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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
24.名誉を回復する指輪印章〈ナベリウス〉

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中編

 翌日、オルゴールは無事に直った。

 私にはちっとも分からないが、霊が直ったというから直ったのだろう。寝不足の眼をどうにか擦って店を開いて待っていると、約束通りの時間に日溜が現れ、オルゴールを引き取ったが、彼女もまた安心しているようだったので、問題なかったのだろう。


 素晴らしい効果だ。だが、多用なんて出来ないという事を、私は身をもって知った。霊も恐らく同じであろう。〈ナベリウス〉を使う間、血はやはり足りなくて、何度か私の出番があった。ただの血では駄目らしく、〈赤い花〉が存分に満足した状態の血を霊は求めてきた。

 おかげでオルゴールが直った後には泥のように眠ってしまった。二階の寝室に戻るなんてことすら出来なかった。霊によれば何でも直せるそうだが、その度にこれでは日常生活に支障をきたすのは間違いない。

 閉店後、今回活躍した〈ナベリウス〉を今一度丁寧に磨いてケースにしまう霊に、私は声をかけた。


「すごかったですね、〈ナベリウス〉の力は。でも、そう何度も使うのは無理そうですね。あんまり頼ると命すら削られそうで……もしかして、それがランクAの原因でしょうか」


 しかし、霊は首を横に振った。


「いいえ。そこじゃないわ。〈ナベリウス〉のモノの名誉を回復する効果はそんなに危険視することじゃない。力を使うための反動についても命を蝕まれるわけじゃないからランクAとはならないわね」

「じゃあ、どうして?」

「問題は、この力を人や人に近しいものに使った場合に起きる。〈ナベリウス〉の力は絶大でね、かつて悪い事をして信用を失った人の名誉も回復できるのよ。かつてはもてはやされたけれど、今や時代遅れになった信仰や思想を武器にする人物が再び支持されるようになってしまったりするの」


 世を乱すほどの力があるからこそ、という事なのだろう。


「なるほど、では〈ナベリウス〉を悪用しようとする人がいるからなんですね?」

「そういう事。この町において、〈ナベリウス〉の事を知る者は意外と多いの。舞鶴にも、銀箔にも知られてしまっている。勿論、白妙にもね」


 いきなり不穏な話だ。これだけで慎重になる理由も分かってしまうというもの。


「一応、この件に関して白妙の事は気にしなくていい。かのキツネ様たちは、〈ナベリウス〉を管理すべきは鬼神の名に相応しい曼殊沙華の者たちであると考えているみたいだから。問題は舞鶴と銀箔ね。それぞれが自分たちに管理させてほしいと訴えてきたことがある。危険だからという事だけれど、どちらも裏がありそうで怖いわ。当然、お互いにそれを許さないって立場だから、面倒なことこの上ない。でも、この店から持ち出さなければ、どちらも手出しできないから、ランクAで移動に制限をかけているってわけ。便利だからもっと使いたいのに迷惑な話よね」


 舞鶴と言い、銀箔と言い、勝手なものだ。我が主人の頭を悩ませるなんて。


「そういうわけだから、〈ナベリウス〉ちゃん。また大人しく眠っていてね」


 優しくそういって、霊はケースをぱたりと閉めた。


「昨日はなかなかハードな一日だったから、今日は軽めに……って思ったのだけれど」


 霊はそう言って、私を見つめてきた。目は真っ赤に光っている。その視線をまともに見ただけで、昨日の事を思い出し、体が震えだした。


「昨日の今日だものね」


 くすりと笑って霊は手を差し伸べてきた。


「おいで。その心臓を満足させてあげる」


 その後、霊の約束通り、私の心臓は満たされた。

 きっと〈ナベリウス〉の影響で心と体が妙に火照っていたのだろう。その影響も長引きそうだと感じるくらい、霊も私も貪欲になっていた。けれど、さすがに私の体が限界を迎えるまでずっと続くわけではなく、二、三日も経てば食欲も魔女の性もいつも通りに戻っていた。

 あのまま一週間以上続いていたら、身が持たなかっただろう。どうやら命拾いしたらしい。そんな冗談が浮かぶくらいには冷静になっていた。


 いつも通りの日々が戻ってくれば、自然と日溜の件への関心も薄れていく。オルゴールは無事に直り、返されたのだから当然の話。そうであったのだが。


「……あ」


 それは、日溜にオルゴールを返してから五日ほど経った日の事だった。

 その日は店が休みで、散歩がてらに近くの雑貨屋に向かった帰りの小さな公園で、日溜の姿を見かけたのだ。ベンチに座り、本を読んでいた。だが、何か気配を察知したのだろうか。ふと顔をあげ、私と目が合ってしまった。会釈する彼女におずおずとお辞儀を返し、ふと私は好奇心をくすぐられた。

