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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
22.勇敢なる者の煙管〈イポス〉

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前編

 西の果てに存在するサンフラワー国の先住民たちに伝わる昔話にこんなものがある。

 その昔、白頭鷲を守護精霊だと信じているとある部族に神聖なる煙草が継承されていたらしい。その煙草は主に敵対部族と戦う戦士たちが吸うことを許されており、吸った者は誰であろうと勇ましさが沸き起こり、死すら恐れぬ狂戦士になるという。その伝説通り、その煙草を吸った戦士たちの戦いぶりは凄まじく、入植者たちの記録にもたびたび登場したらしい。

 やがて、彼らの噂は海を隔てた東側の国々にも伝わっていった。そして、ある人物の耳にも届いたのだった。ディエンテ・デ・レオン国に暮らすガンソという発明家だった。本名は不明で、性別の記述すらも曖昧だったらしいガンソだが、数々の書物と怪しげな発明品を遺したのだが、そのいずれにもガチョウの刻印が確認できるのだという。そして、そのガチョウの刻印のある発明品はいずれも曰くつきであるのだとか。


 さて、ここからは一般書籍ではなく何でも知っている古書〈アスタロト〉が教えてくれた話なのだが、やはりと言うべきかガンソは人間ではなかった。特別な心臓を持つ魔人で、その事が発明品の完成にも影響していたとかしないとか。

 結局のところ、ガンソの発明品がどのようにして未知の力を手に入れたのかは、はっきりとしない。ただ分かっていることは、ガンソの遺した発明品の一つが、遠い東の果ては乙女椿国の某所──我が主人である霊の店に流れ着いており、ランクCのなかなか役立つ古物として活用されているということだ。

 雁首にガチョウの刻印のあるその煙管は、サンフラワー国の昔話をもとにした通り、吸った者に恐怖心を忘れさせるという効果がある。さらにその効果の強さと時間は、刻み煙草の種類や量によって微調整できるという優れものだ。使用法をきちんと守れば大した害はないため、譲渡は出来ずとも霊以外の人物が使用することも許されている──のだが。


「つまり、私が使っても問題ないということだ」


 そう言ったのは、オッドアイの白猫である。

 月子。言葉を喋ることの出来る無花果氏の愛猫は、店のカウンターにちょこんと座り、蘭花のテーブルにつく霊と私をじっと睨みつけていた。

 体の大きさは全く違うというのに、まるで獅子にでも睨まれたような緊張感がそこにはあった。ちなみに隣に座り、後ろ足で首を掻いている短毛の黒猫は月子の友人であるヤヤ子であった。ヤヤ子の方はいかにも興味なさげといった様子で続けた。


「まあ、そういうわけだから、前向きに検討してほしいのよ。なあに、ちょっと吸わせるだけさ。へるもんじゃないし」


 猫に煙管を?

 様々な思考が駆け巡り、一瞬だけ宇宙に飛ばされたような気持ちになった。そんな私の横で霊がため息交じりに──恐らく断りの返答を口にしようとしたその時、口を挟んだのは私たちと同じく蘭花のテーブルに大人しく座っていた少女だった。


「ちょっと待った!」


 きりっとした表情で月子に手のひらを向けたのは、初めて会った時よりもちょっとだけ成長した玉美だった。


「それってつまり、煙管を吸うってこと? 猫が?」


 私たちが口にすることを躊躇ったその疑問を玉美はストレートにぶつけた。


 あ、ところで、お分かりいただけただろうか。

 玉美がのじゃロリでなくなったことに。


 子供の成長というものは早い。

 私にとって一年は勿論、半年だってあっという間のことなのだが、玉美のような少女にとっての月日は非常に長い。

 どうやらこれまでの彼女のアイデンティティの正体は、私にとってはついこの間に最終回を迎えたドラマの影響だったらしく、玉美にとっては今や懐かしいはるか昔のネタと化してしまったという。

