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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
13.運命を共にするピアス〈ビレト〉

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中編

 古物の情報は本来厳重に取り扱われているはずのものだ。しかし、ここ最近、ずっと誰にも話していないはずの古物の存在を、部外者が知っているという事がよくあるらしい。

 片眼鏡の〈バルバトス〉の時だってそうだった。一番疑わしいのは霊の親戚である幻の存在だが、彼だけが犯人とも限らない。とくにこのピアス〈ビレト〉は、前々から傍観し続けた記録者とやらがいるらしいので、その存在を他の誰かが知っていたとしてもおかしくはないのだろう。


 それでも事態は異様だった。〈ビレト〉が私たちの元で眠るようになって、数日後のことだ。一人、また一人と、今までにない客が訪れるようになったのだ。〈ビレト〉が名付けられて、ちょうど一週間後、すごすごと帰っていく若い女性の後姿を見送ってから、すぐに私は霊と静かに顔を見合わせた。


「これで三人目ね」


 ため息交じりに霊は頭を抱える。


「……いったいどうして」


 三人の客層はバラバラだった。性別も年齢も風貌も。純血の人間が二人、魔女が一人だ。いずれもその目的は、関係者以外には誰にも話していないはずの〈ビレト〉にあった。持ち込んだ女性から話が流れたのだろうか。そう言い切るには不穏な様子だ。記録者とやらの動きなのか、幻のように嗅ぎまわる者が噂を流しているのか。彼らは〈ビレト〉を欲しがっていた。思いを叶えるピアス。その危険性を知らないのならまだしも、知っている様子なのに欲しがっていたのだ。


「お金儲けの為なのでしょうか」

「そういう場合もあるわね。けれど、それにしては提示された額が大きすぎる」


 何が目的であろうと、正直、理解できない。誰かを不幸にすると分かって、手に入れようとするなんて。そんな人がこの一週間のうちに三人も現れるなんて。


「たぶん、これまでの三人は本当の動機を口にしていると思うわ」

「そんな……」


 絶句してしまうのには訳がある。三人それぞれの身勝手な言葉が忘れられないからだ。一人目は何処にでもいそうな働き盛りの男性だった。とても優しそうな外見をしていたが、〈ビレト〉の存在を訪ねてきたときから様子が変わっていった。霊が白を切ろうとしても、嘘を吐いていると決めつけてきた。勿論、こちらが嘘を吐いているのは本当なのだが、正しく見抜いているわけではなく、絶対にここにピアスがあると信じたいという気持ちが先行している様子だった。

 彼はすべてが愛のためだと豪語した。一つになるはずだったものが、別の力に邪魔をされて引き離されてしまった。だから、正さなければならない。そのためならば、たとえ数年以内に死ぬのだとしても仕方がないのだと。


 ――もういいです。他の方法を探しますよ。


 結局、彼はそう怒鳴って帰っていった。とても嫌な日だった。でも、今日だけだろうとその時は信じたのだ。そうではないのだと思い知らされたのは、それから二日後のことだった。現れたのは人間ではなく、魔女だった。私とは違って魔術を多彩に扱えるという魔女。〈白薔薇〉という心臓を持っており、美しい目を持つ人間を愛するさがを抱えているらしい。霊は彼女の事を知っていた。この町の魔物や魔族の間ではそれなりに有名な人であるそうだ。見た目は若いが、霊よりもずっと長く生きているという彼女に対して嘘は無意味だった。


 ――もう飽きるほど長く生きた。最期に手に入れたいモノを手に入れて死にたいのだ。


 そう主張する彼女に対して、霊は別の方法で断った。


 ――まだまだこの町は貴女を必要としています。


 結局、彼女は納得してその場を去ってくれた。だが、もしも彼女が強引な手段に出ていたとしたら。この先、そういう人が現れる可能性だってある。

 先ほどの女性は、食い下がってきた。ただの人間であったのは幸いだが、それでもかえって貰うのに手間取った。彼女の願いは、とにかく苦しみから解放されることだった。


 ――報われないこの気持ちを終わらせたい。その為なら、未来がどうなったっていい。


 恋は時に厄介な病のようにもなり得ると誰かが言っていた。一見、普通の女性に見えた彼女も、病を患っているようだった。他人の幸せを限定することは決して出来ないものだけれど、私には〈ビレト〉が彼女たちを幸せにするとは到底思えなかった。

