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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
20.正体を見抜く虫眼鏡〈ピュルサン〉

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中編

 幸いなことだが、夕食の際、私達はどちらも明日のことを考慮するだけの冷静さを辛うじて残していた。お陰で包帯だらけで外出する羽目にはならずに済んだし、貧血に悩まされることもなく朝の支度を終えることが出来た。

 霊もまた目覚めは良かったようで、何処となく上機嫌のままに着替えることが出来た。お客さんに醜態をさらす心配もないようだ。とても安心する。


「幽。出かける前にちょっといいかしら」

「あ、はい、なんでしょう」


 また心を読まれたのではないかという怯えを隠しつつ向き合うと、霊は穏やかな表情のまま私の顔をじっと見つめてきた。


「約束してほしいの。外では何があるか分からない。けれど、常に真さんが一緒であることを覚えておいて。彼にもあなたが魔女だって事は分かっているでしょうけれど、〈赤い花〉であることは悟られないように気を付けて欲しいの」

「……はい」


 真面目な口調におずおずと返事をする。だが、すぐに私は疑問を覚えた。


「あの、それって具体的にどうやって気を付けたらいいんですか?」

「そうね。単純に心掛けられそうなことといえば、何があっても彼の前では虫の魔術を使わない事かしら。いいえ、むしろ魔法を使わない事ね」

「なるほど……」


 納得したものの、少し心配だった。

 むしろ、最近の私は魔法を出来るだけ使うようにしている。そうすることで、霊の役に立てるような魔女に一歩でも近づくためだ。けれど、私の願いとは裏腹に、成長すればするほど私が〈赤い花〉であると悟られる可能性も高くなる。

 一方的に知られていることや、隠そうとしてもバレてしまうことがあるならばいっそ、と思ってしまうのも確かだが、当の主人がそれを望まないとあれば、私の判断は絞られる。


「分かりました。気を付けます」


 素直に肯くと、霊は心底ほっとしたような表情を見せた。


「それじゃあ、行きましょうか」


 全ての支度を終えると、私達は共に家を出た。

 外での仕事は久しぶりかもしれない。一緒に出掛けると思うと、デートみたいでドキドキする。けれど、今回は仕事だ。気を引き締めないと。そう思いつつも、小奇麗な格好で何でも防ぐ傘〈フルフル〉を手に歩く霊の姿は、初めて出会った日のように美しく、今更ながら見惚れてしまう。こんな人の隷属として日々可愛がられるなんて、私は相当恵まれている。

 幸せを噛みしめてしばらくして、真の待っている興信所にたどり着いた。昨日会った時と印象はほぼ変わらない。どこか弱々しげな姿は見ていて不安になるが、親しみやすいといえば親しみやすい。一方、彼のボスである所長はかなり対照的な人物だった。


「マテリアルの方と聞いていたが、こんなに美しい方だとは」


 霊を前に鼻の下を伸ばす彼は、いかにも好色漢といった感じだ。見た目こそただの人間のようにしか見えないが、そのオーラの色が赤色であることから魔物だと分かる。聞けば、彼もまたこの島国にわりと多い鬼の一種だという。


「助手は魔女さんか。曼殊沙華もいい伝手があるもンだね。この世にはもう人間しかいないんじゃないかってくらい魔のつく者に出会いづらいっていうのにサ。集まるところには集まるもンだね」


 がはがはと笑う所長の前で、真は少しだけ肩を竦める。恐らく、彼がここに来たこともまた、所長にとっては奇跡のようなものだったのだろう。

 だが、生憎、霊の方にはそうした雑談に乗る気は一切ないようだった。


「蛇ノ目の通用しない代物があると聞いて参りました。お力になれるかは分かりませんが、誠意は尽くします」


 柔らかではあるがせっつくようなその口調に、所長もまた咳払いをしつつ頷いた。


「ああ、よろしくお願いします。私のこの鬼の目が通用しないことは不思議ではないのですがね、蛇ノ目でも見えないとなるとね……」


 そう言いながら、彼はある棚の鍵を開け、風呂敷を取り出した。中から出てきたのは、指輪のケースだった。現れた瞬間、私は身構えてしまった。一見するとただのケースだ。しかし、何とも言えない禍々しさを感じるのは気のせいではないだろう。そういうものだとは聞いていないはずなのに、と、隣にいる霊の様子を窺うと、彼女もまた表情を殺してそのケースを凝視していた。

