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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
47.一蓮托生の灰皿〈ヴアル〉
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中編

 翌日、私たちは寝坊も遅刻もすることなく、無事に曼殊沙華の本家を訪れることが出来た。

 速やかに〈ヴアル〉を預けると、その後はしばらく、どちらかと言えば控え室とも呼ぶべき小さな応接室に通され、そこで息を潜めて待機することになった。

 私たちが本家を訪れた際にたまに通される部屋だ。ここに通されるのは、もっぱら私たちのような曼殊沙華と結びつきの強い来客らしい。

 小さいながらもソファはしっかりしているし、戸棚には価値の高そうな美術品が飾られている。そんな小さな部屋で私たちの相手として付けられていたのは、いつも曼殊沙華からの使者として店に来ることになる男性──トロ火だった。


 ちなみに、応接間は複数ある。私の知る限りだと、ここを含めて少なくとも三つ。

 一つは、以前も通されたことのある待合室と呼ばれる中程度のもの。そして、もう一つが、あまり通される機会のない会議室と呼ぶべき広間だ。

 今、その広間では、舞鶴と銀箔の代表とそのお付きの者たちが通されている。今回は待合室で控える従者などはいない。全員が見守る中で、〈ヴアル〉は使用されるのだという。

 私たちはその〈ヴアル〉を持ってきただけの立場だ。そのため、口を出したり、見届けたりすることは出来ないらしい。何なら、顔を出すこともしなかった。どうやら、霊がそれを拒んだらしい。会いたくない、もしくは、私と会わせたくない人がいると聞いていたのだろう。


 ──たぶん、舞鶴かな。


 千里。その名前はちゃんと覚えている。舞鶴の家に生まれた、私の母違いの兄である。しかし、その顔は覚えていない。彼の素顔はいつも鳥のお面で隠されている。霊の魔術がそうしているからだ。

 彼は敵ではないという。店も彼を弾けず、通してしまった事がある。恐らくそれは本当で、私たちに危害を加えるつもりはないのだろう。それでも、霊が警戒しているように、私も彼を信頼できなかった。

 舞鶴は、霊を攫い、監禁していたことがある。その事を思い出せば、私だって会いたくない。少しでもその可能性があるならば、会議室の中で行われる事を知る機会を失ってでも、避けてしまうのも仕方ないことだろう。

 とはいえ、何も知らされないというわけでもないようだ。トロ火のお陰だ。どうやら秘匿するようなことでもないらしく、彼は私たちに対して余すことなく事情を話してくれた。


「近頃はもう、〈七歩蛇〉よりも〈鬼消〉の方が怖がられています。そもそも名前がよろしくない。鬼の一種に含まれる、我々にしてみればその時点で敵対行為とみなさざるを得ないでしょう。それもド直球の」


 内容の深刻さに対して、やや冗談めかして彼は言ったものの、ふと私の存在を思い出したのか、慌てて訂正するように付け加えた。


「ああ、ですが勿論、〈七歩蛇〉の件もきちんと監視しておりますよ。とはいえ、そちらは白妙の皆さまの方が慣れていらっしゃって」

「伊達に蛇神信仰に対抗し続けているわけじゃないってことね」


 霊がそう言うと、トロ火は苦笑を浮かべた。


「私たちの先祖たちも、一応、蛇神信仰が復興しないよう気を配っているのですけれどね。さすがに狐神様方には負けますよ。何しろ、信仰をひっくり返したのですから」


 それは、この地に蔓延っていた人身御供をやめさせるための戦いだったという話だ。

 かつて旧鼠きゅうそを討伐し、崇め奉られていた蛇の女神は、人身御供の強制を白妙の先祖たちに咎められて以来、神性を失って今も町の片隅をうろちょろしているという。

 そんな彼女の信仰を復活させようと目論むのが蛇ノ目たちからなる〈七歩蛇〉という組織で、その〈七歩蛇〉に対して非常に好戦的な姿勢を見せているのが〈鬼消〉だ。

 その代表、鬼芥子と彼女を崇める〈鬼消〉の魔人たちにはそれぞれの事情があるが、それらはすべて「魔女の心臓を持つ全ての者のために」というスローガンに収束する。何故なら、〈赤い花〉もまた魔女の心臓を持つ者であるからだ。

 曼殊沙華も、銀箔も、舞鶴も、所詮は他人事だ。部外者の中でもっとも〈赤い花〉に寄り添ってきたのは白妙だろう。しかし、その白妙だって、当事者というわけではない。

 そう思うと、魔族……それも魔女が代表で、魔人たちからなる組織というものは、そのメンバーにしてみれば誰よりも信頼できる居場所なのだろう。


 ──ともあれしばらく、七歩蛇の件で曼殊沙華は頼れなさそうだ。


 トロ火がなんと言おうと、私の印象はそうだった。

 今、曼殊沙華の者たちは〈鬼消〉の事で頭がいっぱいのようだ。曼殊沙華だけでなく、舞鶴も銀箔もそうだろう。

 その理由も勿論理解しているつもりである。私にとって蛇神信仰が他人事ではないように、彼らにとっても鬼の都合とは関係なく動く〈鬼消〉の存在は他人事ではないのだろう。

 ましてや、彼らは時に、全ての鬼の存在を否定するような過激な言動をしているという話が報告されるのだから尚更だ。自分たちの安全も脅かされかねないならば、何よりも優先して対策を練りたいのも当然だろう。

