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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
40.魂を奪う首輪〈ライム〉
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前編

 どことなく空気が重たい。来客に茶を運びながら、私は早速その気まずさを感じていた。

 この度の客人は二人。どちらも馴染みのある顔だ。一人は笠。たびたびこの店に足を運び、曼殊沙華からの依頼を運んでくる。愛する主人・霊だけでなく、私にとっても頼れる狸という印象の方が強い。もう一人はトロ火。曼殊沙華の青年であり、様々な事情から電話を介さない雷の伝言は、主に彼が運んでくる。直接、店に来て、新しい古物を目にするのも主に彼の役割だ。

 いずれも、望まれざる客人というわけではない。だが、二人がかりで持ってくることとなったこの度の話は、それだけ霊にとって重たいものだったらしい。

 そして、霊の表情もまた、ある程度は想定済みだったのだろう。彼女が何かしら答えるより先に、笠の方が真っ先に口を開いた。


「まあ、そんな顔になるのも仕方ない。前に同じような事があった際は、見事に失敗したわけだからね」

「私はその当時を知らないのですが……」


 と、笠に続いてトロ火も口を開いた。


「雷婆様も相当悩んでいたようでした。どちらかと言えば、良い断り文句を探っているような状況でしてね」

「いつもの雷様らしくないこと」


 溜息交じりの霊の言葉には明らかに嫌味が含まれていた。少なくとも、曼殊沙華の血族相手には取らない態度なだけに、相当、頭に来ていることが分かった。

 トロ火も彼女の気持ちが分かっているのだろう。何も言わず、ただ頭を掻いていた。

 彼らが囲むのは、蘭花のテーブルだ。運んだ茶を三名の前に静かにことりと置きながら、私はさりげなくその古物に視線をやった。古ぼけた首輪だ。少なくとも大型犬よりも大きな獣向けのもの。横にはカラスの模様が入っており、見るからに黒魔術などを連想する代物だ。

 勿論、見せかけのものではない。あれには〈ライム〉という名前があり、帳面にもしっかりと記されている。私がこの店に来るよりずっと前からあるらしい。その効果についても覚えていた。


 ──魂を奪う首輪。


 備考欄に書かれていたのは、〈ライム〉が危険視され、この店に保管された経緯で、その内容が嫌に頭に残ってしまった。

 この首輪は、とある特殊な趣味を持つ界隈の人物が持っていた。だが、この首輪を用いた際に、つけられた者が早々に精神崩壊を起こしてしまったという。

 呪われていると悟ったその人物は、その筋の呪物を管理している人物に相談し、譲渡。その後、その人物から曼殊沙華に話が来て、この店に預けられたのだという。


 さて、この〈ライム〉の力だが、どうやら首輪をつけることで、相手の魂を預かり、支配してしまうことが可能らしい。その上、一度つけてしまえば、生きているうちに外すことは許されない。外せば思考が狂い、二度と元には戻れないのだという。そのため、”魂を奪う”という異名があるわけだ。

 先の話で、精神崩壊を起こしたというのもこの力が原因だったといわれている。少なくとも魔獣を使った実験では、外した後はすっかり様子がおかしくなり、餌も食べなくなって衰弱死してしまったらしい。備考欄に記された精神崩壊した人物というのも、その後どうなったのかは定かではない。

 そのように危険な代物であるため、ランクはSで封印必須。それにも拘らず、かつて〈ライム〉の使用を検討するような出来事があったというのだ。そして、今回もまた、似たような話が舞い込んできたというわけだ。


 今回が初めてではないとはいえ、霊の反応は芳しくない。前回、失敗したということもその理由の一つだろう。しかし、笠もトロ火も簡単には帰ってくれなさそうだった。どうやら霊が断る限り、食い下がられ続けるのは避けられない様子だ。

