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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
8.真実を知る片眼鏡〈バルバトス〉

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後編

 翌日、色々あったが霊は元気いっぱいだった。私もそれなりに元気があったので、いつも以上に店を綺麗にしておくことが出来た。古物たちも心なしか生き生きとしているような気がする。動き出さないといいのだが。

 それはそうと、旭君とやらが来た時刻は昼過ぎ。あらかじめ霊に伝えてあった時間ぴったりに彼は現れた。姿を見てすぐに、目を奪われた。女の子のような男の子だったからだ。ボーイッシュな女子中学生でも通りそうなくらいだった。


「お久しぶりね、旭君」


 蘭花のテーブルに座り、旭は霊と向き合っている。私は二人にお茶を入れながら、まじまじと旭を見つめた。女装とか似合うかもしれないが、そういうことをわざわざさせなくても可愛い。玉美ちゃんたちの従兄ということが頷ける人物だった。


「あ……はい。お久しぶり、です。霊さん、全然お変わりないようで……あの」


 声変わりはまだのようだ。あまりジロジロみるのも失礼なのは分かっているのだが、物珍しさやら可愛さやらで、話しかけたい気持ちが高ぶってしまう。そんな私の様子に気づいたのか、霊は無慈悲にも指示をしてきた。


「幽、あなたはそっち」


 カウンターを指さされてしまった。そこにはメモがある。

 一瞬だけ泣きそうになったが、さり気なく含められたその意味に気づき、はっとした。仕事をするふりをしてメモを取っておけということだ。


「さて、お邪魔虫はそっちにやったことだし」


 霊が穏やかに旭君に語り掛ける。ひどい。


「私に聞きたいことって何?」


 二人の様子をさり気なく見つめながら、メモ用紙に単語を書いていく。旭君。霊さんに聞きたいこと。


「……そうですね、あの……えっと……古物について聞きたいことがあって」

「古物?」

「はい。えっと……ええと……」


 緊張しているのだろうか。それとも、相当言いづらいことなのだろうか。それでも、わざわざ電話してまでここに来たのだから、相当、困っているのだろう。霊は焦らずに彼が語りだすのを待っている。私も黙ったまま仕事をするふりをして見守っていた。


「最近……! 笠さんが持ち込んだ古物って、どんなものがあるんですか?」


 一瞬だけ、霊の表情が変わる。だが、すぐにその表情を濁した。私の方も、旭の表情が気になった。こちらからだと後姿しか見えない。

 最近持ち込まれた古物。〈バルバトス〉のことだ。それは何処から持ち込まれたのか。そう、曼殊沙華だ。それも、彼の家からである。ランクBがランクAに上がり、倉庫行となった品。間違いない。旭はあれについて聞きたがっている。


「ごめんなさいね」


 お茶を飲みながら、霊は静かに答えた。


「詳しくは教えられないことになっているの。……でも、そうね。たとえば、毎日表情の変わる人形や、使うたびに香りの変わる香水なんかが持ち込まれたかしらね」

「ち、違うんです……」


 誤魔化し気味に話す霊に、旭は訴えた。


「僕は、家からこの店に渡った古物について聞きたいんです。し……真実が見えるっていう片眼鏡について……」


 やっぱりだ。

 霊も分かってはいたのだろう。険しい表情のまま黙り込んでしまった。私もまた、止まりかけていたペンをさり気なく動かしてメモを取った。


「何のこと?」


 ややあって霊がそう訊ねると、旭は首を振った。


「誤魔化さないでください。知っているんです。ここにそういうものが持ち込まれたんだって聞きました」

「誰に聞いたの? 誰だとしても悪い冗談よ」


 飽く迄もとぼける気らしい。主人がそのつもりなら、私も合わせるべきだ。というか、黙っているべきだ。どんな事情があるにせよ、あの危険物は中学生に触らせていいものではない。

 霊の振る舞いがあまりに自然だったからだろう。旭は急に勢いを失い、うつむいてしまった。やがて、小声で彼は言った。


「幻さんに聞いたんです」


 思わぬ名前に私は霊を見た。霊は動じずにじっと旭を見ていた。


「どうしても真実が知りたいのなら、この店に持ち込まれることになる片眼鏡を使うといいって……だから、僕」

「旭君、あなた、揶揄われたのよ」


 同情するような声で霊は言った。だが、秘められる心は同情なんかではないだろう。明らかに霊は動揺していた。

 幻。霊の親戚だ。吸血鬼の派閥にも入らず、行ったり来たりの胡散臭い人。〈ヴァレファール〉のことを根に持っての嫌がらせか、ただ無垢な少年を揶揄っただけなのか、なんにせよ迷惑なのは変わりない。


