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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
9.支配者の玩具ラッパ〈パイモン〉

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中編

 目が覚めたのは、小鳥の声が聞こえてきたからだ。

 愛らしい歌声だが、気持ちのいい眠りの時間の終わりだと思うとなんだか寂しくもある。カーテンを開けようとどうにか起き上がると、全身がバキバキだった。久しぶりに自分の体の感覚が返ってきた気がする。どうしてそんな感覚を味わっているかを思い出し、我に返った。


 ここは霊の部屋だ。そうだ、昨日、あの後、私は新しい家族となった〈パイモン〉の素晴らしい力を体験させられた。見せつけられたのではない。体験させられたのだ。体験したわけでもない。させられたという方が正しい。


 霊はまだ眠っている。カーテンを開けたためだろう。日光を嫌って布団の中にもぐってしまった。よし、いまだ。ベッドの端に置かれた銀色の美しいラッパを没収し、すぐさま霊の手の届かない場所に隔離した。

 これでいい。霊にこのラッパで遊ばせるのは危険だ。危険だということを、昨日の夜、さんざん思い知らされた。


 クロコ製の玩具のラッパ〈パイモン〉が、どうして此処に来ることになったのか。それは、これを与えられた子どもがその家で飼われている犬や猫を不自然に操ったからだ。犬や猫に向かってラッパを鳴らすと、何故かその犬猫は不自然なほどに子どもの後をついて回った。それだけでも、母親は不審に思ったそうだが、その後、子どもは人に向かってラッパを鳴らすようになった。

 ラッパを向けられた人は、自分の意志に話して体が動いたという。子どもの意志に従って体が自然と動き、自分では止められない。そんな力を目の当たりにした両親が、慌ててラッパを没収し、曼殊沙華の家に相談したらしい。


 その不可思議な力を、昨日は体験させられた。〈パイモン〉の力に逆らえない私は、あんな事やこんな事をさせられてしまったのだ。詳しく述べるとさすがに恥ずかしくなってしまうのでやめておく。


 霊の満足そうな顔が今もはっきりと頭に浮かぶ。彼女が嬉しそうにしているとこちらも嬉しいが、そのためにプライドの全てを粉々にされ続けるのはいくら私でも堪える。魔女の性が「従属」であっても、限界はあるのだ。

 そういうわけで、〈パイモン〉は没収。棚の上に隠しておいた。


「さて、これでよしと」


 朝一番の仕事を終えて清々しい気持ちで窓の外を見つめる。とてもいい天気だ。今日は定休日。休みをもらっているので、出かけることになっている。お昼は町のはずれに出来た喫茶店で、桔梗と一緒にお茶をしようということになっているので、ぼちぼち支度をしないといけない。


「霊さん、そろそろ起きてください」


 掛布の塊に向かって声をかけると、中から何やら返答があった。もごもごとしているその様子を見て、私は気づいた。そうだ。日の光が当たっているのだった。人の血をひかない霊にとっては大変な苦痛だ。慌ててカーテンを半分閉めると、ようやく掛布の塊が動き出した。やっと起きてくれる。そう思っていると、あっという間に腕を掴まれ、そのままベッドの中へと引きずり込まれてしまった。


「れ、霊さん!」

「朝食」


 やけに不機嫌そうだ。ベッドに押さえつけられたまま、不必要なほどに寝間着を脱がされてしまった。


「やけに張り切って起きるのね。朝っぱらから楽しそうな顔して。そんなに桔梗ちゃんと会うのが楽しみってわけ?」


 なるほど、不機嫌なのはそのせいか。なんて納得しているうちに、着ているものを無駄に全部はがされてしまった。こうして、ダメになってしまう服や下着があるのだが、文句を言ったところで、霊がしてくれるのは新しい服と下着を買っておいてくれるということだけだ。


「せっかく今朝も〈パイモン〉で遊んであげようと思ったのに、何処やったのよ」

「何なら、今、とって来てあげましょうか?」

「もういいわ。幽のすべすべなお肌を触っていたら、お腹空いちゃった。そういうわけで、いただきます」

「うぐ――」


 いつもより噛み具合に遠慮がない。やや乱暴な吸血だった。無意識に抵抗してしまう私を押さえつけるその力にも遠慮はなく、まさに捕食と呼ぶにふさわしい状況だ。信頼はしているが、その一方で恐怖の対象でもあるのが霊という人だ。命の危険すら感じてしまう。しかし、こんな状況でも魔女の性は満たされてしまうのだから悲しいものである。

 満足いくまで血を吸うと、霊はそのまま私の体に覆いかぶさってきた。


「ああ、相変わらず美味しい。どうせ定休日なんだし、あと二時間くらいこうしていようかしら。幽の全身を時間たっぷりくまなく観察するのもいいわね。何処が好きなのか徹底的に調べてみましょうか」

「待ってください。私、今日、出かけるんですけれど――!」

「私は出かけないもん」


 身勝手な言い訳すら可愛いが、可愛いで済ませてはいけない。


「とにかく、二時間は長すぎます!」

「じゃあ、一時間?」


 愛らしく問われ、答えに詰まる。


「いいでしょう? 一時間くらいだったら、十分間に合うじゃない。もうちょっと朝ご飯を楽しみましょうよ。ねえ、幽」


 首筋を舐められてしまうと、もう何も考えられなくなった。


 そして、私の朝の一時間は捧げられることになったのだ。

 解放された時には、霊はすっかりご機嫌だった。一方、私は出かけるというのにすっかり貧血気味だ。それでも、魔女の性は満たされており、空腹は全く感じない。少し休めばまた回復するだろう。


「さて、幽がお出かけの間、私は買い物にでも行こうかしら」

「買い物ですか?」

「うん。デパートに新しい下着屋さんが入ったって曼殊沙華の家で働いている可愛い子ちゃんから聞いたのよ」


 鼻歌交じりにそう言われ、むっとしてしまった。


「カワイ子ちゃんですか……へー」

「そう、可愛い子ちゃん。学生さんなんですって。ぴちぴちのお肌の下に流れる若い血がとっても美味しそう。混じりっ気のない人の血を引いているみたいで、見つめているとお腹が空いちゃって困るくらいなのよね」

「へえーそーなんですかー」


 ぴちぴちのお肌? 混じりっ気のない人の血?

