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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
44.人を呪う携帯ラジオ〈シャズ〉
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後編

 洒落頭はその後、一時間ほど家で休んでいたが、起き上がることが出来ると笠に連れられてそのまま帰っていった。少し心配だったが、歩いて帰れるくらいには回復したのだという。笠に支えられながら帰ろうとする洒落頭の表情は、すっかり元気そうだった。


「迷惑かけたね。また会えるかどうかは分からないが、次に会う時まで〈シャズ〉の事をよろしく頼むよ」

「ええ、勿論」


 霊が落ち着いた声で答えると、笠は洒落頭の背中を軽く叩きながら言った。


「爺さん、落ち着いたら一緒に茶でも飲もう」

「茶、かい? 酒じゃなくて?」

「酒はやめな。ご老体には良くないからな」

「なあに、少しくらいむしろ良い刺激になって長生きできるよ」


 そんな事を言いながら、彼らは共に店を去っていった。その背中をしばらく見送ってから、霊はそっと店のカーテンを閉めた。気づけば、もう閉店の時間だ。笠と洒落頭がいる間は臨時休業にしていたのだが、閉店作業は残っている。それに、気づいたが最後、お腹も空いてしまった。

 振り返る霊に、私はそっと眼差しを送った。彼女の目もまた薄っすらと赤い。捕食モードに入ったときの吸血鬼の目だ。けれど、霊の方には余裕があったのだろう。わざとゆっくり近づいてきて、私の首筋に手を当ててきた。常にかさぶたが出来ているその場所に触れられると、ズキリとした痛みが走った。それだけで、〈赤い花〉は悦び、高鳴った。興奮は悟られているだろう。

 しかし、霊はがっついたりしない。しばらく、私の反応を楽しんでから……それから、ふうと溜息を吐いた。倦怠感の混じったその溜息に、私もまたすぐに冷静になった。


「霊さん……洒落頭さんの事を心配しているんですか?」


 そっと訊ねると、霊は私の顔を見つめ、苦笑を浮かべた。


「そうね」


 返ってきたのは短い答えだった。沈黙が何となく怖くなり、私は彼女にさらに訊ねた。


「洒落頭さんは、どうしてあんなお仕事をされているんでしょうか? 一体いつまで……」


 年を取らないからと言って、年を取る事の意味が分からないわけではない。あのように身を削った仕事はいつまでも出来ないだろう。特に〈シャズ〉は危険だ。曼殊沙華側としては都合のいいものなのかもしれないが、あの調子で使い続けていれば、いつか洒落頭は体を壊すだろう。けれど、霊はそんな私に言ったのだった。


「恐らく、死ぬまででしょうね」

「死ぬまで……」

「かつて、洒落頭さんが言っていたの。この年になると死に方というものを考えるようになってくるのだと。〈シャズ〉をうちの店に託すと決めた時の事よ。どうせいつか死ぬならば、自分は〈シャズ〉に身を捧げて死にたいのだと」

「どうして……そこまで」

「それはね、彼にとって〈シャズ〉は家族のようなものだからなの」


 そして、霊は教えてくれた。洒落頭が〈シャズ〉を預けるようになるまでの経緯を。


 それは私がまだ自分の正体にすら気づいていない頃の話だ。

 街の家電量販店に、新型の携帯ラジオが並んだ。コンパクトながら小さすぎず、ダイヤル操作も快適で、品質も申し分ない。値段も手が伸ばしやすく設定されていたそれを、最初に見つけたのは洒落頭の妻だったという。


「洒落頭さんの……奥さん?」

「もう亡くなった人よ。そのラジオを買ったその日にね」


 霊は言った。


「洒落頭さんには子供がいなかった。何人か生まれる前に亡くなったと聞いているわ。だから、いつまでも夫婦仲睦まじく、共に曼殊沙華に協力してくれていた。そう、奥さんも呪術師だったのよ」


 しかし、それが良くなかった。少なくとも魔の血を引かぬ人間としては。


「その頃の話だけれど、曼殊沙華の家に敵対する人物がいたの。魔の血を引かない人間で、けれど、魔の存在を知っているという厄介な人だった。彼は鬼の血を引く曼殊沙華の人々を恐れていたの。何か身近で良くない事が起こったり、誰かが事故で亡くなったりすると、曼殊沙華の人達がやったんじゃないかって疑うようになってしまった。そして、関係者を洗い浚い調べていって、洒落頭さんと奥さんにも接触するようになっていた」


 そして、事件は起こった。それは、洒落頭の妻が携帯ラジオを買った帰りの事だったらしい。連絡を受けて洒落頭が駆けつけてみれば、妻はすでに息を引き取っていた。そして、その時はまだ事故として認識されていたらしい。だが、事故ではなかった。目撃者がいたのだ。誰かと激しく問答し、その果てに車道に突き飛ばされたところを見たと証言する人がいたのだ。


「殺された、ってことですね」

「ええ、そうね」

「それで……その相手は?」

「死んだわ。事件から一か月もしないうちにね」


 それこそが、人を呪う携帯ラジオ〈シャズ〉の最初の仕事であったらしい。

 何故、あの複雑な手順を洒落頭が知っているのか。それは、不思議な力が働いて、としか言いようがないのだという。

 居て当たり前の人が居なくなったことに喪失感を覚えながら過ごしていたある夜、転寝をしていた洒落頭は奇妙な幻を見た。それは亡き妻がかの携帯ラジオの音声を聞きながら、話しかけてくるというものだったという。妻は笑みを浮かべていたが、聞こえてくる音声は不気味だった。

