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U-Rei -72の古物-  作者: ねこじゃ・じぇねこ
4.悲しみの金印〈サミジナ〉
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前編

 夏になればラジオもテレビも怪談話で持ち切りとなるものだ。何でも、暑苦しさを誤魔化せる冷やりとした感覚が期待できるのだとかなんとか。いわゆるオカルト話は一定の需要があり、作り手もけっこう真面目だったりするらしい。


 ちなみに私は怖い話というものが昔からちょっと苦手である。だって怖いじゃないか。得体の知れない存在と予測不可能な場面で遭遇するなんて恐怖でしかない。死を伴うような尾ひれがつけばなおさらだ。

 しかし、我が主人はオカルト話が大好きである。だからてっきり、心霊現象も信じているのだと思っていた。しかし、そうではないらしい。我が主人、霊は言うのだ。この世に幽霊という存在はいない。生き物は死ねばそれまで。そう思って生きなければ意味がない。命は一つ限りだと思っていた方がいいと。まあ、確かにそうかもしれない。でも、私としてはちょっとだけ幽霊の存在を信じてみたい気持ちもあった。


 私の母は故人である。当たり前の人間ではなく、魔女の心臓の一種とされる〈赤い花〉を持っていたために、心臓を抜き取られて死んでしまった。もしかしたら今も世界の何処かに母の心臓が流通しているかもしれない。あるいは、とっくに悪食者にでも食べられてしまったか。

 母を思い出せば、今でも怒りがこみ上げてくる。立派な魔法が使えるのならば、犯人を探し出して母の仇を取りたいくらいだ。でも、真相は何も分からない。ただ事実として母は殺され、私は一人だけ残された。それだけだった。


 今では主人がいる。彼女とは魂ごと結ばれているから、そこまで寂しくはない。それでも、たまに過去が恋しくなるのだ。優しい母と二人で過ごした日々。私を魔女の子ではなく、普通の少女として育てた母との平穏な日々が懐かしい。あの頃は、この世界にただの意地悪では済まないような悪が実在しているなんて知らなかった。知らずに済むように、母が守ってくれていたから。

 母ともう一度会いたい。

 時々、そんな思いで胸がいっぱいになる。

 幽霊がもしもこの世にいれば、母の亡霊とも会えたのかもしれない。けれど、我が主人である霊は言うのだ。死んだ者は蘇らない。この世に亡霊というものはいないのだと。故人が会いに来たとすれば、それは〈死霊〉と呼ばれる魔物である。自身と周囲の幸福を願うならば、絶対に触れてはならない罠であるのだと。


 ――じゃあ、このハガキを送った人の前に現れた幽霊って、死霊なのかな。


 ラジオから流れてくる怪談話をぼんやりと聞きながら、私はそう思った。誰も来ない店のカウンターに座り続けているのは退屈だ。店内を歩くのも飽きてしまったし、怪談話はそろそろ飽きてきた。壁にかけてある扇風機の風が当たって心地いい以外には何一ついいことがない。

 それでも、客がいなくて薄暗い店内で謎の物音がしたりすれば、やはりびくりと体が震えてしまった。驚くことはない。自然現象に違いない。そう納得して、それ以上考えるのはやめる。そんなことが五回続いた。

 ちなみに我が主人であり、この店の主でもある霊は此処にいない。三十八回ほど起こそうとしたのだが、どうしても起きてくれなかった。朝ごはんとして二回ほど噛まれたので、夕ご飯は抜いてもいいのだろうかと疑問に思うところだ。……いや、やっぱり私が耐えられないから夕ご飯もちゃんと付き合おう。


 と、あまりにも暇すぎて卑猥な妄想に耽っていたその時、私ははっとした。いつの間にか、店内に人がいたのだ。ぼーっとしすぎていて、扉が開いたのにも気づかなかった。気づかれずに入れるものくらいいるだろう。この店には魔物や魔族と呼ばれるような人外がよく来店するのだから。

