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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
7.本音で語り合う電話〈アモン〉
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前編

 ここに一つの電話機がある。かなり古いタイプだ。霊の店にあるような黒電話とも違う。今より七十年ほど前、かつて存在した逓信省ていしんしょうが提供した卓上電話機である。スタンド型の送話器とラッパ型の受話器は、映画などで使用されているものを観たことがある。壁掛け式だったが、卓上式もあったのかと感心した。


 この電話機もまた霊の店の古物である。〈アモン〉という名前がついている通り、誰にも引き渡すつもりはないそうだ。もともとは展示物であったものだが、異常性を見抜いた魔物の手によって保護され、笠を経由して霊の元に引き取られたらしい。


 では、どういう能力があるのか。ここが一番注目されるポイントだろう。


 この電話はウソをつけない能力があると言われている。円滑な人間関係を築くためにも本音と建前というバランスが存在するが、このうちの建前だけが消えてしまうのが不思議な電話〈アモン〉の力である。

 この電話を使用した者のトラブルは絶えず、冷静になればどうしてあの時にあんなことを言ったのだろうと反省するのに、同じ電話を使用すればまた同じ失敗が繰り返される。純粋なる本心ばかりが刺激され、増長され、相手に伝わり、相手もまた同じような作用に見舞われるため、本音と本音のぶつかり合いが勃発してしまうのだ。


 ウソをつけないということは多くの場面でいいことだと思われるだろう。傍から見れば正体が分かりやすいため、扱いやすいという利点もある。しかし、無駄な争いを産んでしまう以上、この〈アモン〉は世を乱す電話機として封印されることとなった。


「そういうわけで、電話線につなぐコードは取り外されたの」


 霊はそう言いながら、店内に置かれた古物の掃除をしている。私が触れてはいけない商品も多いため、手伝いは少な目になってしまう。ちなみに、この〈アモン〉については大丈夫であるらしい。


「じゃあ、これ、今はただ保管されているだけってことですか?」


 手に取って受話器を耳に当ててみた。子どもの頃ならば、楽しく電話ごっこでもしていただろうが、あいにくそういう年齢ではない。とはいえ、意味もなくダイヤルを回してみたりするのだけれど。


「あら、気を付けて」


 音を聞きつけ、霊は振り返る。


「コードがないといっても、何処にも繋がらないわけじゃない」

「――え」

「じゃないと、この店で保管する理由がないでしょう? 〈アモン〉はね、人の夢の中に繋がってしまうのよ」

「人の夢、ですか?」


 慌てて受話器をフックにかけると、霊はくすりと笑った。


「そう、人の夢。かけた人が今一番話したい人の夢に繋がるの」

「繋がったら、どうなるんです?」

「本音で語り合うそうよ。所詮、夢の話と侮ることなかれ。ここでの交流は、現実世界にも影響を及ぼすのだとか」

「それは……なかなか怖いですね」

「そうね。だからここにあるの。何処にもいく予定がない。誰にも使われる予定がない」


 私はじっと〈アモン〉を見つめた。霊の説明を聞いた上で目にするその姿はとても寂しそうだ。いったいなぜ、どうして、こんな力を持ってしまうのか。それが分かれば苦労はしない。分からないからこそ、こうして霊が守ってあげているのだろう。


「私もたまに使いたくなるのよ」


 売り物である古書の背表紙をはたきながら、霊は透き通るような声でそう言った。ふと振り返り、その優雅な姿が目に映ると、思わずうっとりとしてしまう。本の表紙をなぞる美しい指先。あれで抓られたときのことを思い出すと、静かな熱りが生まれるのだ。


