表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
23.閃きを生む卓上ランプ〈アイム〉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/147

後編

 ──強盗団逮捕。


 その文字を朝刊の一面で見たのは、幻を捕獲してから数日後のことだった。

 あの後、幻を引き渡した先は警察ではなく曼殊沙華の家だった。霊と私の脅しを受けて、ぺらぺらと白状したわけだが、約束として守られたのはその命だけ。結局、彼の処遇は曼殊沙華の家が決める事となったのだった。

 とはいえ、これで霊の出番が終わるわけではない。寧ろ、これから先の事が重要だった。


 いつもなら、つい流し読みしてしまう新聞記事も、こうなると隅々まで読まずにはいられない。

 警察沙汰になっただけあり、これまでの魔物絡みの事件に比べて詳しく報道されているものだ。しかし、本当ならば重要であるだろう情報が抜けている。強盗団のメンバーが全て人狼であったことや、被害者が吸血鬼であったことだ。

 そんな事をありのままに書けば、魔を信じない人間は戸惑うだけだろう。それでも記事を読み終わってふと思ってしまうことは、もしも世の中が、当たり前に魔物の存在を認めていたとしたら、この事件の抜け落ちた情報もきちんと書かれていたのだろうかということだ。


 ──それはそれで迫害の危険を生むのだろうけれど。


 ちなみに、その記事の横には関連記事もあった。

 水仙がこの強盗団絡みの詐欺にあったという内容だった。


「おはよう、早いのね」


 と、そこへ霊が欠伸をしながら居間に現れた。


「ちっとも早くないですよ。霊さんが遅いんです」

「仕方ないじゃない。お目覚を頂こうと思ったのにワインボトルが勝手にいなくなっているのだもの。おかげでちっとも眠気が消えなくて」

「朝からワインなんてダメです。というか、寝室に持ち込んじゃダメですよ。あんまりひどいとお酒の棚に施錠の魔術をかけちゃいますよ?」

「あらあら、随分と手厳しい事を言うわね。……もしかして、ワインに嫉妬してる?」

「何を言って──」


 言い返そうとするも、音もなく接近してきた霊にぎゅっと抱きしめられてしまい、そのまま体が固まった。


「安心して。幽の血の味は高級ワインよりもずっと美味しいから」


 いい匂いがして心地よい。

 私は所詮、この人の奴隷だ。撫でまわされるとコロリと屈してしまう。そして、霊はただの主人ではない。

 私の心身が早くも苦痛と悦楽を求めてざわつき始めたところで、彼女はあっさりと身を離した。


「何の記事を読んでいたの?」


 急に真面目な声で言われ、私の方も慌てて気持ちを入れ替えた。


「あ……あの事件の記事でした。逮捕されたんですね。当たり前だけど、どこにも人狼なんて書かれていないみたい」

「そうね。そこが公に明かされることはないでしょう」

「……水仙さんの事も書かれているみたいです」

「なんて?」

「やっぱり詐欺にあったって書かれていますね」


 水仙の事情については、私も霊も簡潔にしか聞かされていない。それでも、一番大切なことは把握している。つまり、この事件の首謀者であったのか、なかったのかという事についてだ。

 結論を述べると、彼は新聞に書かれている通り悪徳商法の被害者だった。かねがね知り合いであったらしい幻に怪しい商品の購入を勧められ、それに手を出してしまったというのは落ち度なのかもしれない。しかし、それが盗品であったということを水仙は知らなかったのだと主張しているらしい。


「当然ですが、〈アイム〉の事についても書かれてはいませんね……」


 高額な品物を、としか書かれていない。


「良かった。そこはちゃんと処理されているのね」


 霊は言った。


「詳細は何も知らない方が水仙さんにとってもいいでしょうし」


 曼殊沙華の家の情報によれば、水仙は本当にただの人間であるらしい。幻が吸血鬼である事も、強盗団の正体も、恐らく知らないだろうとのこと。

 ただ水仙が非科学的とされる事を全く信じていないわけではないようだ。彼が〈アイム〉に手を出した理由は、やはりその効果にあったらしい。眉唾物だと冷静に判断できればよかったのだが、彼はそれだけ悩んでいたのだろう。


「高価とは書かれているようだけど、幻が提示した額はさほど高くなかったそうね。だから、手を出してしまったのでしょう。本心から信じていたかどうかはともかく、お守り代わりにしたかったのかもしれないわ」

「そう思うと……ちょっと気の毒ですね」


 私は作家じゃないからそのあたりの悩みがよく分からない。ただ、それだけ苦しんでいたのだろうということは何となく察することが出来た。

 作品もいくつか読んだことがあるだけに心苦しく思ってしまう。


「そうね、別に盗作したわけではないし、お守りやお祈りに縋る事くらいは誰だってするものでしょう。……そう思って、曼殊沙華のお家経由で彼宛てにファンを装ってお守りのポプリを贈ったの」