 ないものは譲れません。霊が告げたのはただその一言のみだった。


 ――仮にそれがあったとしても、お客様を不幸にするものを売る店だと思われたくはありません。


 強い意思を伴うその言葉に思うものがあったのだろうか。しばらく粘っていた彼女も、あっさりと帰っていったのだった。

 三人それぞれ帰って貰うのに、相応の苦労をしたのだ。〈ビレト〉がここにある以上、この先もまた誰かがやってくるのではないかと思うと気が遠くなりそうだった。


「ただ情報が漏れた事だけが原因かしら……」

「どういうことですか?」


 すぐさま訊ねると、霊は怪しげに目を細めた。


「たとえば、〈ビレト〉が次の相手を強く望んでいるのだとしたら……」


 叶わぬ恋心を秘めている人の数なんて想像したこともない。そこからさらに一度諦めてくれた者が再び訪問してくる可能性も考えればきりがない。たとえば、二人目として現れたあの魔女が考えを変えてしまったとしたら。もっと厄介な相手が訪問したとしたら。それが連日起こるかもしれないと考えると、このままじゃいけないという考えに至った。

 だが、どうすればいい。私たちに出来ることは預かるだけだ。主人である霊が〈ビレト〉の欲求を抑える方法を知らないとなれば、私に出来ることなんて想像すらできなかった。

 裏でこっそり〈アスタロト〉に訊ねても、有益そうな情報はもたらされない。呪われたピアスについて検索される文献は膨大すぎて、大切な記録を見つけることが困難だった。


「とにかく断り続けるしかないわね。この先もあのピアスの事を訊かれたら、あなたは自分には分かりませんとだけ言いなさい」

「……はい」


 不安になりながら、私はただ肯いた。

 それからさらに数日後、やはりピアスに引き寄せられるように新しい客は来た。ただ、新たに訪れた客の男性は、これまでの三人とは少し違った。純血の人間だが、背景が違う。これまでは噂を聞きつけただけだったが、今回は確かな情報をもとにやってきた。彼はピアスの元々の持ち主の兄だったのだ。


「妹の形見がここに預けられたと聞いてまいりました」


 やや険しい表情で彼はそう主張した。


「本人の希望だったことは分かっています。それでも、どうしても僕はあのピアスをもう一度見たくて……」

「お兄さん」


 霊もまた険しい表情を浮かべていた。


「ここにそれがあるとして、あなたは見たいだけなのでしょうか」


 鋭さのある質問だった。客人は無言になり、まっすぐ霊の目を見つめている。しばし、睨み合うかのような見つめ合いが続き、カウンターにいる私の方が緊張してしまった。やがて、先に視線を逸らしたのは客人の方だった。


「勿論、それだけではありません」


 非常に落ち着いた声で彼はそう言った。


「出来ることなら、僕がそれを引き取りたい」

「それは妹さんの形見だから、でしょうか」

「――はい」


 強く肯く彼を、霊はじっと見つめた。


「本当に?」


 短く唱えるような質問だった。明らかにその言葉には魔力が含まれている。純血の人間である彼にとっては、抗えない状況だ。次第に落ち着きを失っていくのが見ていてよく分かった。やがて、彼は屈服してしまった。


「僕も、妹のようになりたいのです」


 意識を操られたかのように彼はそう吐き出した。


「心から求める相手と結ばれたい。たった数年でしたが、妹は本当に幸せそうでした。僕もああなりたい。これまで灰色の毎日を送ってきたのです。きっとこれからもそうでしょう。そうやって生きていったとしても、明日、事故で死ぬかもしれない。それなら、嘘か本当か分からなくても妹の夢を叶えたピアスにあやかってみたいんです」

「それで悲惨な最期を遂げたとしても?」

「ピアスをしてもしなくても、突然死ぬ可能性は誰にだってある。それなら、叶えたい夢を叶えてしまいたい。それだけです」


 開き直ったように主張する彼に、霊はさらに訊ねた。


「その結果、相手の未来を奪うのだとしても、ですか?」


 重たい問いだった。客人に向けるには勇気がいる。だが、霊は毅然とした態度だった。表情は険しく、譲る様子がない。客人もまたそんな霊を見つめたまま、表情も変えずしばし黙り込んでいた。

 そのまま緊張の時間だけが過ぎていく。ひとり、居たたまれない気持ちになりかけながらも見守っていると、客人が身動ぎした。表情は変わらない。やや笑ったような、受け流すような、そんな表情で霊を見つめている。

 そして、ゆっくりと短く答えたのだった。


「ええ」


 その後、どう言って、帰って貰ったのだったか思い出せない。とにかくどうにか諦めてもらうために必死だった。故人の希望に従って他人に譲られたモノが、私たちの店に預けられたのだ。何と言われようと〈ビレト〉を渡すわけにはいかない。たとえ相手がその故人の兄であったとしても、だ。