「何しろ、あなたは何を考えているのだか分からないから」


 怪しげにこちらを見てくる視線に震えが生まれる。私としては、霊の方が何を考えているのだか分からないのだけれど。


「ああそうだ、幽。今日は外食でもしてみない?」

「外食ですか?」


 急な誘いにびっくりした。何しろ、私も霊も食事なんていらない。人間とその他の生き物たちが各地で楽しんでいる料理を、私たちもまた決して楽しめないというわけではない。しかし、本来は必要ないため、所詮、映画やテレビ、音楽、観劇、鑑賞、アニメ、漫画や小説、テーブルゲームや、最近話題のゲーム機、ギャンブルなどというもののように、娯楽に過ぎないのだ。


 それでも、私たちはたまに外食をする。せっかく人間のふりをして生きているのだし、特別な日くらい、たまには人間らしくということらしい。とはいえ、外食だけで夕飯を済ませようものなら、霊が先に貧血になってしまうわけだ。責め苦を得られない私も腹が減って眠れなくなってしまうだろう。


 それにしても、何か特別な事でもあっただろうか。思い当たることがない。


「今日は早めに店を閉めて、軽く夕飯にしたら、着替えて外に行きましょうよ」

「それは……いいですけれど、どうして今日?」

「別に。ただの気分よ。たまはいいじゃない。あ、そうだ。ちょっと着替えを用意してあげましょうか。夕食の後、今着ている服をまた着直すのも嫌でしょう?」


 怪しげに笑われると、今すぐ食事にしてほしくなるものだからとても困る。

 適当な場所に鋭い牙で噛みついて、血を吸い吸われるだけで終わるのが私たちの食事のはずなのに、どうして着替えなくてはいけなくなるのか。

 それについては、いまは深く考えないでおきたい。

 縄といい蝋といい、そして鞭といい、針といい、私の日常で刺激が足りないということは皆無だ。

 しかし、それよりも御馳走となるのは、満足そうに笑う霊の表情だった。ついでに言えば、私の為に服を選んでくれるという行動もかなり楽しみではある。

 だから、服選びのためにちょっとサボろうという魂胆が見え見えでも、私は怒る気になれなかった。


「せっかくだし、そうしてください」


 手元に置かれた〈アモン〉をなんとなく触りながら、私は霊に言ったのだった。


「どんな服を選んでくれるのか、ちょっと楽しみです」


 そして、満足そうに去っていく主人の背中を見送りながら、私は改めて、カウンターに座ってラジオのスイッチを入れたのだった。

 いつも何となく聴いている番組が流れだす。話題は、最近、オープンしたという喫茶店の話題だった。双六喫茶と言われていたけれど、その通り、ボードゲームを楽しむことが目的の喫茶店らしい。面白そうなものだ。


 せっかくだし、今日は霊を誘って覗きに行ってみようかな。

 そんなことを考えていたときのことだった。


 店の窓より見覚えのある小さなシルエットが目に映った。真っすぐ走り、入り口にたどり着いたかと思えば、遠慮の欠片もない強さで扉は開かれた。


「霊ぃ、いるかー?」


 ちょっとだけ背の高くなった気がする幼女がそこにいた。気を抜いているのか、額には角のようなものが見える。目の様子もこちらが冷や冷やしてしまうほど、人間離れした輝きを放っている。

 いつか家に来て以来、何度も遊びに来るあの鬼幼女だ。今日も曼殊沙華の紋章を下げて、乙女椿風の衣装に身を包み、下駄をからころ言わせて入ってくると、まっすぐ私の座るカウンターへとやってきた。背伸びをしてカウンター越しに私を見つめると、バシバシたたきながら要望を述べる。


「なあ、幽や。今すぐに霊を出しておくれ!」


 以前よりも傲慢な態度はよくなった。兄姉にいつも叱られているらしいし、何よりも母親に怯えている。どんな母親なのか心配になるが、いつも見せてくれるその様子は元気そうなので、さほど心配することもないだろう。