「ポプリってお店のあれですか?」


 確か、霊の古い知り合いの魔女が作ったという本物のお守り。

 霊は頷いてから言った。


「〈アイム〉ほど強力な力があるわけじゃない。それでも気休め程度にはなるでしょう。彼だってプロですもの。それで十分な後押しになると信じている」

「優しいですね、霊さん」


 そう言うと、霊は静かに微笑みを浮かべた。

 その笑みを見て、私はふと切なさを覚えた。

 出会った頃の彼女の面影がある。静かにそう思った。


 初めて会った時は、勿論、こんな関係ではなかった。

 私が彼女の同意なく主従の魔術を使うあの時まで、霊はこういう人物ではなかったように思う。私の魔術で本性が出たのか、歪められてしまったのか、その判別は難しい。

 だから私は時々怖くなってしまう。しかしそんな私の不安を一瞬にして摘み取るように霊は背後から抱き着いてきた。


「当然でしょう。私はいつだって優しいもの」


 その囁きに何故か心が躍ってしまう。魔女の性が、私の心臓が、朝食を欲しがって疼いている。だが、私はそれを隠しながら話を続けた。


「──それはそうと首謀者は誰だったんでしょうね」


 水仙ではないとなると、幻や人狼の強盗団が結託して起こしたのだろうかと疑われるが、幻も人狼たちもそれを否定している。

 幻については私たちも直接聞いた。八雲のもとに〈アイム〉があることを知っていたのは彼であるし、その〈アイム〉の効果や背景についても彼は良く知っていた。それでも自分が首謀者だったわけではないのだと。自分は指示されてやっただけだと。信じられるかどうかはともかく、彼の言い分はこうである。そして人狼たちの方もまた、依頼されて襲い、盗んだだけと証言しているらしい。

 しかし、その指示役については、誰一人として何も語らなかった。


「語らないなら、語らせるだけ。曼殊沙華の鬼神様たちはそう言っていたのだけどね」


 そう言って霊は溜息を吐いた。


 曼殊沙華のお家から電話があったのは昨晩の事だ。進展についての報告と、〈アイム〉についての確認。そして、その過程である事を伝えられたのだった。それは、幻に逃げられたということ。取り調べの途中で、忽然と姿を消したという。


「吸血鬼なんて神出鬼没で当然だって思われそうだけど、それでも鬼神と讃えられた歴史のある名家のお方々からたった一人で逃げ出すなんてこと、あの幻に出来るかしら。私はそうは思えない」

「じゃあ、今回の首謀者……もしくは協力者が?」

「恐らくそうね。幻が余計なことを喋る前に消してしまったのか、保護したのか、そこまでは分からないけれど」


 そうなるとかなり物騒な話だ。そもそもどうしてそこまでして〈アイム〉を盗み、水仙に渡したのかも不明なままである以上、不気味としか言いようがない。


「いったい誰なんでしょうか」

「そうね。こういう時に真っ先に疑われがちなのが、白妙しらたえのお家なのだけど」


 化け狐の名家──白妙。百花魁の生家であり、かつては豊穣の神の使いとして祀られていたこともあったというが、色々な意味で広い視野のもとでこの町の秩序を守るという主張のもと、霊の店の古物に間接的に手を出そうとしたこともあった。

 それ以外にも、度々古物の処遇を巡って曼殊沙華の者たちと対立することがある。そう思うと確かに疑わしいのだが……。


「だんまりなんでしたね」

「ええ、不気味なくらい。一応、手掛かりになりそうな情報として、百花姐さんが『白妙ではないでしょう。手口が彼ららしくないもの』と証言しているらしいけれど」


 やっていない証拠にはならないだろう。しかし、だからと言って白妙だと決まったわけではない。曼殊沙華の家と対立しがちなのは吸血鬼の名家である銀箔や舞鶴も同じだ。

 いずれも人間離れした証拠隠滅が出来るだろう。それだけに、いかに曼殊沙華の家といえども真実を探るのは困難であるようだった。

 何にせよ、真相は分からないままだが、〈アイム〉は戻ってきた。


「誰が何の目的で動いているにしろ、時が来るまで〈アイム〉を大事に保管しなくてはいけないのは確かね。合歓さんの娘が大人になるまでに解決してくれるといいのだけど」


 ランクはDで危険度は相当低い。それでもその力とは違うところで騒動を招いてしまった以上、八雲の家では預かり切れなくなってしまった。だから今、〈アイム〉は我が家の倉庫で静かに眠っている。


「うちの店は大丈夫なんでしょうか。前にトラブルがあって避難していたんでしたよね」

「そこは大丈夫。前と事情が変わったから。この店には強い守りがある。勿論、完璧とは言えないけれど、八雲の自宅よりは安全よ」

「そっか、なら安心ですね」


 ちなみに八雲の怪我もだいぶ治ってきたらしい。

 そこも心配だったのでホッとした。


「……それにしても」


 と、急に霊の手が私の頬を軽く撫でてきた。


「今回のあなた、魔術が安定していて良かったわ。蜘蛛の糸もしっかりしていたし、発動の時間も完璧。日頃の練習のお陰ね」

「え……ありがとうございます」


 真っすぐ褒められて、思わず照れてしまった。


「日頃ちゃんと魔女の性を満たしているお陰かもしれませんね」


 照れ隠しにそう言うと、耳元で霊は笑みを漏らし、色気のある溜息を吐いた。


「つまり私のお陰ってこと?」

「そ……そうなりますね」


 心臓が踊り狂っている。お預けにされている状態のまま、これ以上は壊れてしまいそうだ。そんな私の限界を肌で感じたのだろう。


「それなら」


 と、霊は私の首筋に軽く牙を当ててから、呟くように問いかけてきた。


「今からご褒美を頂こうかしら」


 その言葉に私は、頷くことしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