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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
12.悩ましき夢の長椅子〈シトリー〉

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後編

 外出禁止の令が解かれたのは、つい三日ほど前の話だった。

 笠が襲撃された事件の直後は鬼瓦の一味を捕獲した後も、様子見のために行動に制限がかかってしまった。だが、その後しばらくすると、曼殊沙華の人々のおかげで比較的安全と判断され、これまでのように過ごしても大丈夫だとわざわざ電話で連絡してもらったのだ。それが三日ほど前。


 もちろん、野放しにしてもらえるとは思っていなかった。この町はいつでもどこかで誰かが監視している。普通の人間である乙女椿国の一般市民が憲兵さんたちに監視されているのとは、また少し違うのだ。

 曼殊沙華の視線はいつだってあると思っていた方が無難だし、それ以外の名家の気配も常に敏感になっておくべきだろう。そう覚悟した上で、それでも今までのように自由に買い物に行ったり、たまの休みに映画などを観に行ったりできる日々の再来は嬉しくて、楽しみなはずだった。


 けれど、悪い状況はどうしてこうも続いてしまうのだろう。


「悪いわね、幽」


 言葉は優しげだが、毅然とした態度で霊は言う。

 閉店後の店はいつも暗くて妖しい雰囲気が漂うものだが、今はただ暗いだけだった。夕食も楽しむ気分になれぬまま、私たちは向き合っていた。


「束の間の自由だったけれど、首輪と鎖をつけられないだけマシだと思いなさい」

「分かっています……分かっていますけど……」


 さすがに泣きそうだった。泣くのはみっともない。でも、ただ怯えているしかないというのがあまりにも惨めだ。それもこれも、自分が魔女として未熟であるせいだ。そう思うとますます涙が溢れそうになる。

 快楽を感じる余地もないほど、気持ちは沈んでいた。


「もっと酷いことを正直に言うけれど、本当はいっそ私の影の中の檻に閉じ込めてしまいたいくらい警戒しているの。でも、あなたは私と同じマテリアルの血を半分引いてしまっているから、それが出来ないの。残念ね」


 無様に泣きそうになるのを必死にこらえながら、私は答えた。


「私が影の中なんかにしまわれちゃったら、誰が霊さんを食べさせるんですか」

「あなたがこの場からいなくなっても、今は当てがあるからご心配なく。それに、あなたのさがにも満足してもらえるはずよ。私の心の中だもの。優しさや遠慮というものの一切ない純粋な支配欲に触れることになるでしょうね。具体的にどういう世界かは分からないけれど、それもまた愛のカタチ。逃げ場はどこにもない」


 確かに、それはそれで良さそうと思ってしまうのが私の悪いところだ。魔女の性との向き合い方について書かれた書籍がないか、後で〈アスタロト〉に聞いてみよう。


 その前に、気をしっかり保つのだ。どうせ閉じ込められることはない。〈金の卵〉の少年メタモルフォセスや〈ウァサゴ〉達のいる、霊の影の世界。合わせ鏡と霊の力がない限り、あの世界には入れない。それに一時的には入れても、父の血を引いている私がずっといるということは許されないと聞いている。

 だから、優しさも遠慮もないという、そんな純粋で危険な彼女の支配欲に触れるとかいかがわしい事態に陥る心配は全くないのだ。ああ、よかった。とても安心した。おかげで、吸血の「当て」とやらに頼る事態にもならないのだから。だいたい、「当て」って何だ。ひどすぎる。私と言うものがありながら……。


「とにかく、霊さんには私の血で十分なはずです。外に出てはいけないというのなら、従いましょう。でも、霊さんだってまさか怪しい人とみだりに会ったりするわけじゃないですよね?」

「仕事上必要でない限り、ね」


 そこは譲れないし、譲らないのだろう。分かっている。霊の立場を考えれば、仕事上どうしてもその身を危険にさらすときはあるだろう。だから、私は支えられる立派な魔女になろうと思っていたのに、時間も才能も足りなすぎるのだ。