 所長がケースを開けると、中には異様に古びた指輪が収められていた。赤い石がはめ込まれているが、何の宝石なのかは分からない。ただ、その姿を見た瞬間、私はふと霊の手元と見比べてしまった。すぐに気づいたのだ。今日はしていないようだが、同じような見た目の指輪を、霊がたまにしていることを。


 〈ハウレス〉という名の赤い指輪。

 甚大な魔力を与えるというあれと、同じだ。


「これは……」


 言葉を探しながら呟く霊を前に、所長もまた意味深に頷いた。


「うん、曼殊沙華の方々にも見てもらったのですがね、あまり良いニオイはしないですね」


 複雑そうな表情の真と、よく分からないまま取り残される私を余所に、所長と霊は顔を見合わせた。


「その依頼主の方は……人間ですか?」


 小声で訊ねる霊に、所長もまた小声で答える。


「ええ、人間のお嬢さんでしたよ。魔の血は引いていないように見えましたね。その方も、この指輪が何処から来たのかまではよく知らないそうです。ただ、お祖父さんは変わった古物がお好きな方だったそうで、懇意にしていた古物商から色々と買わされていたのだと。その中の一つがこの指輪だったそうで。価値のあるものだからとあげる人を決めていたようなのだが、それが混乱を招いてしまったようでね……」

「孫娘さんは、お祖父さまの想いを大切にされています。だから、この指輪の正体が何であれ、本当は誰に渡したかったのかハッキリさせたいと」


 真の言葉に所長は苦笑いを浮かべた。


「まあ、そういう事でね。私としては自慢の目を持つ真が見通せないなら法廷で決めるのもアリだと思っているのだが、もっと真実に近い方法が残されているのならば頼りたいところではある。何より、依頼主もそれを望んでいるとあればね」

「事情は分かりました。……それで、依頼主の方は?」

「もう間もなくここへ来るはずです」


 真の言葉通り、程なくして彼女はやって来た。小奇麗な女性だ。年の頃は私とそう変わらないだろう。オーラの色は青色。この世界にありふれた純粋なる人間の色だ。他に気になるような特徴はない。強いて言えば、霊とは違った方面で愛らしい女性というくらいだろうか。


「こちらの二人は鑑定士の方々です。見通すのはただの価値ではありませんが、きっとあなたの求める答えを導き出してくださるでしょう」


 所長に紹介され、私は緊張気味に頭を下げた。霊は慣れているようで余裕ある態度で会釈をする。依頼主の女性も何処か不安そうに頷いた。だが、きっと不安以上に知りたいのだろう。挨拶も疎かにさっそく彼女は訊ねてきた。


「それで……何か分かりましたか?」


 その態度から察するに、ずっと気になって仕方なかったのだろう。そんな彼女を前に真も、所長も、そして霊も、それぞれが表情を濁した。名ばかりの助手でまだ殆どの事が理解できていない私は相変わらず置いてきぼりだった。

 だが嘆いたって仕方のない事だ。役立たずなら役立たずで、せいぜい見守りに徹しよう。


「今からちょうどお祖父さまの指輪をきちんと鑑定するところだったんです」


 真が真っ先に口を開いた。


「詳しい話はこちらで」


 ソファに促され、依頼主が座る。ようやく今回の仕事が始まりそうだ。今の所、助手の私は一体全体何をしたらいいのかさっぱりだ。けれど、霊がついてこいと言ったのだから、気を引き締めておこう。


「よろしくお願いしますね」


 いつも以上に優しそうな口調で霊はそう言って、鞄から〈ピュルサン〉の入ったケースを取り出した。ケースから出すと、所長は興味ありげに〈ピュルサン〉を見つめた。きっと彼も真と同じで〈ピュルサン〉の正体を聞いているのだろう。