 しかし、店に入って来た人物を見て、私はちょっとだけ不思議に思った。どうやら魔物でもなければ魔族でもない。魔の血が入っていない人間のようだ。何故分かったかと言えば、最近そういう魔術を練習しているからだ。相手に魔の血が含まれているか見分けるには、その人の全貌をぼんやりと眺めるといいのだと、〈アスタロト〉と名付けられた本が教えてくれた。魔女として未熟な私にとって、魔法の先生である。


「こ、こんにちは……」


 控えめにそう言うのは少年。いや、青年と呼ぶべきだろうか。十代後半といった学生風で中性的な容姿の男の子が緊張気味に入って来た。少し珍しいタイプのお客さんだ。


「いらっしゃいませ」


 私も控えめにそう言い、あとは好きにさせる。

 話しかけられるのを好まないとみえる客だ。監視しなければならないほど危なっかしいわけでもないし、マニアックかつ面白い説明を出来る自信もない。客の気配を感じて霊が死人のようにこちらに来てくれるのを待つばかりだ。

 ちなみに、ぼんやりと眺める彼の全貌には青い色が浮かんで見える。それは、魔女や魔人の世界でリヴァイアサンの色と言われ、魔の血が一切入っていないことを意味する。逆に魔の血しか引いていないものはジズの色と呼ばれる赤い影を持ち、両方の血が入っていると紫になる……と思わせておいて何故か緑色の影を持つらしい。つまり、私たち魔女の色は緑だ。ベヒモスの色といわれる。それを知ってから、これまで好きでも嫌いでもなかった緑色のアイテムに妙な愛着がわいた。今、着ている服も深緑のワンピースだ。霊がいつの間にか買い、いつの間にか私の部屋のクローゼットに入れていたものだ。


「あ……あの、すみません……」


 と、突然、店の片隅から声がかかり緊張した。お客が呼んでいる。まだ、我が店の主は到着していない。参ったな。商品の質問だったらどうしよう。しかし、無視するなんて選択肢があるわけもなく、「はい」としっかり返事をして、出来るだけゆっくりと彼の元へと歩いていった。


「どうしました?」


 参った。霊はまだ起きていないのだろうか。いつもなら客の気配をすぐに察してくれるのにどうしたものか。

 ちなみに少年だか青年だかは鍵のかかったガラスケースの前にいた。店の片隅にひっそりと存在し、あらゆる貴重品が収められている。いつでも開けることのできる棚とは明らかに扱いが違うため、収められている品々にもそれなりの存在感があるというものだ。

 たとえば、癒し系なお顔をしたオルゴールのぬいぐるみ。赤ちゃんがすやすや眠る部屋で見る人に癒しを振りまいていそうな見た目をしているが、霊が厳重にこの棚にしまっているという背景のせいで、人を三十人くらい殺していそうなオーラがある。その隣にある起き上がりこぼしもまたしかり。どちらの商品も、どうしてそこにしまわれているのか聞いたことはない。

 そんな品々の眠るケースの中を男の子は覗いていた。


「あの、これって売り物ですか?」


 指さしたのはぬいぐるみや起き上がりこぼしの下に飾られていた小さな品物だった。黄金に輝くそれは、古代王朝などで使われていそうな金ぴかの印璽のようだった。獅子の姿は海を渡った先の隣国・蘭花ランファの歴史を思わせる。素人目にはかなり高くて貴重なものにも見えた。何故、こんなものがこんなところに。


「幾らぐらいするんですかね……」


 興味津々に少年は金印を見つめている。こういうのが好きなタイプの子なのだろうか。買えるとはあまり思っていない様子でもある。ただ、参ったな。せめて答えてあげたいところなのだが、生憎、この棚の商品に関する知識が全くない。霊にはただこの棚のものは売るなとだけ言われている。説明するなとは言われておらず、そのうえ、知識もないと来た。私は泣く泣く彼に謝った。