 蛍火が彼女を守れるだろうか。私にはそうは思えない。


 幻は言っていた。吸血鬼を殺す存在に気を付けなくてはと。町には鬼喰いがうろついていた。曼殊沙華や無花果氏などと敵対する者にこちらまで睨まれても何らおかしくはない。

 もしも私が強かったら、そんな睨みなんて恐れる必要はなかったのだけれど。

 魔法の勉強をするにあたって、世界の歴史に名を刻んだ〈赤い花〉たちの記録を読んだことがある。皆、当たり前にさまざまな魔術を使っていたらしい。参考に出来ればと思って読み始めたのだけれど、結局、意味がなかった。


「霊さん」


 暗い気持ちがこみ上げて、私は主人に向かって弱音を吐いた。


「私、どうしてなかなか強くなれないんでしょうか」


 練習の仕方がよくないのだろうか。それとも、これが私の限界なのだろうか。魔法の修行をしながら、さまざまな悩みが生じる。そのたびに、心を落ち着かせて再び練習を繰り返すのだけれど、悩みや不安は確実に心を痛めつけてくるのだ。


「これでも頑張っているつもりなんです。ルミネセンス以外も完璧にこなせたら、もっと霊さんを安心させられるはずなのに……」

「そうやって自分を責めて、それで魔女の性は満たされるわけ?」


 呆れたように霊は言う。

 もちろん、満たされはしない。苦痛が何よりのご馳走のはずだが、ただ劣等感を抱くだけではお腹は膨れない。私が求めているのは、単純な体の痛みか、愛する人から自分への支配欲を実感することなのだろう。恐怖もまた引き金にはなるが、あまり満たされた気分にはならないらしい。


「でも、どこか悪いのかは気づかないと……って思うんです。だって私、このままじゃ霊さんの足手まと――」


 と、そこで私の発言権は手のひらによって奪われた。加減が少々雑な霊の手が、私の口を塞いできたのだ。驚く間もなく壁に押さえつけられ、戸惑ってしまう。気づけば、霊の双眸は怪しく光っていた。吸血鬼の目だ。牙もちらりと覗いている。


「面倒くさいお話はそのくらいにして。あなた、ずっと前に私の奴隷になるって約束したわよね? じゃあ、私の許可なく自分を貶していいと思っているの?」


 勢いに負けて私は必死に首を振った。すると、霊は満足そうに目を細めてから、ため息を一つ吐いた。


「それにしても困ったわね。無花果氏と幻が繋がるなんて。今まであの女狐に苛々していたけれど、これなら女狐の方がずっとマシじゃないの」


 私の口を塞いだままそう言うと、霊はその手で私に上を向かせた。喉元が晒されると、もう片方の手でそっと触れていった。信じている主人ではあるが、気が立っていることもあって非常に怖い。そんな怯えが伝わったようで、霊は満足そうに笑みを漏らした。


「でも、確かに。危ないからって影の中にしまっちゃったら、こうして直接触れ合う楽しみもなくなっちゃうのね。そこはあなたに流れるお父様の血に感謝しましょうか」


 そして、霊は首筋にキスをしてきた。長い牙が肌に触れる。食事モードになっていることが直接的に伝わってきた。口は相変わらず塞がれたままで、何も言うことが出来ない。何の意味もなく言葉と動きを封じられながら、私は静かに痛みが生じるのを覚悟した。


「いただきます」


 吸血鬼はどの種族も似たような噛み方をすると聞いている。痛みだけではなく、獲物に快楽を与えることで逃げられなくするらしい。虜となってしまえば、利点などなくても自ら進んで吸血鬼のために血を与えるようになる。

 その気持ちも分かる。霊以外の吸血鬼に襲われたことなんてないが、似たようなものだとすれば、吸血鬼の奴隷になってしまうのも納得がいった。これは、私の魔女の性のせいだけではないのだろう。


 血を抜かれ、心から屈服する私を、霊は強く抱きしめる。愛する者同士の抱擁ではないだろう。獲物と捕食者のものに他ならない。それでも、意識の薄らぎを自覚しながら感じる霊の温もりは、とても心地良いものだった。

 気づけば立っていることすら出来ず、霊に抱かれたまま床に膝をついていた。寒気がしてきた頃に、霊はようやく吸血から解放してくれた。血を吸った直後で機嫌が良くなったのか、視線を合わせて背中を撫でてくれた。口を塞ぐ手はない。それだけでだいぶ呼吸が楽になる。