 だが、なんとか帰って貰ったあとも私の心にはもやもやとしたものが残っていた。それは就寝の時まで響き、ベッドの中で霊に甘えていても頭の片隅でくすぶり続けていた。我が主人の牙が与える痛みも、苦しみも、そしてその先にある快感も、このわだかまりを無くすのに一歩及ばない。そんな私の様子がさすがに伝わったと見えて、肌を重ねたまま霊はそっと訊ねてきた。


「どうしたの、寂しそうな顔をして」


 その優しい声にほっとしながら、私はまだ赤く輝いたままの彼女の目を見つめた。


「どうしても、納得がいかないんです」


 控えめに私は答えた。


「なんで皆、あのピアスを欲しがるのでしょうか。相手を不幸にするって分かっているのに、まるで悪魔に取り憑かれたように求めてくる。それが怖い」


 訪れた人々はどんな顔をしていただろう。〈ビレト〉が彼らを引き寄せているのか、それとも、人々が勝手に求めているだけなのか。どちらにせよ、私には理解できなかったのだ。

 霊の手が私の唇に触れてきた。そのままゆっくりと流れるように動き、胸元で止まる。絶えず働き続ける脈動を確かめるようにしてから、私の目をじっと見つめてきた。


「私には少しだけ分かる気がする」


 意外な言葉だった。


「え?」

「どうしても欲しいものを諦めきれないことだってある。そのために人は影で努力するものだけれど、その努力がいつでも実るとは限らないものよ。その現実を突きつけられた時、あなたならどうする?」

「私は……」


 霊に見つめられながら、私は固まってしまった。

 私はどうするだろう。

 モノであろうと、人であろうと、諦めなければならない時は諦めるしかない。しかし、現実はどうだっただろう。美しいこの人と主従の魔術で結ばれたのは、その命を救うためだった。だが、他の方法は全くなかっただろうか。とっさに思いついたのが、この方法だけだった、というのは私の言い訳ではないのか。だって、霊が魔物だと分かった瞬間から、確実に手に入れる方法を、私は知っていたのだから。

 そこに霊の未来の幸福を考える余地はあっただろうか。


「私なら……それでも……」


 迷いがあろうと、息を飲みながら、心を奮い立たせるしかない。


「愛する人を死なせてもいいなんて思いません」


 どうして震えてしまうのだろう。紛れもない本心のはずなのに。霊と結ばれない未来と、霊と共に死んでしまう未来を考えれば、後者の方が怖い。もしも私と離れた方が安全だというのなら、喜んで離れよう。共に歩めないのは辛いが、死なせてしまうのはもっと辛い。これが愛しているからこその願いだと信じていた。それなのにどうして、本心を告げるのが怖いと思ってしまうのだろう。

 そんな私の震えを、霊は優しく包み込んでくれた。


「世の中にはね」


 囁きながら、胸元に軽く牙をあててきた。


「失うくらいなら壊してしまおうと思う人もいるのよ。相手が人であっても同じ。奪われるくらいなら殺してしまおうという人も存在するの」


 目が赤くなっている。いつもよりも冷たい印象があった。緊張感で固まってしまいそうだ。そんな恐怖をこらえて、私は答えた。


「よく、分かりません。だって、私は……」


 牙が食い込んでくる。脈拍が早まった。共に夜を過ごすようになってしばらく経つが、いまだに噛まれ慣れている部位とそうでない部位がある。とくに、命に直結しそうな場所は、それだけ敏感にもなってしまう。


「私は……」


 強く噛みつかれ、悲鳴に似た声が絞り出された。けれど、これだけは言わなくては。


「自分が早く死んだとしても……霊さんには、長く生きて欲しいもの」


 牙の食い込みが止まる。時間までも停止してしまったかのような唐突さに、閉じかけていた瞼を開けて、じっと霊の顔を見つめた。普段より恋焦がれているその双眸は真っ赤なままだった。私をじっと見つめ、手を伸ばし、そして頬を撫でていく。その感触は、何故だか寂しいものを産んだ。優しいのに、距離を感じる不思議な触れ合いだった。


「あなたは純粋な人ね」


 霊は呟くようにそう言った。


「純粋で、とても残酷」


 その意味を理解する前に、止まりかけていた時間が動き出した。痛みが与えられ、意識が遠のいていく。考え続ける力も、あっという間に奪われていった。

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