 つまり、のじゃロリ卒業である。寂しい。


 さて、そんな話は置いといて、だ。


「つまり猫と間接キッスってこと?」


 そう言って、玉美は本当にそれでいいのかと問い質すように霊に視線を送った。霊はどこか呆れ気味に首をかしげたが、真っ先に返答したのは月子だった。


「これ、そこの鬼っ娘。私を誰と心得る? この私、今でこそ人間の愛猫という立場におさまっておるが血を辿ればかつてニンファエア国で神と崇められた──」

「と言っても、今はただの喋る猫でしょ? 猫と間接キッスはやっぱよくないって。どう考えても不衛生でしょ?」


 玉美の鋭いツッコミに、月子は毛を逆立てる。


「ぐぬぬ、なんと失礼な。これだから子供というものは。猫は猫でも誇り高い神の末裔との間接キッスぞ。光栄と思え」

「やだね。それに、神の末裔っていうのなら、ワタシだってそうだもんね」


 そう言って、玉美がちらつかせるのは、いつも持ち歩いている曼殊沙華の紋章つきの印籠である。それを見て、月子はあからさまに不機嫌そうな表情を見せた。


「神同士であるなら、尚更いいだろう間接キッスくらい」

「やだったら。どうしてもっていうのなら、ワタシの後にしてよ。先にワタシが借りるから、その後でどうぞ」

「私が後だと? 私を誰と心得る!」


 言い争う鬼の子と猫を、私はただただ見守っていた。月子の隣で寛ぐヤヤ子も退屈そうに欠伸をした。許されるならば、暇を持て余す者同士ヤヤ子を遊びたいところなのだが、そんな事をすれば、二人のヘイトを買ってしまうだろう。


 さてと、ここで情報を整理しよう。

 現在この二人が争っているのは、〈イポス〉を借りる順番であった。それぞれで、〈イポス〉の効果と噂を耳にし、たまたま同じ日の同じ時刻に頼ってきたというわけだ。それで、どちらが先かで小一時間ほど揉めている。

 優先度を決めるならば、それぞれの事情も考慮すべきだろう。


 まず、月子の事情だが、恋人のためだった。

 何でも、月子の恋人が散歩をしていた際、近所の大型犬に吠えられてしまったらしい。

 え、それだけ。と思ったのは私だけでないはずだ。だが、月子には十分すぎる理由だった。何なら、道具に頼らずとも殴り込みに行くくらいの気性の荒さが彼女にはある。問題はその相手だった。大型犬。それもマスティフとなれば、人間だってビビる。しかし、月子はそこで引けない猫だった。恐怖心を殺し、一発殴りに行きたい。殴らないと気が済まない、とのことだった。

 正直、月子自身が危ないから貸し出さない方がいいというのが何の権限も持たない私の判定である。


 次に、玉美の事情だが、こちらは習い事の発表会のためだった。何でも、玉美は琴を習っているそうなのだが、その先生が非常に厳しく怖い鬼の女性らしい。練習もろくにしていない以上、雷を落とされるのは不可避のイベントなので、それを受け流すために恐怖心を消し去りたいという願いだった。

 月子に比べれば平和的な背景ではあるが……それって煙管が必要な事なのだろうか。


 さあ、我が主人の霊の判断はいかに。

 言い争い続ける月子と玉美をじっと見つめながら、霊は冷ややかな声で告げた。


「どちらにも、お貸ししません」


 一瞬だけ、月子と玉美の時が止まる。しかし、ややあってから、ほぼ同時に霊に縋りついてきた。


「なんでなんで?」

「そうだ、なんでだ。私たちの何がいけないのだ?」


 なんでなにも、と私は思うのだが、霊は薄っすらとした微笑みを浮かべて答えた。


「まず、月子様。今回のお相手はマスティフでしたわね。〈イポス〉は身体能力をあげるわけではありません。恐怖心を忘れた体でマスティフに挑むのは、さすがに止めなくては私が無花果の旦那様に憎まれてしまいます。……そもそも、猫に煙管を使わせるなんて出来ません」

