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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
14.波紋を呼ぶ長弓〈レライエ〉

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前編

 その長弓ロングボウは、初めてこの店に来た時から壁に掛けられていた。いつの間にか弦が張り替えられているあたり、私の知らない間に霊が手入れをしているのだろう。

 飾られるだけの魅力があるかといえば、疑問だが、この店の壁に掛けられているということは、それだけのモノなのだろう。長弓が掛かっている場所はとても高く、脚立でもなければとることが出来ない。貸し出す予定も、使用する予定もしばらくはないのだろうということは、霊がたびたび魔力の通じない相手との“話し合い”に用いる木刀〈ベール〉の置き場所と比べても一目瞭然だった。

 そんな長弓だが、その存在感が高まる瞬間がたびたびある。というのも、来店する客人の中には、かの弓に興味を抱く者がいるためだ。


 この度、店に来訪していた私の友人、桔梗もその一人だった。


 桔梗が来てくれたのはただ遊びに来ただけではない。もともとはそのつもりだったのだが、強風の影響で家の庭が落ち葉と枝だらけだという話を電話口でしたところ、掃除を手伝いに来てくれたのだ。おかげで庭はすっかり綺麗になった。そして、掃除が終わり、店内でのんびり談笑していると、彼女は唐突に指を差して訊ねてきた。


「ねえ、あの弓について教えてくれない?」


 急な質問が少し気になった。こういうことはたまにある。

 桔梗は魔の世界とは無自覚な魔女だが、本能的になのか異質なモノに惹かれやすいという性質があるのだ。たまたま視界の隅に入り、何か訴えかけるものを感じてしまったのだろうか。やはり、あの弓には何かがあるのだ。


「あの弓ね……えーっと」


 と、手に取ったのは商品名簿だ。大抵の売物や貸出用の古物の記録が残っている。だが、どんなに探してもあの弓らしき記録は書かれていなかった。貸出が許されているモノの中には、名前がついているモノだってある。だが、書かれていないということは、そういうことなのだろう。


「ごめん、霊さんに聞かないと分からないや」


 その頼りの女主人なのだが、なんと現在、二日酔いで苦しんでいる。

 昨日は私に店を任せ、丸一日、笠の持ってきた依頼のために外出していた。無事に解決して、報酬も約束されたらしいのだが、どういうわけか帰ってきてみれば非常に不機嫌で、私の血では飽き足らず、私がふらふらしながら風呂に入っている隙に隠し持っていたワインをがぶがぶ飲んでしまったのだ。気づけば顔が真っ赤になっていた。

 酒に弱い体質なのに、どうしてあの人は飲んでしまうのだろう。呆れながら布団を敷いて寝かせたのだが、結局、今日は一日倒れてしまっている。洗面器、そして水を置いてあるがとても心配だ。


 そうだ。今度こそこの家にある酒瓶を全て割ってしまおう。

 桔梗の来訪は、そんな過激思想に染まる私を踏み止まらせることにもなった。


「そっか。すごくシンプルなのに視線を惹きつけるというか……不思議な弓だね」

「桔梗は敏感だね。私はいつもここにいるのに何も感じないや」


 実際、ここには古物がありすぎる。心身が慣れてしまったのか、初めて来たときのような緊張感は全く感じられない。そんな呑気な性質なためか、壁に掛けられたままの弓ひとつに注目するなんてことは、今のように客人の興味が向かない限り全くないのだ。

 しかし、そういえばあれはどういう弓なのだろう。思い返せば、客人に訊ねられるのはいつも霊のいない時であるように思う。そのたびに、後で霊に訊ねてみようと思うのに、忘れてしまうのだ。今日こそは訊ねてみようか。二日酔いが良くなっていたら、という条件があるわけだけれど。


「幽は毎日ここに居るから、きっと鍛えられたんだよ。私は臆病だから心霊とかいわくつきのアイテムにずっと囲まれるのはちょっと怖いかも」

「あはは、たしかに怖い古物もあるかも。まだまだ霊さんがいないと取り扱いも不安だったりするし」


 と、その時、暖簾の向こうで足音が聞こえた。恐らく霊が起きたのだろう。

 ともすれば、死の淵から生還したかのような顔で現れるかもしれない。そうであっても美人には変わりないのだが。


「あ、霊さん、お邪魔しています!」


 思った通り、霊はのっそりと現れた。まだまだ寝足りないのだろうことがよく分かる。だが、予想に反してその表情はしっかりしていた。桔梗を見るなり笑顔を見せる。その笑みは本当に心からのものだろうか等と考えだせばきりがないので止めておこう。


「あらいらっしゃい、桔梗ちゃん。何か気になるモノがあったの?」


 なるほど、その気配を察して這いあがってきたのか。半ば感心する私の横で、桔梗が無邪気にも指を差す。


「あの弓なんですけれど」

「〈レライエ〉ね」


 眺めながら霊は答える。


「〈レライエ〉?」


 聞きなれないだろう言葉に訊ね返す桔梗。そんな彼女に頷いてから、霊は嬉しそうに説明を始めた。


「あの弓は今から七百年ほど前には、マグノリアにあったという弓よ。どういう経緯で乙女椿に来たのかは分からないのだけれど、あの弓で放ったものはたとえ木の棒であっても鉄のようにターゲットを貫くと言われているの。初心者でも、苦手な人でも、狙い通り射ることが出来る不思議な弓よ」