「安心して、幽」


 静かに、霊はそう言った。


「焦る必要なんてないの。強くなるのはゆっくりでいい。それまでの事は、心配しなくていいの」


 視界の揺れる中、私はどうにか霊を見つめ続けた。恐ろしい捕食者の眼差しはもうない。骨まで凍ってしまいそうな残酷さと、緊張がすべて溶けていくような優しさ。霊から与えられるその二つの相反するものが、主従の魔術よりも強力な魔法となって私を縛り付けてしまう。


「でも、幻さんは……」


 血を抜かれたばかりだからか、体が震えている。泣くのを我慢してきたはずだったのに、目の前はぼやけたままだ。

 脅しに使われていることは自覚している。幻の言わんとしていたことは分かっている。今後、私の事で不本意な取引を持ち掛けられる可能性は高い。そう思うと、やっぱり、霊がどんなに慰めてくれようとも悔しくて仕方なかった。

 そんな私を抱きしめながら、霊は小さな声で言った。


「あいつの言うことは気にしないでいい。それにね、依頼を引き受けることだって考えるわ。あなたには代えられないもの」

「――そんなの、ダメです」


 ここで屈してしまえば、きっと幻は味を占める。そうなればまた、霊のモノを愛する心は踏みにじられてしまうかもしれない。


「そうね。もちろん、簡単には屈しないわ。曼殊沙華の家に連絡を入れて、うまく相談をしてみましょう。今の私たちの絶対的味方と言えるのは、あのお家のはずだから」

「……〈シトリー〉は、どうなっちゃうのでしょうか」

「さあね。こればかりは雷様のご判断に任せるしかない。私としては、出来れば〈シトリー〉が世を狂わす発端とならないことを願っているわ。それには、怪しいお仕事はない方がいい。忘れて貰った方がいい。〈シトリー〉としては、誰が相手でも構わないでしょうけれど、時々お仕置きが必要な人が座るくらいで十分だもの。貸出なんて必要ないはず」


 そして、霊は店内の隅で静かにたたずむカウチをちらりと見つめる。


「それに、この店は〈デカラビア〉に守られているから、そう簡単には魔物の悪事の被害には遭わない」

「でも、守りを破る手段だってあるんですよね」

「そうだけど、その為に私がいるの。あなたの血のお陰でマテリアルの力は十分引き出せる。幻が強硬手段に出たとしても、負ける気はしないわ。正体さえ分かっていれば、鬼喰いにだって勝つ自信がある。あなたのことは、誰にも渡さない」


 堂々と述べる霊の姿はとても勇ましい。彼女の強い眼差しが私は好きだ。切羽詰まった状態ではあったけれど、自分のすべてを預けられると判断したのだって霊がこういう人物だったからに違いない。

 その一方で弱い面もあるのが我が主人だけれど、その為に私は自分のできることを一つずつ増やしているところなのだ。そこを忘れないようにしよう。勝手に落ち込んで、へこんで、やる気をなくしていくくらいなら、出来ることをちょっとでも増やしていこう。

 立派な魔女になるまでは、せめてこの〈赤い花〉の血で美しい人の力の源になろう。強かろうが弱かろうが、この人だけの花として咲き続けよう。

 それが、私にできる中で一番の貢献に違いなかった。


「……霊さん」


 抱きしめられながら、甘えを声に含ませる。それ以上の言葉はいらなかった。

 その夜、〈シトリー〉は使われなかった。けれど、まるで〈シトリー〉に魅せられた夢のように、私の心身は魔女のさが共々満たされたのだった。


 それから数日後、曼殊沙華の家から連絡がきた。

 霊の願い通り、無花果氏の依頼は断られることになったらしい。無花果氏は無理な願いだったから仕方がないと柔らかく受け止めたそうだが、本心はどうだろう。

 強く不安の残る中、それでも店内の片隅に置かれたままの〈シトリー〉と、それを手入れする霊を見つめると自ずと笑みが浮かぶ。我が主人にとって不本意な結果にはならなかった。それだけで、私は満足だ。

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