 それが分かっているからだろう。霊の機嫌はどんどん悪くなっていった。


「そんなにあの〈夢見鳥〉が怖いっていうの?」


 悪態をつくように彼女が言うと、笠は深く溜息を吐き、トロ火は苦笑いを浮かべた。

 あの〈夢見鳥〉というのは、恐らく〈鬼消〉の代表である鬼芥子のことだろう。今回の件に〈鬼消〉が深く関わっているということは、事前の電話のやり取りを聞いただけでも少しは察することが出来た。しかし、どうやら鬼芥子はターゲットというわけではない。むしろ、鬼芥子に〈ライム〉を使用するように圧力をかけられているようだった。

 それでは、何がターゲットなのか。いまだ蚊帳の外にいる私には、何も分からなかった。


「まあ、怖いというか、厄介なんだろうなぁ、雷様も」


 笠が疲れ切った様子でそう言うと、霊もまた大きく溜息を吐いた。


「これ以上、あなた達相手にごねたって意味がなさそうね」

「分かってくれたか、さすがは霊だ」


 茶化すように笠が言うと、霊は軽く睨みつけてから、二人の客人に告げた。


「返答は保留よ。その代わり、次の会合には私も出席させていただきます。そう雷様に伝えて。胃の痛くなるメンバーが集うようだけれど、直接やり取りさせてもらおうじゃない」


 霊がそう言うと、笠もトロ火も目を丸くした。


「おやおや、相当嫌なんだなぁ」

「分かりました。婆様にはそのように伝えましょう。返答は今宵の電話で。恐らく婆様としてはそれでも構わないでしょうけれどね」

「そうだといいわね」


 うんざりとした様子で霊は言った。

 その後、二人がそそくさと帰っていくと、霊はため息交じりに私に言った。


「今日はもう店じまいにしましょう」

「……は、はい」


 静かに同意し、そのまま閉店作業に移ろうとしたものの、やはり気になってしまい、私は改めて霊に訊ねたのだった。


「あの……そろそろ私も事情を聞きたいんですけれど……どうして霊さんは断りが立っているんですか?」


 すると、霊は目を逸らし、そっと親指の爪を噛んだ。相当心のゆとりがない時にだけ見せる癖でもある。つまりは言いたくないのだろう。


「ごめんなさい。私には話せないことなんですね……?」


 恐る恐る問うと、霊は目を逸らしたまま答えてくれた。


「教えてあげたいのは山々なのだけれど、まだまとまっていない話でもあるの。だから、もうちょっと待ってくれない? 必ず話すから」


 それは命令ではなく、お願いだった。霊がこういう態度をとるときは、よっぽどの事情がある時だと私も分かっている。だから、黙って頷かざるを得なかった。そんな私の反応に、少し安心したのか、霊は少しだけ穏やかな声で言った。


「ありがとう。その代わり、話せる部分については教えるわ。だから──」


 と、霊はスッと目の色を変えて、私に手を差し伸べてきた。


「苛立ちを静めるの、手伝ってくれる?」


 その眼差しと目が合った瞬間、私はゾクッとしてしまった。普段は魔女であることなど忘れ、普通の人間のつもりでいるものだけれど、この時ばかりは私の胸に宿る〈赤い花〉がそうでないのだと思い出させてくれる。恥じらいゆえにこの興奮をひた隠しにしていても、迷いなくその手を取ってしまう私の態度で伝わってしまうだろう。それにしっかりと応えるように、霊は私の手を握ると、そのまま強引に引っ張り、私の体をカウンターへと抑え込んだ。

 腹ばいにされ、カウンターにしがみついていると、興奮気味の霊の吐息が項にかかった。そして言葉もないままに、背後から首筋へ噛みつかれた。

 堪えた声が少しだけ漏れ、直後、眩暈がする。血を奪われていることが感覚で分かり、痛みが悦びへと変わっていく。そして、この欲望に対して恐ろしく従順な自分のことをふと客観視して、つくづく思ったのだ。霊が私を支配するのに首輪はいらないのだと。

 それからしばらく後、入浴時間を挟んで、私は久々に地下へと連れていかれた。そこには拷問道具としか思われないだろう代物がいくつもある。それらを複数使って数時間。ようやく、食事の終わりは訪れた。


「……もう十分よ」


 何処か後ろめたそうに霊がそう言った時、私の体は傷だらけだった。だが、痛みも傷もどうでもよかった。私の心臓はこれでも満たされているだろう。しかし、問題は霊の方だ。まだ満足していないように見えてならなかった。