 カタカタと永続的に繰り返される音と、微かに聞こえる男性の声、そして、ビュー、ビューという甲高くか細い鳥の声だったという。


「それってあの……」

「ええ、〈シャズ〉を使った時にラジオから流れてきたあの音だったそうよ」


 洒落頭は言ったという。その幻の中で、携帯ラジオの使い方を学んだのだと。彼の話が本当かどうか、確かめる術は何処にもない。しかし、少なくとも彼があの携帯ラジオの正しい使い方を知っていることは確かだった。


 幻が消え、我に返った洒落頭は、すぐにあのラジオを探した。妻が亡くなった時にすぐそばにいたそのラジオ。共に車道に突き飛ばされたにも関わらず、奇跡的に壊れることもなく現場にあったという。

 形見の一つのようなものだが、それだけに洒落頭は避けていた。処分も検討していたほどだったという。けれど、その日、ラジオと洒落頭の関係は大きく変わった。


 幻の中で学んだとおりに、妻を殺したその男の名前を書いた人型を用意して、携帯ラジオを操作すると、覚えのあるあの音声が流れ始めたのだという。

 これは呪術だ。洒落頭はすぐに理解した。けれど、最後まで遂行した。許せなかったからだ。夢で学んだ通り全てを終わらせてから、その携帯ラジオを手に曼殊沙華のもとへと向かったらしい。洒落頭の報告を受けた曼殊沙華の者たちは、すぐにラジオを調べ始めた。


「念のため、曼殊沙華の人達が同じ型の携帯ラジオを使って試そうとした事もあったの。だけど、勿論、あんな音声は聞こえてこなかった。もしかしたら、事件と何か関係があるのかもしれないと、雷様は言ったそうよ」


 そしてその数週間後、曼殊沙華の人々を悩ませていたその人物が、急死したという知らせが入ってきた。


「原因不明の心臓発作ですって」


 霊は言った。


「あの日から、洒落頭さんは少し心臓の調子が悪いようなの。それだけ強い怨念だったのでしょうね」


 何にせよ、初仕事を終えたラジオを巡って、曼殊沙華の中で話し合いは行われた。霊の店で引き取る事は早々に決まったのだが、そのランク付けと保管を巡っては対立してしまったという。


「当時、私にも躊躇いがあった。本当は封印すべき代物じゃないのかって。明らかに体を壊した洒落頭さんの事も心配だった。けれど、他ならぬ彼が言ったの」


 ──ワシはもう怖くない。だから、雷様の言う通りにしてあげておくれ。


 洒落頭は言ったらしい。事件があってから、彼の視界は常に灰色なのだと。たとえ笑ったとしても、その根底には常に虚しさが残り続けている。そんな時、幻の中で家族の姿を見た時は、急に世界に色が戻ってきたようだったのだと。そして、彼女の導き通りに、ラジオの音声が流れると、再び現実にまで彩が戻ってきたのだという。


「『この子は妻からの贈り物なんだ』って、洒落頭さんは信じているみたい。それを使って寿命が削られるのならば、むしろ再会の日が近くなるとワクワクするのだって……」


 そうして、携帯ラジオのランクは決まり、聞こえてくる音声に因んで〈シャズ〉と名付けられた。


「これが、洒落頭さんと〈シャズ〉のお話の全てよ」


 私は何も言えなかった。洒落頭さんの幸せが何なのか、出会ったばかりの私に分かるはずがない。それにきっと、今、私が思っている複雑な思いは、すでに霊や笠といった当時から身近だった人々も抱えたのだろう。それでも、誰がどんな助言をしようとも、洒落頭は生き方を止めたりしないまま今日まで過ごしているわけだ。


「〈シャズ〉は……何者なんでしょうね」


 呟くように言った直後、そっと霊に抱き寄せられた。


「さあね。それは〈ピュルサン〉にも分からなかったみたい」


 その直後、首に鋭い痛みが走った。


 それから数日後、店に再び現れたのは笠一人だった。〈シャズ〉の件の報酬と、その後の報告を彼は持ってきた。一人で現れたから少しだけ不安だったが、どうやら洒落頭はピンピンしているらしい。


「いやあ、タフなもんだよ、あの爺さんは。そう簡単には死なないね、ありゃ」


 苦笑しながら語る彼に、私は心底ほっとした。


「それで、相手の方は?」


 霊が訊ねると、笠は狸姿で腕を組みながら答えた。


「効果はしっかり出たようだ。ターゲット三名の活動が度重なる不運で阻害されているらしい。誰かの策略ではありえないような出来事ばかりだから、〈シャズ〉のせいだとバレてもいないだろう。ともあれ、時間稼ぎはしっかりできた。お陰で曼殊沙華にとっては、なかなか良い状況となったようだ」


 無論、曼殊沙華が安定しているならば、霊と私の立場も守られる。それはちゃんと分かっている。分かっているのだけれど。


「洒落頭の爺さんも鼻高々さ。でも、しばらくは〈シャズ〉に頼らない仕事をするように助言しておいた」

「それがいいわね」


 霊は静かに同意すると、溜息交じりに言った。


「〈シャズ〉もきっと、無理はさせたくないでしょうから」


 そう言って彼女が見つめるのは、鍵付きの戸棚にしまわれている〈シャズ〉の姿だった。私もちらりとそちらに目を向けた。〈シャズ〉は何も言わない。言うとしても、あの規則的な音声だけだろう。それでも、霊の言葉に偽りはないように感じられた。

 きっとあのラジオは、洒落頭にとって大事な人の想いが宿っているはずだから。

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