 だが、その興味の視線には反応せず、霊は真っすぐ依頼主の女性を見つめた。


「先に申しておきますわね。このルーペはただのルーペじゃありません。真さんの目を頼ってきたのでしたら、少しはお察しいただけるかと。これもまたそういうものなのです」


 めちゃくちゃ曖昧な説明に思えたが、依頼主はそれなりに納得したらしく頷いただけだった。順応性がとても高いみたいだ。ちょっと羨ましい。


「では、拝見いたします」


 私に出来ることは、やはりしばらくなさそうだ。

 それでもまるで何か大切な役目でも果たしているように、真面目に我が主人の仕事ぶりを見守る事にした。霊は〈ピュルサン〉に集中している。向き合う指輪を慎重に扱い、やがて長い沈黙を破って依頼主に向かって告げた。


「この指輪は本来、ちゃんとした相続人がいたのでしたね」

「ええ、けれど、分からなくなってしまったのです」


 依頼主は小声で頷いた。


「遺言書には記載もなく、口約束だったもので。これを受け継ぐことになっていたのは、私の妹のはずでした。私でも、兄でもなく妹だと。不思議ですよね。けれど、この指輪が高価そうだと気づいた叔父や、従姉妹たちが急に口を出してきたのです。妹はどっちでもいいみたいですが……」

「あなたは引っかかるのですね」


 霊の問いに依頼主は苦笑を浮かべた。


「はい、私が貰うわけではないのですが、どうしても祖父の気持ちを考えてしまって。それに、何だか怖いんです。本当に適当に決めてしまっていいのか。なんというか……嫌な予感がして」


 霊もまた小さく笑い、〈ピュルサン〉を置くとそっと告げた。


「単刀直入に言いますと、この指輪は大変高価なものです。けれど、ただの貴重品ではありません。その価値のあまり、指輪を巡って良くないトラブルが起こるかもしれない。正当な持ち主の手に渡り、ひっそりと存在し続けることこそ、お祖父さまのご希望だったのでしょうね」


 そう言って、霊は手袋をはめた手で指輪にはまる赤い宝石にそっと触れた。その周囲は百合を模った模様が刻まれていた。私もよく知っている、リリウム教の象徴的なマークだ。


「これはリリウムの奇跡の指輪と呼ばれるものです。聖女の指輪と呼ばれることの方がいいかもしれませんね。かつては一つしかなかったものですが、ある時代以降に今のリリウム市国あたりで量産されました。そのうちの一つがこうして海を渡り、誰かの手に渡っていることが度々あります。強い魔術が込められているとされていて大変高価なものですが、それだけにトラブルも招きやすいそういう代物です」

「そんなに貴重なものだったんですね……」


 依頼主が驚くのを見つめながら、私もまた内心驚いていた。聖女の指輪といえば、いつだったか〈アスタロト〉に教えてもらったことがある。〈赤い花〉の魔女に底なしの魔力を授けてくれる上、魔女の性からも解放してくれるというまさに魔法のアイテムだ。本物だとしたら、やっぱり私にも力を授けてくれるのだろうか。そう思うとますます気になってしまう。このような興味がトラブルを招くということなのだろう。


「……それで、正当な持ち主探しの件は」


 と、そこへ真が霊を促した。霊はため息交じりに頷く。


「このルーペで見えるものには限界があります。私に分かったのは、この指輪の正体と、どういった人物が持つべきかという事実くらいのもの。その条件に、妹さんが当てはまるかどうかまでは分かりません」


 残念そうに告げる霊だったが、依頼主は首を振った。


「それでもいいです。教えてください。どんな人物なんですか?」

「魔女ですよ」


 さらりとその単語を告げる霊に、びくりとしてしまった。神経質になっているだろうか。きっと目の前の依頼主はその存在すら信じてもいないだろうに。

 案の定、依頼主は怪訝そうな表情を浮かべるにとどまった。まさか、一緒に聞いているこの存在意義の分からない助手がその魔女だなんて思いもしないだろう。


「女性とは限りませんわね。伝説で語らえるような少し不思議な力を感じる親族。そう言った方が身近にいるはずです」

「え、えっと──」


 依頼主は言い淀み、そして困ったように呟いた。


「確かに不思議な雰囲気の人はいますけれど……うーん」


 確証は持てないらしい。


「その反応も仕方ありませんわね。ともあれ、私に出来ることはここまでです」

「そうですか……ありがとうございました」


 お礼を言いつつも、依頼主は何処か釈然としない様子だった。それもそうだろう。このままでは誰が指輪を持つべきなのかがはっきりしないのだから。

 けれど、そんな彼女に真は声をかけた。


「あの……もしかしたら、正しい持ち主を探したい時は、僕の目が役に立つかもしれません。指輪の方ではなく、指輪を手にするかも知れない人達と直接会えたなら、ですけれど」