 私と同じ、〈赤い花〉を持つ人。今のところ母以外では、無花果の屋敷に囚われていた雛芥子らしき人物のことしか知らない。

 近寄っていくと、日溜も本をしまって立ち上がった。


「この間はお世話になりました」


 真っ先に頭を下げられ、私もまたとっさに頭を下げてしまった。


「い、いえ。その後、どうですか?」

「はい、きちんと効果があるようです。おかげで助かっています。私、魔女としては全くと言っていいほど頼りないので。真兄さんにも心配されてばかりで……」


 魔女。確かにそう言った。


「これでも勉強はしているんです。祖父の残した魔導書を参考にして。他の家族にとっては怪しいオカルト本みたいなんですが」

「日溜さん以外に魔女はいらっしゃらないんですね?」

「……そうみたいです。以前は又従姉に変わった人がいて、今思えば彼女も魔女だったと思うのですが、気づいたら音信不通になっていたらしくて」


 そう語る日溜の指には、指輪があった。あの指輪だ。霊の持つ〈ハウレス〉の指輪と同じもの。真と日溜の姉が恐らく近づくきっかけとなっただろう祖父の遺産。聖女の指輪と呼ばれるそれ。なるほど、持つべき人のもとに渡ったらしい。


「こんな形で同じ魔女と会えるとは思いませんでした」


 日溜は言った。


「気のせいでなければ……あなたも私と同じ……ですよね?」

「……はい」


 答えつつ、私は周囲をさり気なく警戒した。〈赤い花〉であることは明かさない方がいい。どうせ匂いで気づかれるのだとしても、迂闊に口に出さないことで防げることはある。


「良かった。前に魔女だという人に会ってみたことがあるんです。けれど、全く違う心臓をお持ちの方で、私が得意そうな虫の魔術のことはよくご存じじゃなかったらしくて。良かったら、練習に付き合っていただけないでしょうか」

「私で良ければ。教えられるほど上手くはありませんが……。実は、私も魔女として修行したのは、ほんの一年前なので」

「一年も早ければ十分ですよ」


 そう言って、日溜は微笑みを見せた。その名の良く似合う温かな笑みだ。同じ魔女で、同じ心臓を持っていても、私とは対極的な印象がある人だった。そんな彼女を見ていると、私はどこか安心感を覚えた。同じ魔女で、同じ見習い。そこに妙な居心地の良さを感じてしまったのだ。


「ちなみにどの辺りまで出来ましたか?」


 周りを窺いつつ、私は問いかけた。周囲に人は……いる。公園の外に蛇の目傘をさした人物がいた。傘。雨も降っていないのに。日傘だろうか。


「初心者向けだという蛍の光の練習をしています。ようやく『基本魔術一〇選』を終えたところなので」

「それは、なかなか順調ですね。どのくらい練習したんですか?」


 先ほど見つけた蛇の目傘の人物を注視しつつ、私は会話を続けた。女だろうか。こちらを向いているように思えるのだが、顔が良く見えなかった。


「そうですね、三か月くらいかな」

「三か月?」


 驚いて思わず日溜の方を見てしまった。


「ずいぶん早いですね。きっとすぐに追い越されちゃうかもな」


 何なら、もう追い越されていたりして。

 苦笑したその時、ふと日溜の背後へと視線が惹きつけられた。蛇の目傘だ。色は違うけれど、同じものに見える。雨も降っていないのに、偶然だろうか。


「多分、この指輪のお陰なんだと思います。嵌めているだけで魔力が満ちる気がするし」


 日溜の話を聞きつつ、私はさらにぐるりと周囲を窺った。視界に映るのは蛇の目傘。人張りや二張りではない。ざっと見ただけで、五人は確認できた。さり気なくこちらを窺っているようにも思える。そして最も不気味な事は、不自然すぎるのに、日溜がまるで気づいていないという事だった。


「日溜さん……そろそろ帰りませんか?」

「え?」

「お家まで送ります。すぐにここを離れましょう」


 日溜は私の言葉を受けて、やっと周囲を窺った。だが、私が気にしている異様さには疑問を抱いていないようだった。まさか見えてないのだろうかとも思ったが、そういうわけではないようだ。声を潜め、日溜は私に訊ねてきた。


「あの人たち……何か悪い人たちなんでしょうか?」

「それは分かりません。ただ、ちょっと異様だと思って」

「分かりました。あなたに従います」


 日溜の言葉に私はこくりと頷いて、共に歩みだした。いきなり走れば刺激してしまうだろう。そう思い、ゆっくりと歩く。気のせいであれば、彼らはここに止まるだろう。しかし、私たちが歩き出してみれば、彼らもゆっくりと移動をし始めた。


 やっぱりおかしい。私に用があるのか、日溜に用があるのか。或いは二人共なのか。いずれにせよ、関わって良さそうな雰囲気ではない。私たちは無言のまま先を急いだ。日溜を家まで送り届ければ、あとは自分一人でどうとでもなる……と信じたい。とにかく今は、彼女を安全な場所まで連れて行くことが最優先だった。

 幸いにも、彼らはすぐに襲ってきたりはしなかった。一定の距離を保ち、ついてきている。そんな彼らを引き連れて歩いているうちに、私は別の不安を感じ始めた。このまま家まで送り届けていいのだろうか。家の場所を知られてしまうのではないだろうか。


 そんな時だった。


「真兄さん」


 日溜の声に、私もはっとした。気づけば行く手には見覚えのある青年がいた。彼は私と日溜が一緒にいることに一瞬驚いた様子だったが、すぐに異変に気付いたらしく、じっと周りを見渡した。表情を変え、彼は言った。


「良くない状況ですね。一度、安全な場所に避難した方がよさそうです」

「ちょうど家に帰ろうとしていたところで」


 日溜がそう言うと、真は首を振った。


「いや、今すぐに君の家はまずい。まずはもっと安全な場所──幽さんが働いているあのお店に行った方がいいと思います」


 彼の言葉に、私はすぐさま頷いた。

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