「霊お姉ちゃんなら待っていたら来るよ。そこに座って」

「待てぬ。すぐに出すのじゃ!」

「と言われてもなあ。そんなに急ぎの用なの?」

「一大事なのじゃ! 一大事なのじゃ!」


 この鬼幼女――最近知ったが、名前は玉美たまみというらしい――は、たびたび「一大事なのじゃ!」といって店に飛び込み、翌日には彼女の母親や、姉や兄が謝りに来たりする。非常に可哀想なので、鬼幼女もそろそろ兄姉の気持ちも考えてあげられたらいいように思うのだが、もともとの性格なのだとしたら絶望的なお話だ。


 ちなみに、玉美ちゃんの「一大事」とやらは、だいたい大人目線では一大事ではない。可愛らしい子どもの悩みに過ぎない。とはいえ、私もこの子くらいの年齢の時は、くだらないことで人生の分かれ道ほどに悩んだものだから仕方ない。


 なんて、微笑ましく思っていたら、鬼幼女の地団駄が聞こえてきた。


「ああもう、何をぼけっとしておるのじゃ!」

「ごめんごめん。じゃあ、その一大事の内容を教えてくれるかな?」

「うううう、煩わしいが仕方ない! 一度しか言わん、心して聞くのじゃ!」


 子犬のように唸りながら訴えてくる鬼幼女は非常に可愛い。犬や猫の子を愛でるような気持ちで見守りたくなる。


「姉上の一大事なのじゃ! 妹としていますぐに助けなくてはならぬ!」

「お姉ちゃんがどうしたの?」

「明日、決闘すると言っていたのじゃ。事と次第では人生が終わってしまうのだと! 姉上が死んでしまったら大変!」

「決闘?」


 待て待て。聞き捨てならないことだ。

 決闘ってものはたしか乙女椿の法律で禁じられていなかったっけ。大変なことを聞いてしまった気がする。聞いてしまった以上、乙女椿国民の成人としてすぐに止めに行かなくてはならないのでは。

 予想にもしなかった事件の香りに恐れおののいていると、からんと店の扉が優しく開かれた。見れば、そこには以前、玉美の姉であるあの少女が、息を切らしながら立っていた。


「玉美ぃ……あんたねえ……」


 その目はまさに鬼のもの。玉美よりも少し大人に近い分、感じられる妖力も半端ない。

 この店の中にいるからこそのものだが、魔を取り巻くぴりぴりとした世間を想えば、やはり見ていて冷や冷やすることこの上ない。


「お姉ちゃんの電話を盗み聞かないでっていつも言っているでしょ!」

「聞き捨てなるものか! 姉上の一大事じゃというのに!」

「あ、あの、お姉ちゃん?」


 姉妹喧嘩は出来ればお外で……っていうのよりも先に、聞かねばならないことがあったのだった。決闘とはいったい。


「すみません、ちょっとお邪魔します!」


 そう言って、玉美の姉はそそくさと入店する。小走りにカウンターまで来たかと思えば、がつんと玉美にげんこつを食らわせた。これは痛そうだ。加減がなっていない。鬼幼女玉美は頭を押さえ、涙目になっていた。


「うあーん、姉上のゴリラぁ」

「ゴリラで結構。ゴリラで結構よ。いつも言っているでしょう。お店の人に迷惑をかけないでって。すみません、お騒がせしました」


 そこでようやく、私も落ち着いて玉美の姉に訊ねることが出来たのだった。


「あ、あの、お姉ちゃん……決闘っていうのは……」

「え、やだ、この子ったらそんなことを? もちろん、本当の決闘じゃありません。えっと、その、明日はわたしにとって人生の勝負の日で……」


 顔を真っ赤にしながらそう言った。しどろもどろといった様子。

 鬼とはいえ、年頃の女の子。なるほど。なんとなくだが、話が見えた気がした。決闘は決闘でも、乙女椿で禁じられている決闘などではなく、年頃の男女ならば誰しも臨む可能性のある戦いとみた。

 すなわち、恋の決闘。


 ここは人生経験豊富な大人のお姉さんらしく……と、背筋を正そうとしたその時、のほほんとうちの店主は帰って来たのだった。

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