「へえ、使ったことあるんですか?」


 興味ありげに桔梗が問いかけるも、霊は脱力気味に答える。


「前にちょっとした事件に巻き込まれてね。実戦の前に試しに吸盤になっている玩具の矢で壁を狙ってみたの。弓なんてろくに引いたことのない私でも一度もミスすることなく思った通りの場所に当てられたわ。もちろん、本番のときも」


 ちょっと面白そう、と思ったのは私だけではないだろう。桔梗は恐る恐る霊を窺いながら、訊ねた。


「あの……ちょっと触ってみる事って……」


 しかし、霊は首を横に振った。


「やめておいた方がいいわ。あれは触れない方がいい。弓に頼ってから間もなく、全身に発疹が出たのよ。関係があるかどうか分からないけれど、噂によればあの弓を使った人の多くが同じ症状を訴えたそうなの。顔中、ぽつぽつになっちゃうの、嫌でしょう?」

「そ、そうなんですか。じゃあ、止めておきます」


 大人しく引き下がる桔梗に対して、私はそれでも弓への興味が引っ込まなかった。発疹くらいだったら我慢できるのではないか。日頃、お仕置きというものに心と体が慣れてしまっているのだろう。我慢するということがさほど苦痛には思えなかった。それよりも、ぜひその不思議な力を試してみたい。あっという間に好奇心でいっぱいになった。


 その後は、桔梗と話している間も、彼女が帰宅するところを見送るときも、頭の片隅に長弓〈レライエ〉のことが残り続けていた。

 閉店時間になり、作業を終えて霊と二人、暗黙のうちに向かい合った時にも、ついつい視線が〈レライエ〉の方へいきそうになった。


「どうしたの、幽。落ち着きがないわね」

「あ、あの……〈レライエ〉のことなんですけれど――」

「ダメよ」


 咎められた。まだ何も言っていないのに。

 しかし、言ったところで答えは変わらないことはよく分かっていた。桔梗が駄目ならば、私だって駄目だ。それでも触ってみたい。絶対に外さない弓の力を見てみたい。


「ちょっとだけ触ってみたいんですけれど」

「ダメって言ったでしょう? 発疹だらけの身体に噛みつけっていうの?」


 確かに、私の健康が害されれば霊は困ってしまう。以前、ミアズマ病にかかった時は乙女椿で認められていない人間相手の狩りをしに行ったのだ。相手を選び、苦痛がないように気を使っていても、狩りは狩り。それに、あの時は獲物のふりをして鬼を捕食する鬼喰いという魔物に襲われてしまったのだ。吸血鬼である我が主人の健やかな日常のためにも、この体が一人のものではないことを自覚しなくては。


「それに、発疹だけじゃないのよ」

「まだ何かあるんですか?」


 壁にかかる〈レライエ〉を見上げたまま訊ねる私を、霊は正面から抱きしめてきた。温もりに包まれて少しほっとする。だが、これから噛まれるという予感に震えが起こる。安堵と緊張という異なる二つの感情に囚われる私の背中を、霊はそっと撫でていく。


「相変わらず、あの眼鏡ちゃんは奇妙なモノに惹かれるようね。〈黒鳥姫〉の魔女らしいわ。世界一有名な〈黒鳥姫〉の魔女オディールは、黒鳥に変身して世界を飛び回り、人々を騒がす曰く付きの品物を次々に集めて、きちんと管理できる人物に託していたそうよ」

「そ、そうなんですか。自覚していなくても魔女は魔女なんですね……そ、それで、〈レライエ〉は――」


 背筋をなぞられて身震いしつつ訊ねる。霊はきっともうとっくに食事モードに入っているはずだ。だが、いつその牙が打ち込まれるか読めず、私は緊張し続けていた。


「〈レライエ〉を引いたものは、近々どこかで波紋を呼ぶ存在になる。当人が望まずとも多くの人から注目されるような出来事が起こる。この長弓にはね、そういう逸話がたくさん残されているの」

「え、じゃあ、霊さんも何かあったんですか?」

「そうね、あったわ。本当に〈レライエ〉のせいなのかどうか不明だけれど」


 いったい何があったのだろう。とても気になるところだが、今は訊ねるどころではなかった。早く楽にしてほしい。その期待を自覚すると、痛みを期待する心が一気に強まり、気づけば私は自ら霊にしがみついていた。

 霊がくすりと笑って囁く。


「せっかちさん。そんなにして欲しいのなら、遠慮なく」


 そして、ようやく食事は始まった。今朝はまともに吸血していなかった。その為だろう。いつにも増して吸われていく血の量は多く、すぐに目眩がした。無意識に逃れようとする私をがっしりと捕まえて、霊はしばらく血の味に酔いしれていた。

 ようやく牙が抜かれると呼吸が楽になった。血を奪われる恐怖から解放されれば、愛する人に抱きしめられる幸福がたまらなかった。


 まだ興奮気味な捕食者の眼差しが愛おしい。この苦痛すら心地よい。そんな思いで霊に抱かれていると、だんだんとその牙が引っ込んでいった。食欲が少しは満たされたのだろう。だが、私達の間に流れる空気は変わらない。吸血鬼一人が一日のうちに必要な血の量は、こんなものじゃ足りないのだ。


 体を支えてもらいながら、私達は暖簾をくぐって店を後にする。住居スペースまでの廊下が果てしなく長く感じた。ようやくたどり着くと、そのまま畳間へと転がり込み、敷かれたままの布団の上に寝かされた。そのまま組み敷かれ、仰向けのまま霊の顔を見つめていると、唇を奪われた。


 自分の血の味を感じながら、そのまま彼女の手に身を委ねた。片手はしっかりと繋いだまま。吐息と、鼓動と、温もり。何もかもが愛おしかった。

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