奴ら、アタシの生き方が気に食わなかったようでね。蛇神だか七歩蛇だか知らないけれど、つまりはアタシがしくじって、蛇にやられ、心臓を悪用されるのを怖がったのさ。ねえ、あんた、アタシがどうして捕まったのか、もう分かるかい? 誰が飛蝗の坊やのお家に依頼してまでアタシを捕まえさせたのだか、あんたには分かったかい?」


 問いかけられて、私は答えに詰まった。

 白妙。その名を出されて動揺してしまったのだ。つまり、白妙が関わった結果だというのだろうか。独自の判断でこの町を守ろうとすると霊は言っていたけれど、その結果として、花売りの力まで頼って彼女を捕まえさせたと。

 そんな事、あるのだろうか。しかし、そうだと思えば、合点がいくところがある。百花魁は白妙の者だ。彼女が間に入ったとなれば、無花果にねだったとすれば、繋がる部分がたくさんある。

 困惑する私に、彼女はさらに追い打ちをかけてきた。


「ここでアタシを連れ去れば、あんたはあのキツネ共を敵に回すことになる。それでも、アタシを連れ出すことができるのかい?」


 即答が、出来なかった。ここまで来る勇気は確かにあったのに。

 そんな私の様子に呆れたのか、彼女は大きく溜息を吐いた。だが、すぐに視線を壁の向こうへと向けると、私をそっと手招いてきた。


「おいで。悪い事は言わない。少しの間、アタシの陰に隠れなさいな」


 言われるままに従うと、すぐに布団をかぶせられた。程なくして扉の小窓が開けられる音が聞こえてきた。


「おはよう、雛芥子。気分はいかが?」


 柔らかな声で問いかけてきたその人物。顔は見えずとも声で分かった。百花魁だ。確かに雛芥子と言った。やはりこの人で間違いないのだ。雛芥子は質問に答えなかった。ただ溜息を吐いただけだ。その態度に、百花魁もまた溜息を吐いた。


「あまり宜しくないようね。無理もないわ。このままではお前を枯らしてしまうと分かっているの。でも、今はこうするしかない。どうか恨まないで」

「話はそれだけかい?」


 ようやく雛芥子が口を開く。と同時に、布団の中に彼女の手が入ってきた。握るよう言われている気がしてそっと握ると、途端に私の脳裏に声が聞こえてきた。


(落ち着いて聞くんだよ)


 雛芥子の声だ。魔術であることがすぐに分かった。確かこれは螽斯きりぎりすの魔術の一つだったはず。そう思ったところで、耳からは声が聞こえてきた。


「それだけじゃないってお前がよく分かっているでしょう」


 百花魁だ。

 小窓を閉じ、外へと通ずる扉の鍵を開ける音が聞こえてきた。


(今からあの女狐は食事をする。その隙に、あんたは布団から抜け出して、あの扉から廊下に出るんだ。いいかい、その怪しげな鍵はまだ使っちゃだめだよ。廊下に出て、ちょうどいい別の扉を探しなさい)

(……でも)

(今はアタシの言う事に従いなさいな、見習い魔女ちゃん)


 そうこうしているうちに、扉は開かれた。

 雛芥子が布団から手を引っ込める。急に心細くなったところへ、追い打ちをかけるように近づいてくるのが百花魁の声だった。


「おやまあ、まだ鍵を開けるだけの力は残っていたのね。さすがにその体力では、外扉の鍵まで開けるのは無理だったようだけれど、侮れないわね。それにしても、今日は妙に花の香りが強い気がする」


 恐ろしい事を言われた気がして怯えたものの、雛芥子が透かさず答えた。


「それだけ空腹ってことじゃないのかい。さぁさ、とっとと腹を満たして、終わらせておくれよ」


 それから聞こえてきたのはもつれ合うような物音だった。勇気を振り絞って、私は布団から這い出した。〈グラシャラボラス〉も〈マルティム〉も手放さないように気を付けながらその場を離れていく。直視するのが怖かったものの、見てしまえばどうってことはなかった。〈グラシャラボラス〉の力は確かだ。雛芥子には認識されたから少し疑ってしまったが、百花魁の目は欺けたらしい。開けっ放しの格子扉をくぐっても、さらには施錠されていなかった外扉とやらを開けてみても、百花魁はとうとう私に気づかなかった。


 逃れるように廊下に出ると、途端に歯がゆさを感じてしまった。雛芥子も連れて行かなくては意味がないのに。けれど、これ以上、ここにいると尻尾が出てしまいそうでもあった。雛芥子の言うように、もう帰った方がいいかもしれない。

 無力感と共に自分に言い聞かせ、私はとぼとぼと廊下を歩き始めたのだった。

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