 それに、私としても〈鬼消〉は怖かった。今もその一員であるという桔梗。彼女は吸血鬼である霊を嫌っている。霊と私の関係を否定している。


 ──魔女は魔女と共にいるべきだ。


 その言葉をふと思い出し、寒気がした。


「ああ、そうそう〈ヴアル〉の使用ですが」


 と、トロ火が霊に向かって告げた。


「以前のように、それぞれの代表と副代表、それに数名の側近たちが煙管を吸うようです。結構な人数になりますね」

「十名ほどってところかしら。正式な記録ではないけれど、サンフラワー国では百人近くに及ぶ契約もあったそうだから、〈ヴアル〉にとっては問題ないでしょうね」

「きちんと作用したんですか?」


 トロ火の素朴な質問に対し、霊は目を細めながらさらりと告げる。


「その全員が一気に亡くなる不可解な事故があったのですって」


 その答えにトロ火の表情が引き攣った。


「……確かに呪われた代物だと思われるだけだ。一体何があってそうなったんですか?」

「開拓民側と先住民側のいざこざだそうよ。戦争状態になるのだけれど、被害も混乱も収まらないから〈ヴアル〉が持ち出されて停戦交渉があって、その戦闘に参加した全員が煙草を吸ったのですって。けれど、それから数日後、契約を交わしたある開拓民の男が、些細なトラブルがきっかけで、共に煙草を吸った先住民の一人を激高のままに銃殺してしまい、直後に自殺した。それが引き金だったようよ」


 聞いていて私も、さっと血の気が引いてしまった。

 災いの多くは死にまつわるものとは聞いていたが、実際に事例を聞くとやっぱり怖くなってしまう。


「なるほど、巻き込まれた他の人達も気の毒です……」

「ええ、そうね。そういう代物だから、精霊ではなく悪魔じゃないかと怖がられたのでしょうね。それに、大人数ではあまり使われない」

「ちなみに、事故死や病死、やむを得ない別離などの際はどうなるでしょう?」

「裏切りの伴わないことで連絡が取れなくなっても、特に何の作用もないようよ。そういう記録もある。けれど、その事故や病気、それに失踪に契約相手に対する何かしらの裏切りが含まれているならば……分からないところね」


 妖しく笑ってから、霊は続けて言った。


「ともあれ、そういう逸話がいくつもついているから、〈ヴアル〉を使用する際は、大抵の場合、明確な期限と詳細な内容を決めるものなの。勿論、裏切るつもりが一切ないのならば、その必要もないともいえるけれど、少なくとも私が知っている限りでは、事細かな条件を決めた上で使っていたはずよ」


 霊の言葉に、トロ火もまた頷いた。

 そのくらい、重要な決め事なのだろう。


 それにしても、と、私はふと今の話から在りし日のサンフラワー国の姿を想像した。百名近くの人達が一度に。人々の恐怖は計り知れない。それを思うと〈ヴアル〉が恐れられ、廃棄すべきだという声があがったのも納得してしまう。

 だが、そんな未来を望まなかった人達がいたから、〈ヴアル〉はここにある。廃棄処分を免れない世相に反して、秘密裏にそれを守ろうとした人達はどんな人たちだったのだろう。

 きっと、〈ヴアル〉を悪魔のようだと恐れた人達からすれば、彼らもまた悪魔の使いのようだっただろう。しかし、彼らだって、そこには事情があったはずだ。その事情がどうであれ、〈ヴアル〉はサンフラワー国を離れ、海を渡ってここへ来た。そして今、重要な取り決めの為に活躍しているわけだ。


 静かに待っているうちに、微かにだが空気の匂いが変わった気がした。ここから広間は少し離れているが、流れてきたのかもしれない。

 その匂いがしてからしばらくすると、私たちのもとに曼殊沙華の若い女性が〈ヴアル〉を盆に載せて運んできた。軽く一礼をして〈ヴアル〉を私たちの前に置くと、彼女はそのまま静かに去っていった。


「長らくお待たせいたしました」


 トロ火がにこやかに言った。

 戻ってきた〈ヴアル〉は、丁寧に磨かれていた。恐らく灰が積もったと思うのだが、綺麗に捨てられている。その様子を眺めてから、霊は静かに言った。


「確かに問題なかったようね」


 その後、霊は〈ヴアル〉を新聞紙に包むと、木箱にしまい込んだ。その後は、よっぽど霊も早く帰りたかったのだろう。談笑もおろそかに裏口へと通してもらい、ひっそりと帰ることになった。


「では、失礼するわ」

「ええ、お二人とも、ありがとうございました」

「雷様にもよろしくお伝えくださいな。あの頃のように、〈ヴアル〉が正しく力を遣えたようで良かったですわね」


 何故だろう。その言葉には若干の皮肉が込められているようにも感じられた。

 トロ火も同じくそう思ったのだろう。一瞬だけぎょっとしたように息を飲んだが、すぐに苦笑を浮かべなおした。


「勘弁してください」


 そんな彼にくすりと笑って、霊は言った。


「冗談よ。お役に立てているようで何よりです。そうお伝えくださる?」


 彼女の微笑みにトロ火は、今度は真面目な表情をして頷いた。

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