「え……で、でも……」


 縋り付くように旭は顔をあげた。そんな彼の前で、紅茶をもう一口飲むと、少し落ち着いたのか、霊は一息ついてから続けた。


「そういう冗談を信じてここに来たってことは、何か悩みでもあるってことよね?」


 穏やかに語り掛ける霊の前で、旭はそわそわと身動ぎし始めた。図星なのだろう。言い難いことなのだろうか。それとも、私のことが本当にお邪魔虫であるのか。分からないが、霊の眼差しに根負けしたのか、やがて旭は白旗でも上げるかのような弱々しい態度で答えたのだった。


「知りたいことがあるんです」


 泣き出しそうな女児のような声だ。まるで霊が虐めているように見えなくもない。前後の場面を見ていなければ、いびりの現場にしかみえないだろう。

 まあ、それはいい。それはいいが、〈バルバトス〉を利用してまで知りたいこととは何だろう。どんな事情があれ、あれを貸し出すことはないだろう。しかし、だからと言ってこのまま放りだす霊ではない。ここで働きだして一年も経っていないが、そのことは私もよく分かっている。


「そのことについて教えてくれる? 違う方法もあるかもしれないわ」


 穏やかに霊がそういうと、旭はじっとその顔を見上げた。

 仕草はいちいち子どもらしい。だが、中学生といえばだんだんと子どもらしさが抜けていく時期だ。女の子と変わらないように見える旭も、そういう年頃なのだろう。しばらく時間をおいてから、彼はおずおずと語りだした。


「知りたいことっていうのは……昔からの友達の事なんです」


 一言口から出したら安心したのか、続く言葉はだいぶスムーズなものだった。


「昔から仲が良くて、その、その友達って、女の子なんですけど、別にそう思わないくらい気が合って……最近まで、一緒に遊んでいたんです」


 ここで私は彼の悩みの九割がたが特定できた。


「ただ、最近になって、その子がなんかおかしいんです。話しかけても素っ気なくて、そのくせ、何か言いたがっているような態度はとるし、ボク、気になって気になって、何か悪いことしたかなあとか思っても、何も思い当たらないんです……」


 霊は静かに聴いていたが、旭が黙り込むのを確認するとそっと訊ねてみた。


「その子にまつわることで、他に気になることは最近あった?」


 すると、旭は首を傾げる。


「特に……あ、どうでもいいことかもしれないのですが」

「なに? 教えて」

「その子が最近、夢に出てきたんです。夢の中で、ボク達、大げんかしちゃって、変な夢だったなあって思っていたら、あの子の態度が変わっちゃって……予知夢だったのかなあ」


 予知夢。大げんか。素っ気ない態度。

 なんだろう。最近、思い当たる様なことがあった気がする。その友達の女の子とは、どういう子なのだろうか。いろいろ想像したのち、ふと気づくと、メモ帳に見事な迷路が描かれていて、少し慌ててしまった。気を取り直して窺いなおしたちょうどその時、霊が話し出した。


「なるほどね」


 いつになく優しい態度で霊は旭に向かっていった。


「その手の悩みに効く古物を知っているわ。あなたがしたいのは真実を知りたいことだけ? それとも、仲直りもしたいのではないの?」

「仲直り……したいです」

「そう。それなら、力になれるわ」


 きっぱりとそういうと、霊は立ち上がって店の片隅にある御守りコーナーへと向かった。この間も似たような光景を見た。そこにあるものは、古物として効果のほどはさほど期待できないものばかりだ。お土産や御守としての対象であって、ランク付けされるようなものではない。それでも、霊は時々、こういったものを渡すことがある。お土産品としての値段以上はとらない。今回もそうだろう。


「これね」


 取り出したのは友情のお守りだ。女子が好みそうな愛らしいものではなく、どこかの外国の民芸品のような小さな人形だった。あまり女の子らしいものではないので、男の子でも恥ずかしくは感じないだろう。

 人形が着ているのは、たしか、蘭花ランファ国から独立したばかりのクク国の民族衣装だったはず。他にも様々な国の民族衣装を着た人形がある。


「これを鞄の中に潜ませておきなさい。あまり人に見せないほうがいいわ。ただ、粗末に扱わないこと。いいわね?」


 ただのお土産品なのだが、霊は真面目にそうアドバイスして小さな人形を旭に手渡した。旭はまともに受け取り、しっかりと頷いた。私は余計なことを言わないように口を閉じて、メモ書きに専念した。