「すみません、今、店主を呼んできます」

「……ああ、こちらこそすみません。分からないのなら別にいいんです。ただちょっと気になって」

「申し訳ありません。店主もすぐ来ると思うのですが……」


 と、言ったところで暖簾をくぐって欠伸をこらえながら現れた美女が一人。時計の針はすでに一時をまわっているというのに、昨日飲んだワインが抜けていないと見える。そうだ、この店にあるワインの半分を常連の魔物夫婦にでも譲ってやろうか。そう思うくらい、我が主人は酒癖が悪い。


「起こしてといったでしょう、幽」


 カウンターに寄りかかり、霊は頭を抱えた。頭痛が酷いのだろう。薬局で買っておいた薬はちゃんと飲んでくれただろうか。


「何度も起こしましたよ。それよりも、霊さん、聞きたいことがあるのですが」

「聞きたいこと?」


 流し目でこちらを見つめてくる。客の前だというのに、随分と態度が悪い。しかし、今ここで責めたって仕方ないか。


「この棚にある金印のことです。これっていくらくらいするんですか?」

「あー……あん?」


 本当に態度が悪い。


「これです」


 ガラスケースを指さして、もう一度訊ねた。


「古代蘭花風の獅子か何かの金の印璽のことですよ」


 すると、ようやく霊は納得したようで答えてくれた。


「蘭花王国の和平時代と呼ばれる時期のデザインね。獅子じゃなくて番犬。平和を乱すものを見張る役目を担っているの。ちなみに平穏な世の中を守るという名目で、その直前の時代である喜楽時代の十倍ほど刑死する者がいた時代でもあるらしいわ」


 何故か楽しそうに彼女は語った。なるほど、蘭花の和平時代はちょっとだけ習った記憶がある。今から何百年も前の時代だ。


「じゃあ、すごく高いものなのでしょうか」


 鍵をかけられているだけあるのだし、そうだとしても不思議ではない。客人の男の子は緊張気味に霊を見つめている。奥から突然現れた失礼な店主に度肝を抜かれている可能性もあるけれど。

 霊はそんな少年の存在も気にせずに欠伸をすると、ため息交じりに教えてくれた。


「ちょうど、このラジオと同じくらい……って聞いた気がするわね」

「へ?」


 拍子抜けしてしまった。店内のラジオはお手頃価格で売られていたものだ。住居スペースにあるラジオよりも更に安く、さほど高くはない。安すぎるというわけでもないが、それでも歴史ある印璽に匹敵するような値段ではない。

 驚く私を前に、霊は微笑んだ。


「それ、レプリカなの。古代蘭花和平展が町のデパートの大催場であった時にお土産で売られていたものだそうよ」

「え、レプリカ?」

「そ。お土産品ってわけ。だからそれ自体はそんなに高いわけでもなければ、貴重なものでもない。ただ曰くつきだからそこにあるだけなの」

「……曰くつき」


 少年が呟いた。興味がある様子だ。しかし、曰くつきだから鍵をかけてしまっておくということは、そう簡単に引き渡せないものということでもある。貴重なものでなくとも、それは問題じゃない。この店にあるものの価値は、単純ではないのだから。


「まあ、そういうわけだから鍵を開けるのはオススメしないわ」


 霊はそう言ってつんと余所を向いてしまった。それにしても、態度がいつもより素っ気ない。明らかにお金を落とせない客だからだろうか。だとしたら、なんて性格が悪いのだろう。それはそれでぞくぞくする。

 まあ、それはそうと、店主が譲る気がないというのならば答えは一つだ。私は改めて物足りなさそうな表情をした少年に詫びた。


「というわけだから、棚から出すのは無理みたい。ごめんね」


 少年は非常に残念そうにため息を吐いた。だが、すぐに苦笑すると、首を振った。よかった、そんなに気を悪くしていないっぽい。


 結局、少年は店内を五分ほどうろついた後、次に来たお客さんと入れ替わる形で去っていった。霊ときたら、次に来た女性客には完璧な営業スマイルで接客した。さっきの少年が可哀想じゃないかと突っ込みたい気持ちがあったが、まあそれは閉店してから覚えていたら話そう。