 彼の申し出に、依頼主はしばし惚けた。

 だが、その目は安堵のようなものが含まれている。


「いいんですか、お願いしても?」


 思いの外、食いつきの良かったその態度に、真は圧されつつもしっかりと頷いた。そこで、〈ピュルサン〉のお役目は果たされた。さて、私は何のためにここにいるのだろう。その疑問やこの無能感が解消されるのは恐らくもっと先だ。

 依頼主が来た時よりも若干明るくなった表情と共に帰っていくと、真は緊張気味にふうと息を吐いた。


「はあ、どうしましょう。霊さん、それに幽さん、この先のお仕事にも付き添っていただけますか?」


 急に気弱になる彼を見つめ、所長は呆れた様子で溜息を吐く。その前で、霊は愛らしく笑いながら答えた。


「あらまあ、真さん。私達が同行したところで出来ることはありませんよ。〈ピュルサン〉に出来るのはモノ相手のみ。人相手なら、あなたの方がお得意でしょうに」

「で、でも」


 自信がない様子の彼に、霊はそっと訊ねた。


「ねえ、真さん。一つ聞いてもよろしいかしら。あなたのその蛇ノ目がうまく使えない時ってどんな時? そして、何が原因なのか心当たりはないの?」

「えっと、それは──」


 考え込んでしまう彼に、霊はさらに告げた。


「〈ピュルサン〉も調子が悪い時はあるけれど、あなたは生き物ですから、モノよりもずっと調子のいい時と悪い時がある。その調子の波の鍵となるものの一つが人の心。本当に何も分からないのか、よくよく考えてごらんなさいな」


 霊の言葉に圧され、真はぐっと息を飲んだ。

 所長もまた若き部下を前に呆れたような笑みを浮かべている。

 二人に見守られる形となった彼が、きちんと答えを見つけ出せるのかどうか。そればかりは傍観者である私には分からないままだった。

 さて、仕事も終わって店に戻ってみれば、余所行きの見えない仮面をかぶっていた霊は、さっそく解放的な態度を取り始めた。

 出かけたことでお腹が空いたのだろうか。店の扉を閉めてすぐ、白昼堂々つまみ食いは発生した。


「うわっ、霊さん!」


 突然すぎたので、情欲を煽るような可愛らしい悲鳴なんて出てこなかった。それでも、今の霊は欲望に直向きなようで、私の反応など全く気にせずに牙を打ち込んできた。


「や、やめ――」


 すぐに抗えない痛みと快楽がもたらされ、やめてくださいの「て」まですら言えなかった。体重をかけられてそのまま倒れ込んだままの格好で、そのまま速やかに目の前がくらくらするほど吸われてしまった。

 座っていられなくなって横になると、霊はようやく牙を離した。息は荒く、眼光も鋭い。少しぞっとしたけれど、すぐにその表情はいつもの霊と変わらないものに変化した。


「ごめんなさい。我慢できなかったの」


 満足したようで、すでに牙は引っ込んでいた。今は正直ありがたい。


「〈ピュルサン〉を慣れない場所で使ったせいかしら。このお店以外の場所で使うと、大なり小なり血に飢えてしまうから困るのよ。でも、きっとそれだけじゃない。見たモノに術でもかけられていたのかもしれないわね。とにかく今日は危なかったの。よっぽど向こうでお部屋を借りて、お食事させて貰おうかと迷ったくらいで」


 そこで、私はようやく自分が付き添った意味に一つ気づいた。


「あの……霊さん。今日の私の役目ってもしかして……」


 ふらふらしながら訊ねると、霊は目を細めて見下ろしてきた。


「そう、お弁当よ。今からちょっといただくわね」


 優しく撫でられて、私は甘えるようにそのまま気を失ってしまった。

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