「この人形はね、持つ人の運気を守る力があるの。でもね、御守っていうのは後押しをしてくれるだけよ。肝心なところでは自分が動かなきゃダメ。分かるわね?」

「……はい」

「じゃあ、お友達に直接話しかけてみなさいな。仲直りできないか、どうしてそんな態度をとるのか、自分の言葉で聞いてみるの。この人形が影で支えてくれるはずよ」


 力強く語る霊の姿に安心したのだろうか。


「――分かりました……やってみます」


 旭の声には先ほどよりも元気があった。

 結局、〈バルバトス〉が倉庫から出てくることはなさそうだ。旭はどうやら人を信じやすい男の子のよう。元の言葉もあっさり信じてここに来たわけだが、霊の言葉もあっさり信じてしまった。


「お世話になりました」


 そう言って帰っていくその表情は、来た時とは全く違う明るい表情に戻っていた。

 霊は古物商だが、人生相談や占い師の素質もありそうだ。なんて、勝手ながら思っていると、客を見送り終えた霊がぴしゃりと店の扉を閉め、カーテンも閉じた。日差しが強すぎただろうかと呑気に思ったのだが、その表情はとても険しい。


「幻ですって」


 殺気立った声に寒気がした。


「あの男、〈バルバトス〉のことも知っているようね。嫌がらせもはなはだしい。〈ヴァレファール〉のことを根に持っているのかしら」

「ただの悪ふざけなのでは?」


 願望交じりにそう訊ねてみたが、直後、睨まれて後悔した。余計なことは言わないほうがいい。生まれてこれまでに何回学んだことだろうか。


「幽。覚えておいて」


 霊は厳しい口調で言った。


「幻はもちろんだけれど、曼殊沙華の家の者も簡単に信じてはだめよ。特に、今すぐ来てほしいという要望は断りなさい。私と一緒でないときに話しかけられても、断って店に戻ること」


 まるで未成年者にするような注意だが、霊は主人であるから文句は言えない。それに、霊がこのように警戒するときは、本当に不味い相手であることが多いので、軽い気持ちで違反することもよくない。慎重に頷くと、ようやく霊は落ち着いた。


「まあ、世間話くらいはその限りじゃないけれどね」


 そう言って、蘭花のテーブルに再び座ると、紅茶を飲み干した。

 その姿を見つめながら、先ほどまでいた旭の姿を思い出していた。真実を知りたくて。その気持ちはよく分かる。私だって人の気持ちが分からなくて辛いことがあった。思春期ならばなおさらだろう。〈バルバトス〉はそういう人の味方にもなる。味方にもなるが、心の全てを知ってしまうことは、あまりいいことではないと私は思い至った。

 私だって自分の感情の全てを霊に知られるのは怖い。霊だって全てを語ることはあまりない。そんな状況で大事になってくるのは、全てを知りたいのか、知ることで何かを得たいのかというところだ。霊もそういうことを言いたかったのだろうか。


 旭が選んだのは知ることではなく、仲直りをすることだった。私はどうか。霊のことは全部知りたい。でも、何故知りたいかといえば、霊ともっと絆を深めたいからだ。もしも、絆を深める手段として知ることが効果をなさないのなら、〈バルバトス〉は私にとっても必要とならない。

 真実を教えてくれる片眼鏡。その姿が再び倉庫から出されることは、しばらくの間、ないだろう。


「幽、こっちに来て」


 メモ用紙をまとめる私に霊は話しかけてきた。

 見れば蘭花のテーブルの上に別のカップが置かれていた。


「ちょっと一休みよ。付き合いなさい」


 注がれるのは酒ではなく紅茶だ。その甘い香りに引き寄せられて、私は大人しく席に着いた。穏やかな昼下がり。外は明るくて暖かだろう。休日を楽しむ子どもたちの声が時々聞こえてくる。そんな煩わしい光の世界を避けるように、店内は薄暗く静かだ。どちらも好きだが、霊がいる方がより好ましい。

 高ランクの古物と、それに目を付ける怪しい影。様々なものがこの店の周りにとりまいている。母が生きていた頃には考えられなかったような殺伐とした空気を感じることもしばしばあるが、ここに来たことには後悔はなかった。


 そこが霊の隣なら。私の居場所に違いない。

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