「私は……まだ大丈夫ですよ」


 地下室の床に横たわったままそう言ったものの、霊は首を横に振った。


「これ以上はよしておきましょう。あなたの心身が壊れてしまう。それは望んでいないの。それに……」


 と、言いかけて、霊は口籠ってしまった。沈黙が流れ、私は気になって問い返した。


「それに?」


 しかし、霊から返って来たのは溜息だった。


「ごめんなさい。何でもないわ。ああ、そうだ。それよりも、〈ライム〉の話だったわね。今起こっていることについて、話せる部分だけ話しましょうか」


 露骨にはぐらかされた気がするのだが、しかし、これもまたぜひ聞きたいことに違いなかった。身を起し、私は静かに頷いた。


「お願いします」


 すると、霊も頷き、語りだした。


「事の始まりは、一週間ほど前。曼殊沙華の家に電話がかかってきたそうなの。相手は白妙で、その用件は、これまでにないような事だった。というのも、白妙のもとに〈鬼消〉の代表が来たそうなの。そして、彼女は堂々と訴えたそうよ。そろそろ本格的に蛇狩りをするべきではないのかと」

「……蛇狩り」


 白妙と蛇狩り。狐と蛇。

 その単語の組み合わせに、私はピンときた。そんな私の表情に頷き、霊は言った。


「そう、狙いは七歩蛇の解散よ」


 かつてこの地で人身御供の風習を人々に強いたという蛇の地母神。その後、白妙の先祖である狐たちと彼らに協力した〈赤い花〉に退治され、神だった蛇は信仰を失って今もこの地を彷徨っている。一度だけ、彼女に出会ったことがある。今思い出しても、恐ろしい出来事だった。


「七歩蛇が具体的にどのように動いているのか、それは私にも分からない。ひとつ言えることは、目立った動きがないってこと。そのため、理由もなく彼らを叩くことは躊躇われる。証拠がないのに力を向けるわけにはいかないものね。でも、彼らが蛇神信仰を蘇らせるつもりであることは変わっていないようよ。そして、それを、危険視しているのは、〈鬼消〉も同じってわけね」


 鬼芥子の事を思い出す。彼らは魔女の心臓を持つ者のために存在しているとのことだった。〈赤い花〉を生贄にしようという集団を敵視するのは当然だろう。

 だが、それでも、彼らが絡んでいると思うと、複雑な気持ちになってしまう。


「蛇狩りって……具体的に何をするつもりなんですか?」

「〈ライム〉の存在を彼らも知っているの。退治できないならば、封じるしかない。飼い慣らせるのならば尚更いい。そういうわけで、〈ライム〉を使って、信仰を失った哀れな蛇女を捕えられないかと議論しているそうよ」

「〈ライム〉であの蛇を……?」


 蛇に首輪というと奇妙に思えるが、私が覚えている元地母神とやらは人の姿もしていた。捕えること自体は不可能ではないのかもしれない。

 だが、霊が渋るのも何となく分かる。無茶ではないのか。過去の事とはいえ、神と崇められたような存在であるのに。そう思わずにはいられなかった。


「無茶にしか思えない。でも、試してみない事には分からないというのが鬼芥子の主張のようよ。曼殊沙華がそんな主張をまともに相手するとは思えなかったのだけれど」


 そう言って、呆れたように霊は溜息を吐く。現状は押され気味なのだろう。背景にいるのは〈鬼消〉だけではない。ひょっとしたら白妙からも、何かしら、せっつかれているのかもしれない。


「全く。少しは過去の失敗から学んでほしいものよ。鬼神ともあろう方々が」


 不快そうに言う彼女に、私はふと気になって訊ねた。


「……そういえば、過去に同じような事があったんでしたね。その時は何を捕えようとしたんですか?」


 問いかけると、霊は少しだけ黙してしまった。だが、深く息を吐き、いったん両目を閉じると、覚悟したように目を開けて、私を振り返ってきた。

 そして、彼女は言ったのだった。


「あなたのお父様よ」

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