 そんなわけで、今日もあっという間に一日が終わった。

 閉店してからの店内は、雰囲気ががらりと変わる。モノの一つ一つに魂が宿っているのだと霊は主張するが、それならば、この店のなかで日没後にしばしば繰り広げられる光景をいつも見ているのだろうか。ちょっと恥ずかしくてすごくいい。

 カウンターに押さえつけられながら、牙が打ち込まれるのをじっと待っていた。


「そういえば、幽。あなた、さっき奇妙な事をしていたわね」


 今から噛む予定なのだろう肌を指でなぞりながら、霊は言う。そんなことをされながら話しかけられても、まともに返事が出来ない。それでも、我が主人は会話をご所望だ。応じるのが下僕というもの。


「……奇妙な事ってなんです?」


 どうにか答えたところで、強く抱きしめられた。やけに焦らすのは何故だろう。

 期待を高められながら待っていると、霊は黙ったまま動きをぴたりと止めた。その一瞬に、どうしたのだろうと呆気にとられたところで、やっと噛みつかれた。見事な不意打ちだった。これほどまでに予告しておいて、覚悟が一瞬途切れた瞬間を狙ってきた。さすがは、私の理想の吸血鬼といったところか。

 血を吸われ、快感や満足感と引き換えに体の力が抜けていく。霊が牙を放したとき、自分の身体が鉛のように重たく感じた。カウンターに寄りかかったまま、一息をつく。そのまま、私は霊の言葉を待っていた。


 奇妙な事とは何だろう。全く見当もつかない。

 だが、霊の答えはこうだった。


「いいの。きっと気のせいね」

「え、でも――」


 倦怠感と共にそう言った直後、口で口を塞がれる。微かにだけれど血の味が広がった。私の血の味だ。間接的に味わうのもいつものこと。日を追うごとに、食事としては不必要なコミュニケーションが増えてきたような気がする。

 でも、私は拒まない。拒む必要なんてない。霊がそれを求めている。主人がそれを望んでいる。魅力的な存在に支配されることこそ、私の生きる糧なのだ。だからこそ、嬉しい。だからこそ、喜ばしい。


「おいで、幽」


 優しく囁かれるままに、霊の部屋へと誘われた。

 新聞によれば今日は面白そうなテレビ番組があったのだけれど、霊と共に過ごす方が楽しいに決まっている。結局、今宵はさんざん食事を満喫して、自分の部屋に帰る力すら残らなくなってしまったが、後悔はなかった。


「たまに不安なことがあるの」


 共に寝ていると、ふと、霊は呟きだした。

 部屋の明かりは落としてあり、カーテンの隙間から入り込む月光だけが私たちを照らしている。その白い光に浮かび上がる彼女の姿は、吸血鬼という肩書がとても似合う神秘的で不気味な美しさがある。ずっと前から思い描いていた支配者。彼女を眺める度に、私は感じるのだ。彼女に手に入れられたのではない。私が彼女を手に入れたのだと。その思いは、こうして霊が時折脆い内面を垣間見せる度に強く感じることでもあった。

 強いけれど壊れやすい。そんな霊が好きだった。


「どんな不安です?」


 手を握りながらそっと訊ねてみれば、霊は戸惑い気味に視線を泳がしてから答えた。


「外敵の恐怖よ」


 手を強く握り返された。


「この店には居場所を無くした品物がたくさん保管されている。その中には、悪い運気を呼び込むものもたくさんあるの。陰気なものは魔物を寄せ付ける。悪いことが起こらないようにと笠がくれたお守り石で作った結界があるわ。でも、結界では防げないものもある」