 なんだろう、すごく腹が立ってしまった。何より、うっとりとした顔で霊がそういうのがとてもむかついたのだ。苛々している私の様子なんてとっくに気づいているだろう。それなのに、霊はさらに追い打ちをかけてきた。


「何なら、その子を訪ねて私もお茶でも――」

「霊さん!」


 耐え切れず、私は霊に縋りついてしまった。


「あら、どうしたの? まさか妬いちゃった?」


 怪し気に訊ねられ、泣き出しそうだ。


「あーもう、私が桔梗と遊ぶのがそんなに気に入らないんですかぁ?」

「そんなこと一言も言っていないでしょう? どうぞどうぞ同級生と懐かしい話でもしていらっしゃいな。私はその間、曼殊沙華のお家の可愛い子ちゃんでも誘って二人っきりでお茶を――」

「二人っきりなんてダメです……」


 自分で言っていて訳が分からない。だって、私は桔梗と二人きりで遊ぶというのに。こんな気持ちになってしまうとは。

 今までも、霊は私と無関係の友人と遊びに行くことがあった。二人きりでお茶なんて度々あっただろう。そういう時、私はそれを嫌だと主張したことはなかった。しかし、思い返せばそれは、霊が特定の友人を強調してこなかったからかもしれない。お仕事だとか、昔からの友人と会うのだとか、そういうあいまいな状況が強調されていたので気にならなかっただけなのだ。

 たった今思い知った。たとえ霊にその気がなくとも、すごく不安になってしまうし妬いてしまうものなのだ。


「わがままな子ねえ。自分は桔梗ちゃんと二人っきりでお茶どころか、これまでだってデート三昧だったのにねえ」

「……ごめんなさい」


 恥ずかしさと自分の身勝手さに落ち込んでしまった。そんな私を霊は抱きしめてくる。


「いいの。冗談よ。あなたがあのメガネにそんな感情抱いていないことくらい、もうわかっています。だいたい、そんな危ないナンパ、出来るわけがないでしょう。曼殊沙華のお家なんて、そんなに気軽に立ち寄れる場所じゃないもの」

「え……じゃあ」

「ちょっと揶揄ってやっただけ。今日はお買い物に行ってくるだけよ。可愛い子ちゃんとお茶なんてしません。だいたい――」


 霊の大きな瞳がこちらをのぞき込んでくる。吸血鬼の目には魅了の力があるという。疑う余地もないほど、私は霊の目に見惚れていた。


「私にはあなたがいるもの」


 鼻血が出そうな瞬間とはこういうときのことだろう。

 たぶん、顔は真っ赤だろうけれど隠す暇もなかった。霊は真顔だ。真顔でこんなことを言われて、冷静でいられるわけがない。


「あ、あああ、ああ――」


 言葉を話す力が奪われてしまった。

 そんな私が立ち直るより先に、霊はベッドから起き上がり、うーんと伸びをして目の前で着替え始めた。芸術のような自慢の裸体を見せつけられている間も、私は幸福と恍惚の狭間でくらくらしていた。


 結局、それからさらに三十分、支度に入るまでに時間を要することになった。

 お買い物に行くという霊の格好は、一目惚れする紳士淑女が現れないかと心配になるくらい麗しい。対する私はいつもの可もなく不可もない恰好をばっちりと決めた。

 お日様が眩しいくらいだが、午後から塵が降るという予報もあったので人目対策のマスクや小さな傘も忍ばせておいた。


「張り切っているわねえ、行ってらっしゃい」


 気怠そうにだが、霊はきちんと玄関先まで見送ってくれた。なんだかんだ言って最後は優しいのが我が主人なのだ。


「行ってきます。変な人に声かけられてもついて行っちゃだめですよ! あと、浮気なんかしたら許しませんからね!」

「はいはい、分かった分かった。あなたも知らない人についていかないのよ。〈赤い花〉目当てに人体解剖されたくないでしょう。痛くて怖い思いをしたくないなら、怪しい男女に近づいちゃだめよ」


 忠告が物騒なのはいつものことだ。「何を大袈裟な」と言いたいところだが、自分の母の最期のこともあるので、ここは真面目に頷く場面だ。


「分かりました。大丈夫です。変な奴に付きまとわれてもいつも練習している魔法で脅してやります!」


 こういう時に、虫の魔術の習得は心強いのだろうか。とはいえ、完全に過剰防衛な気がする。前回、身を守るために使ったときも、あの後、笠や曼殊沙華のお家がかなり力を貸してくれたことで公にならなかったのだと聞いている。相手も魔物であり、人間に手を出していた悪人であったがために出来たことだ。

 倒してみたら誤解でしたじゃすまされないこともある。過剰防衛はやはり危険だし、そもそも、そういう場面に遭遇しないことを願いたいものでもある。


 何はともあれ、まずは桔梗とのお茶だ。前に会った時から少し時間が空いているので楽しみだ。霊には悪い気もするから、帰りにケーキでも買って帰ろう。食べ物で吸血鬼の機嫌をとれるとは思っていないが、気分転換に食事だって楽しむのが我が主人だ。この気遣いで喜んでくれるかもしれないと期待したい。

 そんなことを考えながら、暢気に私は待ち合わせ場所へと向かったのだった。

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