「くっ……猫差別だ……!」


 悔しそうに唸る月子だったが、隣でヤヤ子がそっと口にした。


「いや、私もやめた方がいいと思うぞ」


 同感です。ヤヤちゃん。


「次、玉美ちゃん。理由なんて語るまでもない。お国の法はさすがに犯せません。十年と少し後……つまり大人になってから出直してきなさい」

「うぐっ、しかし!」

「あまりしつこいと、お母さんに電話しちゃうわよ」


 霊の一言で玉美は大人しくなった。まあ、当然の結果か。

 さて、一刀両断した霊だが、そのままお帰り願うというわけではなかった。呆れ気味にではあるが、落ち込むふたりのお客を前に、霊は告げた。


「でも、せっかく来たのだし、代わりになるものを用意しましょうか。どちらも〈イポス〉に頼るまでもない。まずは月子様に」


 そう言いながら霊は立ち上がり、カウンターの奥にある戸棚の引き出しを開けた。そこにあるのは確か──。


「ちょっと待つのだ。それ、私のおやつ!」


 そう、ヤヤ子のおやつだ。

 月子は不審そうな顔で霊を見つめる。


「このおやつはね、ただのおやつじゃないの」


 霊は言った。


「猫の気持ちを異様なほどに考えられる研究者によって開発された特別なおやつ。ストレス解消の効果があるから、イライラした気持ちも鎮めてくれるのですって。ちなみに味のほどはヤヤちゃんが証明できるはずよ。美味しいのよね、ヤヤちゃん」

「そのとーり! もう、毎日でも食べたいくらい美味しくてな。だから、その、私のおやつ勝手にあげないで欲しいのだ!」

「ヤヤちゃんにもあげるから意地悪言わないの」


 尻尾をあげるヤヤ子を霊は軽く窘める。そのやり取りを見つめ、月子は眉間に皺を寄せながら呟くように言った。


「そんなに美味いのか。なら、食べてやらんこともないが……」


 不服そうだが、食べさせてしまえば解決ということなのだろう。おやつで機嫌を取るというのもなかなか強引な気もするのだが、霊がそれで問題ないと判断したのなら、私は口出しするつもりもない。

 ヤヤ子用に使っている小皿におやつを二匹分用意すると、ヤヤ子と月子は並んで競うように口をつけた。最初の方こそ月子はどこか困惑気味だったが、味が良かったのだろう。次第におやつに夢中になっていった。


「さて、ふたりが夢中になっている間に」


 霊はそう言うと、今度は違う棚へと近づいて行った。そこに置いてあるのは、占いやおまじない好きな学生に人気のアクセサリー類である。誰であっても心配なく売買できるそれらの商品は、霊と古くからの友人である魔女の手芸作家による商品らしい。それらのうちの一つ──愛らしいポプリを霊は手に取った。


「はい、玉美ちゃんはこれを持っていなさい」


 手渡された玉美は、月子と同じように眉をひそめた。


「もしかして、ワタシが子どもだからって揶揄っている?」

「勿論、揶揄ってなんかいないわ。ただ、〈イポス〉を使うまでもないってこと。これはね、集中力を高める効果があるの。駅や観光施設なんかに売ってあるお土産品よりもずっと効果があるんだから」

「本当に? ……っていうか、集中力って」

「とりあえず使ってみなさい。そして、ちゃんとお琴を練習するのよ」

「ええー」


 あからさまに嫌な顔をする玉美に対し、霊もまた軽く睨みつけた。


「嫌なら別にいいのよ。お母さんに電話するだけだから」

「くっ……卑怯な手を……」


 そう言いつつ、玉美は渡されたポプリを握りしめた。どうやら受け取ってくれるらしい。霊は安堵のため息を吐いてから言った。


「お金はいらないわ。その代わり、ポプリの効果があったらお友達に宣伝してちょうだい。いいわね?」

「はーい」


 実に子供らしい小生意気さのある返事をしつつ、玉美はポプリを鞄にしまった。ちょうどその時、月子とヤヤ子がおやつを食べ終わり、毛づくろいをし始めた。


「ごちそうさん」


 上機嫌で呟くヤヤ子の横で、月子は我に返ったように顔をあげ、バツの悪そうな表情で私と霊に視線を送ってきた。

 やがて、観念したように月子は言った。


「確かに気持ちが治まったような……気がする」


 どうやら〈イポス〉を貸し出さずに済むらしい。

 それから程なくして、玉美は琴の練習のために帰宅していった。ヤヤ子と月子の方は、おやつを食べたら眠くなったのか、霊が許すのをいいことにしばらくの間、店内で気ままに過ごしていた。

 だが、日が傾き始めたことに気づき、それぞれ慌てて起き上がった。そろそろ帰るらしい。猫のいる風景もいいなと思いかけていたのでちょっと寂しいが、仕方がない。

 店内に他の客がいないのを確認してから、ヤヤ子は人間の姿へと変わった。そして友人である月子を抱き上げると、共に私たちを見つめてきた。


「それじゃあ、寂しかろうがそろそろ帰るよ」

「またいつでもいらっしゃい」


 ヤヤ子に対して霊が軽くあしらうように告げる横で、私はふとその胸元に抱かれている月子に顔を近づけた。

 