「人間の悪人でしたっけ」


 前にもこの話は聞いたことがあった。

 吸血鬼は魔物の中でも強者である。高い知性があり高度な魔術を扱えることは、生き延びるうえで非常に有利なことなのだ。しかし、魔術というものは不確かなものでもある。相手が魔を信じるか否かでその強さが変わってしまうのだ。魔物や魔族の使う力は、相手の心の不安に応じて強くなる。だから、相手が一切動じない鋼の心を持っている場合は、どんなに強いとされる魔物も逃げる魔術以外は使えなくなってしまう。

 人間の悪人の中にはそういう者もいる。この店が何らかの理由で目を付けられるようなことがあれば、私も霊も逃げる以外に抵抗が出来ないだろう。それならば、全力で逃げるだけだ。その為の魔術だって練習している。


「大丈夫ですよ」


 ここにお世話になり始めた頃よりは、私も立派な魔女になってきたと自負していた。


「逃亡の魔術には自信があります。なんせ、私は臆病ですからね」


 そう言って笑ってみたけれど、霊の笑みには力がない。カーテンの隙間へと目を向け、彼女は深く息を吐いた。


「魔女狩りの戦士がいた時代は終わった。でも、今だって魔女の心臓を秘密裏に売買する輩はいる。あなただって〈赤い花〉だと気づかれたら、きっと狙われるでしょうね」

「そんな輩から身を守るために、霊さんは〈アスタロト〉を私に貸してくれているのでしょう?」


 私の部屋に今も保管されている古書〈アスタロト〉。何も書かれていないが、念じれば世の中のあらゆる知識を教えてくれる。貴重な本を快く貸してくれたのは、私が魔女としてあまりにも無力だったからに他ならない。せめて、ただの人間を翻弄出来るくらいには魔女にならなくてはと訓練することが出来るのも、彼女が貸してくれた本があるからこそ。

 そして、今の私と霊の関係が築かれたのだって、〈アスタロト〉のお陰でもあった。主従の魔術をあの本が教えてくれなかったら、今の私も今の霊も存在しなかっただろう。


「……でも、あなたは危険なものに無頓着だわ」


 霊はため息交じりに言った。


「すぐに人を信じ、疑わないところがある。話せる相手は全て悪人ではないという前提で生きている。人間として育ったのだから仕方ないかもしれないわね。でも、不安なの。そんなあなたを守り切れるかって時々怖くなるの」

「霊さん……」


 見つめると、彼女は目を逸らした。口元には牙が見え隠れしている。月明かりに照らされて落胆する霊の姿は、消えてしまいそうで不安なほどだった。


 守ってくれなくたっていい。むしろ、守りたいのは私の方だ。


 吸血鬼は強者だ。しかし、魔を忘れかけたこの世界においては絶対的なものではない。吸血鬼の敵はたくさんいる。同じ吸血鬼だって仲間などではない。あらゆる爪や牙が彼女を狙って迫って来る時だってあるだろう。そんな時、私はどのくらい彼女の身を守る武器となれるのだろうか。

 疑問に思った時に突き刺さるのが、今しがたの言葉だ。人を疑わないという私の性格。指摘されなければ気づかない部分でもある。自分がただの人間だと思っていた頃は長所といってもよかったんじゃないかと思うが、殺伐とした魔の世界では短所以外の何ものでもないのだろう。


「反省します」


 私は霊に言った。


「もうちょっと知らない人のことは警戒してみます。相手がお客さんであっても」


 そう言うと、ようやく霊は私の目を見つめてくれた。


「それでいいわ。野山に生きる兎のような心を持っていてちょうだい。この店に来る人たちは人間とは限らないわ。もしかしたら死霊が罪を唆しに来るかもしれない。常に人の話は半信半疑で聞いていて欲しいわね。出来るなら、私以外の言葉には従わないで」


 横になったまま此方を見つめてくるその仕草が艶めかしかった。命令染みた語尾に心が躍る。どきどきしながら小さく頷くと、霊は私を強く抱きしめてきた。今宵はまだまだ眠れないらしい。

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