「月子様」

「なんだ?」


 オッドアイに見つめられ、私は息を飲んだ。

 本当はただの別れの挨拶をするつもりだった。だが、彼女の姿を見ているうちに、ふと頭を過ったのだ。月子の飼い主である無花果氏に関することだ。収集家だという話だったが、〈赤い花〉に関する黒い噂もあることは聞いている。そこに関して、ずっと気になっていたことがあったのだ。

 飛蝗──〈モラクス〉の犠牲になった翅人青年の遺言のこと。私と同じ〈赤い花〉の雛芥子という女性に関することだ。その名前を聞いたことがないか。ただ、いざ問いかけようとした際に、私は隣に立つ霊のことを思い出した。霊はいまだあの話を知らない。私が話していないから当然だ。


 一瞬だけ迷った挙句、私は結局首を振ってしまった。


「ううん、何でもない。気を付けてね。ヤヤちゃんも」


 結局その時はそう言って見送ることしかできなかった。


 さて、ヤヤ子と月子が帰ってしばらく。

 時は過ぎ、閉店作業をしている最中の事、通りに面した窓のカーテンを閉めた直後に、血に飢えた我が主人が音もなく忍び寄ってきた。

 背後から抱きしめられ、痛みへのささやかな期待を覚えた矢先、冷たい囁きが耳朶をくすぐってきて、寒気がしてしまった。


「ねえ、幽。質問してもいい?」

「し、質問? なんですか?」

「さっき月子に何を訊ねようとしていたの?」


 やっぱりそのことだ。誤魔化すなんて選択肢はあるようでない。嘘なんてお見通しだろうし、今でさえも霊の指先が首筋に触れただけで思考が単純化されていく。

 それでも私は、素直に答えることにわずかながらの抵抗があった。わざと遠回りしたかったがために辿り着いた返答は逆に質問を投げかけることだった。


「霊さん……月子ちゃんの飼い主──無花果さんのことなんですが」


 すると思っていた通り、霊の手に力がこもった。警戒している。黙っていてもよく伝わってきた。


「その……珍しいものを集めている収集家なんでしたよね?」

「それがどうかしたの?」

「確か、〈赤い花〉の心臓を食べたっていう噂があるって……」


 けれど、そこからどう広げるべきか分からなくなってしまった。私はまだまだ甘い。機転が利かないことを痛感した。内心悔やみつつ口籠る私に、霊は追い打ちをかけるかのように囁いてきた。


「ええ、そうよ。だから、あのお家にこれ以上深く関わってはダメ」


 そして、私が何か返答するより先に、霊は食事を始めた。突如として待望の痛みを与えられ、私の口は言葉というものを忘れてしまった。愛する者に血を吸われる悦びで思考が乗っ取られ、身をゆだねることしか考えられなくなっていく。けれど、痛みによる快楽によって意識がドロドロに溶けていく中でも、私はぼんやりとした安堵を覚えていた。


 あれ以上、聞かれなくてよかった。


 雛芥子の事を話すのは簡単だ。話した方が寧ろ、手掛かりに繋がる可能性が広がるかもしれない。魔に関する人脈は私よりも圧倒的に霊の方が多いから当然だ。

 だが、同時に不安もあった。もしも、霊が雛芥子を救うことに同意してくれなかったとしたら。深入りを拒み、私にも追わないようにと命令して来たら。考えれば考えるほど私は怖かった。霊の命令に逆らえる自信がない。なぜなら、これはそういう魔術であるからだ。

 私は霊を主人に定めた。自分自身の魔力で実現した魔術だ。けれど、術者だろうとこの関係性に逆らうことは出来ない。不本意だろうと霊が本気で命令すれば、私は飛蝗との約束を果たせなくなってしまうかもしれない。その可能性がとにかく怖かったのだ。


 軽い吸血の後で、場所を移動して、畳間に敷かれた布団の上に寝かされると、食事の続きは始まった。あれっきり霊は何も話さなかった。そして私も同じだ。血を吸われる悦びが声になって漏れ出すのみ。それを霊が喜んでいるかどうかさえも、確認する余裕がない。

 触れ合っても、肌を重ねても、どこかぎこちないものを感じてしまうのは、やはり私が隠し事をしているからだろうか。

 だが、今はどうしようもなかった。

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